第8話 戯れ
――そして今に至るという訳である。
「あの時の夢もかーわいかったなぁ~」
夢への接し方が180度変わっていた僕であった。
「はいはい、ありがとねーっと」
そう言いながら次の作業に移る夢。
逆に夢から僕に対する接し方は、少しばかりドライになっている様な気もする。
因みに石津さんは今は品出しに行っているのでレジ内は夢と二人きりだ。
「しっかし、すっかり客足減ったよなー」
「そだねぇー」
時刻はもうすぐ昼になろうとしていた。
「目依斗さ、暇なら今の内に休憩入っちゃってくれない?」
「暇とは失敬な!僕だってやるべき事はちゃんとやってるぞ?」
「はいはい、だからこそだよ」
ここで説明しておくと、この店には店員に対してランク制度というものがある。そのランクに合わせて時給も上がるし、仕事が出来る人だという能力の証明にもなる。ランクが上がるには店長に認められる事が必須。条件が満たされるといきなり店長直々に呼び出され、皆の前で証を貰う。そのランクの証明方法、証としては、名札に色の付いた丸いシールを貼られる。
まとめるとこうだ。
A金<B銀<C青<D緑<<<研修生シール
僕らの中でも既に研修生シールが外れてDに上がっている者がいた。
スピード出世だ。
そう、それこそ僕!
……ではなくて、夢と空乃だった。
この二人ならば正直納得である。
夢なんて一番の年下なのに本当根はしっかりしてるよ。根はね。
今の所はこの二人だけなので、二人が同じシフトに入る事は当分ないだろう。何故ならそのシフトを組んだ人達の中でリーダーを決めなくてはいけないからだ。このリーダーの事を、フロアをコントロールする者、略してフロコンと呼ばれている。
そのフロコンを二人は担当してるって訳。
なので僕は夢の指示に従わないといけない。
僕は後休憩の方が好きなのだが、フロコンの指示ならば仕方ない。
「じゃあ先に二番行ってきまーす」
二番とは休憩の事だ。
「はーい、行ってらっしゃい」
と夢。
勿論フロアにいる石津さんにも声をかけてから行く。そして休憩室に入る前に一通りグルッと店内に異常がないか見回りをしてから入る。
基本的に僕はお昼を食べなくても大丈夫な方なので、一人休憩の時は休憩室でただ寝ているだけだった。そうして一時間の休憩を終えた僕は、次の石津さんとチェンジした。
レジに戻り夢に「二番ありがとうございましたー」と言い「おかえりー」とのやり取りを交わした。
「今お客さん少ないし、夢も入ってきたら?」
「え、でも」
三人シフトの場合二人が同時に休憩に入ってしまうと、商品を買いに来たお客様や売りに来たお客様がダブルブッキングしてしまう等で、一人では回せなくなる事があるため、ほとんどが一人ずつ入るんだが、入れるのであれば入ってもらった方が三人で仕事できる時間が増えるので、後々楽なのだ。
だから僕は自分が回せそうだと判断できた場合には、率先してこの役目を買って出ている。
「大丈夫大丈夫。それに、何かあった時には内線で呼ぶからさ。そん時は悪いけど頼むよ」
「分かった。ありがとね」
「どういたしまして」
「目依斗ってさ、実はもうランクアップしてもいい筈だよね」
「そんな事ねーよ。僕なんてまだまだだね」
「いや、ほんとにお世辞抜きで夢は目依斗が一番仕事出来るようになったと思ってるよ」
「その言葉だけありがたく頂戴しておくよ」
「私から店長に言ってみようか?」
「それはやめてくれ!なんか調子乗ってるみたいだから」
「そんな事ないと思うけど……」
「夢にそう思ってもらえているだけで僕は十分さっ」
笑いながら言う。
ううむ……と納得のいかない顔をしている夢。
「いいから早く二番行ってきなって」
「ありがと……二番行ってきます」
「ほい、いってらっしゃい!」
笑顔で見送る。
ふぅ、危なかった。
自分でランクアップできるとまで自惚れているつもりはないけれど、研修生レベルは超えられたのではないかと自分でも思っていたりはする。
でもな、僕は実を言うとランクアップしたくないのである。だってさ、ホルコンとか面倒なんだもん。いやいや違うよ?お店の売り上げが上がるようには貢献しているよ?そういうのではなく、僕は仕切るのが苦手なんだよね。指示された仕事はこなす自信があるけれど、指示する仕事をこなす自信がない。
つまりはリーダーには向いていないという話。
下っ端根性に染まってしまっている駄目な男。
それが僕なのだ。決して威張れる事ではない。
そんな事を考えながらレジで加工作業をしていたら、特に何事もなく一時間が経過し、無事に二人共帰ってきたのだった。
僕達昼シフトは9:00~18時なので、その日も遅番の子達とチェンジし、一日を終えた。仕事を終えると約束してもいないのに、自然と夢とファミレスで晩御飯を食べて帰る様になっていた。これもずっと同じシフトだった僕の特権てやつだ。羨ましかろう。
夢といるのが一番気を遣わずに済むから楽なのだ。
いつものファミレスにのんびりと向かう。
「いやー、今日も疲れたなー」
「そうだねぇ~」
「手でも繋ぐ?」
「なんでよ!?」
「アッハッハ、夢は可愛いなぁ」
「ほんと変わったよね目依斗……」
「夢にだけは素が見せれるようになった」
「それは光栄だけどね……」
と苦笑している。
「夢も変わったよな?」
「えっ、どこが?」
「ますます可愛くなった!」
グッと親指を立てる。
「あほっ!!」
目を見開いて怒鳴る。
まったくもう照れ屋なんだから。
そんな感じでファミレスに着いた。
「目依斗ってほんとオムライス好きだねー」
「まぁな。そういや夢は何が一番好きなんだ?」
「エロゲ!」
「食べ物でだよ!」
ケラケラと笑う。
「そうだねぇ~、ハンバーグとかかな?」
「あー、確かによく頼んでるよな」
「うん、美味しいよね」
「そうだな」
「そういえばさ、次のシフト表貰った?」
とコピーした用紙を出す夢。
「いや、忘れてたな。どの日に出勤でもいいから、あんまり気にしてなかったし」
気になるとすれば出勤日よりも、誰と一緒なのかという方が重要だったりする。仕事の効率的な意味で。
「ほう、どの日に出勤でもいいと言ったね?」
「言ったけど?」
「これを見たまえ!」
と同時に机の上にシフト表を出す夢。
「どれどれ……ん!?」
「お気付きの様だね?」
と何故か少し嬉しそうに言う。
「おいおい、気付くも何も、なんで僕が遅番に入ってんだ!?」
「そうなのだよ」
「折角の夢との連続シフトの記録に何てことしてくれてんだ!」
「そっち!?」
「それ以外はどうっでもいい!僕の至福の楽しみを奪ったのは誰なんだ!今の僕は怒りが収まる事を知らないぞ!?」
「そこまで怒らなくても!」
「怒らいでか!」
「まぁまぁ……そこまで言ってくれるのは嬉しいし、夢も寂しいけどさ。これは目依斗が仕事出来るって店長に認められてるからこそなんだよ」
「どういう事だそれはああぁ!」
―――なんとか夢に宥められる僕。
「少しは冷静になった?」
「なんとかな……で、どういう事なんだ……?」
あのねと続ける。
「さっき目依斗にさ、店長に言おうか?って言ったでしょ?」
「ああ」
「多分言わなくても、もうすぐ目依斗はランクアップすると思うんだ」
「んん?」
「実はね、夢と空乃ちんだけに店長から言われた話なんだけど……」
「うん」
「遅番の子達の能力が、早番の子達に比べると全体的に低いんだって」
「なるほどねぇ」
「勿論、遅番の中でも仕事出来る子はいるらしいんだけど、全体的に見ると作業する能力自体に違いがありすぎるんだって」
「話は分かったけどさ、それと僕の遅番とどう関係あるんだ?あと、この話って僕にしてもいい話なのか?」
「それは目依斗だから話したんじゃん」
「おっ、信用されてんだ?」
「そりゃしてるよ?」
これは素直に嬉しい。
「そっか、ありがとう」
「でね、お昼の効率が下がっても困るから、目依斗に遅番の子の事を頼みたいって言ってたの」
「なんだよそれ、要は朝晩の中で一番使えない僕を厄介払いするって事か」
「んもう!違うってば!ほーんと目依斗ってば卑屈なんだからー!」
「だってそういう事だろ?」
「あのねぇ、自分の事を棚に上げるようであんまし言いたくないけど、ホルコンしてる夢と空乃ちんが抜けちゃうと、お昼も効率が悪くなりそうだから、その次に仕事が出来る目依斗が選ばれたって事!」
「お・わ・か・り!?」
若干怒り気味な夢。
「おぉ……」
そして押され気味な僕。
「だから夢は目依斗がちゃんと仕事出来るって事を店長が分かっててくれて嬉しかったの!夢だってほんとは嫌だけど、しょーがないじゃんっ!」
いつしかの如く、そう言ってストローでジュースをズズッとすする。
「そうか……ごめんな」
「別に謝んなくっていーよ……夢の方こそ感情的になってごめん」
「いや、嬉しかったよ」
「ふ~ん。んで、どーすんの?今のはまだ仮シフトだし、一度店長が目依斗に確認するって言ってたから、まだ断ろうと思えば断れると思うよ」
「うーん、断りたい……とは思うけど、夢や店長にそこまで考えてもらってるんなら断れないよなー」
「そかそか。目依斗が決めたんならそれでいーんじゃないかな」
「でもなぁ、夢とこうして戯れる時間がなくなる事だけが辛い」
「目依斗って、こう見えて甘えん坊さんだもんね〜?」
ニヤニヤしている。
「そうなんだよー、慰めてくれー」
テーブルの上に顎を乗せ、ダラっとしながら言う。
「よしよし。目依斗ならきっと大丈夫だよ〜」
と、頭を撫でられる。
「なんか元気出てきた」
「単純なんだから」
「夢は寂しくないのかよー」
「夢だって寂しい〜」
同じようにテーブルの上に顎を乗せる。
「よしよーし」
と頭を撫でる。
「充電中〜」
「可愛ええ〜」
思わずニヤける。
小動物を愛でているようだ。
「でもさ、実際週に一度位の遅番みたいだから、そこまで会える頻度は変わらないよきっと」
「んー、ちょっともう一回シフト見せて」
「いーよ、はい」
夢から用紙を受け取る。
「ふむ…そうだな。まぁまぁ朝は夢と同じ日もあるか」
「でしょ?そしたらまた夜ご飯は一緒に食べよーね」
「はい!喜んで!」
「えらいえらい」
よっし、やる気出てきた。
こうなったらやってやるぜ!
と、意気込んでいた僕だったが、夢と晩御飯を食べるのが当分の間出来なくなるとは、この時の僕には想像も出来ていなかった。
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