第二章 ドワーフの国 -テイキビ- Ⅱ

「どうだ?」


「いい感じだよー。凄くねー。」


「そうか。」


「テオはいつも淡白だねー。」


「ゼオの様にはなれん。」


「そうかなー?」


「俺はこれしか使えんからな。」


ギラリと鈍く光る刃。


薄暗い空間を照らすように青い短髪のドワーフは剣を抜く。

頬には大きな傷跡があり、いかにも強者と言った感じだ。


「そんな怖いもの抜かないでよー。」


剣を見てわざとらしく怖がってみせるのはボサボサの長い黒髪の間からクマが酷い目を覗かせる人種の女。


「お前の方が余程怖いだろ。」


「えー?酷いなー。」


「うぅ…あぁ…」


女の手が何かに伸びていく。

その先には囚われているドワーフの男。

目は虚ろでヨダレを垂らしている。

吐いた言葉も言葉にはなっていない。


「うふふ。良いわー。」


薄気味悪い笑顔を見せる人種の女を見て溜息を漏らす青髪ドワーフは背中を向けて部屋を出ようとする。


「テオは見て行かないのー?あー。同族だし嫌かー。」


「それは関係ない。」


「そうなんだー?」


「俺はやる事がある。」


「そっかー。じゃあまたねー。」


「うぅ………あ……」


「うふふ。まだまだこれからだよー。」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



アジャルとの約束を交わした後、すぐにプリネラに囚われのドワーフ達を探してもらうように頼んでおいた。

プリネラ一人に任せる。なんてことは勿論無い。


俺達は俺達で探りを入れていく。


数日間の情報収集で分かったことは、ネフリテスというのはかなり大きな組織という事だ。

禁術のみを追い求める集団であり、正確な人数は分からない。しかし今までそれらしき影を見た事件の内容的にはかなりの規模のものが多い。

流石に王都を襲った事は無いとの事だが、小さな街を一つまるまる実験に使って壊滅させたという話も聞いた。それだけの事を出来るくらいには大きな組織らしい。しかし、それ以外の情報はあまり集まらなかった。

巧妙に姿を隠している連中でどんな奴らがいるのかさえわかっていない。

今回の一連の事件を裏で糸引いている奴のことも全く分からない。

大人数のドワーフ作業員が消えたというのにその足取りさえ一切分からなかった。

街から離れているとはいえ、大したものだ。そして、そうなると余計に気になる事がある。

当初は操れる人数が決まっていたから、もしくは脅すためだと考えていたが、アジャルのみを操らなかった理由が分からない。

人目につかないようにそれだけの大人数を移動させたのならば、目撃者となるアジャルを残す必要性は皆無なはずだ。


その疑問の答えは案外早く見つかった。


あの日アジャルは仲間が全員おかしくなった時、話し合いで現場を離れていたらしい。つまりその場にいなかったのだ。

なんだそんな話か。と思うかもしれないが、これはかなり大きな収穫だ。

この禁術は行使された瞬間のみにその効力が乗るという事だ。つまり一度使ってしまえば、その範囲に後に入ったとしてもその影響を受けないということだ。

禁術の知識はあまり無いが、これが分かればなんとか禁術を防ぐ事が出来るかもしれない。

俺達で調べて分かったことはこれくらいのものだったが、プリネラは何か有力な情報を持ってきてくれたらしい。


「たっだいまー!」


元気良く宿の扉を開いたプリネラ。

夜だしもう少しボリュームを下げて欲しい。


「うるせぇ!」


「あっふん!」


「ダメだ…仕置にならねぇ…」


「プリネラ。その顔を見るに何か有力な情報を掴んだのですか?」


「はい!連れ去られたドワーフ作業員達の居場所…とまではいきませんでしたがそれに繋がる情報が手に入りました!」


「おぉ!」


「へっへーん!」


「良いから早く話せよ!」


「えっと、ガニルテ鉱山で禁術に掛けられたとしてそこから誰の目にも触れずに連れ去ろうと思うと、街の方には向かってきてませんよね?」


「まぁそりゃそうだわな。」


「とは言え南西部から探すなんて不可能だぜ?」


「それが可能なんですよ!」


「どう言うことですか?」


「警備隊の調査では、あの辺りから大人数の移動を行った時に、誰にも見つからない様にする為にはルートが決まってくるらしいです。」


「ある程度絞れるわけか。」


「はい!なんと絞り込むと二箇所のみなんですよ!」


「つまりそのどちらかに居るってことか。」


「まず間違いないと思いますよ!」


「でかした!」


「ふっふーん!」


「それで?その二箇所ってのは?」


「西部にはワビリス川が通っているので、そこから南側、という事になります。

その範囲内では大人数の人間を収容できそうな場所は、メトルヒ神殿跡地と、地面の大きな亀裂。の二箇所です。」


「神殿跡地なんてあったのか?」


「跡地と言ってもほとんど何も残っていないそうです。僅かに建材が残っている程度だとか。」


「知らんかったな。

亀裂って言うのはどのくらいのものなんだ?」


「見てきたわけではないですが、かなり大きいそうですよ。」


「……神殿跡地はそんなに荒廃してたら収容場所なんかないんじゃないのか?」


「戦時中に建てられた神殿らしくて、地下に迷路の様な場所があるらいです。」


「へぇ。何かあった時に逃げる裏道的な物か。」


「はい!」


「その二箇所のどっちか…

警備隊は調べなかったのか?」


「もちろん調べたそうですよ。ただ、何も無かったらしいです。どちらも。」


「何も無かった?ならいないんじゃないのか?」


「どちらもかなり広くて全ては調べきれないらしく、途中で切り上げたとの事です。」


「まだどっちにもいる可能性があるってわけか。

プリネラはどっちが怪しいと思ったんだ?」


「メトルヒ神殿跡地ですかね。」


「根拠はあるのか?」


「正直ありません。私ならそちらを選ぶ…と言うだけです。何かあった時に逃げやすいですし。」


「まぁそもそもが逃げる為に作られた場所だもんな。」


「はい。」


「分かった。じゃあメトルヒ神殿跡地を調べてみようか。」


「何か必要な物とかあるのか?」


「かなり入り組んだ構造になっているらしいので、何か目印になる様な物を持っていくといいかもしれませんね。」


「目印かー…これなんかどうだ?」


「それはなんですか?」


「この前街の雑貨屋?みたいな所で買った物なんだけど…」


木を球状に削り色を着けた物だ。なぜそんなものを買ったのかと言うと、実は食べ物だと思って買ってしまった。

それは内緒。


ビー玉くらいの大きさで、数は十分あるから足りるはずだ。


「なんでこんなもの買ったんだ?」


「いやー、なんでかは未だに謎だが。」


「ふーん……まぁそいつで問題無いだろ。」


「じゃあこいつ使ってメトルヒ神殿跡地に行くか!」


ポーション等の必要最低限の準備はもちろん済ませてから次の日にメトルヒ神殿跡地へと向かう。


南門から出てガニルテ鉱山を通り越し、南寄りに進んだ先にあるらしい。


アジャルにも伝えたが、もし本当にそこに作業員達がいるとしたらまず間違いなく戦闘になるので先に調べるとだけ言っておいた。


ガニルテ鉱山を越えても景色は荒れ地のまま変わらない。

本当にこの先に何かがあるのかと心配になり始めた頃、やっと目的地であるメトルヒ神殿跡地が見えてくる。

完全に荒れ地の景色の中にポツンと柱だった物の土台らしき物が地面に埋まってちょこんと頭を出している。


「……あれか?」


「注意してないと見落とすレベルだな。」


近寄ってみてもそこが元々神殿だったとは全く思えない。

その土台以外にも建材らしき物が地面から顔を出してはいるが…


「真琴様!」


「ん?」


凛の元まで近寄ってみると地面から石造りの取手のような物が地面から生えている。


「取手…だよな。」


「に見えますね。」


取手を掴んで引っ張る。


「んぎぎ……はぁ…無理。」


「違ったのでしょうか?」


「少なくともここから入ったんじゃ無さそうだな。形跡も無いし。」


「プリネラの言ってた感じだといくつも出口があるタイプかもしれないし他の出入口から入ったのかもな。」


「となるとそっちを探した方が早いですかね?」


「どこに繋がってるかも全く分からないのにそいつを探すのは流石に無謀だろ。リーシャ!」


「え?!あ!はい!なんですか?!」


「悪いんだけど軽く身体強化の魔法を掛けてくれないか?」


「健様にですか?分かりました!」


リーシャが健に身体強化の魔法を掛ける。


健の体中を薄い光が包み込む。


「出来ました!」


「皆下がっててくれ。」


何となく察していた全員がしっかり距離をとる。


「せーの!!!」


バゴンッ


健が取手を引っ張ると畳一畳位の石の塊が空高くに飛び上がる。


「って危ねぇ?!」


その石…と言うより最早岩が上空から真っ逆さまに落ちてくる。こっちに向かって。


皆全力で避けるとドゴンッという音と共に地面にその岩が突き刺さる。


「健?!」


「わ、わりぃ。取手が取れるとは思ってなくて…」


恐らく岩にくっついていた取手だろう。取れた取手をこちらに見せながら申し訳なさそうに苦笑いする健。


「あなたは一度潰れてしまえば良いと思います。」


「わ、わりぃって…」


「真琴様に当たったらどうするつもりだったんですか?馬鹿ですか?」


「う…今回はなんも言い返せねぇ…」


「まぁまぁ。誰にも怪我が無かったんだしその辺でな。」


「真琴様が優しくて良かったですね?」


「二度としません…」


「それより…」


荒れ地のド真ん中にポッカリと空いた暗い穴。


どうやらプリネラの言っていた迷路への入口の様だ。


「真っ暗ですね。」


「階段もかなり風化してボロボロだな。足元気を付けて降りないと崩れるぞ。」


健が先行して下に降りていく。

背中が暗闇に消えてから数秒後、中から俺達を呼ぶ声がする。


「おーい!降りてきていいぞー!」


全員下に降りる。

階段は建物で言う2階層分くらいあり、階段の上から差し込む日差しは入口周辺のみを照らし出している。

凛が魔法で光を作り出すと暗闇が照らし出される。

灰色の石材でできた壁や床、ピッタリと敷き詰められた石材は入口周辺と違いほとんど風化していなかった。


「中は綺麗な物ですね?」


「入口は雨が入り込んで腐食するんだろうな。」


「思っていたより広いですね。3人くらいは横に並べますよ?」


「天井も窮屈さを感じませんね。」


「……そうだな。」


「どうされましたか?」


「ん?あぁ。一応魔法を掛けておいたんだが…必要無かったな。」


「え?」


「なんの話だ?」


「こうゆう閉鎖的な地下ってのは基本的にぱっと入れるもんじゃ無いんだよ。」


「……?」


日本にいた時に見た事がある。


下水道の工事だとか、そういった閉鎖的な地下の空間に入るにはマンホールを開けてからしばらく中には入れない。

二酸化炭素は空気より重いため地下にある空間にその二酸化炭素が溜まるからだ。

少しくらい、と考えるかもしれないが人間は吸い込む酸素の濃度が数パーセントズレるだけで簡単に気絶昏倒する。

マンホールを開けた瞬間に高濃度の二酸化炭素を吸い込み気絶し、そのまま頭から地下道に落下し、助けようと覗き込んだ人も同様に落下。なんて事件もあったらしい。


「そのニサンカタンソ?というものは毒みたいな物ですか?」


「いや、生物が呼吸で吐く息に必ず含まれている物だ。毒とは違う。ただ濃度を見誤ると毒に変化するという話だ。」


「む、難しいですね…」


「まぁ…今は毒って考えても問題は無いさ。その二酸化炭素が本来ならば溜まっているはずなのにこの地下にはその二酸化炭素が溜まっていない。」


「そうなのか?」


「今は呼吸できる魔法を使ってないからな。」


「……真琴様?」


「なんだ?」


「どうやって確かめたんですか?」


「え?そりゃ俺にかけた魔法を少しずつ解いてだな…」

「真琴様!!」


「はい?!」


「ほんと進歩しねぇなぁ…」


「え?!」


「自分の体をなんだと思ってんだよ。俺達は真琴様を守るためにいるんだぜ?」


「あ…」


「ったく。今回は凛の怒りももっともだぞ。」


「ご、ごめん…」


「もし倒れてたらどうするつもりだったんですか?!」


「ごめんなさい…」


「まったく…真琴様はいつもいつも!」


「はい…」


「まぁまぁ。反省してるしそのくらいにしとけって。」


「反省してます…」


「……はぁ…もう二度としないで下さいよ?」


「はい…」


めっちゃ怒られた。

ってか凛が怒るとマジ怖い。普段俺には全く怒らないからマジヤバい。

昔から自分の身を危険に晒すと必ず怒られる。

気をつけよ…


「ふふ。真琴様を叱り付ける事ができる人なんて凛様だけですよね。」


「あ、リーシャ笑ったな?!」


まぁ怒りを収めてくれたし、次が無いようにしなければ。


「それよりなんでここは息が出来るんだ?」


「ん?あぁ。その話だったよな。

閉じ込められていた二酸化炭素が消えている…という事は最近誰かがここの空気を入れ替えた。という事だろうな。」


「つまり当たりか?」


「決まったわけじゃないが少なくともここに誰か来たのは間違いないな。」


「こんな所なんもねぇし来る奴なんて限られてるだろ?どちらにしても良からぬ奴らだろ。気を付けて行こうぜ。」


「それには大賛成だ。」


ガチャリと刀の鯉口辺りを握ってみせる健に同意を示す。


明かりの全く無い通路は凛のライトが届かなければ全く何も見えない。

閉鎖的な空間で空気も淀み土とカビの臭いがいり混じり不快な臭いとなって鼻に届く。

プリネラの情報通り中はかなり複雑な構造になっていて行き止まり、同じ道に戻ってくる等でなかなか先に進めない。


「ここはさっき右に行ったから次は左か。」


「リーシャ。マッピングは出来てるか?」


「はい。かなり複雑ですが…」


リーシャがマッピングを買って出てくれたので任せてあったが、途中経過を見せてもらうと目が回る様な構造だった。


「お、おう…」


「こんな所昔の人はよく作ったよな。」


「戦時中って話だったし命には代えられなかっただろうからなぁ。」


「神殿にいた奴らだってこんな作りだと迷うだろ?どこ見ても同じだしよ。」


「こういうのは基本的に近道があるんだよ。神殿の者にしか開けられない隠し扉とかがあってそれを使えば真っ直ぐ抜けられる。」


「は?んじゃその近道探した方が早かったんじゃないのか?!」


「いや、それは無いな。今言ったろ。神殿の者にしか開けられないって。そんな簡単に見つけて開けられる仕組みなら隠し通路の意味が無いだろ?」


「あー…確かに。でもこの通路も出口に繋がってるかどうかも分からないってことだろ?」


「そもそも俺達はこの通路に出口を探して入ったわけじゃないだろ?目的は作業員達。出口は別に探す必要ないんだよ。」


「あ、そっか。そいつらも近道使って無ければこの通路の先のどこかにいるわけだしな。

出口があればその先のどこか…って事か。」


「そう言うことだな。それに恐らく出口はあると思うぞ。」


「なんでだ?」


「さっきも話したろ。ここには二酸化炭素が溜まっていないって。出口が無いなら空気の入れ替えが出来ないだろ?空気の入れ替えするなら俺達の入ってきた出入口を開けるしかない。でも開けた形跡は無かった。」


「なるほどねー。つまり他のどっかにある出入口を開閉したから空気が入れ替わったって事か。」


「簡単に入れ替わるわけじゃないから何度も開け閉めしたはずだ。多分見れば痕跡もすぐ見つかる。」


「つまりその痕跡を見つけさえすれば後を終えるって事か。」


「マップを見る限り簡単な話じゃ無かったがな。」


「複雑だし面倒だけど無限じゃない。だろ?なら探してれば見つかるさ。ほら。こんな風にな。」


健が壁に手をやるのを見るとそこには何か硬い物を擦り付けた様な後が見える。


「それが痕跡…なのか?」


「あぁ。まちがいねぇ。こいつは新しい傷だよ。」


「なんで分かるんだ?」


「傷跡の中に見える石材の風化具合だ。表面は風化してボロボロボサボサなのに傷跡の中は綺麗なものだ。」


「つまり昔着けた傷じゃないって事か。」


「あぁ。」


「でもそれだけじゃそいつらの痕跡か分からないだろ?」


「まぁな。でも、この高さ、この角度で壁に当たる硬い何か…ってなるとそれ程多くねぇ。恐らくリーシャがしているのと同じような手枷だろうな。」


「手枷?」


「あぁ。多分まちがいねぇ。」


「たまには役に立ちますね。」


「凛さん酷くない?!」


「褒めたのです。」


「嬉しくねぇ賞賛初めてだよ?!」


2人のやり取りはひとまず放置して、手枷…


もしかして禁術と呼ばれる今回の魔法…


「真琴様??」


「え?」


「どうかされました?」


「いや。ちょっと考え事してた。

健。痕跡からどっちに行ったかって分かるのか?」


「もちろん。こっちだ。」


「案内頼む。」


「おぅ!」


そこから健が痕跡探し、行先確認。また痕跡探しを繰り返して順調に迷路を進んでいく。

痕跡を辿って先に進み続けると今まで壁と床に囲まれていた空間に突然階段が現れる。


俺達が入ってきた様な階段と同じ様な階段だ。


「この出入口は何度も使われてるみたいだな。しかも最近。」


「リーシャ。外の様子は分かるか?」


「魔法で見ていますが特に何かいるわけでは無さそうです。」


「健。開けてくれ。今度は吹き飛ばすなよ。」


「分かってるって。よっと。」


ズズズと重たい石が擦れる音が聞こえると今まで真っ暗だった通路に赤い光が差し込んでくる。


階段の先にあったのは海と見間違える程大きな川。


ワビリス川だった。


つまり南西にあったメトルヒ神殿跡地からずっと西へ向かって迷路が続き、このワビリス川まで続いていたのだ。

めちゃくちゃ複雑で長い迷路だった事がよく分かる。

差し込んでいた赤い光は夕日だった。


「うげっ?!もう日が沈みかけてるぞ?!ってかここワビリス川か?!」


「それくらいの広さはありましたからね。」


「冷静だね?!」


「筋肉バカ以外はさほど驚いてませんよ。」


「俺だけ?!」


「それよりここからどこに向かったのかを知りたいのですが?」


「ですよねー……

えっと…あっちだな。」


「川沿いに移動していったんですか?」


「みたいだな。」


ワビリス川はしばらく北に向かった後は西に進路を変えてずっと続いている。

川沿いにはいくつか村があったりもするが、テイキビという大都市があるこの辺りには特に何も無いはず。


痕跡があるのだから間違いは無いとは思うが…


またしても健の後をついて行く。

しばらく川沿いに歩いていたが、突然立ち止まる。


「………ん?」


「どうした?」


「いや、痕跡がここで途切れてるんだよ。」


「ここで?」


周りを見渡しても特に何も見当たらない。


川沿いなので砂利の様な石があって、川から離れた所には背の低い草が生えてはいるものの、視界を遮るものも全く無く何かを見落とす要素が無い。


「何も無いぞ?」


「一応調べては見るけど痕跡は多分ここまでだと思うぞ。」


「………」


「どうした?急に黙って。」


「いや、なんか変な感じしないか?」


「変な感じ?」


「こう…なんかこの景色、違和感があるような…」


「違和感…?」


「言葉にしにくいんだけど…」


「んー……ん?

なぁ。ここってこの川の全長で見るとどの辺りに位置するんだ?」


「この辺りはほとんど下流ですね。」


「なぁ。俺の記憶が正しければだが、川の下流っめこんなにゴツゴツした石って無かったよな?」


河川にある石というのは、上流から下流へぶつかり合いながら流れてくる事によって丸く小さくなる。

ゴツゴツした石があるのは上流であり下流にあるのはおかしい。

その目で見ると健の痕跡が消えたと言っていた部分にゴツゴツした石が大量に集まっている。


「あ。確かに。違和感の正体はこれか。」


「何か隠してるよな。これ。」


「退けてみましょう!」


ゴツゴツした石のみを退けてみると石の下にまたしても地下への入口が見つかった。

さっきと違うのは昔に作られた物ではなく、最近作られた物だということ。


「ここが本丸ってことだな。」


「なんでわざわざ石を乗せたんだ?幻影魔法とかの方が見つかりにくかったろ?」


「幻影魔法は万能ではありません。実物が無いので触ってしまえば幻影だと分かってしまいます。それに魔法を使えば必ず魔法の痕跡が残ります。」


「そこまで慎重になる必要あるか?ここ誰も来ないだろ?」


「実際私達が来ていますよ。」


「あー…まぁ。つまり慎重に隠してたって事だよな。」


「マコト様。私の探知できる範囲には誰もいないみたいです。」


「よし。中に入ってみよう。」


ガコッ両開きの扉はなんの抵抗もなく開いた。


地下に続く階段には松明のような魔道具が設置されていて足元が明るく照らされている。

コツコツと階段を降りる音がやけに反響して聞こえる。

階段を降り切るとまた扉が現れる。


「中に誰かいます。」


「何人だ?」


「大勢います。」


「そうか…」


もしもこの先にいるその大勢が全員敵だとしたらかなり厄介だ。

とは言え行くしか俺達に選択肢は無い。


鉄製の扉に手を掛け、ゆっくりと開ける。


こっちにも鍵の類は無いらしい。

扉を開くと、その先には予想していなかった光景が広がっていた。


四角形の部屋に先程と同じ様な松明に似た魔道具。

その部屋の中には大勢の人がいた。

そのほとんどがドワーフ。

全身を覆い尽くす様なフード付きのマントを羽織っている。しかし、俺達が入ってきてもピクリとも動かない。

フードの影から光の揺らぎで時折見える顔に生気は無く、ぼぅっと一点を見つめ続けている。


全部で40人は居るだろうか。

その光景を目の当たりにしてリーシャが口を覆い目を見開く。

恐らくはギビドとやらを完成させる為に使われた人々だろう。


「なんて…数…」


「全員目の焦点が合ってないな。死んではいないみたいだが…」


「このまま放置されるくらいなら死んだ方がマシかもしれないがな…」


「例の作業員達でしょうか?」


「だろうな。」


「……この人達…治りますか?」


「正直分からない。少なくとも今の俺じゃあ打開策は見つけられそうに無い。」


「……」


そもそも生気を吸い取るという事自体がいまいち理解出来ていない。

生気とは何か…という話になるのか、もっと別の明確な何かなのか。検討もつかない。


「この部屋はどこかに繋がってるってわけじゃなさそうだな。」


健が一通り部屋の中を見てくれたが出口は俺達の入ってきた場所だけの様だ。


「なら作業員を禁術を使ってここに連れてきて、生気を吸い取りそのまま放置…って事か。」


「この状態になったら逃げる心配も無いだろうしな。」


「……アジャルにここの事を伝えますか?」


「そうだな。こんな状態でも伝えてやるべきだろうな。」


「…分かりました。」


「ん?真琴様。ちょっと待ってくれ。これ見てくれないか?」


「…これは?何かの花弁みたいだが。」


「ここに落ちてたんだが。これはメイサ草の花弁だ。」


「門に刻まれていた彫刻の?」


「あぁ。」


「なんでこんな所に…作業員達が持ってたとは考えにくいよな。」


「当時は作業中だったはずだしな。」


「となるとここに連れて来た誰かが?」


「メイサ草ってのは神聖な物だって言ってたろ?」


「アジャルからそう聞いたな。」


「だからテイキビではメイサ草の生えている場所は決まってるんだよ。」


「となるとその周辺にそいつがいるかもしれないわけか。」


「手掛かりにはなりそうだろ。」


「だな。早速調べてみるとするか。…と。その前にアジャルだな。さっさと出よう。」


俺達はその地下室を後にして街に戻る事にした。

証拠隠滅される危険性もあるしプリネラを呼んで待機してもらっている。


「アジャル!」


「マコト!どうだった!?」


店に向かうと勢いよく駆け出してくるアジャル。相当心配していたんだろう。


「多分見つけたぞ。」


「本当か?!」


「あぁ。だが…」


「なんだ?!」


「生きてはいる。生きてはいるが、正気を失っている。」


「そ…そんな……」


「助ける方法は今の俺には思い付かない。すまない。」


「……いや…見つけてくれただけでありがたい。助ける方法は必ず俺が見つけ出してやる!」


「俺の仲間の一人が現地で待ってる。歩いて連れ出すのは無理だ。馬車か何かで連れて来る必要があるぞ。」


「分かった!知り合いに声を掛けて現地に向かう!!」


プリネラの待つ場所を教えるとドタバタと急いで動き出した。

こちらはこちらで調べなければならない事もある。

プリネラには既に収集するべき情報を伝えてあるしとにかく時間が惜しい。


俺達はアジャルを見送った後直ぐに行動に出た。

メイサ草のある場所はそれ程多くはない。

神聖な象徴とはいえ別に隔離されているわけではない。

街の所々にメイサ草が生える大きな花壇を設けており、管理しているというだけだ。

その周辺を調べられれば良い。

象徴と言うだけあって街中に花壇はある。でも限定されただけでかなり調べやすくなった。

それからは毎日街中にある花壇を調べ回った。


絶対にどこかに手掛かりがあると信じて。


そして数日が経った。

アジャルも手伝うと言ってくれたが、ここから先はより危険になる。

自分達の事を嗅ぎ回っている奴らがいると知られれば何をしてくるのか分からない。

慎重に動く為にも顔があまり知られていない俺達だけで調査する必要があった。

これだけ慎重に行動してきた奴らだ。誰かに聞いて情報が手に入るとは思えない。

ならばそれらしき人物や場所を自分達の目で見て特定するしか方法はない。


そして、ついにその場所に目星をつけることに成功した。


それは南東地区。

つまり王族を含め、貴族達の住む地区だ。

貴族達の住む地区は一つ一つの屋敷が大きく、何かを隠すには持ってこい。


その中の一つ。古い屋敷。

ある貴族の屋敷だ。

別に怪しい所は無いように思えるが、その貴族が最近出入りしているところを見ていない。

どこかに行っているのではと思った。その可能性も無くはない。だが、プリネラが屋敷を調べようとした時、強い血の臭いが鼻を突いたと言っていた。

血の臭いがする屋敷。敷地が広すぎて近づかなければ分からない。

それでも屋敷に近づいただけでそれと分かるほどの血の臭い。一体どれ程の血が流れればそんな事になるのか想像もつかない。

一刻も早く屋敷に乗り込んで……


「おぉ!久しぶりだなー!」


突然後ろから声をかけられる。

振り向くとそこには全く見たことも無いムキムキのドワーフさんがいた。

いや、3人だからムキムキドワーフさん達が。


「こんな所で何してんだよ!ほら来いよ!」


笑顔で腕を掴まれる。

ドワーフは手先が器用な事に加えて力が強い。

背が小さくても人種の大人の倍以上の力を使える。

ムキムキさんなら当然もっとだ。ほとんど強引に引っ張られそうになる。


「誰に手を掛けているのです?」


「ひっ?!」


凛の般若モードの恐ろしさからドワーフ達の顔が引き攣る。


「凛。」


「ですが!」


「やぁ!久しぶりだな!ちょっと迷っちまってな!行こうか!」


「え?…あ、あぁ!」


ドワーフ達の意図が伝わった為俺はドワーフ達のそれに付き合った。

屋敷から離れしばらく歩き、北東地区周辺まで連れ出される。


「あんた達何者だ?なぜあそこにいた?悪い事は言わないからあの屋敷には近づくな。」


「ネフリテス。」


「?!!」


「おい!こんな所でそんな話をするんじゃねぇ!」


「どこに行けば良いんだ?」


「……着いてこい。」


ドワーフ達に連れられて更に街の奥へと連れて行かれる。

凛や健達もなんとなく察しがついたのか大人しく着いてくる。

最初は確かに警戒したが、ドワーフ達が俺達に話しかけてきた時悪い事を考えている奴ら特有の嫌な感じがしなかった。

むしろその逆。親切心からの行動だとなんとなく理解出来た。

その時に気が付いた。このドワーフ達もネフリテスの事を追っているのではないのかと。

下手に敵地に飛び込もうとしていた俺達を見て止めに入ってくれたのだろう。

ならばとりあえず話だけでも聞いておかなければ。


連れて行かれたのは何の変哲もない小さな街工房。


「ここは…製鉄所か?」


煤で真っ黒になった壁や天井。

壁にかけられているいくつかの道具。そして大きな釜。


「そうだ。元。だがな。」


今は使われていないのかよく見ると煤の上に埃が被っている。


「……それで?なぜお前達はネフリテスの事を知っている?」


「俺達はアジャルという装飾職人を手伝っててな。そいつの所の作業員を助けたんだが、放心状態でな。約束は作業員を助ける事だ。ならなんとかする為にも禁術を使ったバカ達に聞く方が早いだろ?」


「じゃあアジャルのとこの作業員を助けたのはあんた達なのか?!」


「なんだ?アジャルを知ってたのか。」


「そいつは心強い!確かあんたらギャンボの旦那を探してたよな?!」


「え?あぁ。アジャルがこの件を辿って行けばギャンボに会えると言ってたからな。それがあって手伝う事にしたんだよ。」


「そうだったのか。ギャンボの旦那に会いたいか?」


「当初の目的だからな。そりゃ会えるなら会いたいぞ。」


「会わせてやる。」


「ん?どう言うことだ?」


「俺達はネフリテスの奴らがこの街で悪さをしてると知ったギャンボの旦那が集めた対抗組織メイサの一員なんだ。」


「対抗組織?」


「あぁ。詳しい話はギャンボの旦那に聞いてくれ。」


3人のドワーフに連れられて向かった先は北東地区でも多くの職人が工房を構える地域だった。


その真ん中。中心にあるのは北東地区でも最も大きい工房。ギャンボの工房だ。

もちろん一度尋ねたことがある。

しかしその時はもぬけの殻。誰もそこにはおらず諦めて帰った。

連れてこられた現在も誰もいない。


「ここには一度来たが誰もいなかったぞ?」


「この街の職人ってのは世界的に見ても最先端を歩む奴らばかりだ。どこの誰が何をしてくるのか分からないのに自分の技術や作品をおおっぴろげに置いておけないだろ?だからどの工房にも必ず隠し部屋ってのがある。」


「隠し部屋?」


「そこに自分達の作品や成果を隠しておくのさ。」


「そんなもんがあったのか。」


「簡単には見つけられないぜ。なんせ魔法は使わないからな。」


ドワーフが首から何かを取り出す。

かなり複雑な形だがどうやら鍵の様だ。

それを一際大きな釜が乗っている台座の所へと持っていく。

台座は何の変哲もないただの台座だ。だが、ドワーフが台座の中心付近を触っているとカチャッという音がして一部が凹む。

するとそのすぐ横に鍵穴が出てくる。

星型の様な形の鍵穴に先程の鍵を差し込み回す。


するとゴゴゴゴと重たいものが動き出す音が聞こえてくる。

何十人も入る様な大きな釜が持ち上がり台座が左右に動き出す。

そしてそこから地下へ続く階段が現れる。


「なんつー仕掛けだよ…」


「やり過ぎだと思うか?でも職人にとってそれ程に大切な物なんだ。これでも足りないと思う奴だっているぜ。」


「まぁ世界の最先端となればこれくらいしても足りないのかもな。」


「へへっ。よし。行くぜ!」


階段を先行して降りていくドワーフ達の後をついて行く。

階段を降りた先にある扉を開くとこの目を疑った。


地下とは思えない程大きな空間。

巨大な円形に掘られた地下、外側に貼り付けるように作られた足場は全部で3階層分はあるだろうか。

簡単に数百人は収容出来るスペースだろう。

真ん中には階層間を行き来するエレベーターの様な機構が作られている。

多分魔石を使った技術だろうが、今まで見たことの無い技術だ。地下だと言うのにまるで昼間の様に明るい。何故か全く違う雰囲気であるのに日本を思い出した。


「どうだ?!すげぇだろ!?」


「あぁ!こりゃすげぇ!」


「確かに壮観ですね…」


「ここにはこの街の最先端の技術が集まるんだ。ギャンボの旦那が作った地下施設だ!」


「なんでこんなものを?」


「ギャンボの旦那が言ったのさ。技術を職人同士で共有出来ればもっと凄いものが作れるってよ。それに賛同した職人達はここに技術を持ち込んでは職人同士で話し合い、より良い物を日々作りだしているんだよ。」


「はは…すげぇな…言葉に出来ねぇ…」


「ドワーフ舐めんじゃねぇ!」


腕を持ち上げて見せる3人の顔には自分達の技術に対するプライドが見えた。



「おっと。そんな話より今はギャンボの旦那だったな。着いてきてくれ。」


この地下施設の最下層へと向かう。

エレベーターだと思っていた機構はどうやら荷物専用らしい。歩いて下に向かっていく。

そこかしこからドワーフ職人達の怒声に近い言い合いの声が聞こえてくる。

きっとこうして新しい技術は生まれていくのだろうと少し得をした気分になる。


最下層に着くと上の層に比べて人は少なく物も少なかった。


「この最下層はギャンボの旦那が使ってる層だ。本人はそんなつもりは無いだろうがやっぱりあの人は他の職人とは格が違う。ギャンボの旦那に認められた様な職人達しかこの最下層に入る事を許されねぇ。」


「許されない?誰にだ?」


「自分にだ。」


「そうか。」


「さぁ着いたぜ。」


この施設内ではテーブルや椅子はあっても区切りの様な壁は無かった。

情報を交換する場なら隠す必要が無いからだと認識していたが、ここだけにはブースの様に囲われた場所が一つだけあった。


「ここは俺達の作ったギャンボの旦那の部屋さ。」


恐らくは職人達の好意だろう。

ギャンボの部屋と呼ばれた空間への扉をドワーフが開く。


「ギャンボの旦那。」


ドワーフ3人が先に中に入り話をしてくれるようで俺達は外に待機する。


数分後…


バタンッ!!


ぶっ壊れるんじゃないかと思うほど勢い良く開いた扉から俺の記憶で見た顔が現れる。


「…………戻ったかーー!!!!」


ボサボサの赤髪、ボサボサの赤髭。遠近感が狂う様な太い腕。


「うはーーーー!!!来たなー!!戻ったなーー!!!」


バシバシと体を叩かれてグラグラしてしまう。


「だ、旦那?!」


「あんだぁ?!」


「い、いえ…なんでもありません…」


ドワーフ達の顔から察するにこんな反応をするギャンボは初めて見たらしい。


「とりあえず中に入れ!!」


こちらの事はお構い無しにほとんど無理矢理部屋の中に引っ張られてしまう。

不思議な事に凛はいつもの様に怒ることは無く見ているだけだ。


「座れ座れ!!」


「あ、あぁ。」


「ギャンボさん。今は真琴様と名乗っています。私は凛。これが健です。」


「俺はこれ扱いか?!」


「ぶっはっは!!お前達も相変わらずだなぁ!!」


「はい。」


「いやー!良い日だ!!今日は良い日だー!!」


一言で言えば超豪快な人。そしてうるさい。


「お!そういやあのチビ助はどうした?!」


「チビ助じゃなくてプリネラだってば!!」


「ぶっはっは!!そんな所におったんか!!」


「クソジジイ!!」


「ぶっはっは!!よしよし!!」


プリネラの頭をまるでみかんの様に鷲掴みにしてグルグルと回す。


「やめぃ!はっ!はっ!」


「むーん!!効かーーーん!!」


「くー!硬い腹筋は相変わらずか!」


「久しぶりだな。」


「うん!」


仲が悪いのかと思ったらどうやらこれが2人の挨拶らしい。


「それで?マコト…だったか?そこの嬢ちゃんは…奴隷か?」


リーシャに目をやり、手枷足枷を一目見ると俺を睨み付けるように凄んでくる。


「まぁ奴隷には違いないんだが、本人がどうしても奴隷のままになるとしても着いてきたいと言ったから連れて来たんだ。

他の主人を探して奴隷から解放された方が絶対に良いと言ったんだがな。変わり者だよ。」


「マコト様?!変わり者とはあんまりです!」


「変わり者は変わり者だろ。」


「私はマコト様達の事を本気で!」


「ぶっはっは!!よー分かった!お嬢ちゃん。名前は?」


「リーシャ…です。」


「そうか。まぁ聞いたはいいが覚えるの苦手だからお嬢ちゃんで良いか!」


「えー…」


「ぶっはっは!!」


「それよりギャンボのオヤジさん。マコト様に例のものを。」


「ん?あぁ。そうだったな………

すまねぇが。マコトと2人にしてもらえないか?」


「え?」


「これは俺が受け取った時の約束でな。」


「……分かった。」


「健?!」


「凛。相手はギャンボのオヤジさんだ。悪い様にはならねぇよ。」


「……そうですね。分かりました。」


ギャンボと俺を残して全員が部屋から出ていく。


「久しぶりだな。と言っても今はまだ久しぶりかもわからねぇだろうが。」


「…あぁ。」


「人払いしたのは俺がマコトからあの箱を預かった時に頼まれたからだ。」


「俺が?」


「そうだ。」


「なぜそんなことを…?」


「簡単だ。俺が今から渡す箱は2つある。」


「2つ?」


「あぁ。受け取れば全て分かると言っていた。」


「……分かった。」


ギャンボの胸から白い箱がいつもの様に出てくる。

その後から真っ黒な箱が続く様に出てくる。


「黒い…箱?」


どちらもパカリと口が開くと白い光と黒い光が視界を埋め尽くす。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「着いたーー!!」


プリネラを仲間に加えて辿り着いたのはテイキビ。

プリネラ自身もかなり強くなったし余程の事が無い限りやられたりしないだろう。


「グラン様。ここからはどうされますか?」


「そうだな…確かこの街には凄腕の職人がいたよな?」


「えーっと確か…」


「ギャンボです。筋肉バカに思い出させるのは無理がありますね。」


「今答えるところだったんですぅー!」


「気持ち悪いです。」


「酷いよ?!それは!!」


「何がですか?」


「分かってるよね?!絶対に分かってるよね?!」


「ねぇねぇ。グラン様。そのギャンボって人に会いに行くんですか?」


「単純な興味だけどな。やっぱり本物の技術って見てみたいだろ?プリネラは思わないのか?」


「んー。グラン様が見に行きたいなら私も行きたいです!」


「基準がズレてるが…まぁいいか。まずは宿をとってギャンボって人に会いに行こう。」


「はーい!私は姿を隠しておきますね!」


そう言うとプリネラはふっと視界から消えて身を隠した。


「ほら。その辺にしてそろそろ行くぞ。」


「はい!」


「グラン様ー!!」


「なんだよ。ジャイルはまたやられっぱなしか?たまには言い返したらどうなんだ?」


「勝てるわけないだろー。あの言葉の刃は全てを刈り取る刃だぞー。言い返しても全て刈り取られるってのー。」


「まぁなぁ…」


「それよりそのギャンボって人はかなり凄い人なんだろ?簡単に会えるのか?」


「どうかな。行ってみんことには分からん。」


宿を取ってそのギャンボという人物を探してみる事にした。

街一番の職人という事だしすぐに居場所は分かった。

北東地区のほぼ中心地。一際大きな工房がそのギャンボって人の居場所らしい。


「ごめんくださーい!」


「はいよーー!!」


工房で声を掛けるとすぐにドワーフが出てきた。

赤髭と赤髪をボサボサに生やした腕の太いオヤジドワーフ。


「あ、こんにちは。ここにギャンボって方がいらっしゃると聞いて来たのですが…」


「いるぞ!何か用だったか?」


「はい。こちらのグラン様が是非その技術を見てみたいと…」


「技術?人種の職人か何かか?」


「いや、俺は職人じゃない。ただの趣味…というのかな。ライラーの最高峰とまで言われている人の技術を見てみたいと思ってさ。」


「………良いだろう。」


「へ?」


本来ならばまず有り得ない事だ。

断られると思っていたしダメ元だった。

職人にとっては自身の技術というのは命の次に大切な物だ。そんなに簡単に他人に見せたりはしない。

しかもこんな接客を行うような下っ端が勝手にOKしても大丈夫なのか?!


「い、良いのか?!」


「なんで頼んだおめぇさんが一番驚いてんだよ。」


「い、いや…本人に確認を取らないとまずいんじゃないか?」


「あー。言ってなかったな!俺がギャンボだ!」


「えぇー?!」


「ぶっはっは!!俺が物を作る所を見たいんだろ?!入れ!」


頼んだ俺が言うのもおかしな話かもしれないが。このギャンボというドワーフの男は変わり者だ。


その後ギャンボは作業を一通り見せてくれた。

作業中は神経を尖らせているし話しかけられる雰囲気でもなかった。

作業が一通り終わると俺は疑問に思った事やなんかをまとめてギャンボにぶつけに行く。


「なぁ!あれって…」


「いやいや!あれはなぁ!」


その話し合いは夜遅くに始まり延々と続いた。気がついた時には夜が明けていた時は流石に申し訳なく思ったくらいだ。

でも結果としてはそれが良かったらしい。

ギャンボは昔から職人同士で色々な技術や情報を共有する事でより早くより良い物を作り出せるはずだと考えていたらしい。

俺と一晩中話し合った事でより多くの事を思い付いて早速試してみたいと鼻息を荒くしていた。


「そう言えば。お前の従者のジャイルってのは変わった作りの剣を腰から下げてたな。」


「ありゃ刀って言う物だ。この世界の物じゃない。」


「カタナ?というかこの世界?」


俺は異世界の情報を魔法によって収集している事やそこで得た知識で作った刀について詳しく説明した。


「へぇ!そんなもんがあんのか?!」


「普通の剣よりもずっと硬質で鋭い。ただその分扱いが難しくて下手に使うと直ぐに斬れなくなる。手入れも毎日しなきゃならない。

異世界の物だし下手に作れば歴史が変わるからな。作り方までは教えられないが…」


「いや。そんなもん作るなんて怖い真似俺には出来ねぇよ。国宝なんか目じゃないだろ。」


「そこまでかは分からないが…」


「ただやっぱり気にはなるな。」


「じゃあ見てみるか?素人の俺が作ったもんだけど…ジャイル。」


「おぅ。」


「すまねぇな!

……ほう…こいつは…」


「どうだ?」


「素人にしちゃなかなかの出来だと思うぞ。本物を見た事は無いがな。ただ…」


「ただ?」


「改善の余地はありそうだな。」


「マジか?!」


「見た限りこのカタナに使われている金属はかなり純度が高いだろ。」


「よく分かるのな。」


「俺を誰だと思ってやがる。」


「そうだったな。」


「詳しくは分からねぇが、金属が無理してる様に見える。」


「無理している?」


「あぁ。感覚的な物だから詳しく説明しろって言われても無理だぞ。」


「……」


「少し俺の所で作業してみるか?そしたら何かを掴めるかもしれねぇぞ?」


「良いのか?!」


「いい物を見せてもらった礼だとでも思ってくれ。」


まさかギャンボの作業に加わる事が出来るとは思ってもいなかった俺は大いに喜んだ。


それからは毎日ギャンボの所で作業を手伝ったり話し合ったりしながら多くの事を学んだ。


二ヶ月の時が経った。


「お前の所のグランは本当に化け物だな!!」


着いてきた凛と健に放った一言でポカーンとなった。


「化け物ではありません。グラン様です。」


「ぶっはっは!!分かってる!!悪口じゃあねぇ!あいつは普通の奴らよりも多くの事を瞬時に吸収して昇華しちまう。すげぇ奴だって話だ!」


「そうでしょう。なにせグラン様ですからね。」


「おいティーシャ。それは答えになってないぞ。」


「そうですか?」


「ぶっはっは!!いやー!愉快愉快!

グラン。おめぇは俺達が一年掛けて手に入れる技術を一ヶ月そこらでマスターしちまう様な奴なんだよ。天才って奴だ。」


「そうなのか?まったく分からんが。」


「気付かぬは本人だけか!ぶっはっは!!」


「楽しそうだな。」


「そりゃおめぇこんなに張り合いのある奴そうそういねぇからな!俺は楽しくて仕方ねぇ!」


「そいつは良かったが…」


「グラン様。」


「なんだぁ?!どっから出てきたこのチビ助は?!」


「私はチビ助じゃない!グラン様から頂いたプリネラって名前がある!」


「ぶっはっは!!威勢のいいチビ助だな!」


「このクソジジイ!」


「ぶっはっはっはっは!!クソジジイときたか!おもしれぇ奴だなぁ!」


プリネラの頭を鷲掴みしてグルグルと回す。


「やめろーー!!回すなーー!」


「ぶっはっは!!」


「それよりプリネラ。どうしたんだ?」


「あ!はい!

最近入った情報で、何者かがグラン様を狙ってここテイキビに向かってきているとの事です。」


「そうか。」


「なんだぁ?グラン達は誰かに追われてるのか?」


「俺は人より魔力が多くてな。それを利用しようとしているどっかの誰かがこうしてちょっかい出してくるんだよ。」


「なんだそりゃ?!そいつは聞き捨てならねぇな!!」


「俺達の問題だし俺達で片付けるから気にしないでくれ。下手に手を出したりしたらギャンボまで国に追われる事になるかもしれないからな。」


「何言ってやがる!!そんなもん関係ねぇ!!」


「??」


「おめぇ達はもう俺の仲間だ!ドワーフの職人は仲間は絶対に見捨てねぇ!」


ギャンボの目は大マジ。当たり前だと言わんばかりだ。


「おいおめぇら!ちょいと喧嘩してくるから作業しとけや!」


「ギャンボの旦那またですかい?」


「もう歳なんだから気を付けて下さいよ?」


「うるせぇ!黙って作業してやがれ!」


「「へーい。」」


作業員全員またかという顔で作業を続ける。よくあることらしい。


「……はは。じゃあすまないがギャンボ。ちょっと手伝ってくれ。」


「任せろや!!」


ギャンボが威勢よく言って持ち出したのはバカでかい大槌。自分よりデカいハンマーだ。なんの装飾も無く無骨で荒々しい大槌を肩に担ぐ。


「よっしゃ!行くぜー!」


「クソジジイ!グラン様の邪魔するなよ!」


「チビ助が言うじゃねぇか!その小さなカタナは飾りじゃねぇだろうな?!」


「当たり前だ!」


「ぶっはっは!!」


ギャンボを加え、プリネラの得た情報を元にその邪魔者達の元へ向かう。

どうやら街中ではなくて塀の外をテイキビに向けて行進しているらしい。


「何人いるんだ?」


「正確な人数は分かっていませんが、百人近いかと…」


「ぶっはっは!!百対五か!こりゃ大喧嘩だなぁ!!」


どこからそんなに集まって来ているのかまったく分からないが…来ているのならやるしかない。

北門から出て暫く行くと奥からそれらしき1団が見えてくる。


全身に鎧を着込み、武器を備え行進している。少なくともドワーフではなさそうだ。


「………」


「やぁ。俺に用があるんだって?」


「捕らえよ。」


「いきなりかよ?!」


先頭にいた馬に乗る兵士が槍の切っ先を俺に向けると兵士達が一斉に押し寄せる。


その数百以上。


「よっしゃぁぁぁ!!やったらぁぁあ!!!」


先陣を切り大槌を振り上げて敵に向かっていくギャンボ。

体を拗らせて大槌を横に振る。


「どっせーーい!!」


大槌にぶつかった兵士の鎧をへしゃげ、それでも止まらぬ勢いでさらに2人、3人と大槌にぶつかり、一斉に吹き飛ばされる。

勢い良く飛んできた兵士達を避けきれず吹き飛ばされる兵士達。


「ぶっはっは!!どうでぇ!!」


肩にハンマーを担ぎ兵士達を挑発する。


「俺達も負けてられないな。おらぁぁあああ!!」


健がギャンボとは別の方向にいる兵士達の中へと切り込んでいく。

鎧を着ていようが隙間はある。

その隙間を的確に狙い切り込んでいく。

バタバタと数人が倒れる。


「ぶっはっは!!ジャイルとやら!なかなかやるじゃねぇか!」


「あんたもな!ギャンボのオヤジさん!」


「これだから筋肉バカは…行きます。」


凛が杖を振ると細い蔦の様なものが鎧を縫うように生えてくる。

2人程にその蔦が完全に絡まりきると、兵士がギクシャクした動きで後ろを向く。

そして剣を持ち上げて振り下ろす。敵に向かって。

蔦を操る事でまるでマリオネットの様に戦わせるのだ。

魔力の消費はほとんど無いがこちらの手駒が増えるわけだ。

敵同士で殺し合う訳にもいかず操り人形に倒されていく兵士達。


「ぶっはっは!!ティーシャとやらもやりおる!!」


「いやー。あれはえげつないって…」


「黙りなさい。筋肉バカも操りますよ。」


「ひぃー!ごめんなさい!」


「プリネラ。」


「はい。グラン様。」


「数が多い。お前も手伝え。」


「はい。」


プリネラがふっと消える。


「あ?なんだぁ?」


ドサドサ


ギャンボの目の前で突然倒れる兵士達。


「あぁ?あ!!チビ助!!」


「私はプリネラだ!」


「ぶっはっは!!おらおら行くぜぇ!!」


兵士がこれだけいてもお構い無しだ。皆しっかりと殺さないように手加減しているし。

殺してしまえば相手に大義名分を与えてしまう。まだ世界を敵に回してしまうには俺達の実力は足りていない。


ガキーン


「ぐぁ!!」


甲高い金属音と共に健の苦しそうな声が聞こえてくる。

先程先頭にいた槍の兵士が健の前に立ち塞がったらしい。


かなり強い。


健は身体強化が使えないとはいえ、身体強化を使った兵士よりずっと強い。


その健を軽々と吹き飛ばした。


幸い浅い傷で済んだ様だが、殺さないように手を抜いて戦うには健には荷が重い相手かもしれない。


「ジャイル!下がれ!」


「くっ!すまねぇ…」


「気にするな。それより回復に徹しろ。」


「……くそっ…」


俺はその兵士の前に立つ。


兜に赤い飾り羽。そしてミスリルの槍。


「すまないが交代だ。」


「………」


冷静に、冷静に。

俺はそう言い聞かせていた。


それでも黒い感情はふつふつと湧き上がってくる。

自分の家族を殺される感覚。


父親の死。母親の死。


あまりにも鮮明に蘇る記憶が脳裏をずっとチラチラとしている。

こいつらが…そして健までも傷付けるとは…

今俺がギリギリ理性を保っていられるのは凛が俺の感情に気が付いてチラチラと心配そうにこちらを気にしているからだ。

それが無ければ恐らく理性を失っていた。

いつも俺の最後の防波堤は凛だ。


「殺すつもりは無いが痛いぞ。」


俺は杖を振る。


「うおぉぉお!!お?なんだなんだぁ?!」


「げっ?!こいつはやべぇ!おい!プリネラ!下がれ!」


「兄様?」


「グラン様の魔法だ!そこにいたら巻き込まれるぞ!!」


「はい!!」


「こいつがグランの魔法か?」


空から深々と雪が音もなく降り注ぐ。

真っ白な雪。


「なんだ?雪か?確かに雪を降らせるなんてすげぇが、こんなもんじゃ敵は倒せないぞ?」


「バカ言え…魔法はここからだ…」


「……」


待つ気は無いと言わんばかりに赤い飾り羽の兵士が槍を構えて俺に向かってくる。

馬が走る音。雪が風を受けて進行方向を変える。

そして兵士が槍を振りかぶる。


「……氷雪夢幻」


雪が突然落下するのを止める。

槍は勢い良く俺に向かってくる。


そして俺の目の前、紙一重で槍先は止まった。


「な……なんじゃこりゃ……」


「言ったろ…グラン様の魔法だよ。」


「綺麗……」


「これがグラン…」


「氷雪夢幻。グラン様が考案した第八位の氷魔法です。深々と降りしきる雪の一粒一粒がグラン様の意志により作られた魔法。その雪に一度でも触れた者は完全に凍り付く。」


一面にいた兵士が全て氷漬けにされている。

殺すつもり無いため顔は氷漬けにはしていない。


「グラン様が殺す気ならば氷漬けではなくて存在そのものが凍り付きバラバラになっていたでしょう。」


「なんて奴だ…」


「グラン様を怒らせたら百の兵士など赤子同然なのですよ。」


「姉様!兄様!綺麗ですね!」


「プリネラはいつもちょっと感性がズレてんだよなー。」


「そうですか?綺麗なのに…こんなに綺麗な魔法私は見た事ありません!」


「………」


「無駄だ。俺の氷は割れないよ。」


「貴様…」


「これに懲りたらもう追ってくるな。じゃあな。」


「待て!」


「なんだよ。」


「必ず捕まえてやる。必ずだ!!」


「……」


赤い飾り羽の兵士に背を向けて街へと向かう。


「お、おい!グラン!あのままでいいのか?!」


「死にはしないよ。」


「いやいや!氷が溶けたらまた来るかもしれないだろ?!」


「そこまでバカでは無さそうだし大丈夫だよ。」


「そ、そうなのか?」


「あぁ。それよりギャンボ。ありがとな。助かった。」


「何言ってやがる!俺とお前達の仲だろ?気にするな!!ぶっはっは!!」


「あぁ。ありがとな。」


それが俺とギャンボが出会った最初の記憶だった。

光に視界が包まれる。いつもの様に真っ白な世界。

その世界が突然真っ黒に染まる。


「お前は…俺か?」


真っ黒な世界に現れたのはグランと名乗っていた時の俺だった。


「そうだ。未来の俺だな。」


「なんか変な感じだな。」


「多少の会話は出来るがこの魔法は記憶の断片を埋め込んだに過ぎない。必要なことだけ伝えるぞ。」


「分かった。」


「ギャンボより後に箱を預けた人達には必ず黒い箱も預けてある。」


「確かにギャンボからも出てきたな。」


「その黒い箱の中身は知識だ。」


「知識?」


「本来であれば持っていてはならない類の知識。禁止された魔法や失われた魔法。技術。」


「……」


「そしてもう一つ。俺の中にあるこの怒りや憎しみといった感情だ。」


「なるほど…」


「はっきり言ってこれを残すかは迷っていた。だから、この黒い箱の中身を受け取るか否かは未来の俺に託そうと思ってな。」


「つまり今の俺だな。」


「あぁ。どうする?」


「……受け取るさ。」


「良いのか?辛い事になるかも…いや、なるぞ。」


「でもそれも俺だろ?」


「……そうだな。」


「なら全部受け取ってやるさ。捨てたりはしない。それに俺には凛や健、他の奴らだっている。大丈夫さ。」


「そうか…そうだよな。分かった。じゃあ次に会いにいくべき相手と共に未来の俺に託そう。」


その瞬間、頭の中に一気に知識が流れ込んでくる。

そして腸が煮えくり返る様な憎悪。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「……ぐっ!」


「マコト!!」


「大丈夫だ…少し衝撃が強かっただけだ……ふぅ。

改めて、久しぶりだな。ギャンボ。」


「……うぉおおお!!よく帰って来たぁ!マコトぉーーーー!!!」


「痛い痛い!」


「どれだけ思い出せたんだ?!」


「ギャンボと最初に出会った時から大喧嘩した所までだな。」


「そうかそうか!ぶっはっは!!あれは楽しかったぜ!!

それより本当に大丈夫なのか?昔お前に渡された黒い箱はお前を苦しめるかもしれないって聞いてたからよ!!」


「大丈夫だ。ギャンボの顔をみたらそんな事どうでも良くなった。」


「くぁーー!!いい事言ってくれるじゃねぇか!!おーい!お前達!入ってこい!それと酒だ酒!!」


「無事に終わったのですね。」


「あぁ。新しい属性は使えないけど魔力はしっかり戻ってきた。」


「凄いですね…既にかなりの魔力ですよ…」


「そういやリーシャは魔力を感じられるんだったか?」


「はい。」


「辛かったら言えよ?」


「いえ…それが、全然大丈夫なんですよ。」


「??」


「普通強すぎる魔力の人の隣に居るとピリピリして気分が悪くなるのですが…マコト様の場合優しく包み込まれているような…暖かいですね。」


「なんか違いがあるのか?」


「どうでしょうか…」


「それはなんとなく分かりますね。」


「凛?」


「真琴様は基本的に物凄く優しいので、私達に対しての愛が魔力に現れているのですよ。間違いありません。」


「なんかすげぇ恥ずかしいのだが…」


「凜よ。ついに頭ぶっ壊れたか?

……ぐほぉおお?!ちょっ……死ぬ……」


「死んで下さい。」


「ご無体な……」


「あー!兄様だけズルいです!姉様私にもー!」


「ぶっはっは!!相変わらずだなぁ!ぶっはっは!!」


「そっちも変わらずか?」


「俺は元気だぜ!だが…」


「あぁ。話は聞いてるよ。ネフリテスの事だよな。」


「あぁ…」


「ここまで来たんだ。詳しく話してくれ。」


「あぁ。分かった。

俺達職人ってのは街に根付くもんだ。そんな職人ってのは街の小さな変化にも敏感でな。ある時からこんな噂が広がり始めた。

どっかのバカが禁術を使ってテイキビのドワーフを攫っていると。

最初は皆ただの噂だと思ってたさ。そんな命知らずなんていないだろってな。だが、色々なところから人が消えたと言う事件の事は聞いていた。

人攫いなのか、それとも神隠しか…最初はそのクソ野郎を探し出してぶん殴る為に人を集めたんだ。」


「集まったのか?」


「ほとんどが職人だったな。荒事になるし腕っ節に自信のある奴だけを選んで一緒に探したのさ。

だが、アジャルの奴の話を聞いてまったく考えが変わったんだ。」


「禁術。」


「あぁ。アジャルの奴はお調子者ではあるが嘘はつかねぇ。特に俺に対しては絶対にだ。そのアジャルが作業員がおかしくなったと言いやがる。

国の奴らは一切信じなかったらしいが俺達は違う。あいつの事は皆よく知ってるからな。ここにも良く来ては俺達と話し合いをしてた。」


「それで?」


「とにかく調べたさ。あちこち行っちゃ調べてを繰り返した。そんでやっと見つけた。それが貴族街にあるあの屋敷だ。」


「……」


「敵の本丸に乗り込む為の準備は整ったんだがな。俺達はドワーフ。俺は多少の魔法は使えるが、他の奴らは生粋のライラー。禁術なんざ使われたらひとたまりもねぇ。」


「それで俺達は止められたわけか。」


「あぁ。恥を承知で頼む。助けてくれねぇか。」


「何が恥なんだ?俺達は仲間だろ。当然だ。

あの時ギャンボが来てくれた様に、今回は俺達がついて行く番だ。」


「すまねぇ。助かる。」


「行くと決まったからには準備しなきゃならないもんがある。」


「一通り揃ってるぞ?」


「それに加えてもう一つ必要なものがある。」


「必要な物?」


「今回ギャンボから返してもらった記憶の中には禁術の類の情報もあってな。今回使われている禁術についても思い出したんだ。」


「本当か?!」


「あぁ。必要な物は禁術を受けても一度だけ効果を防いでくれるアイテムの作成方法だ。」


「なに?!そんなアイテムを作れるのか?!」


「あぁ。今回使われている禁術は悪魔の手という魔法だ。」


「悪魔の手…ですか。聞いた事がありませんね。」


「聞いたことがあったら問題だと思うがな。」


「それで?どんな魔法なんだ?」


「対象の意識を完全に乗っ取り、意のままに操る事が出来るという魔法だ。」


「…そいつは厄介だな…」


「まぁな。ただ、恐らく今回の件で使われている魔法はこの悪魔の手の下位互換だな。」


「下位互換?」


「正確に言えば悪魔の手の術式が完全では無いため効力が完全に発揮されていないんだと思う。」


「何故そんな事が言えるんだ?」


「俺達がアジャルの所の作業員を探し当てた時、地下の迷路に残された痕跡に手枷の後があったんだ。」


「それが?」


「もし本当に意のままに操る事が出来るのであれば手枷なんて必要無いだろ。」


「あー…確かに。」


「手枷をはめているってことは魔法を掛けてから一定時間の間のみ効力を発揮するんだと思う。」


「じゃあ俺達を襲ってきた奴らはその効果時間内だったってことか?」


「だな。」


「どれくらいの時間なんだ?」


「正確には分からないが…恐らく数日だろうな。」


「不完全でも数日は乗っ取られるのか…」


「その魔法を跳ね返せる程の魔法防壁を張れるなら関係は無いが、それを皆にやれってのは無理な話だ。そこでアイテムを作ろうと提案したんだ。」


「そのアイテムってのはどうやって作るんだ?」


「作り方は簡単だ。バニルカ鉱を溶かしてそこにメイサ草の花から搾り取った油を混ぜるだけだ。」


「メイサ草?!」


「あぁ。なんの効力も持たないメイサ草が何故神聖視されているかずっと疑問だったが、その謎がさっき解けたよ。

メイサ草の花には自我を取り戻す為の気付け薬的な効力があるんだ。」


「ぜ、全然知らなかった…」


「昔の人はなんとなく知っていたのかもしれないな。」


「よっしゃぁぁぁ!!そんじゃサクッと作ったるかぁ!」


ギャンボが立ち上がり、ギャンボの掛け声と共に職人達が一斉に動き出す。

話が伝わるとバニルカ鉱を扱える者を中心としてアイテム作りが始まった。

俺達はもちろん手を出せないので完成を待つ。


数日間に渡り突貫作業で作られたアイテムの数は百程にもなった。


「材料はこれだけしかねぇ。バニルカ鉱が足りねぇ。」


「もしかしたらこの事を知っててあの鉱山を狙ったのか?」


「可能性は高いな。」


「くそっ!国があの鉱山を取り上げなければもっと作れたはずなのに!」


「今から国に掛け合ってる暇は多分無い。直ぐにでも動かなきゃ手遅れになるぞ。」


「分かってる…だから余計に悔しいんだよ。」


「……あぁ…」


「落ち込んでばかりもいられねぇ!戦闘に参加出来る奴らにだけ渡して乗り込むぞ!」


「おうよ!!」


「任せとけや!」


腕っ節に自信のあるドワーフが武器を掲げて鼻息を荒くする。


「マコト達にも渡しとくぜ。」


渡されたのは黒いのに透き通った石。

解呪石と呼ばれる物だ。


「よし。行くとするか。」


俺達は例の屋敷へと向かった。

相変わらず血の臭いが辺りに広がり、実に不愉快な場所だ。

いきなり百人で斬り込むわけにもいかないため取り敢えず俺達とギャンボで屋敷の中に入る。


ギィーと装飾が豪華に施された屋敷の扉を開く。


「ゴホッ!ゴホッ!」


あまりに濃い血の臭いにリーシャがむせ返る。


「ひどい……」


屋敷の中、エントランスホールに広がっていた光景はまさに地獄絵図。

死体がどれだけあるのか分からない。

無数の死体が山積みになっていてその死体の山から血が滴り落ち、フロアは完全に血で染められていた。

山積みにされている死体は、顔が異様に膨れ上がっていたり、全身の肌が爛れていたり、四肢が無かったりと見るも無残なものだった。


そのほとんどがドワーフだった。


まるで小さな男の子や女の子が死んでいるように見えて怒りを覚える。

本当に子供が死んでいる可能性ももちろんある。調べれば間違いなくそんな死体もあるだろう。


ワナワナと震えるギャンボの肩に手をやる。

今爆発してしまえば相手の思う壷だ。

敢えてこのエントランスにこの死体の山を積み上げたのは恐らく侵入者への警告の意味が強いだろう。

お前達もこうなるのだという。


我を失って突撃なんかすれば簡単に殺されて終わる。


「このドワーフ達は……」


「実験だろうな。」


「禁術のですか?」


「多分完成させようとしたんだろう。使われている禁術は不完全だからな。」


「その実験体ですか…」


「くそ…見つけたらぶっ殺してやる。」


「焦るなよギャンボ。」


「あぁ。見つけ出して原形が分からなくなるまでこの大槌でぶん殴ってやる。」


死体の山を通り過ぎて奥へと進む。

屋敷は何十年も放置されているような有様だった。

荒れ放題で内装はボロボロ。立派な屋敷が見るも無残な姿となっていた。


「人の気配がしませんね。」


「あぁ……あれは?」


「ただのクローゼットだと思いますよ?」


「……ここリビングだろ?」


「リビングにクローゼット…確かに変ですね。」


「罠が仕掛けてあるような事は無さそうです。」


「開けてみますか。」


クローゼットを開けると中は小さな部屋になっていた。隠し部屋だ。いくら隠し部屋が好きな種族とはいえ貴族の家にも作るとはなかなか筋金入りだ。


中に入るとそこは小さな部屋だった。

一目見てなんの部屋から想像できた。拷問部屋だ。

四肢と頭を縛り付けに出来る椅子。そして拷問器具。

そして檻が3つ。

後から取り付けた跡が無いことを見ると元々ここの家主は頭がイカれていたらしい。

ただ、その椅子に付着した血はまだ新しかった。

つまりこの椅子を最近誰かが使ったらしい。


「うぅ……」


「おい?!大丈夫か?!」


檻の中には一人の男性ドワーフが入っていた。


何を聞いてもうーとかあーとかしか言わない。

完全に正気を失っているようだった。


「ダメか…」


「悪魔の手の効果でしょうか…?」


「いや、違うな。悪魔の手は相手を意のままに操るが、こんな風に廃人にする魔法じゃない。

つまりこいつは何か別の方法でこうなったってことだ。」


「この体に空いた穴のせいか?」


「穴?」


「アイスピックの様な物で刺された後が無数にある。」


「……それが原因の様だな。」


「真琴様。これを。そこの机の上に置いてありました。」


「これは…この貴族街の地図か?」


「見せてみろ!!」


「お、おい。」


「間違いねぇ。これはこの貴族街の地図だ。」


「この赤い丸はなんでしょうか?」


「貴族街を網羅する様に3つの赤丸。間違いなく悪魔の手を発動する位置だな。」


「同時に三箇所で魔法を発動するのですか?!」


「凛の言った通り一区画を禁術に陥れる計画か…」


「しかもこの円。王城で三重に重なってるぞ。」


「アイテムを使っても一度しか防げない。」


「なんとかして禁術の発動を抑えないと王城にアイテムを持ち込んでも王は禁術の餌食になるということか?」


「だろうな。」


「くそっ!王の所にアイテム届けねぇと!」


「それは誰かに頼むんだ。ここにこの地図を置いて誰もいないって事は…」


「既にこの位置に準備を始めてるって事ですね?!」


「急ごう。」


「どうやって別れますか?」


「俺と凛でここ。健とリーシャでここ。ギャンボとプリネラは残りで行こう。」


「俺はチビ助と一緒だな!」


「プリネラだクソジジイ!」


「ぶっはっは!!おら!急いで行くぞ!」


「俺達も行こうか。」


各自で禁術の発動を止めに動く。

急がなければ街中が禁術に掛けられて酷いことになる。

他に戦える人達もそれぞれで街中にいるネフリテスの一員であろう奴らをぶっ飛ばしてやると走り出していった。

恐らく相手はこの貴族街に広く分散しているはず。

こっちも分散し、一番危険であろう禁術の発動場所に向かうのは俺達に任せられる形だ。


なんとしても止めなければ。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「よっしゃぁぁぁ!!」


「ちょっと待てってクソジジイ!!」


「さっさと止めねぇとならねぇだろうがぁ!」


「無闇矢鱈に突っ込んでも仕方ないだろ!?」


「なんとかなる!!」


「なんともならなくなったらいけないから私が一緒に来てるんだよ!良いから一回落ち着け!!」


「む、むぅ。」


「まったく……まず、私達の向かう先は東門に一番近いエリア。夜は人通りはあまり無いけどその分だけ家が多い。下手に手を出して暴発なんてしたら私がマコト様に叱られるんだからな!」


「マコトは知らねぇが俺だってそんなのは望んでねぇよ!じゃあどうすんだ?」


「まずは地図にあった魔法の発動場所に私が行く。見つからない様に。」


「出来るのか?」


「私は戦闘よりもそっちが本業なの!それくらい出来なきゃあの人と一緒にいる事なんて許されないんだから。」


「ったく。マコトマコトって。あいつは本当に愛されてんなぁ!」


「それより今は作戦!私の魔法で位置に着いたら合図を送るから合図が来たら暴れまくって。」


「なんだ?作戦って言うから身構えてたのに暴れりゃいいのか?」


「小難しい作戦なんてやってられないでしょ?だから暴れまくってもらって混乱しているうちに私がそのギビドとやらを破壊する。」


「俺は陽動って事か。」


「簡単に言えばね。だからできる限り派手に暴れてほしい。」


「ぶっはっは!!それなら任せとけや!!得意分野だぜ!!」


無骨な大槌をブンブンと振ってみせるギャンボ。


「よし。決まりだね。じゃあ合図を送るまでここで待ってて!」


ギャンボに合図を送る為に私は第二位闇魔法、闇人形を発動する。

闇人形はある程度離れた場所にいても、一方通行で短い言葉なら闇人形へ送る事が出来る。

相手に位置を把握させないために使ったりするトラップ系の魔法だけど、合図を送る為にも使える。

そして魔法の発動場所に向かう。


街はいつもと変わらない夜。

しかしよく見ると所々にネフリテスの一員であろう輩が見える。

禁術が発動したと同時に円滑に街を占拠できる様にバラバラに配置されているのだろう。


人々の目を避けて進む。

ギャンボに言った通りこれくらい出来なければマコト様と一緒にいる資格なんて無い。

私に掛けられた呪いも、命も、そして牢獄の友達も、全て話して全て受け入れてくれた。ううん。救ってくれた方。

私はこの世がどんな場所でどんな境遇だとしても全く興味も無いしどうでもいい。お金も別に必要無い。

そんな私でもこの世でたった一つだけ怖いものがある。


それはマコト様の信頼に応えられない事。


ここは私とギャンボに任された。

ならば最善の結果を出す事が私にとっての最重要事項。自身の命よりずっと大切なものだ。


死んでも成功させる。


「あれか。」


私は発動場所まで辿り着く。

大きい広場の中心に1メートルはあるであろう魔石の塊が設置されている。

道行く人々は何か祭りの様な催しの準備だとでも思っているのか、一瞬目を向けるがそのまま通り過ぎていく。

ざっと辺りを見渡しても数十人は待機している。

大きな広場だし突撃してもすぐに見付かって囲まれて終わり。

作戦は間違ってなかった。


「位置に着いた。」


闇人形へと合図を送る。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「くそー…まだかあのチビ助。」


俺はチビ助に言われて待機しているが、待てど暮らせどなかなか合図が来ない。

そろそろ我慢も限界だと思っていると…


「位置に着いた。」


チビ助が置いて行った黒くて小さな人形がカクカクと動いてそれだけ言うとふっと消えた。


「よっしゃぁぁぁ!!行くぜぇぇーー!!!!」


大槌を構えて一気に走り出す。

どこから現れたのか俺の前に立ちはだかろうとする奴らがゾロゾロと集まってくる。


「しゃらくせぇぇえ!!」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



ドゴーンという轟音がギャンボがいた方向から微かに聞こえてくる。


遂に始まったのだ。


見てきた限りそれ程手こずる様な相手はいないみたいだったし一人でも当分はなんとかなるはず。私は私の仕事に集中しよう。

ギャンボ以外にも街のあちこちから戦闘音が聞こえてくる。

徐々に浮き足立つ住民達。

現状で何が起きているのか分かってきたらしい。

ネフリテスの連中も何が起きているのか分かってきたらしい。

禁術の発動まではまだ時間が掛かるのか、ギビドの周りにいるハスラー3人はずっと何かを唱えている。

その横にいるのはこのギビドを守っている奴らの隊長らしき鎧を着たドワーフがいる。

背中に背負っているのは大剣。

自分より大きくて重そうな分厚い大剣だ。

茶髪で目付きが悪い。

この男だけはこの中でもやり手らしい。

その男が指示を出すと広場にいる奴らのうちの何人かがギャンボの暴れている方へと走っていく。

上手く行っているらしい。

私の仕事は一瞬の隙をついてあのギビドを壊す事。

それには広場にいる奴がまだ多すぎる。

最高の瞬間は必ず来るはず。

今すぐ飛び出したい気持ちを抑えてじっとその時を待ち続ける。


ドゴーンとまたしても轟音。

ギャンボの方から走ってきた一人が茶髪ドワーフに話しかける。


「なにぃ?!くそっ!さっさと始末しろ!!おい!お前達も行け!」


ここまで聞こえてくる怒声。

その声に反応するように次々とギャンボの方へと向かっていく。

広場にはギビドの周辺のハスラー3人と茶髪ドワーフ。それに数人の兵士のみとなった。

ギャンボのおかげでかなり減った。

後は私がギビドを壊すだけ。気が抜ける瞬間を待てばいい。


「来た来た来たーー!!」


愉悦の表情を浮かべる茶髪ドワーフ。

その目にはギビドが映り込んでいる。

ギビドは中心から少しずつ光を放ち始めその光は徐々に大きくなっていく。


視界を埋め尽くす様な光に私は飛び付いた。


ギビドに全員が注目していて誰も私の動きに反応出来なかった。

ギビドの頂点に飛び付いた私はそのまま腰から引き抜いた黒椿をギビドに突き刺す。


「貴様ァーーーーー!!!」


茶髪ドワーフが反応して大剣を抜くが遅い。


「牙突!!」


私の声が辺りに響いた。

私の持つ黒椿から闇魔法が生成される。

じわりと滲み出す様に現れた闇が呼び水となる様に一気に吹き出した闇が直下へと大量に噴出される。


牙突。


兄様の強さに少しでも近付こうと編み出した私の魔法刀技。

闇魔法を刀から噴出する事でより貫通力の高い突き技となる刀技。

私の作り出した闇はギビドを縦に割るように通過する。

眩しい程の光を放っていたギビドは瞬時にその光を失う。

バキーンッというガラスが割れた様な音と共にギビドがバラバラに砕け散る。


「………」


私は敵地の真ん中に着地する事になった。それでもやり遂げてみせた。


「き、きさ、貴様ァァァァアアァ!!」


発狂する様に頭を抱えて叫ぶ茶髪ドワーフ。

その目は怒りに燃えている。

特に言葉を交わそうとは思っていないのだろう。

即座に私に斬りかかってくる。

それを難なく避ける。

相手には私が黒い霧の様になって消えて見えただろう。


斬真。


特殊な歩法で相手の目を騙し、まるで消えた様に見せる。

兄様がこれの上位互換の歩法を使っているが、私には難しかったから自分で簡単な方法を編み出した。

兄様は本当に目の前から消える。

振り下ろされた大剣が地面に当たると舗装された地面が爆ぜた様に抉れる。

茶髪ドワーフは怒りに身を任せているのかそのまま力任せに大剣をひたすら振り続ける。

確かに鋭く重い攻撃。当たったら私の小さな体なんて簡単に真っ二つにされてしまう。

でも兄様が教えてくれた。昔、私がまだまだ弱者だった時。


「体の小さな奴には小さな奴なりの戦い方がある。体が小さい事を嘆くならその間に一つでもその体の小ささを活かせる技を作ってみろ。

俺はそうやって魔法を使える剣士と戦ってきた。」


実際にそんな場面は山程見てきたし兄様の力は本物。強者のそれ。それでも尚マコト様の役に立つために毎日毎日刀を振り、試行錯誤を止めない。

強者が努力を惜しまないのであれば弱者の私はどうすればいいのか。


簡単な話。それ以上の努力をし続けるしかない。


そして私はマコト様達と別れた後もひたすら自分を磨く事だけを考えた。

それ以外の事など本当にどうでも良かった。

マコト様が帰ってきた時、私が微力でも力になれる様に。

そんな私の小さな体を捉えることは容易ではない。

低く速い動きは剣士にとってはかなりやりにくい。

ブンブンと大剣を振る音が耳元で鳴るが恐怖心は一切ない。

どの攻撃も当たる気がしない。ただ、私がこの鎧を着たドワーフを殺しに動けばすかさず周りから魔法が飛んでくる。

恐らくドワーフの着ている鎧には強い魔法耐性が掛けられている。

このドワーフ諸共魔法をぶつけても大丈夫な程に。


下手に隙を見せたら死ぬのは私だ。

どうしたものかと考えていると背後から騒がしい集団がやってくる。


「ぶっはっは!!まだまだぁ!!」


「旦那ー!俺達の分もとっといて下さいよー!」


「うるせぇ!!早い者勝ちだぁ!!」


「どこにいてもうるさいジジイ。」


「あ?!なんだとチビ助?!やんのかこらぁ!?」


「私に喧嘩売っても仕方ないでしょ。」


「ん?まぁそうか。それよりぶっ壊したみたいだな!」


「誰にいってるのさ。」


「ぶっはっは!!こりゃもうチビ助なんて呼べねぇなぁ!!」


「……」


「それよりこんな所で何やってんだ?助けて欲しいのか?」


「うるさい!黙って見てろ!」


「ぶっはっは!!」


「戦闘中に喋りやがって…舐めてやがる。」


「あー…本当は最初にマコト様に見てもらいたかったのになぁ…まぁ仕方ないか。

悪いけど死んでもらうね。」


「はっ!何も出来てない奴が何を………」


「刀技。宵桜。」


「な、なんだ?!」


「や、やめてくれー!ぐはぁ!!」


「旦那…あのチビ助は何を…」


「分からねぇ…喧嘩には自信があったが…全く見えねぇ。」


宵桜。私が兄様の助言から編み出した技の一つ。

斬真を使いながら、超低位置からの攻撃を繰り返す技。

体が小さい事で膝よりも下を這いずるような低さで走り回る事が出来る。

誰も、ただの一人も反応出来ずに膝から下が切り取られていく。

斬真によって作り出された私の黒い霧が辺りを埋め尽くし、そこに真っ赤な鮮血が舞い散る。頬にこびり付いた血も気にせずにただひたすらに視界に映る敵を切り刻む。


マコト様から頂いたこの黒椿。

手入れを欠かした事など当然一度もない。

そして手入れさえ怠らなければこれ程心強い味方はいない。


「ぶっはっは!!やっぱりチビ助とは呼べねぇなぁ!!」


あっという間に大勢いたはずの敵は茶髪ドワーフ一人となっていた。

頬に付着した血が気持ち悪い。それを手の甲で拭い茶髪ドワーフへと向き直る。


「何者だ貴様ァァァァ!!」


「うるさいなぁ。そんなに大声で叫ばなくても聞こえてるから。」


「なんだと?!」


「分からないのかな?そんなに叫んでも別に強くはならないし、私には勝てないよ。」


「き、きさ、貴様ァァァァ!!!」


これくらいの挑発で直ぐに頭にきて大振り。

確かに腕はいいのかもしれないけどこれじゃどっちにしても長くは生きられないと思うけど。

この茶髪ドワーフは確かに腕がたつけど、ただ隙を作れなかったから攻撃しなかっただけで攻撃は簡単に出来る。


動きは覚えたし単調だから。

ただ一撃で鎧ごと切り裂く様な兄様の攻撃も、鮮やかに魔法で相手を手玉に取る姉様の様な攻撃も、私にはできない。私に出来るのは鎧の間を狙って少しずつ削いでいく事。

相手を痛ぶる様な殺し方はマコト様も嫌いだし私も嫌いだ。でも仕方ない。


「どっせぇーーいい!!」


ドゴーン!!


土煙と共に私と茶髪ドワーフの間に割り込んできたのは言わずもがなクソジジイ。


「危ないなぁ!」


「あ?!プリネラばっかりずるいだろ?!」


「ずるいって…」


「おぅ!そこのドワーフ!許されない悪さした奴を同じドワーフとして送ってやる。掛かってこい!」


「職人風情が…生意気なぁ!!」


またしても頭上からの大振り。


昔まだグラン様だった時、この街で過ごしていた間何度も襲撃を受けて、その度に兄様と共に肩を並べて前衛を張り続けたのは紛れもなくこのギャンボだ。

私に勝てもしない奴がそのギャンボを殺そうだなんて甘すぎる。


ガギィィン!


「ぐああぁああ!!」


大剣諸共大槌を振り抜き、茶髪ドワーフの腕は完全に折れて変な方向へと向いている。


「テイキビの職人舐めんじゃねぇ!!」


頭上から降ろされた大槌は茶髪ドワーフの脳天へと叩きつけられ、鎧の中に頭が完全に埋まる。


「うしっ!!終わりだ!!」


「マコト様は大丈夫かな…」


王城の方を見ると黒いモヤが掛かったように黒ずんで見える。


「あれは……」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「ケン様。私は…」


「ん?あぁ。俺は前に出て戦うからリーシャは後ろから援護してくれ。」


「分かりました。」


「真琴様からまた矢を貰ったんだろ?」


「あ、はい。十分に作って頂きました。」


「そいつは良かった。狙われにくい位置に陣取って援護してくれればそれで大丈夫だ。」


「はい!」


ケン様は私の前を歩いて目的地に向かっている。私達の目的地は南門に一番近い地点。この時間帯は人通りも多くあまり目立つと大惨事になりかねない。

目の端々にネフリテスの連中が見えるけど、ケン様はなるべく騒ぎ立てない様に近くまで行きたいみたい。

外に出ている人があまり多くない地区だし目立つかと思っていたけど、歩いている人は結構いる。

ドワーフが多いけど人種や獣人も見掛ける。エルフもいるけど多くは無い。


「………」


「??」


突然ケン様が立ち止まる。


「どうされました?」


「んー……」


目的地の方角を見つめて気のない返事。

敵かと思って周りを見渡しても特にこちらに敵意を持って見ている人はいない。


「リーシャ。多分この先にいる奴。強い。」


「え?」


ケン様は魔法を使えない。つまりまだ先に居るはずの敵の話を出来るなんて魔法でも無い限り出来ないはず。

それでも間違いないとばかりに言い切るケン様。


「……」


「リーシャ。そいつには絶対手を出すなよ。俺が相手する。」


「…分かりました。」


「他の奴らは任せるよ。」


ケン様は再度足を踏み出した。

剣士にしか分からない何かがあるのか…私にはまだそんな気配は一切感じないのに。


目的地は噴水が中心にある大きな円形の広場。

広場の近くまで近付くと人気がどんどんと薄れていく。


「人払いの魔法が使われていますね。」


「無意識に避けるとかか?」


「はい。ただ私達はそこが目的地なのでその影響下に入らないみたいですね。弱い魔法みたいです


「まぁここまで来たら人に見られてもあまり気にしないんだろ。ほとんど完成してるしな。」


「急ぎましょう。」


「あぁ。」


ケン様は広場に直進していく。

私は援護しやすい様に連なる家々の屋根に上がる。

上からは広場がよく見えた。

奥にギビドらしき大きな魔石。

その周りにはハスラーが3人。

そしてその隣に壁に背を預けて立っているドワーフの男が一人。

広場を包囲するように散り散りにネフリテスの人達が配置している。


ケン様は散歩でもしている様に広場に入る。


「おい。そこのお前。」


「ん?なんだ?」


「何しにここへ来た。」


「何しにって。ここは広場だろ?散歩だよ。散歩。」


「散歩だと…?なら今ここは立入禁止だ。さっさと去れ。」


「あー。散歩がてらちょっと悪者退治にな。」


「ふっ…」


隠れていなきゃいけないのに笑ってしまう。いつもケン様は飄々としていらっしゃる。

それも全てはマコト様がいらっしゃるからというのも分かっているけど、敵地のド真ん中でもあんな事が言える人はそんなにいない。

豪胆な行動を見て少し可笑しくなってしまった。


集中集中!


ここからなら広場全体がハッキリ見える。

右に5。左に4。

全てハスラー。


「さてと。話してる暇も無さそうだしそろそろ始めるか。」


「お前バカなのか?この人数相手にどうにかなるとでも思っているのか?さっさと逃げれば良いものを!……はぇ?」


「腕。落としたぞ。」


「ひ……ひぎゃぁああ……あ…」


「悪いが容赦する気は全くないからな。さっさと終わらせるぞ。」


腕を切り落とし、首を切り落とした。毎回思う。ケン様が使う刀は速すぎて見えない。

一度だけ持たせてもらった事があるが、あんなに重い武器を易々と振る為にはどれだけの修練を積んだのかと考えると途方も無い気がしてしまう。

ケン様に言ったら、俺は弓をそんな風には使えないから同じだろ?と言われたがまるで同じとは思えない。


私ももっと修練しなくちゃ。


遂に戦闘が始まった。

ケン様が言っていた強い奴は恐らくあの壁に背を預けて立っているドワーフだろう。

それ以外は任せると言われたからにはケン様に手出しはさせない。


キリキリと弦が鳴る。


呼吸を整えて矢を放つ。

矢が眉間に刺さると人は声も出さずに崩れ落ちる。

ケン様はギビドの元へと向かっていく。

もちろんそれを阻止せんとハスラー達は魔法を唱える。

その魔法は完成を待たずに消えて無くなる。

私の矢は曲がる矢。例え真上に撃っても当てる自信がある。


「くそっ!射手はどこだ!?早く探……」


「何人いるんだ?!」


「色んな所から矢が飛んでくるぞ!」


「あいつは放っておいてまずは射手を探せ!その辺の建物を破壊しても構わん!」


どうやらケン様への攻撃は一時的に止んだらしい。

後は場所を変えつつ残りのハスラーを片付け、続々とこちらに向かってきている新手を確実に処理していくだけだ。


「良い射手がいるらしいな。」


「まぁな。お前強いだろ。なんでこんな事してんだ?」


「俺は強い奴と戦えればそれでいい。」


「これだから戦闘狂ってのは…」


「喋るのは得意ではなくてな。」


「名前だけ聞かせてくれよ。」


「……テオ。」


「よし。テオ。俺は健だ。

じゃあ……始めるか。」


青髪短髪。眉間に深い皺と頬に大きな傷を持つドワーフ。

テオと言った…確か一昔前に話題になった男だ。

テイキビの兵士長か何かで多大な貢献をしたが、ある日突然姿を晦ましたとか……

手を出すなと言われているし私は周りの邪魔者を排除する。それは別に難しいことではない。

後から来るというのにろくな索敵もしないでただ走ってくるからただの的。

私は移動すらしなくても場所がバレない。


「ふん!!」


「……」


「はっ!」


「……」


いつものケン様とは違い、無言で相手の攻撃を躱し続けている。

相手の剣はかなり鋭く速い。そして恐らく重い。

ドワーフの武器といえば大きな剣や槌をイメージする人が多いし、それは事実。

でも個人的にはドワーフがそれなりに軽い武器を使うとかなりの脅威になると思っている。

普通よりも力が強いからかなり頑丈に作る必要はあるけど、一般の長さの剣を持たせた場合はかなりの剣速になる。

事実相手のドワーフはかなり速い振りを何度も繰り返している。

明らかに長剣のそれでは無い空を切る音がここまで届いてくる。

だけど、それをあたかも当たり前の様に避けるケン様。

プリネラさんが踊るように戦うと言うのであればケン様はまるで水。

どんなに鋭い攻撃でも、どんなに重い攻撃でも、ケン様の刀が僅かに触れるだけでその軌道はぐにゃりと曲がる。

剣では水を本質的には斬ることが出来ない。それと同じ程にケン様を斬ることは難しい事なのかもしれない。

テオは見た限り既に身体強化を使っている。

髪の色が青い事から恐らくは魔法剣士。

ケン様もそれが分かっているから無闇に刃を合わせていない。マコト様の作ったカタナでも切れない魔法剣だろう。

魔法との合わせ技はまだ見せていないけど、使われ始めると厄介になる。


「こんなに俺の剣を避けられたのは初めてだ。

だが…なんで打ち込んでこない?」


「俺の持っている刀ってのはそんなにブンブン振り回すもんじゃねぇの。一撃。そこに全てを掛けるのよ。」


「面白い…」


遂に来た。魔法を使い始めた。

剣を水が纏う様に生成される。


「一撃を繰り出す前に終わらせてやる。」


「……」


ブンッ!


剣を振るがやはりケン様には当たらない。


ただ、今回は水を纏った魔法剣。

振り抜いたと同時に生き物の様に剣の先に集まり剣の長さを変える。

魔法で作りだした水、というだけの筈は無いから当たれば何かしらのダメージを受ける事は見なくても分かる。

それを予測していたのか、ケン様はその攻撃をも華麗に避けてみせる。

少し驚いた顔を見せるテオ。でも直ぐに次々と攻撃を繰り返す。


斬りつける度に長さの変わる剣とは…

援護射撃しようかと迷ったが、ケン様の顔を見て思い止まる。

ケン様のあの顔は相手を観察している時の顔。

そしてそれは多分もうすぐ終わる。

ケン様が一度大きく後ろへ飛び、距離を取る。

逃がすかと言わんばかりにその距離を詰めるテオ。


「小波(さざなみ)。」


一瞬の事だった。


ケン様が相手の上段からの斬り下しに合わせて一歩だけ前に出た。

そこに合わせるように確実に脳天へと振り下ろされたテオの剣。

しかし振り下ろした瞬間にそこにいたはずのケン様は朧気になって消えてしまった。

と思った時にはテオの背後に背中合わせで立っていて、刀は後ろ手にテオの首へと向かっていた。

上から見ていてもほとんど分からなかった。

多分……一歩踏み出した時に体を回転させて剣を避けて背後に回ったのだとはおもうけど…

たしかプリネラさんが言ってた。ケン様は目の前で本当に消えるって。

独特な足運びをする事で可能らしいけど、プリネラさんにも完全には真似出来ないらしい。

上から見ていてもほとんど分からないのに目の前だったら本当に消えた様に見えるはず。


吸い込まれる様にテオの首へと向かった刀は簡単にテオの首を斬り落とした。

まず、首が地面に落ち、血が吹き出し、そして体が倒れた。


「ふぅ。」


「やりましたね!」


「あぁ。強かったな。」


「圧倒的に見えましたけど…?」


「そんな事は無いさ。強かったよ。集中して喋れなくなったのは久しぶりだから。」


確かにいつもと違って全くと言っていいほど口を開いていなかった。


集中していたのか…


「それよりギビドを壊すぞ。」


「はい!!」


残ったハスラー達の足掻きがあったけど、テオを倒された事で動揺していたしまとまりが無く簡単に片付いた。


バキーン!


ギビドを壊すと中にあった何かが抜けていった様に見えた。


「これで終わりだと良いのですが…」


「いや、そうはいかんらしいぞ。」


ケン様が向いている方向。王城の方角を見ると黒いモヤが掛かったように黒ずんで見える。


「あれは……」


「行くぞ。」


「はい!!」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「真琴様。私が前を歩きます。」


「いつも前ばかり歩いてんだしたまには俺にも前を歩かせてくれよ。」


「いつもそうやって危険な時だけ前に出ますよね!」


「悪い。でも俺にも格好くらいつけさせてくれよ。いつもは何もしてあげられてないんだからさ。」


「真琴様はそこに居ていただけるだけで良いのです。何もしなくて良いのです。」


「それだと俺、ダメンズになっちゃうけど…」


「そんな事ある訳ないじゃないですか。真琴様なんですから。」


「ん?なんだ?訳が分からないのは俺だけか?」


「はい。真琴様だけです。」


「なんだろう…納得してはいけない気がするのに、納得しなければならないような気になるのは…はっ?!洗脳?!」


「惜しいですね…」


「凛?!なんて恐ろしい子?!」


「それよりそろそろ着きますよ。」


「そうだったな。確か目的地は…」


「博物館ですね。」


「ドワーフの歴史とか?」


「ドワーフと言うよりは国王の…ですかね。」


「なんかそれ嫌だな。」


「あ、私真琴様のそのクシャッとした顔好きです。」


「突然の告白はドギマギするからやめようね?!」


「さ、行きましょう。」


「うわー。聞いてないよねー。」


凛に弄ばれながらも俺は博物館へと向かう。俺達は街の中心に一番近い地点が目的地だ。


「博物館周辺にもネフリテスの一員らしき連中がいるのな。」


「そんなにも禁術とは魅力的な物なのでしょうか…? 私には分かりませんが…」


「いや、それでいいと思うぞ。禁術の知識は得たけど使いたいとはまったく思わないからな。知ろうとしない方が身のためだ。」


実際禁術と呼ばれる類の魔法にはそれなりの代償が必要になってくる。

多くの場合それは他では替えのきかない物だ。

今回の件で必要とされていた、生気と呼ばれいるものの正体は人が持つ魔力の事だった。

人は魔力を完全に抜いてしまうと廃人の様になってしまう。

しかし、今回の場合は恐らく完全に魔力を抜いてしまったからなったのではなく、何らかの処理を施された事による結果だと睨んでいる。

つまりその処置をした奴に何をしたのか問いただす事が必要になってくる。


この先にいるであろうそいつに。


この禁術を使う上で今から向かう場所が最も重要な要の様な場所になっている。

つまりはここにそのクズがいるはずだ。


「おやー?知らない人達が来たよー。」


「……」


「お兄さん達ー。こんな所に入ってきちゃダメでしょー?」


ボサボサの長い黒髪。その下に見えるクマが酷い目。


人種の女性の様だが…


「……」


「何か言ってくれないとー。」


「お前が今回の件の首謀者か?」


「……なんの話かなー。」


「正解みたいだな。凛。行くぞ。」


「はい。」


「あー。ダメだよー。入ってきちゃー。」


目の前で両手を前に突き出して俺を止めようとするがそれを完全に無視して進む。


その女の手が俺の体に触れるとぐにゃりと曲がり、黒くなっていく。

闇魔法で作りだした闇人形だ。

途端に全身が影となって消えていく。

俺も凛もとっくに気が付いていた。

本来であれば一方通行で声を届けるしか出来ない影人形だが、少し術式を弄ってやるとある程度受け答えが出来るようになる。

一般的には知られていないらしいが、それに気が付いた奴がいるということはあのクマの酷い女はハスラーとして才能があるのだろう。


博物館の中へと続く大きな扉は街の門と比較しても遜色無い出来栄えで実に美しい装飾が施されている。

メイサ草を型どった装飾は思わず息を飲む程に美しい。出来るならばこんな理由で訪れたい場所では無かったが…


扉は少しだけ開いていて人が一人通れるくらいだった。

開け閉めするには大きな扉だし仕方ないのだろう。

入ろうかと思ったが、まぁそんなに簡単に入れてはもらえないらしい。


中からゾロゾロとハスラーと剣士であろう奴らが出てくる。


全部で30はいるだろうか。

ただ、その者たちは皆目に力が無い。


「操られてますね。見たところ街に住んでいる人達ですかね。」


「操られていると分かっているのに傷つける訳にはいかないよなー。」


「無力化するしか無いですね。」


「この禁術は意識を奪い取るものだから意識を断てば操作出来ないはずだ。」


「気絶させれば良いという事ですか?」


「ま、平たく言えばな。」


「分かりました。」


凛が前に出ると正面にいる3人の剣士が一斉に飛び掛ってくる。


「ウッドバインド!」


凛が杖を振ると地面から生えてきた木が生き物の様に、襲いかかってきた3人に絡みついて動きを封じる。


「少し大人しくしていて下さい。」


絡みついた木がそのままニュルリと首に巻きついて締め付ける。

首を締めて殺す為でなく血流を止めて気絶させる為のものだ。

もがいていた3人はくたりと手足を垂れさせ、剣を床に落とす。

その後ろに控えていた10人程のハスラーが魔法を完成させたらしい。


一斉射撃。


戦い方がテイキビに来る時に襲ってきた奴らと同じだ。やはりあの女の仕業らしい。

なぜ俺達を襲ってきたのか聞いておく必要がありそうだ。


「ほい。」


俺が杖を振りストーンシールドを展開する。

魔法は全てそのストーンシールドに当たり消えていく。


「ありがとうございます。」


「二人で戦ってるんだろ?」


「…はい!

人数が多いですね。」


「面倒臭いな。」


「一気に片します。」


「大丈夫か?」


「はい。」


「じゃあ頼むよ。」


「はい!

ちょっと痛いけど我慢して下さいね!」


凛は数歩下がり杖を大きく振る。


少し多めの魔力を使ったらしい。


「ローズガーデン!」


薔薇の庭園?初めて聞く魔法だ。

凛が杖を振ると地面からニョロニョロと薔薇のツタが生えてくる。

一瞬の間に辺り一面か茨によって埋め尽くされてしまう。


わー。凄い。で終わるとはとても思えない。


生き物の様に動く茨はなんとも奇妙で不気味な感じがする。

その茨は思った以上に速く動き、そして強靭な物だった。

茨を嫌って魔法を行使している凛を狙う者。茨自体を焼き払ったり切り取ったりしようと試みている者がいたが、切っても切っても現れる茨。

茨の一本一本に魔力が入っているためなかなか切れず、そして燃えにくい。

一本一本に対する魔力は極僅かであり凛でもこれだけの茨を作り出すことができる。


そして恐ろしいのはここからだった。


凛に近付こうと走り出した奴らは近付く前に茨に完全に巻き付かれてしまい動きを封じられた。

茨を刈り取ろうと頑張っていた奴らも茨の再生スピードに追いつけず結局絡みつかれてしまった。

茨は必要以上に肉体にくい込んでいるが、何故か棘が刺さっていても血が出てこない。


よく見ると茨の間に蕾が見える。


動けずにもがいている奴らが少しずつ脱力していく。その度に蕾が膨らみ、恐ろしく赤い綺麗なバラが開いていく。


「ありゃ…血を吸ってるのか?」


「はい。死なないように調整していますが、本来なら一面にバラが咲きます。」


「お、おぉ…」


想像以上にエグい魔法だった。

知っての通り人間は血を抜かれてしまうと動けなくなる。

それを狙って上手くいったらしい。

完全に制圧された博物館の外。辺りからも仲間が来る前に中に入る。

あれだけの人数が出てきたのに入口から入ろうと近付くと即座に魔法が飛んできた。

扉に当たって被弾はしなかったが、まだまだ敵はいるらしい。

裏口から入ってもあまり変わらないだろう。ならば派手に行くとしよう。


凛に下がるように指示して杖を振る。

俺の目の前に小さな石が生成されてそれが集まる。

小さな石の集合体をいくつか作った後、それを扉の隙間から中に放り投げる。


ストーンボム。第四位土魔法で俺のオリジナルだ。

中に飛んでいった石は中に入ってから数秒後に破裂し、小さな石に戻り飛び散る。

殺傷力が上がらないように小さな石は球状に作っているが、高速で飛んでくる石が当たればかなり痛い。


「ぐあぁぁ!!」


中からネフリテスの連中の叫び声が聞こえてくる。

操作された奴らもいるみたいだが、そいつらは叫ばないからわかりやすい。

一通り静かになった後中を覗くと柱や壁がボロボロになっており、中にいた奴らのほとんどが倒れている。

全員を倒せたわけではないらしいがこれならば攻撃の合間を縫って中に入れる。


俺と凛は飛んでくる魔法の間隙を突いて中に潜り込む。

左右に別れて柱の裏に隠れる。


「大丈夫ですか?!」


「こっちは大丈夫!凛は自分の身を守れ!あいつらは俺が何とかする!」


「分かりました!」


魔法が次々と飛んでくる中なんとか凛とコミュニケーションを取る。


「どれだけ魔法撃てば気が済むんだよ。折角の装飾が台無しだっての。」


既に装飾は疎か博物館の中はボロボロだ。

俺は柱に隠れながら杖を取り出して振る。

ウッドバインドで相手の動きを封じ、一箇所に集める。


「なんか人のなる木みたいで気持ち悪いな。」


「真琴様!?」


「あ、はい。」


もう一度杖を振ると床がめくれ上がり人のなる木を包み込む。


ストーンシェル。第三位の土魔法で簡単に言えば球状の石の檻だ。

もちろん俺の魔力を練り込んであるので簡単に中から出る事は出来ない。

死なないように空気穴は開けてあるからこれで大丈夫だろう。


「おーし。片付いたな。」


「行きましょう。急がないと手遅れになってしまいます!」


「だな!」


博物館を奥に進む。


半壊した奥の扉を風魔法で吹き飛ばすと中に大きな魔石とそれを取り囲む様に5人のハスラー達が立っている。


「ウッドバインド!!」


間髪入れずに凛が5人を拘束する。


「間に合ったみたいだな。よっと。」


風魔法で大きな魔石を真っ二つに割る。


「これで禁術は阻止できましたよね?」


「んー。なんか変だよな?」


「さっきの怪しい人種の女性がいませんね。」


「……」


「やぁー。よくもやってくれたねー。」


「また影人形か。」


「そんな下等な魔法と同じにしないで欲しいなぁー。」


「なんでもいいから居場所を言えよ。」


「やだよー。教えたら来るでしょー?」


「そりゃ行くために聞いてんだからな。」


「じゃあ教えなーい。」


「……なんか余裕があるな?」


「まぁねー。外に出て王城の方角を見てみなよー。」


「?!」


俺と凛は走って外に出る。

王城の方角を見ると黒いモヤが掛かったように黒ずんで見える。

モヤはまるで上空から伸びる黒い手の様に王城を包み込んでいる。


「あれは!!」


「どう?!どう?!凄いでしょー?!」


「本命は王城だったわけか。」


「そう言うことー。一番偉い王様を捕まえたらこっちの勝ちー。」


「くそっ!行くぞ凛!」


「はい!」


「もう遅いよー。」


背後から聞こえてくる勝ち誇った様な声が癪に障る。

とにかく今は急いで王城に向かうしかない。

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