第15話 お疲れ会③
――そして現在、主観は僕に戻る。
大まかにではあるが話は大体分かった。
合コンを断りたいためなら僕じゃなくても良かったんじゃないかと思っていたら、そういう事か。というか、メッシ結構えげつないな……。僕が女だったとしたら、そんな誘われ方怖すぎるんだが。本当に僕が音筆の彼氏だったのなら、間違いなく大激怒しているだろう。
「なるほどねぇ」
酒を飲みながら聞いていたから、少し酔ってきた。
「巻き込んじゃって悪かったわね……」
「まぁ気にすんなよ」
テーブルに置いてあった酒を開け、音筆に渡す。
それを受け取り
「怒ってないの……?」
と一言。
「あはは、怒る訳ないじゃん。そういう事情があったのなら早く言ってくれれば良かったのに」
「だって……」
まぁ音筆の性格上、しかも僕には余計言い出しづらいか。
「それにほら、嘘でも彼氏って言ってもらえるのは悪い気しないよ」
男だったら大抵はそうだろう。
こんな可愛い子だったら尚更だ。
「そうなの?」
「まぁな。でもそれ、もしも僕に彼女がいて、僕がその事をメッシに話でもしていたら、僕は最低な二股野郎になってたよな」
「……確かに」
申し訳なさそうにする。
「だから僕に彼女がいなかった事に感謝するんだな!」
「変なとこで威張ってんじゃないわよ!」
いつもの音筆に戻ったな。
だから腕なんか組んでたのか。
「んじゃほら、メッシに決定的な証拠も見せつけられた事だし、この腕はもういいんじゃないか?」
「これはそれとは関係ないから」
「でも内緒にしてるなら、他の皆に見られたらマズイだろ」
「別に……アンタが嫌じゃなければ私は構わないわよ」
「嫌じゃなければって……」
「いつか聞こうと思ってたんだけどさ」
「何だよ」
「アンタって彼女とか作らないの?」
「作れるもんならとうの昔に作っとるわい!」
馬鹿にしてんのか!
「じゃあ彼女は欲しいんだ?」
「いいか音筆」
「何よ」
「彼女いらないって言ってる男はこの世の中、出来ないから強がって言っているか、好きな人がいないからか、単に一人の方が気楽でいいからと思っているかの三択に絞られるわけよ」
「じゃあアンタはどれなわけ?」
「ここで一つ勘違いしているようだから言っておくが、僕は彼女がいらないなんて言った事も思った事もない。だからこの中のどれにも当てはまらない」
「僕みたいに彼女が欲しいと思っているのに出来ない男の場合は、出会いがないか、ブサイクか、性格が悪いか、消極的か、自分に自信がないか、金銭に余裕がないか、等の理由が考えられる」
「ふーん。で、この中ならアンタはどれに当てはまるの?」
「そんな辛い事を自分で言わせるんじゃない!」
「何よそれ!」
「僕は黙秘権を行使する」
む~っと少し怒ったような表情を浮かべる音筆。
いかんなこれは、僕のモテない話から話題を変えなければ。それに彼女が欲しいから誰でもって訳でもないしな。
「そういえばさ、この間店でこんな事があったんだけど」
僕は無理矢理話を変え、話し始めた。
――つい先日、僕が遅番だった日の事。
この日の夕方、ベビーカーで赤ちゃんを連れた母親らしき人がお客さんの中にいたんだけど、少ししてからカウンターに来て声を掛けてきたんだ。
「あの、トイレに行きたくなってしまって、申し訳ないんですけどその間だけ、この子の事を見ていてくれないでしょうか?」
加工していた山下さんがそれに気付いて
「いいですよ~」
と引き受けていた。
ありがとうございますと、お辞儀して母親が離れていった。
「いないいない~ばぁっ」
山下さんがそうやって赤ちゃんをあやしていた。
それを遠目に見ていた僕は山下さんの元に近付いた。
「何してんの?」
「あっ、水崎君。見てて見てて!」
「いないいないいない~~ばぁっ」
それに対し赤ちゃんはキャッキャキャッキャと笑っていた。
「可愛いでしょ~~」
確かに可愛い、二人共。
その姿に僕は癒されていた。
「可愛いな」
「でしょ~?水崎君もやってみなよ」
「おう、やってみたい!」
赤ちゃんに近付き僕も
「いないいない~」
「ばぁ!」
――超凛々しい顔してる。スンとしてる。
「めちゃ真顔なんだけど!」
それを見て笑っている山下さん。
「もう一回、もう一回やってみなよ」
「いくぞ……」
「いないいない~~~」
「ばぁ!」
やっぱり真顔!
「クスリともしないんだけど、この赤さん!」
山下さん大爆笑。
そうこうしている内に母親が戻って来て、お礼を言って帰っていったんだけど、帰り際に山下さんが手を振ったらニコニコしてるのに、僕が手を振った瞬間また凛々しい顔になんのよ。それを見て母親も山下さんも笑っていたんだけど、僕の中では結構傷付いたエピソードだったという話。
後日談として、その親子は常連になり、僕らによく話しかけてくれるようになった。その度やっぱり僕は赤さんにスンとされるんだけど、いつか笑かしてやりたいと思っていた。結局それも出来ずに遅番は役目を終えてしまったけど。
――「というね、こんな事があった話なんだけど」
「何よその話~」
音筆も爆笑。
良かった。酒の力も借りてるからか、ウケたようだ。
「あ~、おっかしい」
そうだ、と続けて
「その話で思い出したけど、あの時の私達も真顔だったわよね」
今度は音筆が話し始め、またもや主観は音筆へと移る。
――これは私と水崎が早番だったある日の事。
お店に散歩がてらよく来てくれるおばあちゃんがいたんだけど、その日も来ていてカウンターで少し話していたのよね。
そのおばあちゃん、小っちゃくて可愛らしい感じで良い人なんだけど、一旦話し出すと中々止まらないから、あまり仕事が出来なくなっちゃうのだけが悩みの種だったの。
それを分かっている水崎は、今日もいい天気ですね~とか言いながら、捕まらないようにカウンター内でいそいそ動いていたわ。
私も分かってはいるんだけど、話しかけられると断れなくて、つい話し込んでしまう。今日もやはり捕まり話を聞いていると、そのおばあちゃんが急にポケットをごそごそしてある物を取り出し、こう言ってきた。
「お嬢ちゃん可愛いから、飴ちゃんあげようね」
「いえ、そんな!大丈夫ですよ」
「いいからいいから」
と無理に手渡してきた。
何の飴なのかと見てみると、端が黒く、中央が透明なビニールに包まれていたそれは、なんと生ニンニクと書いてあった。いかにもお年寄りが好きそうな大玉な飴。
だけど、せっかくの好意を無下にする事も出来ず、ありがたく受け取る事にした。
「あ、ありがとうございます」
うんうん、と頷いてニコニコしているおばあちゃん。
気持ちは嬉しいし、やっぱりいいおばあちゃんだなぁと思っていると「ゴミはここに入れなー」とビニール袋を広げて出してきた。
「えっ!」
思わず声が出る。
「美味しいからはよ食べなー」
いやいやいや!今食べてって事!?
接客中にこの生ニンニク味の飴はキツイ!
まだまだバイトが終わるまでは時間がある。
「ほらほら」
袋をグイグイ近づけてくる。
これはもう……食べるしかないか。
覚悟を決め、飴を取り出し口の中に入れる。
うわぁ~、すっごいニンニク臭。
口に入れた瞬間、自分でも分かるニンニクの匂い。
ただのニンニクでもなく、なんでよりにもよって生ニンニクなの……。
この後の接客を想像し、絶望する私。
「美味しいでしょう?」
「え、ええ。ありがとうございます」
笑顔が引きつる。
チラッと水崎の方を見てみると、カウンターの隅の方から右手で口を抑え、笑いを堪えてこちらを見ていた。
アイツ~~!
後で覚えてなさいよ~!
すると、おばあちゃん。
こちらを見ていた視線に気付いたのか、水崎の方に近付いていき、同じようなことを言いながら、アイツにも飴を手渡していた。そしてビニール袋をグイグイ出されてアイツも観念したのか、飴を口に入れお礼を言っている。
それを遠目で眺めている私。同じように口に手を当て、笑いを堪える。
そうして満足したのか、おばあちゃんは帰っていった。
「お前なぁ~!」
私の方に歩いてくる水崎。
「何よ!私は悪くないでしょ!」
「そうだけどこの飴、にんにくの味効きすぎてるって」
「大丈夫よ、アンタが近づいてきて分かったけど、アンタからは臭いがしないわ」
「えっ?そう言われてみると音筆からもしないような……」
「そっ、臭いのはどうやら自分達だけみたいね」
「それならまぁ、舐め終わるまでの辛抱か……」
「そうなるわね」
良かった。自分だけならまだ我慢できる。
そこでフロコンの夢が戻ってきた。
勿論、夢もあのおばあちゃんには捕まらないようにしていた。
「いやいや、二人共お疲れなのだよー」
平然とそう言う夢。
「さっ、ここから頑張らないとー」
まったく夢は逃げ方が上手い。
その間も仕事は淡々とこなしている。
さすがフロコンだわ。
「夢~~」
水崎が夢に駆け寄っていく。
まったくコイツは……。
そうさせないように私も二人の元へ近付く。
「はいはい、アンタは私と加工しようね~」
「二人共さ……なんかニンニク臭いんだけど」
「えっ」
「えっ」
二人で顔を見合わせる。
「夢……?」
水崎が一歩夢に近付く。
そして一歩後退する夢。
「おい……」
また一歩近付く。
そしてまた一歩後退。
これを数回繰り返し、二人は奥へと無言で走って行った。というよりも水崎が夢を追いかけて行った。
「ちょっとちょっと!」
しばらくして一人、とぼとぼと水崎が歩いて戻ってきた。
「夢に嫌われた……」
こいつ、急に夢に対する態度が変わったのよね。
「はいはい、そんな事よりも早くこの飴舐めきらないと、もっと嫌われるわよ」
「それもそうだな……」
二人して無言のカウンター。真顔で飴を舐めきる事に専念していた。
当然、舐めきったからといえ、その日は終始ニンニク臭いままバイトを終えることになった……という話。
――「今だから笑って話せるけど、あの時は辛かったわよね~」
と笑いながら言う音筆。
主観は僕に戻る。
「確かにあの時は辛かったけど、二人して真顔で臭い飴舐めてるって、今考えるとすごい絵面だよな」と僕も笑う。
「臭い飴って言わないの!折角おばあちゃんがくれたのに!」
「それはそうだな。僕が悪かった。」
「分かればいいのよ」
グイッと酒を飲む。
こいつ結構真面目なんだよな。
というか口が悪いだけで、実は案外優しかったりする。
そういえば皆、僕の部屋からずっと戻ってこないな。懐かしいゲームを見つけたとか言ってたけど、多分あれだろうな。
「なぁ、そろそろ皆のとこ行ってみないか?」
「えー」
そう言って僕の方に頭を乗せてくる。
女の子独特の良い匂いがする。
シャンプーだろうか?
女性は髪の毛が長いから、洗髪した際にシャンプーがわずかに洗い流しきれず、シャンプーの香りが残っている場合があると、何かで聞いたことがある。嘘か本当かは分からんが。
そんな事より、腕も組んだままだから物凄い密着感だ。必死で理性を失わないようにする。
「なんかこうしてみると本当に付き合ってるみたいね」
「お前、酔ってるだろ」
「酔ってないー」
頭を擦りつけてくる。
「いや絶対酔ってるから」
話しながらも結構飲んでたし、何より普段は絶対にこんな事してくるような奴じゃない。
僕だって酔っているから、余計に顔が熱くなる。音筆は酔うと甘える癖があるのかもしれない。合コン行かなくて良かったなと心の中で思った。普通の男性なら、こんなことされたらまず勘違いしない人はいないだろう。
「なぁ、なんで合コン断ったんだ?」
「なんでかしらねー」
「僕にもさっき聞いてきたから聞くけど、お前こそ彼氏欲しくないの?」
「欲しく……」
「うん」
「ないこともなくはなくなくなくない」
「何それどっち!?」
「あはは」
駄目だコイツ、もう完全に酔ってんな。
「とりあえず、酔ってるとはいえ、あんまり男の人にこういう事しない方がいいぞ」
「どうして?」
「勘違いするだろ」
「何を?」
「好意をだよ」
「行為って……アンタそんな事考えてんの?」
顔をさらに赤くする。
「はぁ?そんな事って……あっ!行為ってそっちじゃねえよ!好きな方の好意!」
焦って否定する。
「あ!ああ……!そっちの好意ね!分かってたから!」
「嘘つけ!」
「ほんとだし~知ってっし~」
「なんだその夢が使いそうな言葉使いは」
ハァ……とため息をつく音筆。
「まーた夢」
「いや、またって」
「アンタさー、途中から急に夢に接する態度が変わったけど、何かあったの?」
言えない。
夢とデートしてからだなんて言えない。
「そんなことねーよ。ただ慣れただけだろ」
「夢の事好きなの?」
酒を吹きそうになる。
「ほらー、動揺してんじゃなーい」
「してねーよ!そんなんじゃねーから」
「さっきも押し倒してたし」
「だからそれはもう事故だって説明しただろうが!」
「今ならこのまま私も押し倒せるわよ?」
意地悪く言う。
「ほーう。そう言うからには押し倒されてもいい覚悟はできてるんだろうな?」
「出来ないくせに」
「僕だって一応男だからな?」
「知ってる。だから出来ない事も知ってるわ」
酒の力を借りて随分と煽ってくるな。
「ほほう」
「アンタさ、私が他の人にもこんな事してたらどう思う?」
「それは……」
「まっ、彼氏でもないし関係ないわよね」
「正直嫌だな……とは思う」
僕がそう言うとは思わなかったのだろう。
目をパチクリさせている。
「へぇ~、そうなんだ~」
そしてニヤニヤしている。
悔しいが仕方ない。
ここまで仲良くなった異性なんて今まで出来たこともなかったし。
「まぁな」
もう僕も酒を飲まないとやってられない。
「なんで嫌なの~?」
音筆のおちょくりに勢いが増した。
「そりゃ今の関係があるからな。少し位ヤキモチ妬くだろ」
「へぇ~~、ヤキモチ妬いてくれるんだぁ~。そっかそっか~」
「何だよその顔は」
「べっつに~」
ずっとニヤニヤしてやがる。
このロリおっぱいが。
それでも音筆は僕から見ても可愛いからな。
嫌だけどいつかはそんな日がくるだろう。
そうなったら今の関係のままではいられなくなる。
「ほんと酔うと夢みたいな話し方になるよな」
「ほら、また夢の話。本当はやっぱ好きなんじゃないの?」
「だからそういうんじゃねーって。それに、夢には好きな人がいるらしいからな」
「えっ!嘘!そうなの!?」
あれ、言ったらまずかったかな……。
「なんだ、そういう話はしないのか?」
「しなくはないけど初耳ね……」
「だから僕は、アイツの恋が成就するように応援してるんだよこれでも」
「へぇー、いいとこあんじゃん」
「普通だろそれは」
「じゃあ私に好きな人ができても応援してくれるの?」
「うっ……さっきあんな事言ったばかりだけど、それなら応援するしかないだろうな」
「……私に彼氏が出来たら嫌?」
「お前なぁ、仮に僕が嫌だと言ってどうにかなるのかよ……」
「なるかもよ」
「ほう、具体的には?」
「それは―――」
「なーにしてーんのぉーっと」
「おわっ」
「キャッ」
勢いよく扉が開き、夢が僕らの太ももあたりに飛び込んできた。
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