第12話 計画・実行・更生
―――二人夜道を歩く。
んー、ホルコンねぇ……。
自分で言い出したものの、どうしたもんか。
元気もあるし、悪い子達ではなさそうなんだけどなぁ。見た目チャラいけど。さっきは少し僕たちの様子を伺っていたみたいだったし、仕事的にも改正の余地がなくは……。
「考え事ですか?」
横から山下さんが話しかけてくる。
「ん?あぁ、ちょっとね」
「あの子達の事ですよね」
「はは、まぁね」
「私も最初の頃は何とかしようとしたんですけどね」
これでも、と続けて二人で苦笑する。
「それでも駄目だったから諦めた、と?」
「ええ、まぁ。なので、水崎さんがホルコンしても無理だと思いますよ」
「やっぱ、そうかなぁ~」
と頭の後ろで手を組んだ。
「でも、ちょっとだけ期待してますよ」
こちらに視線を向け、少しだけ微笑んだ気がした。気のせいかもしれないが。
「じゃあ、そのご期待に応えないとな」
「ええ、お願いします」
話してみると律儀で良い子のようだった。第一印象は、ハッキリ言うと音筆の再来かくらいのもんだったんだけど、心の中で謝っておくとしよう。すまん。
「もうこの辺りで大丈夫です。わざわざ送って頂き、有難うございました」
「えっ、家の……」
家の前まで送っていくよ、と言い掛けて止めておいた。仲良くない奴に家を知られるってのも嫌だよな。ましてや女の子だし、家ももう近くなんだろう。
「そっか。じゃあ気を付けて帰ってね」
「はい、ではまた明日」
とお辞儀して去っていった。
さて、僕も早く帰って飯にしよう。空乃はもう寝ているだろうけど、何か作っておいてくれると言っていたから今から楽しみだ。
でもほんとどうするかなぁ~と、考えながら前から歩いてくる人物とすれ違った。こんな時間でもまだ出歩いている人もいるんだな、ウォーキングでもしてるのかな。健康的でいいかもな。僕もやりたいぐらいだけど、バイトが終わってからする元気は今の僕にはないな、と自分の体力の無さに言い訳をしながら帰路についたのだった。
――時刻は0時を回っていた。
ようやく帰宅。
「ただいま」
っと鍵を開け自宅に入る。
「おかえりなさい」
パジャマ姿の空乃が部屋から出てきた。
「あれ、まだ起きてたの?寝ててよかったのに」
「初めての夜勤、どうだったのか少しお話を聞きたくて」
「あぁ、なるほどね」
仕事熱心だな。感心するわ。
「ご飯温めておくので、お風呂入ってきたらどうですか?」
「悪いな、そうさせてもらおうかな。ありがとう」
それでも空乃の事だから、寝ずに待ってくれていたんだろうな。
風呂から上がりリビングに行くと、ご飯を囲みテーブルの前で紅茶を飲みながら雑誌を読んでいる空乃がいた。
僕に気付き
「遅くまでお疲れさまでした」
と温かいお茶を入れてくれる。
「ありがとう」
「いーえ」
と微笑む空乃。
「それで、どうだったんですか遅番は?」
そう言いながら椅子に腰を落ち着かせる。
「それがさ……」
と、ご飯を食べながら今日あった事を大まかに話した。
「なるほどですね……」
「……どう思う?」
「どう思うも何も……」
ガタッと立ち上がる空乃。
「空乃さん?」
「私、店長に話してきます!」
そう言いながらまたもや部屋を出ていこうとする。
「やめてえぇ!」
必死に止める僕。
「そんな事されたら、意地悪されたのに本人に直接言い返せず、先生にチクったみたいになっちゃうから!それだけはやめて!」
しかも、もうこんな時間だし!
何これデジャヴ!?
でもと諦めの悪い空乃を何とか説得し、席に戻す事には成功したが、それでも怒りはまだ収まりきれていないようで……。
「私は許せませんね、その子達。いつも朝になると異様な位加工物が溜まっていて穴が開いているのは、そういう理由だったんですね」
「まぁ、そうなんだけどさ。ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いて聞いていられますか!?」
あぁ、空乃って一旦スイッチが入っちゃうと中々切れないんだよな。
「空乃が怒るのは最もなんだけどさ、一任されてしまったからには僕にも責任があるから。ここは一つ、僕に任せてもらえないだろうか」
久々に格好よく決まった。
「じゃあ何か目依斗さんには考えがあるんですか?」ムスッとしながら僕に問う。
「ないね!」
偉そうにそう言うしかない僕だった。
「駄目じゃないですか!?」
「まぁな!」
そういうキャラを演じ続けるしかなくなった。
「もう、そういうのはいいですから!」
「はい、すみませんでした」
世の中引き際も肝心だ。
「それでですね、どうしたらいいか是非とも空乃さんにもアドバイスを頂戴したく……」悪代官に媚を売る様に急にヘコヘコしだす僕であった。さっきまでの威勢は?と言ってくれるなよ。人間、時には助け合いも大事なんだ。自分に出来ないことは素直に協力を願った方が良い。これは僕の実体験からのアドバイスだ。
「まったく……最初から素直にそう言えばいいんですよ」
「はい、ごもっともです」
「でも実際問題、中々難しそうですね……」
「そうだよな……」
「あ、ありました!最善の解決方法!」
閃いた様にそう言う空乃。
「おっ!何々?」
「これです」
と自分の左手の親指を自身の首の右前に持っていき、左へスライドさせた。
「クビかよ!?」
意外と手厳しいな!
悪い笑みを浮かべてらっしゃいますね。
「そうです」
「それさ、実は僕も考えてたんだけど。だったら何故店長は未だにクビにしていないのかって事と、最初の時点で見抜けなかったのかって話になってくると思うんだけどね」
「僕が思うにまず、現状人が足りてない事と、あの子達も最終的に最低限の仕事はして帰るんだよ。あくまで最低限だけど」
それを黙って聞いている空乃。
「それと多分、悪い子達ではないと思うから、研修もそうだしオープンしてお客様が溢れかえっている時は頑張っていたんじゃないかな。最近は悪い意味で慣れ過ぎてしまっているだけというか……。だから店長もクビにはしたくないのかなって。それで僕が駆り出されたんだとね、僕の中ではそう思っているんだけど」
「ん~~~……確かに目依斗さんの言う通りかもしれませんが」
「でしょ?」
「ならばどうするかと言われると、実際一緒に働いた訳ではないので私からは何とも言えませんが、今の所思い付く案は、目依斗さんがホルコンしてみるしかないかと」
「そうなるよね……」
「まぁ、とにかくさ。暫くは様子を見ながらやってみることにするよ」
「無理しない程度に頑張ってくださいね?」
「おう、ありがとう」
「そんでさ、話は変わるけど、僕の帰りが遅いからって無理して起きてなくていいからね?」
「無理はしてませんよ?気にしてませんし」
「僕が気にするの。頼むから寝ててくれ。起きてくれていておかえりと言ってもらえるのも、こうして話を聞いてくれるのも、ありがたいし嬉しいんだけどさ。空乃は早番で朝早いんだから身体が心配なんだよ」
「そう言われてしまうと……あっ、では次の日が休みの時には起きていてもいいですか?」
「それならまぁ」
「でしたら分かりました。申し訳ないですけど先におやすみしてますね」
「うん、ありがとう」
「ご飯は作っておくので、チンして食べてくださいね。それからお風呂は―――」
「僕は子供か!」
しばらく談笑してから眠りについた。
ちなみにこの日も空乃は次の日休みだった。
良かった良かった。
でもこうして話を聞いてもらえるのって本当にありがたいよな。僕も頑張らないと。
――そこから数日経った。
実はまだ僕はホルコンをしていない。明日から僕がホルコンすると言っていたのにしなかった事で、最初山下さんにはまたゴミを見るような目で見られてしまったが、僕の考えを察してくれたようで、今ではそんな事はなくなった。その後ちゃんと説明もしたけど。
そして数日遅番をしてみていくつか分かった事がある。
まず僕が入っている遅番のシフトはいつもこのメンバーだった。当然夜をこの人数だけで回している訳ではないので、他にも遅番の子はいるんだが、その子達は仕事頑張る組だったのだ。空乃と朝の状態はどうだったか等、確認しあっている内に、いつも状態が悪い引継ぎの時は前日決まって僕たちのメンツだったのだ。
今はまだ指示が通ってはいないといえ、僕と山下さんで頑張っているから前ほど引継ぎは悪くない。残念ながら良いとも言えないけど……。
どうやら店長はこのメンバーの改善を望んでいる様だ。
そしてあの高校生達についても気が付いたことがある。指示されずとも二人がよくいるコーナーが分かった。鈴木さん、ああ、女子高生のギャルの方ね。鈴木さんはよく少年コミックや青年コミックのコーナーにいる。そして佐藤さん、男子高校生の方ね。佐藤さんはよくゲームやアニメのCD、DVDのコーナーにいる。
二人が去った後にそのコーナーを見てみたら、そこだけはよく整頓されていた。そして彼らが面陳にしていたものがその後、売れる売れる。だからいつも朝は穴開き状態のままだったのだ。高校生達は規約で22:00までしか働けないから、売れた後面陳を直す時間がない。山下さんも他の残された仕事で手一杯で埋められず。
こういった理由があったのだ。
決して仕事が出来ない訳ではないし、彼らには得意不得意があるようだった。そりゃ誰にも不得意な物なんてあるんだけど、それが話し合っていないから分からないし、不器用なだけ。
当然諦めていた山下さんにも知る事は出来ていなかったし、悪かったのは僕らも一緒という訳だ。
後一人気になっている人もいるんだが、僕がいる限りは会うことがなさそうなので、とりあえず僕は今のこのメンバーだけで頑張るつもりだ。
とにかくこれでホルコンする準備は整った。
―――閉店後。
いつものように山下さんを送って行く。
これもどちらが言い出すでもなく当たり前の様になり、帰りながらよく話もするようになっていたので、この事はしっかり共有している。
「じゃあそういう訳で、明日からホルコンやらせてもらうね?」
「どうぞどうぞ」
「いやそんなどこかのコントのように言われても!?」
笑い合う僕ら。
こんな感じに段々山下さんとも打ち解けられるようになっていて、少し嬉しい僕だった。最初は暗めの印象だったけど、話してみると結構よく笑ってくれる。
クスクスっと笑うし小柄だからリスみたいだ。仕事を終えてからはポニーテールのゴムを解き髪を下ろすんだが、夢より長くなく、空乃より若干長めの肩にかかる位のストレートな黒髪、毎回普段とのギャップに少しだけドキッとしてしまう。
あー、夢ともしばらくしっかり話してないなー。今度思いっきり抱きしめてやろう。そうしよう。
「でも凄いですね、まだ少ししか遅番出てないのに。ずっといる私は全然気付きませんでしたし、気付こうともしませんでした。ホルコン失格ですよね、私」控えめに笑う。
「そんな事ないって。僕だって今はそういう目線で見てただけだから、最初からいたら多分山下さんと同じ気持ちになってたと思うよ」
「優しいんですね」
「いや、それも全然」
「そうですか」
でも、と続けて
「有難うございます」
クスッと笑った。
「なんか照れるな」
少し恥ずかしくなってきた。
「いいじゃないですか」
おどけるように言う。
「それを言うなら山下さんだって優しいじゃん」
「へっ?私がですか?」
「うん。僕が疲れてそうな時には気にして声をかけてくれたり、みんながやりたくなさそうな仕事を率先してやっていたり、落ちてるゴミとかもこまめに拾ってるし、それに――」
「もういいですからっ」
恥ずかしそうに言葉を遮る。
「そう?まだあるけど?」
ニヤニヤしながら返す。
「やめてくださいって」
「なんていうか、地味で目立たないけど陰で人知れず頑張っている学校の委員長タイプみたいな?」
「……ました」
「え?」
「……してました」
「何?」
「だから、学校では委員長してました!」
初めて強めに言った。
「あはは、やっぱそうなんだ。」
「地味で目立たなくて悪かったですね!」
ふくれっ面だ。
「いや、全然誇っていい事だと思うよ。誰にでもできる事ではないし、僕の想像通りの山下さんでなんか安心した。少なくとも、僕はそういう人って好きだな」
「なっ……!」
益々顔を赤らめた。
「好きとか……そういうのはあんまり軽々しく言わない方が良いですよ」
ふむ。
軽々しく言ってる訳ではないけど、怒らせちゃったみたいだな。
「ごめんごめん。でもさ、僕なんかよりも山下さんの方がよっぽど優しいって事」
「……なんか照れますね」
両手を頬に当てている。
「いいじゃないですか」
先程の言葉をそのまま返す僕。
それに気付いたのか、ムスーっと前を向いてしまった。
頬がリスの頬袋のようで可愛らしい。
―――カコンッ
「……!」
山下さんがビクッとした。
そんなやり取りをしていると、どこからか缶が飛んで転がるような音がしたのだ。その音で二人共歩みが止まる。
でも時間が時間なので、どこから音がしたのかはよく分からなかったが恐らくは後ろの方からだと思う。
「野良猫かな?」
僕がそう言うと
「あの……」
「ん?どうしたの?」
「図々しいお願いなんですけど……」
「何?」
「今日だけは家の前まで送っていただけないでしょうか……?」
「なんだ、そんなの。全然図々しくなんかないし、僕なんかで良ければ勿論送って行くよ」
珍しいな。
こんな事言い出した事なかったのに。
缶の音で怖くなってしまったのだろうか。
「有難うございますっ……」
何やら怯えてる様な複雑な表情をしていた。
気になるけど深く聞いてもいいものか。
「どうかしたの?大丈夫?」
「いえ、大丈夫ですから」
「本当に?」
「ええ……」
「ならいいけど」
やはりあまり聞いてほしくなさそうだったので、これ以上はつっこまずに山下さんを家の前まで送り届けた。そして家が結構大きい事にびっくりしていた僕だった。
「本当に有難うございました」
「じゃあ、また明日ね」
「はい、また明日」
そう言って別れようとすると
「あ、あのっ……」
呼び止められた。
「どうかした?」
「……」
少しモジモジしながら、何でもありませんでした、とお辞儀して足早に家の中に入っていってしまったのだった。
その様子を少し不思議に思いはしたものの、どうする事もできずモヤモヤしながら今来た道を戻っていった。その道中、いつもすれ違っていたウォーキングしている人物の事には気にも留めずに。
―――翌日。
事務所。
昨日の事は何でもなかったかのように普通にしている山下さん。
「おつかれ」
「お疲れ様です」
「大丈夫?」
「何がです?」
ニコっと答える。
「いや、何でもないよ」
部外者の僕があまりとやかく言うのもな。
そして時刻は18:00になる5分前。
いつも通り高校生連中が事務所に入ってくる。
んじゃあ、今日もやりますかーと鈴木佐藤が手短に支度を終え、事務所を後にしようとする。
「えー、ゴホンっ!」
僕は超絶分かり易い咳払いをした。
それに反応する高校生達。
足を止め、こちらに振り向く。
「じゃあ二人共、タイムカード切ったらまた戻って来てくれるかな?」
「え、どうしたんすか水崎さん」
佐藤が言う。
「いいから、なるべく早くね」
怒ってはいないけど、いつもと違う雰囲気なのを鈴木は察したのか、佐藤の背中を押すように出ていき、素早く戻ってきた。
「それじゃあ今から朝礼をします」
あれ、夕礼になるのかな。
まぁいいかどっちでも。
えっ?と驚いている佐藤。
鈴木はあんまり驚いてはいないようだ。
本来なら始業前にやるべきなのだが、今日は早番の空乃達に話を通しており、その間だけ残ってもらえるようお願いしておいたのだ。ちなみに僕と山下さんは既にタイムカードを切ってある。
「どうしたんすか急に」
事態がよく呑み込めずにうろたえる佐藤。
鈴木は俯いている。
はぁ、僕って本当はこんな役に向いてないんだけど、仕方ない。覚悟を決めるか……。
「いやね、率直に言わせてもらうと、遅番のこのメンバーだけ著しく仕事効率が悪いという結果が出ているんだけどさ、心当たりないかな?」
それに対して佐藤が反論。
「結果ってなんすか?そんなん他の人らも同じかもしれないじゃないすか」
「まぁ、そう言うよね」
「実際分かんないすからね、他の人達だって――」
「はい、結果!」
ドスンと毎日の売り上げ記録が残っている日報を机に置く。
「あのね、ここにしっかりと結果が残ってる訳。数字という結果が」
「見た事ある?これ日報っていうんだけどさ、毎日皆この数字を見て仕事してるんだよ。数字って売り上げの事ね。因みにこれ、早番は遅番と交代する前に中締めっていって、そこで一旦そこまでの売り上げが分かる様に区切って計算してるから、そのシフト毎の売り上げなんて手に取るように分かるんだ」
「レジ打つときにさ、商品によって違うコード打ち込んでるでしょ。だから何の商品が売れていて、何のジャンルが売れていないとか、事細かく分かって便利なんだよね」
まるで先生に怒られているかのように静かに俯きながら聞いている高校生達。それに釣られるように何故か山下さんまで俯いていた。
「知らないかもしれないけど、ホルコンしてる人なんて30分以上前に来て先に読んでるからね。ここにいる山下さんもそうだから」
「勿論それを真似しろとまでは言わないよ。せめて朝礼に出て売上位は把握しておいてほしいって事」
あーーごめんな、キツイことばっか言って……吐きそうだ。
「キツイこと言うようだけど、仕事ってさ学校と違って遊びじゃないんだよ。ただやってればいいやって訳にはいかなくてね。責任が生じてくる。買いに来たお客様から見たら、僕らなんてベテランだろうが新人だろうが知ったこっちゃない、同じ店員にしか見えてないんだから」
「例えば僕達がどこかお店に行って、店員さんにこれはどこに置いてますかって聞いて、知りませんって言われたら怒るよね。それが新人だったとしても」
「少し話が逸れちゃったけど、やるからには数字を意識して、何か目標をもって仕事してほしいなってだけだから。その方がやりがいも感じて達成できた時には嬉しいし、出来なきゃ悔しいからもっと頑張れるし、ただやるよりかは仕事が楽しくなってくると思うよ」
「それにさ、僕は鈴木さんも佐藤さんも仕事出来ると思ってるから、悔しいんだよね」
「鈴木さんがよく補充してくれてる少年青年コミックや、佐藤さんがよく補充してくれてるゲームやアニメ関連の売り場なんてほんとよく売れてるよ。面陳もセンスが良いんだろうね。そういう事も日報見たら分かるし、自分が作った棚の商品が売れるって嬉しい事だし尚更ね」
あ、やばい。
シーンとしてる……。
「僕なんかにいきなり色々言われて嫌だとは思うんだけどさ、ここは一つ仕事だと割り切って、ホルコンの指示も含めて、今言ったことを意識してはもらえないかな」
言い過ぎたか……?
「あっ、ええっ!?」
ちょっとやばい、なんか皆泣いてんだけど!
「ちょっと待って!泣かないで!」
つか、なんで山下さんまで泣いてんの!?こういう話するって事前に言ってあったじゃん!
なんとかその場を収め、その日から僕が暫くの間ホルコンをし、後半は山下さんにホルコンをしてもらった。
―――そんなこんなで月日は進み、気が付けば明日で6月になる。
蒸し蒸ししていて暑く、もうじき梅雨に入るのか雨も多くなっていた。
僕の遅番も今日でお役御免という訳だ。
日数がだいぶ飛び、そこからの話を本当はもっと詳しく聞いてほしいんだが、中古ショップの仕事の話なのかと勘違いされてしまいそうなので、ここで要約しておく。
まず遅番の高校生達がどうなったのかというと、飛躍的に仕事能力が向上した。というよりも、あれからしなくてもいいのに僕らと同じ時間に来るようになり、熱心に日報を読み始めた。そして二人が好きそうな分野は僕のドンピシャだったらしく、そのコーナーの持ち場を与え、その前に他のコーナーのやるべき所や分担を終わらせてからねとやってもらったところ、早い早い。早番の早さを超える勢いだった。というか多分超えた。
そして何故か二人共、僕の事を先輩と呼び、慕い始めたのだ。
どうやらあんなに真面目に注意された事はなかったみたいで、相当胸に突き刺さっていたらしい。また自分たちでも力を入れていたコーナーを認めてもらい、本当によく見てくれていたんだと感動。自分たちでも不真面目な自覚はあったけどどうしたらよいか分からず、仕事という意味を教えてもらえた人生の先輩という事のようだ。ハッキリ言って大袈裟すぎる。
ちなみに山下さんは釣られて泣いてしまったらしいが、その事をきっかけに高校生達とも仲良くなっていた。ここ何日かの僕のホルコンからも何かを学べたらしい。
でも嫌われるの覚悟だったから、正直言うと嬉恥ずかしい気分である。
もう誰が見ても仕事出来ないなんて言わないだろう、客足が落ち着いている時に山下さんと少し会話している所を見られただけでも、カウンターでイチャついてないで、しっかり仕事してくださいよ~と茶化してくる程だ。
直に二人共ランクアップするだろう。僕も店長に認められ、次のシフト表からは早番生活に戻っていた。そして成果を上げた僕がちゃっかり名札に青いシールを貼られた事は、この遅番のメンツしかまだ知らない。
そして折角仲良くなったのだからと、ちゃっかり全員でRine交換もしていたのだった。
――時刻は間もなく22:00になる。
売り場で補充していた僕の元に鈴木と佐藤が寄ってくる。
「先輩、今まで本当にお世話になりました。」
「先輩の事は一生忘れませんから……」
佐藤と鈴木が言う。
「おいおい、僕は死ぬのか!?」
あっはっはと二人。
「冗談すよ~」
「でも感謝してるのは本当ですよ?」
「ヤメテクレ、ナイテシマウ」
またもや笑う二人。
いや、本当だから。
それと、と佐藤が続ける。
「山下さんとの事も俺は応援してますよ~」
こそっと僕の耳元で。
「はぁ!?」
それを見ていた鈴木がニヤニヤしながら「あっれ~?先輩顔赤いですよ~」と茶化してくる。
「そんなんじゃねーから、いいからはよ帰れ!」
はいはい、と二人。
「またRineするんで!」
「私も~」
「おう、また引継ぎの時にでも会おう」
無視する僕だった。
最近涙もろいのでね。
カウンターに戻る僕。
「お疲れさま。涙のお別れは済んだ?」
クスクス笑いながら言う山下さん。
敬語はもう取れていた。
「こんなんで泣かないから」
意地を張って言い返す。
「でも涙の後付いてるよ?」
「まじで?」
慌てて腕で擦った。
「うそ~」
「おいー」
何気に遅番も居心地がよくなり始めていたんだけどな。正直少しだけ残念に思わなくもない。
「水崎君が今思ってる事当ててあげよっか?」
僕の事を君呼びするようになっていた。僕は変わらずさん呼びだけど。実はお互い未だに年齢を知らなかったりする。僕の方が下なのだろうか。
「うん」
「まだ遅番でいたいな~、でしょ?」
「う~ん……当たらずといえども遠からず、かな」
「ハッキリしないな~」
「ハハ」
うーむ。
――こうして最後の遅番を終え、その帰り道。
「ん~、こうやって山下さんを送って帰るのも今日が最後か~」伸びをしながら言った。
「そうだね~」
どうでも良さそうな反応に少しばかりしょげる。
「ちょっと待ってて」
そう言って道端に設置されている自販機に駆け寄り、あつっあつっと何かを手にして僕の元に戻ってきた。
「はいこれ、お疲れさまココア。どうぞ」
「あ、ありがとう」
「最近暑くなってきたけど、この時間はまだ少し冷えるよね」
「そうかもね、涼しい感じではあるけど」
プシュッと自分の分のココアを開ける山下さん。
「あー、でも明日から水崎君いないのかー」
「何々?寂しい~?」
「うん」
キッパリ。
「いやいや、その反応の返しは用意してなかったわー」いつかの夢の台詞を丸々パクった。
「自分で聞いておいて?」
またクスクス笑う。
「まぁね」
あの一件以来、家まで送った事はなかった。もうすぐ別れの場所だ。
「今日くらいは最後だし、家まで送っていこうか?」
「ううん、大丈夫。そこまでで」
「そう?」
「これからはまた一人だからね。慣れておかないと」
「そっか」
「心配してくれるの?」
「そりゃあね」
「その気持ちだけで十分だよ、ありがとう」
「だからもう今日はここまでで大丈夫」
「でもまだ早いよ?」
「だから言ったでしょ?慣れておかないと」
「そう言われちゃうとな」
僕は苦笑した。
「じゃあ……またね?」
そう言って後ろ向きに後ずさりしていく山下さん。
「おう、またな?」
後ずさりしながら手元で何かしていた。
その後僕の携帯が鳴る。
ポケットから取り出し画面を見ると『今日まで本当にお疲れさまでした。私は君にとっても感謝しているよ!』
視線を山下さんに戻す。
手を大きく振り、走って行ってしまった。
駄目だ、泣いちゃう。
どうせまたすぐに引継ぎとかで顔を合わせるのに。こういうのには弱い。
姿が見えなくなるまでその場で見送り、立ち尽くす。
その僕の横を誰かが通り、同じように闇の中に消えていく。いつものウォーキングをしているであろう人物だった。物思いにふけっていた僕は、ただただその姿も眺め、踵を返し自宅への帰路へと就いたのだった。
明日は休みだ。
いつまでもしんみりはしていられないし、また朝早く起きる生活に慣れないとな。
少し冷めてしまったココアを飲み、僕は歩き出した。
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