第10話 遅番の前夜
――そして翌日……ではない。
たった今自宅に帰宅したばかりである。
玄関を開くとそこには仁王立ちで佇む空乃さんがいた。様子を見ると表面上はにっこりしているが、僕には分かる。激おこである。
「おかえりなさい目依斗さん?」
にっこり。
「ええっと……ただいま?」
僕もにっこり。
「
「いやぁ、話すと長くなるんだけどね」
「そう~ですか、そう~ですか。それは大変でしたねぇ~。さぞお疲れですよね~」変わらずにっこりしている空乃。
怖すぎる。
時刻はもうすぐ20:00になろうとしていた。終わってからすぐに帰っていれば18:30、遅くとも19:00までには帰宅できているはずである。
もう耐えられん。
「早く帰ると言ったのに遅くなってごめんなさい!」
誠心誠意を込めて僕はその場で土下座した。
「はぁ、もういいですから、早く上がってください」
空乃さんのにっこりモードが解除された。
「はい!ほんとすみませんでした!」
そう言って洗面所に行ってからリビングに向かった。
テーブルを見ると、そこには二人分の食事が用意されており、ラップがしてあった。空乃は僕が早く帰ると言っていたから夕飯を作って待っていてくれたんだ。誰かが夕飯を作って待っていてくれるなんて、親父と二人きりだった生活の時にはなかった事なので衝撃的だった。また家で一緒に食べる相手がいる事のありがたさと、空乃の気持ちを思うと自然に涙がこぼれた。
「お腹空いてますよね?今温めなおしま……って、えっ?えっ?」
エプロンを付けようとしながら言っていた空乃がこちらを見て困惑している。
扉の前で呆然と立ちすくみ泣いている男がそこにはいた。というか僕だった。
「あのあのっ!ど、どうしたんですか?怒ってませんよ私?そんなに怖かったですか!?」
「いやごめん、違うんだ。ほんとごめん……」
「大丈夫ですから泣かないでくださいよ!」
やばい、なんだかどんどん泣けてきた。
「えーと、えーと……えいっ」
僕の事を抱きしめてくれた。
「ほ~ら、もう大丈夫ですよ~。大丈夫ですからね~」
と、そのまま僕の背中を優しく、ゆっくりとポンポンたたく。
温かくて優しくて気持ちが良い。心が安らぐ気分だった。
しばらくこのままでいたい。
――よーし、よーし。
「ありがとう……もう大丈夫だから」
「良かった」
と、離れてにっこり笑う空乃。
勿論このにっこりは良いにっこりだ。
そして冷静になると物凄く恥ずかしい。
まともに目が見れん。
「本当にもう大丈夫ですか?」
ひょこっと顔を覗き込んでくる。
近いから!
「大丈夫だから」
「でも顔が赤いですよ?熱があるんじゃ……」
右手で僕の、左手で自分の前髪をかきわけ、おでこをくっつけてきた。
アカーーン!!
「ほほほんとに大丈夫だから」
早く離して!
「でも段々と熱くなってきてるような……」
それはあなたのせいだから!
わざとやってないよね!?
――ようやく離れて席に着く事ができた。その間に空乃は再度料理を温めなおしてくれていた。
「じゃあ、いただきましょっか」
「その前にもう一度ちゃんと謝らせてくれ」
「もういいですって」
「夜遅くなる時の事、いつもちゃんと言ってなくてごめんなさい」
「ふふっ、もういいって言ってるのに。どうしたんですか急に?」
「いやさ、今更何言っても言い訳になっちゃうんだけど、僕父親と二人で暮らしてた時はいつも父親の方が帰りが遅くて、朝はもう起きたらいなくてさ。そのせいもあって朝はちゃんと食べなくなってたし、夜はどこか外で食べてくるのがほとんどな生活をしてたんだ。」
「だから空乃の事をちっとも考えてなかった。本当に申し訳なかった。許してほしい」
「そうだったんですね」
「僕の帰りが遅かった日とかは晩御飯どうしてた?」
「んー…」
と少し言いづらそうに続けた。
「一緒に食べられるのか分からなかったので、帰って来るまでは作らないで待っていたり、目依斗さんが休みの時にはわざと遅く帰ってから作ってみたりもしたんですけど、既に食べられていたりで中々私の思う様にはいかなかったですかね」と苦笑気味に話してくれた。
「……最低だな僕は」
頭を抱えた。
「私が勝手にしていただけなので、気にしないでくださいね?」
焦ったようにそう言ってくれる。
「自分勝手で申し訳ないんだけどさ、もし空乃がよければ明日からは朝も夜も、ちゃんと一緒に食べないか?勿論付き合いで無理な時もあるだろうから、その時は早めに連絡とかしてさ」
「……」
「駄目かな……?」
今更都合良すぎるか。
「~~~っ!」
「空乃?」
「嬉しいです!そうしましょっ?」
満面の笑みだった。
それにつられて僕も笑う。
良かった……!
「ありがとう!僕も作るから当番制にしよう!」
「え~、目依斗さんに作れるんですか~?」
ふざけるように言う。
「よーし!絶対美味しいって言わせてみせるからな!」
「ふふっ、楽しみにしてますよ~だ」
「おう!任せとけ!」
これからは絶対気を付ける。
そして僕はある事を思い出す。
「ごめん……僕から言い出したのにやっぱりしばらく晩御飯は一緒に食べられないや」
「ええっ!?もう約束破るんですか!?」
空乃は冗談だと思って笑っている。
「実はさ」
僕は明日からのシフト表を空乃に見せ、今日あった出来事を話し始めた。
「そういう事ですか……」
「うん……」
「ランクアップしたのは私も嬉しいですけど」
と続ける
「店長からそういうお話は事前に聞いていましたが、目依斗さんが遅番に入る頻度は週に一度位だったはずです」
「私、店長に抗議してきます!」
と何処かに向かって歩き出す。
「どこ行くの、やめてぇぇ!」
電話なんかされた日には、高校休みたくてズル休みするため親に電話させたような、そんな感じになっちゃうから!
「でもそれ、絶対目依斗さん騙されましたよ!」
「僕なら大丈夫だから!ただ、言った傍から空乃と晩御飯を食べる事が出来ないのだけが辛いけど!」
「……待ってます」
グゥ
いや、既にお腹鳴ってますけどー!
空乃ってこう見えて結構食いしん坊というか、そんな節が見受けられるからな。
「いやいやいや、気持ちは嬉しいけど多分帰って来るの23:00過ぎとかになると思うから」
「それは……」
「だから晩御飯だけは食べてて!その代わり朝はいつも一緒に食べよう?」
「正直あまり納得できませんが、目依斗さんがそれでいいなら私はこれ以上何も言いません」グゥ
ごめんね!そろそろお腹空いたよね!?ご飯食べようね!
「ありがとう」
――こうしてようやく明日を迎える事となるのだった。
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