第11話 ホルコンの憂鬱
―――そしてようやく翌日。
時刻は間もなく18:00になろうとしている。正確には20分程前だが、僕は店の前にいた。夕方からは初めてなので店内に入るのを少し躊躇っている最中である。なんだか初めてバイトした時を思い出す、このドキドキ感。
仕方ないので意を決して店内に入る。
「いらっしゃいま…」
と言い掛けてレジからこちらを見る空乃。
「お疲れ様です」
途端にそう言い換え、ニコリと一礼した。
「お疲れ様です」
僕もそう返し、事務所へと向かった。
大丈夫、朝ご飯はしっかり一緒に食べたから。
その道中、音筆と目が合いニヤリとしながら「お疲れ」と言われた。苦笑しながら僕も同じように返事した。
こういうのは初めが肝心だからな。
事務所に入り「お疲れさまでーす」と元気に一声。
「……お疲れ様です」
昨日挨拶した黒髪ポニーの子だけしかいなかった。不愛想にそう言う彼女。支度を終え、椅子に座って日報を読んでいた。感心な事である。
「まだ他の子達は来てないんだねー?」
「……そうですね」
「今日から宜しくお願いしますね?」
「……ハァ、はい」
敬語かタメ口か悩んでいる僕だった。そしてまたため息。やはり一度も僕の方を見ないし。何もしてないのに既に嫌われていた。
仕方ない、と制服に着替える。
制服は上が黒いポロシャツに、下は各自自前のジーンズ。腰に腰巻の様な、腰だけの黒いエプロンを結び付ける。皆上のシャツだけは自宅から着て、その上に上着を羽織ったりして出勤しているので、更衣室らしいものは特にない。事務所が着替え場としても兼任している。
準備を終えた僕はシフト表を確認していた。
今日来るのは……
鈴木優衣
佐藤優
山下静
僕
この四人のようだ。
この子の名前は何だろうか。
鈴木か山下か佐藤か。
こそこそっと後ろに回り込み、テーブルで日報を読んでいる子の胸元を見ようと頑張る僕。決して他意はない。ただ名札を見ようとしているだけだ。
胸は中くらいか……男子に好まれそうな実に良い胸だ。違う違う。名札が下向きになっていて見えない。あと少し……。
「……何か?」
気が付かれた。そりゃそうだが。
そしてようやくこちらを向いてくれた。
不本意だが。
「いやさ、もう十分前なんだけど皆遅くないかなって」一瞬ビクッとしたが、ナチュラルに話題を変えた僕だった。
「……いつもの事ですよ」
「でも朝礼は?」
「……してません」
「いや、駄目だろそれは」
普通に考えてありえない。
「……」
俯いてしまった。
18:00になる5分前。
二人の高校生が入ってきた。
「お疲れさまで~す」
「お疲れで~す」
チャラい!
二人共チャラい!
この二人かー……勿論引継ぎの際に見たことあるので知ってる顔だが、チャラい!
「あ、今日から遅番入ってた水崎さんっすよね?俺、佐藤って言います。よろしくお願いします!」と男が言う。あれ?意外に良い奴そう?
外見は全体的に長めの茶髪、前髪も長い。きっとイケメンの部類には入るのだろう。まぁ僕はチャラそうな人は苦手だけど。
「んで私が鈴木でっす。よろしくお願いしま~す!」
これまた茶髪の長髪、渋谷とかお洒落な服屋が好きそうで、街によくいる女子高生って感じ。完全に僕の偏見だけど。礼儀はあるらしい。
「ああ、宜しくね」
もう皆年下っぽいし、タメ口でいく事にした。じゃああの子は山下さんって事か。
「じゃあほら、朝礼やるから急いで急いで!」
冗談ぽく言う。
「いやいや、いつもやってないんでいいんすよ!」
佐藤が言う。
「そうそう、めんどいしね~。ていうか早くタイムカード切らないと!」
鈴木が言う。
タイムカードは名札の裏についているバーコードをレジで読み取る仕組みになっているので、18:00前にはレジに行かなければいけなかった。
日報を閉じ、部屋から出ていこうとする山下。
いきなり僕がしゃしゃり出るのもおかしいしな……。
どうしたもんかと考えていたら思い付いた。
「僕、夜の流れがまだ分からないから、今日は流れを教えてもらってもいいかな?」三人に聞こえるように言う。
「ホルコンは山下さんだよね?」
「……一応」
「じゃあ今日はよろしくね」
「……はい」
常に暗いなこの子は。
今日はこの子達のいつもの流れを見せてもらう事にした。そこから見えてくる改善点もあるだろうから。というよりも見てみないと分からないし、今日は身をもって体験させてもらうとしよう。
時間ギリギリ、空乃達にお疲れさまーと言い、先にタイムカードを切る。今日の昼のメンツは空乃、音筆、石津の三人。加工物も補充物も溜まっていない、素晴らしい仕事ぶり。そして夕方からとしては最高のスタートを切れそうだった。会話もそこそこに引継ぎを済ませ、いよいよ遅番が始まった。
さぁてどんな指示をくれるのか……と待っていたら指示もなく「バック出まーす」と言って高校生連中がカウンターから出て行ってしまった。
「えっ?」
思わず声が出る。
山下さんの方を見ると、倉庫からダンボール、未加工物の本を持ってきて加工を始めた。
「ちょっと待って指示は!?」
山下さんに聞く。
「……しても無駄なんで」
相変わらず目も合わせない。
「いやいやいや、え?いつもしてないの?」
「……しても無駄なんで」
oh……。
チームワークも何もあったもんじゃないな……。
お兄さんびっくりだ。
「ちょっと出るね……?」
「どうぞ」
カウンターを出て、高校生軍団の様子を見に行く。勝手に行動しているのであれば、補充物もない今は穴埋めをしているはず……と思って見に行くと。
イヤァアアア!!
隅っこの方でくっちゃべっとる二人共!
嘘でしょ!?
仕事出来ないとか以前の問題だよこれ!?
普段の様子は見たいけど、さすがにお兄さんこれは見過ごせないわ。二人の元へ行き「出す物ないなら穴埋め行こうか―!」と言いながら二人の前を通り過ぎた。
どやっ!
二人の方を見る。
また話し始めた!?
アホなの!?
「あー、あっちの単行、穴スゴイワー」
再度二人の前を通りながらカタコトに呟く。
はい無視!
もう駄目だ馬鹿だ。
最後にもう一度二人の前を通過しながら「せめてお客様がいる前では、くれぐれもおしゃべりしないようにね」と、真顔で言っておいた。
一度カウンターに戻る。
「戻りましたー」
山下さんに言う。
「……」
はい、こっちも無視!
黙々と加工してる。
でも早っ!
もう二箱目じゃん。
買取をした物は、出し切れないとなるといつまでもカウンターに置いておくと邪魔になるため、一度段ボールに入れて倉庫にしまっておく場合がある。加工物がない時はそれを倉庫まで取りに行き加工するのだが、山下さん加工早いな。補充物のラックがみるみる内に埋まっていく。
でも出す人があのおしゃべり達じゃあ……。
あっ、指示しても無駄ってこういう事?
なるほどね、それなら……。
「山下さん、指示くれる?」
「……だから」
「しても無駄って言うんでしょ?」
「……」
「試しに僕に指示してほしい」
「ハァ……」
黙って指示を待つ僕。
「じゃあ……」と嫌々そうに指示を出す。
「そのラックの補充物、優先順に置いてあるんで上から補充していってもらえます……?」と言ってカウンターの外に置いてある、パンパンに詰まった赤い色のラックを指差した。
「了解、任せて!バック出まーす!」
客足も落ち着いてるし、見てろよ……。
わざとらしくダッシュで高校生組の前を行ったり来たりしながら、本気の本気で補充する。その時間、20分。両側一杯だった赤いラックを0にした。ちなみにこの赤いラックはカウンターの外に置いている関係で、加工している人からは見えない。加工している人の横にもこの赤いラックがあり、計二つ。加工し終えたものが一杯になったら、加工していた人がカウンターの外にそのラックを置きにくるという風になっている。20分ていうとまぁまぁ時間掛かってんじゃん、とか思われそうだが、両側満タンに詰まったラックを20分で出し切るのは結構凄い事なのである。自分で言うのもなんだけど。
「戻りましたー」
そう言ってカウンターに戻った。
結構汗をかいてしまった。
「ハァ……」
僕を見るや、またもやため息。
加工を続ける。
「あれ?まだ加工終わってなかった?次は何したらいいかな?」わざと煽るように僕はそう言う。
それを聞くとさすがにカチンときたのか、ハァ!?と言わんばかりに手を止め、僕の方を睨み付ける。そのままズンズンカウンターの外のラックにまで歩いていき、目を見開く。まさかこの短時間で0になっているとは思いもしなかったのだろう。驚きを隠せないようだ。
目を見開いたままこちらを見つめてきたので、僕は何も言わず、冷静に大人の対処を――せずに精一杯のドヤ顔をした。
――ドヤァァァ
それを見た山下さんは、顔を赤くし、みるみる内にふくれっ面になっていく。
あはは、怒ってる怒ってる。実に愉快だ。
ズンズン加工台に戻り、遮二無二(しゃにむに)加工を再開した。
と、そこで買取カウンターにお客様が来た。
フンッとこちらに目線をやる山下さん。はいはい、やれって事ね。察した僕が買取に入る。どうやら思惑通りムキになってくれている様だ。
そこから僕たちの加工補充合戦が始まった。加工、補充、レジ、レジ、買取、補充、買取、加工……。買取やレジは、お互いに見合わせ、優勢な方が入った。その間、特に会話はしていない。時たまカウンターの外からその様子を黙って見ている高校生軍団の視線を感じたが無視した。正直、やる気のない奴に構ってはいられない。せめて少しでも感化されている事を願うばかりだ。まぁ、当初はそれも狙いだったんだが、張り合いのある加工に、ただただ楽しくなっていた僕であった。
――そして気付けば22:00。
高校生達の上がる時間になっていた。
「お疲れさまでした」と上がっていく、鈴木と佐藤。客足のピークも超え、二人きりになる僕達。
「少し……休憩しないか?」
「ええ……私もそう言おうかと思っていたところです」
気付けば僕の方をちゃんと見てくれるようになっていた。店は23:00までだから、ここからは二人で後一時間だ。平日だし、お客様はほとんどいない。
「はぁー疲れた。結構やるね?」
「フフッ、あなたこそ」
初めて笑ったな。
そう思ったけど口には出さなかった。
ほぼ二人だけでやってたようなもんだけど、買取がよくきてた割には加工物も補充物も溜まっていないし、それどころか倉庫の在庫まで結構片付いたので、作業的にはかなりよくできた方だと思う。朝番でも倉庫の在庫までは中々手が回ったことはない。
それは遅番の引継ぎの悪さのせいとも言えるんだけど。それを抜きにしても、この子すごく良く仕事が出来ると思う。朝番に来てほしいくらい。
「んで、どっちが勝ち?」
「引き分けですかね」悔しいですけど、と続けた。
「その割には悔しそうじゃないね?」
「そんなことないですよ」
と、また笑った。
――そしてここからが本題。
「ホルコンしないのってああいう事?」
「そういう事です」
「だよねぇ……」
「はい……」
「いつも大変だったんだね」
「分かってくれます……?」
苦笑気味の彼女。
「分かり過ぎる程にね」
僕も苦笑。
「明日も同じメンツだよね?」
「ええ、そうですね」
「じゃあさ、いきなり遅番に来た僕が勝手言って悪いんだけど、明日から少し僕にホルコンさせてくれないかな?」
「えっ?それは全然構いませんけど……」
「無駄だって思う?」
「水崎さんが仕事出来るのは分かりましたけど、それでも……」チラッと僕の名札を見た。
「というよりも、ランクアップまでされていたのに気が付かず、失礼な態度を取ってしまって、本当に申し訳ございませんでした……」
「いや、やめてやめて!僕はたまたま店長が見てて上がっただけだから!逆に恥ずかしいよ。本当なら見られてないだけで山下さんの方が仕事出来ると思うし!」
「それはないと思います。見る目位はあるつもりです」
「気持ちはありがとうね。」
「いえ、本当の事ですし」
ふむ……。
「じゃあ、許可も貰った事だし、明日からやらせてもらうね」
「では……お願いします」
よし。
明日から、高校生軍団絶対泣かす。
あと……。
――そして残りのレジ締のやり方などを教わり、無事終了。時刻は23:30。
店の戸締りをし、二人で外に出る。
「家近いの?歩き?」
「普通ですね。歩きです」
便利だよね、普通って言葉。
「送ってくよ」
「大丈夫です。いつも一人で帰ってますので」
「いつもは22:00から誰と二人で残ってるの?」
「私ともう一人別の男の子です」
「送ってもらわないの?」
「はい、私その子の事嫌いなので」
「そうなんだ……」
随分ズバッと言うな。
「でも最近物騒だし、やっぱり分かってる上で女の子を一人で帰らすのはなぁ……」
「……では、送って頂けるのであればお願いしても宜しいですか?」
なんでそんなに敬語なんだ。
「ありがとう!喜んで」
僕は微笑んだ。
「どうしてあなたがありがとうなんですか……」
「嬉しいから?」
「ハァ……」
あ、またため息だ。
せっかく少しいい感じだったのに。
そうして二人、歩き始めた。
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