第24話 約束

その感情に気が付いてからは、水崎君の事ばかり考えるようになってしまった。講義を受けていても、電車に乗っていても、何も考えない様、頭の中で強制的に無を意識していても、気が付けば自然と思い浮かべてしまっていた。


「まずいまずい……」

バイトへ向かう途中、一人路上で呟きながら早足で歩く。

八月になり日が沈むのもだいぶ遅くなったし暑くなった。あの頃とは大違いだな、なんて思いながらもまた水崎君の事を思い出してしまう。


今日のシフト上では水崎君が出てたから、少しは話せるはず。シフトも入念にチェックするようになっていた私。


――17:30分

自動ドアが開き店内に足を踏み入れると、すぐ右の真横の買取カウンターに水崎君がいた。


「おっ、おつかれ!今日も早いな」

そう言って笑顔を私に向ける。


「あっ、お疲れ様ー。で、でしょ!?」

視線を合わせる事が出来ず、挙動がおかしくなってしまい額から汗が流れる。


「なんか汗凄いけど大丈夫か?熱中症とかじゃないだろうな」

そう言ってカウンターから出てこようとする。


「大丈夫!ちょっと走ってきただけだからー!」

急いでその場を後にして事務所へ向かう。


「まだ全然早いのに何で走ってきたんだ……?」


おかしい。

今まで普通に出来ていた事が出来ない。

一体どうしてなのか。


そして相当汗をかいてしまった。

バイトがある時はシンプルにTシャツのみというのが多いのだけど、時折薄い上着を羽織っているから、今の現状シャツが濡れてしまっている。


でも大丈夫。

一枚は常に着替えのシャツを持ち歩いているから。

それに汗拭きシートもね。


上着とTシャツを脱ぎ、その場にあった椅子の背もたれに引っ掛け、シートで首筋、背中、胸元と拭いていく。


「ふぅ、サッパリした」

拭いたシートは持ち帰ります。


――コンコン


「はー……い」

じゃないよ!

大学の更衣室と勘違いしちゃった!


急いで着替えのシャツをバッグから取り出し、着替える――が、一歩間に合わなかった。


「ごめんなさい!」


バタン!


「わああああああ!!」

手に取り着ようとした瞬間を思いっきり見られてしまった。

恥ずかしすぎる。


そして大声を上げ過ぎてしまった。

その声に反応するように音筆さんが入ってくる。

あまり面識はないけれど名前位は知っている。

水崎君と仲が良い方だ。


「なになに!?どうしたの!?」


「大声出してしまってすみません。ちょっと虫がいたような気がして」既に着替えを終えていた私はとっさにそう誤魔化す。


「ええっ!虫?」


いけない、虫であの大声はさすがにオーバーすぎるよね。


「まさかGじゃないわよね……?」


「だったかもしれません」


「ちょっと見張ってて!アイツ呼んでくるわ!」


「あ、はい」

アイツって……。


そう言うや、すぐに水崎君を連れて戻ってきた。腕を組んで戻ってきた。

「何なんだよ!」

一瞬目が合い、お互いすぐに視線を逸らす。


「奴がいたのよ!Gが!山下さん、どの辺?」


「えーっと、確かその辺りだったと思います」

適当に流し台辺りを指差す。


「ちょっと待て、僕は今何も武器を持ってないぞ」


「だらしないわね!男なら素手でいきなさいよ!」


「いや無茶言うなよ!」


「……」

あのー、いつまで腕を組んでるんでしょうか。


こんな事なら素直にありのままを言ってしまった方が良かっただろうか。でも駄目、あれは私が着替えてるのがいけなかったんだし。


もしかして音筆さんと付き合ってたりするのかな。だとしたら辛いなぁ……。


店内にヘルプの放送が鳴る。

「やばっ!私ちょっと行ってくるから、アンタは退治しといてよね」

そう言って出て行ってしまった。


「だから武器が……」


また視線が合う。


「さっきは本当にごめん!」

勢い良くお辞儀をされた。


「いいよいいよ!私が着替えてるのが悪かったんだし!」


「でも……」


「大丈夫、誰にも言ったりしないから」


「そういう事を心配してるわけじゃないから」


「私なんかのあんな姿見せちゃって、逆に申し訳ないよ」


「いや、そこはお礼を言いたい位だよ」


「何言ってんの!?」


「いやいや本当に」

二人で笑って緊張が解れた。


「ふふ、相変わらず笑わしてくれるなぁ」


「なんかちょっと懐かしいね」


「そうだねぇ……」


聞くなら今しかないか……。


「あのさ」


「どうした?」


「嫌じゃなければ教えて欲しいんだけど……」


「うん」


「彼女って……いたり……する?」


「うっ、また辛い質問だな」


「嫌なら無理しなくて大丈夫だよ」


「嫌とかじゃなくて、いない人へのその質問は辛いって事だよ」


「じゃあ……」


「あぁ、いないよ」

苦しそうな表情をしている。


「ふふっ、どうしてそんなに辛そうなの?」

良かったーーーー!!


「知ってるか?彼女いないって自分の口から言うのは、独り者の男として最大の自爆スイッチなんだぜ」


「ふふふ、何それ」


「この辛さは例えるならそうだな……。後でじっくり使いたいから携帯を充電しておこうと思ってプラグをを本体に差し込んだはいいが、いざ使おうと思って戻ってきたらコンセントが差さってなくて充電されてなかったとか、そんなような辛さだ」


「長い上に分かり辛いよ」


「急に冷めた目で僕の事を見るんじゃあない」


「ふふ、ごめんごめん。じゃあもう一ついいかな……?これも嫌じゃなければでいいんだけど……」


「おいおい、なんだよさっきから水臭いな。僕たちの仲はそんな程度の物だったのか?」


「分かんないよー」


「やめてくれ、僕の心はガラスで出来ているんだから、本気で傷付くぞ」


頑張れ私……。


「私と……デートしてくれない……かな?」


「えっ……?」


やっぱり駄目かな、あ、ちょっとまずい……泣いちゃいそう。


「嫌ならいいの!忘れて!ごめんね急に変な事言って!」


「違う違う!驚いただけで嫌な訳ないって!僕なんかで良ければ喜んでさせてもらうよ」


「いいの……?無理してない?」


「無理なんてしてる訳ないだろ。女の子にデートなんか誘われたら、これが普通の反応だって」


「嘘でも嬉しいな」

良かったぁー……嬉しいよぉ……。

今私変な顔してないかな……。

心臓の鼓動が凄い事になってる。


「だから嘘じゃないって。卑屈だなぁ、山下さんはー」


「それ、水崎君にだけは言われたくないんだけど」


「それはそうだろうな」


「ふふ」



今回は私からデートに誘う事が出来た。

普通そうだよね、付き合ってからデートするのではなくて、デートしてから付き合うんだ。以前はまずここから違っていたんだ。デートしてみないと分からないよね。この気持ちが本当なのかも、相手の事も。それにあの件も話したい。聞いて欲しい。私なんかとデートなんて水崎君には申し訳ないけど、優しい彼の事だから本当は断れなくて付き合ってくれるだけかもしれない。だから、この気持ちが嘘じゃないと分かったら告白しよう。本音を聞いてみよう。その上で玉砕するのならその方が良い。後悔するよりよっぽど良い。


日時の事はその日の夜、Rineで二人が休みの日に決めた。数日後だ。今からドキドキして仕方ない。その日は何を着て行こうか。告白するなら何と言おうか。今日も帰り道、気配を感じたけど、デートの事を想像していると不思議と怖くなかった。


早く約束の日にならないかなぁ。

枕を抱えて眠りについた。

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