第19話 女子会?③

定規戦争じょうぎせんそう、略して定戦じょうせんとは。


学生生活の中でやった事のある人もいるのではないだろうか。机の上に各々が定規を置き、ボールペンやらシャープペンやらで自分の定規の端をゴリッと押して飛ばし、他の人の定規にぶつけて卓上から落として最後まで残っていた人が勝ちというのが大まかなルールとなる。


更に言うと、自分の定規の上に乗っかられてしまった場合には、何回以内に抜け出せないと失格扱いになったりと、ローカルルールもあったりするのだが、今回はそういうの抜きで行うらしい。


尚、罰ゲームがかかっているので、一番最初に卓上から落ちてしまった人が負け扱いとなる。


「でもまさか定戦とはな……」

通常のテーブルでは広すぎるので、一般的なそこまで大きくないサイズの折り畳み式テーブルを運びながら言う僕。


「懐かしいっしょ?」

何故かキメ顔で言う夢。


「まぁな。存在すら忘れてたけど」


「私もよくやったわ!」

と自信ありげに言う音筆。


「へぇ、それは意外。お前でもこういうのやるんだ?」


「超やったわ!」


「超やってたんだ!?」


「私は知らなかったですけど、面白そうですね。皆さん頑張ってください」空乃は観戦。のんびりお酒を飲みながら応援していた。


「定規とペンは夢のを貸すから、選んだらセットしてね」


「試打ちはしてもいいのか?」


「それはなしで。直感で選びたまえ」


うーん、どうするか。

ペンの種類や定規の形によって飛び方が違うんだよな。


「私はこれにするわ」


しょうがない。

「じゃあ僕はこれで」


僕が選んだのはスタンダードな普通の15センチ程の定規とサインペン。それを運んできた机の上の中心付近に置く。その向かい側に音筆が選んだ分度器。その横には夢が選んだ30センチのものさし。


「んじゃ、準備はいーい?」


「いや待て待て!なんだその昔ながらの懐かしみある木製のものさしは!そんなもんさっきの選択肢の中にはなかったぞ!」


「そりゃ夢のとっておきだからね」


あんなもん反則だろ。確かにいたけどああいう奴。


「それはさすがになしだろ!なぁ音筆?」


「別に。私はいいと思うわよ?」


「なんでだよ……」


「多数決って事で夢の定規が認められたところで始めよっか」


「じゃあいいよもうそれで」

渋々承諾する僕。


その代わり僕に一番を譲り、二番に音筆、最後が夢という順になった。この巡でめぐっていく。



――こうして定戦スタート。


「じゃあ僕からいくぞ」

こうなったら夢は無視だ。音筆を最初に落とすしかない。薄っぺらくて小さい分度器なら十分飛ばせる。一番最初に負けなければいいんだからな。悪く思うなよ音筆。


そう思い音筆めがけて強めに定規を飛ばす。すると分度器の上を通り、そのままスルー。通過し、卓上の端の方で止まった。


「何!?」

まさか当たらず通り過ぎるとは。


「あれ?ぶつけなくて良かったの?」

音筆が煽る様に笑いながら言ってくる。


やられた。

薄っぺらい分度器にぶつけるためには、あまり力を入れ過ぎてはいけないんだった。今思い出した。


「今のはあえて位置をずらしたんだよ」

強がる僕だった。


「あっそ。だいぶ端の方までいっちゃったみたいだけど、まぁそういう事にしといてあげるわ」

ちくしょうが。


「次は私の番ね」

そう言って定規を飛ばし、僕の定規の上に重なってきた。


「よし、狙い通り!」

ニヒヒと笑う音筆。


何コイツ上手い。

これで僕は動きずらくなった。


「よ~し、んじゃ次は夢だね」

音筆と視線を合わせてニヤニヤする。


こいつらまさか……。


「なぁ、夢。一つ気になる事があるんだが」


「なにー?」


「この定規が二つ重なった状態で落とされた場合、どっちが負けになるんだ?」


「そりゃー、下の人が負けになるでしょ」


「がっつりローカルルール入ってんじゃねーか!」


「こればっかりは仕方ないんじゃない?」

変わらずにやけながら夢を援護する音筆。


こいつら嵌めやがったな。だから音筆は夢のものさしに反対しなかったんだ。二人で僕を狙う為に。分度器を選んだのはそういう理由か。


やばい、これは負ける。

今のこの位置、本気のものさしさんの力なら一撃で落とされるだろう。


「じゃあ目依斗、おさらばなのだよっ!」

意気込んで本気の力ではじいた。



――終わった。


「あれ?」

と思ったら、力を入れ過ぎたのかスカした夢。

たまにあるのだこういう事。

力を込めすぎて滑っちゃうやつ。


「ハッハー!スカしやがったな夢!それはローカルルールでもなく一カウントとしてみなされるからな!いやぁ~命拾いしたぜ!ありがとなスカしてくれて!」


年下に対し、しょうもない事で粋がっている僕だった。


「ぐぬぬ……夢としたことが」

相当悔しそうだ。


「ちょっと夢ー!」

音筆も不満そうだ。


「その間に抜けさせてもらうぜ!」

強めにはじき、夢のものさしに当たって止まった。脱出成功。


「チッ」

またもや音筆の舌打ち。それを追うように僕めがけてはじくが、今度は僕の定規に当たって止まった。中央付近で三つ集まる定規達。


「今度こそ~」

弱めにはじく夢。


その反動で音筆と僕の定規がわずかに動く。


「あれあれ夢さん、ビビっちゃったんじゃないの~?」


「そんな事ないもん!今のは少しだけはじいた方が琴ちんが乗っかりやすそうだったからだもん!」ムっとしている様だ。


煽っていくスタイルに変えた僕。

分かってしまった。

こいつ下手だ。

下手な人が良い道具を使おうとするアレだ。


「あぁ、ごめんごめん。そうだよな、自分でこのゲームにしておいてそれはないよな。悪かった、僕とした事が」


こうなったなら賭けだ。

そう言って僕は向こう側の端っこギリギリを狙い飛ばした。


端っこギリギリとまではいかなかったけど、その一歩手前で止まる。


それを見て驚く夢。

「なっ!」


「目依斗は自殺願望でもあるの……?」


「あるかそんなもん!」


「やるじゃない……!」

音筆はこの意味を察したようだ。


「なら、そのまま押し出すまでよ!」


力を込めて僕の定規に当てる。だがしかし、そこはぶつけるのには向いていない分度器。惜しくも僕の定規がギリギリのところで踏みとどまる。


「あ~ん、あとちょっとだったのに~」

悔しがる音筆。


「でも夢が私のに当てればアンタはそのまま落ちるわ!」

どうやらもう勝ったつもりでいるらしい。


「だってよ夢?」

夢の方を見る僕。


「わ、分かってるよ~」


ふむふむ。


「確かに夢がはじいて当てる事が出来れば僕の負けだな」あえて強調して言う。


「夢にできない訳ないもんな~、あ~、これは負けたなぁ」

大きな声でつぶやく。


「そうですよ!夢ちゃん頑張って!」

空乃も応援する。


「うん、いくよ……」



さてどうなるか。


「うりゃあああ!」

ものさしの端っこ、渾身の力を込めてはじく夢。


はじかれたものさしは、クルクル回りながら僕らの定規がない左側に飛んでいき、そのまま落下していった。あっけない自爆。


「嘘でしょ!?」

信じられない様子の音筆。

夢はというと、声にならない悲鳴を上げている。


「よっしゃ!」

思惑通りにいってくれた。

夢が単純な奴で良かった。



「ではでは~、第二回戦の敗者は~」


「デデン!夢でした~」

先程夢がしていたように真似する僕。


「嘘だ~」

うなだれる夢。


ハハと苦笑している音筆。


「でも夢が負けた場合、罰ゲームはどうするんだ?」


「うう……夢が自分で決めるのは公平じゃないから、そのバッグの中から空乃ちんが決めていいよ」


「えっ!いいんですか!?」

嬉しそうな空乃。


「では、失礼しますね」

ゴソゴソと夢のバッグの中を物色する。


「あっ、これなんかどうですか!」

そう言って黒と白の服を取り出した。


「メイドさん!確か目依斗さんもお好きでしたよね?」


「あれ、メイドさんが好きなメイトさん……ふふっ」

一人くだらないダジャレを思いつき笑っている空乃。


嫌ァー、やめて!

音筆のゴミを見るような視線が後方から突き刺さる。


「ええ、それ!?」

夢もさすがに嫌なのか。

でも僕にはなんというご褒美。

空乃さん素晴らしいよ。

僕は心の中で拍手した。

でも何故そんな物まで持っているんだ夢さん。


「じゃあじゃあ、ちょっと準備してきますね!行きましょう夢ちゃん!」


「ちょっと待っ――」


そのまま夢を部屋まで連行していった。

空乃の方が楽しそうだった。



そしてこの場に残されて気まずい僕。


「いやー、あいつら騒がしいよな。ハハ」


「アンタああいうのが好きな訳……?」


やめてくださいお願いします。


「まぁ、嫌いではないというか……」


「好きなんでしょ?」


「はい、すみません……」


「ふーん、そうなんだ」


怒ってるわけではない?


「確かに夢なら似合いそうよね、可愛いし」

そう言って、そっぽを向きながらお酒を飲んだ。


「それなら音筆の方が似合うと思うけどな」

そう思った。

体型も含めて。


「何言ってんのよ!」


「いや本当に」


「私のメイド服姿も見てみたい?」


「そりゃ勿論!」


「そっか……」


「何、着てくれるの?」


「き、着る訳ないでしょ!」


なんだ、そういう訳じゃないのか。


「……今は」


何かボソっと聞こえた気がしたが、何と言ったのかは分からなかった。



――時間にして数分に感じる沈黙が続く。

早く戻って来てくれ。



「お待たせしました~」

ナース服姿のまま空乃が扉を開ける。


その後を追うように、ちょこんと夢が出てきた。

もうしないと言っていたツインテにしてのメイド服。

かなり恥ずかしそうに俯いている。


「どうですか?」

夢の代わりに空乃が聞いてくる。


「可愛ええ~!!」

テンション爆上がりな僕。


「目依斗さんが好きなツインテールにもしてみました!」

えっへんと威張る空乃。


だからそういうのいいからぁー!!

また後ろから音筆の視線を感じるんですけど!


でもそんな事よりも!

「写真!写真撮ってもいいですか!お願いします!」

深々と頭を下げた。


「ええー……」

嫌がる夢。

そんなに嫌がられると結構傷付く。


「一枚だけでいいですので!」

変な喋り方になっていた。


「一枚だけだかんね……」


「ありがとうございます!」


「では撮りまーす!はいポーズ!」


「ポーズ!?」


チーズじゃない事に驚いたのか、慌てて両手でハートを作ってくれた。


「うわああああ!可愛いいいいい!」


「しまった!ポーズって言われたからつい……!」

ノリのいい夢さん、好きですよ。


これはSNSに載せたら大変なことになりそうだ。

まぁ僕そういうのやってないんだけど。


「確かに可愛いわね……」

音筆が呟く。



「もういいから次いくよ次!」

割り切ったのか、その姿のまま仕切り直す夢。


「えー、まだやんのかよー」

僕としてはもう満足なんだけど。


「当たり前っしょ!次は琴ちんと目依斗の対決だからね!」


「二人でやるのか?」


僕の疑問をよそに、夢が続けた。

「それでは第三回戦!」



「オセロ!」



――こうして三回戦目が始まった。

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