第26話 一度目の告白①

 二回程乗り換え、目的の遊園地がある駅まで到着。


「ここから徒歩で15分位らしいから、歩きでも大丈夫?」


「全然大丈夫だよ」


 らしいという事は……。

 まだ一度も行った事がないという意味だよね。


 二人街中を歩きながら、気になるので聞いてみる。


「行った事ないの?」


「ある訳ないよ」


「私が初めて?」


 ひょこっと顔を覗き込む。


「まぁ、行った事ないんだからそうなるよな」


「そっかそっか~」


 自然に頬がほころぶ。


 女性は相手の最後の人になりたがる。

 男性は相手の最初の人になりたがる。


 こういう話を聞いた事があるけれど、私は違う。

 私は、最初で最後の人になりたい。


 好きになる人なんて一人いれば十分。世間の男性や女性が浮気や不倫をする理由が私には、到底理解が出来そうにもない。


「遊園地好きなの?」


「どうして?」


「いや、何か嬉しそうだったから」


 君と一緒に初めて行くから嬉しいんだよ。


「そうだね、好きかも」


「かもなのかよ」


「そうかも」


「かもが多いな!」


「ふふっ。でも遊園地なんて子供の頃に行ったきりだから、楽しみなのは本当だよ」


「なら良かった。僕もそうだから、ちょっとワクワクしてる」


 ちょっとかぁ……。

 些細な言葉に一々反応してしまう。水崎君は私と行く事をどう思っているんだろう。やっぱり断るのが悪かったから付き合ってくれてるだけなのかな……。


「うん……楽しみだね」


 若干笑顔が引きつる。


「絶叫系とか平気?」


「あー、それは少し苦手かも」


「じゃあ、お化け屋敷とかは?」


「それも苦手かな」


「高い所とかは?」


「それも足がすくんじゃうから」


「ふむ……」


「でも大丈夫だよ。どれも乗れない訳じゃないから」


「まぁ、無理せず楽しもうな」


「うん、ありがとう」


「なら動物は好き?」


「それは好き~」



 そんな話をしながら遊園地に到着。時間も14時位なので、混雑はしていなかった。


「チケット買ってくるから待ってて」


「え、私も行くよ」


「いいから」


 そう言ってその場に残され、チケットを手にしてすぐに戻ってくる水崎君。


「はい、どうぞ」


 笑顔で私に片方のチケットを差し出す。


「ごめんね、ありがとう。いくらだった?」


 バッグからお財布を取り出そうとする私。


「僕から誘ったんだから、いらないよ」


「そんな訳にはいきません」


 デート自体を誘ったのは私だしね。


「この位、格好付けさせてよ」


 恥ずかしそうに笑う水崎君。

 その台詞と笑顔はずるい……。


「ずるいなぁ……もう。そんな事言われたら断れないよ。ありがとう」


「どういたしまして。じゃ、行こっか」


 何かお返しを考えないとね。


「うん!」


 園内に入ると、そこにはアニマルパークと書いてある。


「ここさ、動物園も兼ねてるんだって。だから乗り物が苦手でも楽しめるかなって思って」


「そうなんだ!気を遣ってくれてありがとね」


「喜んでくれたのなら良かったよ」


「うん、嬉しい」


 本当は手とか繋ぎたいな、なんてね。付き合ってる訳じゃないんだから、それは無理な話。


 入り口から少し歩くと、まずは大きなゾウやキリンが見える。


「やっぱ定番だよなゾウは」


「ぞうだね」

 くだらないシャレを思い付いてしまい、つい口に出してしまう。


「あはは、山下さんもそういうダジャレ言うんだね」


「慣れた相手にならね」


「ぞうですか」


「…………」


「いや、そこは笑ってよ!」


「ふふっ、冗談だよ」


「焦ったー。山下さん、そういうとこあるよね」


「慣れた相手にならね」


「慣れてもらえてるっていうのは嬉しいけど」


「水崎君は誰にでもそんな感じ?」


「僕だって慣れた相手じゃないと、こんな素は出せないよ」


「良かった」


 園内を会話しながら歩いていく。


「見て、ペンギンがいる!泳いでて気持ちよさそう~。可愛い~。あっ、あっちにはレッサーパンダがいるみたい! 行こ、水崎君!」


「おぉ」


 動物園も子供の時以来、来た事が無かったけど、今来てみるとテンション上がるものだね。あっちこっちと水崎君を連れまわす。気が付けば、いつかの音筆さんの様に腕を組んで歩いていたらしい。


 でも残念な事に、久々の動物園に夢中で覚えていないという……。あぁー、私ったら何してるんだろう。小動物さんと触れ合えるコーナーでしゃがみ、膝の上にうさぎさんを乗っけて優しく撫でる。


 でも……。


「はぁ~、癒される……」


「山下さん」


 そう呼ばれ振り返ると、いきなり両手の上にリスさんを乗っけられる。


「わっ、可愛い~」


「はい、チーズ」


「ええ!?」

 携帯を構えている水崎君に写真を撮られる。


「よく撮れてるよ、ほら」


「いきなりずるいよ~」


「ごめんごめん、人懐っこいリスがいたからさ。これは絶対山下さんと写真を撮っておきたいと思って」


「また馬鹿にしてるでしょー」


「してないって。でもほら、やっぱり似てる。待ち受けにしよっかな~」


「それだけはやめて!」


 私も水崎君の写真欲しいなぁ。


「私の写真撮ったんだから、水崎君のも撮らせてよね」


「いや、俺は大丈夫」


「だーめ! ちょっと待ってね」


 足元で動き回っているうさぎさん達を水崎君の近くまで誘導する。


「はい、抱っこしてしゃがんで」


「えぇー」


「いいから早く!」


「はい!」


「はい、チーズ」


「見て見て! こっちもよく撮れたよ!」


「うわ、シュールだなー……」


 足元には、ワサワサとうさぎさん。一匹抱っこした水崎君は苦笑いしている。


「私も待ち受けにしよーっと」


「それだけはやめてください!」


「ふふっ」


 そんなやり取りを見ていた係員のお姉さんが私達に話し掛けてくる。少し騒ぎすぎちゃったかな。


「宜しければ、お写真お撮りしましょうか?」


「ええと……」


 いきなりの事で慌ててしまう。どうしよう、二人の写真か……。欲しいけど水崎君に悪いし。


「折角だから、お願いしよっか」


「え、うん」


 私がボーっとしていたから、また水崎君に気を遣わせてしまった。


「じゃあ、お願いします」


 そう言って水崎君が携帯をお姉さんに手渡す。


「かしこまりました。動物を抱っことかしますか?」


「そうですね。じゃあ僕はこいつだな」

 水崎君はリスさん。


「あ、私はこの子で」

 私はうさぎさん。


「では撮りますよ~!はい、チーズ!」


「もう一回撮りますねー」


 その後二、三枚程撮ってくれたお姉さん。ありがとうございます。水崎君に携帯を返す際に一言。


「可愛らしい彼女さんですね!」


 彼女!?


「はは、そうなんですよ」


 否定しないの!?


「末永くお幸せに」


「ありがとうございます」


 そう言い残してお姉さんは持ち場に戻っていった。


「……可愛らしい彼女だってさ」


 そう言って先程の写真を見せてくれる。


 うん、すごく良く撮れてるけど……。


「ごご、ごめんね! 私なんかが彼女とか、嫌な思いさせちゃったね!」


「いやいや、それは僕の方だよ! 僕なんかが彼氏と思われちゃって、申し訳ない!」


「そんな事ないよ! 私は嬉しいよ!?」


「僕だって嬉しくて否定出来なかったけど!?」


「えーっと、あとでその写真送っておいてね!」


「おう、分かった! 今送っとく!」


「あ、ありがとう!」


「こちらこそ!」


 恥ずかしくて声が大きくなる。


「何か喉渇いたよね! 私ちょっと買ってくるから、その辺のベンチでも座ってて!」


「それなら僕が――」


 言い掛けていた声を振り切りダッシュで走る。


 危なかった。顔が熱くて仕方ない。

 嬉しいって言ってくれた事が嬉しい。


 荒い息を落ち着かせる為、立ち止まる。


「ふぅ……」


 先程送ってくれた写真をRineで確認する。

 ……こんなの絶対にやけてしまう。

 私だけがこんな気持ちになっているのが辛いけど。


「飲み物……買っていかなきゃね」

 近くにあった売店へと足を進める。


 ぬいぐるみやらお土産が視界に入る。動物さん達の可愛らしいグッズが沢山並んでいた。


「わぁ、可愛いなぁ」


 そこであるストラップに目が止まった。青色の紐に繋がれた先には、先程のリスさんに似たプレートが付いている。水崎君、気に入ってたみたいだし、プレゼントしたら喜んでくれるかな。


 でもいきなりプレゼントするのもおかしいよね……。


 そうだ……! 今日は水崎君の誕生日!


 誕生日プレゼントとして、これを渡そう。喜んでくれるといいな~。渡した時のリアクションを想像し、またもや頬が緩む。


「これお願いします」


「いらっしゃいませ、ありがとうございます」


「あの……包装にリボンとか出来ませんよね?」


「出来ますよ? 致しましょうか」


「はい、お願いします!」


 言ってみるものだなぁ。


「お待たせ致しました。またのご来店をお待ちしております」


「ありがとうございました」


 意気揚々とお店を出る。


 今思ったけど、男の子に可愛いリスさんのストラップってどうなんだろう。もしかしなくても喜んでもらえないんじゃ……。ここでまたネガティブな気持ちが。


 ライオンさんとかの方が良かったかな……。

 立派に包装してもらった手前、今から交換してくださいとは言えないし。


 嫌だったら捨ててもらうしかないかな。バッグにしまっておこう。そう思い水崎君の元へ戻ろうとする。


 が、しかし……。

 慌てて走ってきたので方向感覚を失ってしまっていた。


「……どうしよう」


 違うから。

 これは迷子とかじゃないから。

 少し道を忘れただけ。

 今思い出すからちょっと待って。


 うん、思い出した。

 確かこっちから来たはず。


 お猿さんのいる猿山、爬虫類ゾーン、カバさんが水浴びしている場所。こっちじゃなかったみたい。ここは通っていない。うっかりミスって誰にでもある事だよね。


 あっちだったかも。


 段々動物さんがいなくなっているような……。

 目の前の看板にはテーマパークと書いてある。


 認めましょう……。

 迷子になりました。


 動物園をすり抜けて遊園地まで来てしまった。

 どうしよう。

 どの位歩いていただろう、足が痛くなってきた。


 今何時かな。

 携帯を見ようとしてそこで気付いた。

 連絡すればよかったんだ……。


 時刻を見ると17時過ぎ。

 水崎君からRineで何件も着信が入っていた。


 マナーモードにしていたから分からなかったんだ。すぐさま水崎君に連絡を入れる。


「あ、もしも――」


「今どこ!!? 大丈夫なの!?」


 凄い剣幕だ。絶対怒ってるよね……。


「ご――ごめんね、道に迷っちゃって、今遊園地の入り口に……」


「分かった! すぐ行くから待っててね!?」


 そう言って切られてしまった。

 申し訳無さすぎる……。


 言われた通り大人しく待つ私。その間、謝罪の言葉を考えておく。


 程なくして水崎君が到着。どうやら走って来てくれていた様子。すごい汗だ。


「いた!!!」


「本当にごめんなさい!!」

 私は深々とお辞儀をした。


「いや……大丈夫なら……良かった」

 息を切らしている。


「ありがとう……」


「うん……」

 両膝に手を当て疲れ切っていた。


「怒ってる……よね。これ使って?」

 ハンカチを手渡すが受け取ってもらえなかった。


「いや、大丈夫。怒ってはないけど心配したよ……」


「……ごめんなさい」


「謝んなくて大丈夫だから。無事で良かった」


「ごめんなさい……」


 繰り返し謝る事しか出来なかった。


 丁度良い所に休憩スペースがあり、そこで一息付こうと水崎君が提案してきたので、当然私もそれを受け入れる。


 そしてそこに自動販売機があった事で思い出す。

 私、肝心の飲み物を買っていなかった。


 麦茶を買い、水崎君に手渡す。


「お茶で大丈夫……?」


「うん、大丈夫。ありがとう」


 ゴクゴクと一気に飲み干す。

 必死で私の事を探してくれていたんだろうなと思うと、より申し訳無さが募っていく。


「生き返ったー!」


「大丈夫? 疲れてない……?」


「全然大丈夫だよ」


「良かった……」


「ほらほら、折角のデートなんだし、いつまでも気にしてないで楽しもうよ」


「でも……」


「もう謝るの禁止ね。次謝ったら怒るから」


「うん……」


「んー……あ、そうだ!」


 そう言うと何やらポケットから取り出し、私に差し出してこう言った。


「誕生日、おめでとう!」


「えっ!?」


 それは小さな包みに赤いリボンが付いていた。ポケットに入れて走っていたからか、少しクシャっとなっている。


「クシャクシャになっちゃっててごめんね」


「ううん、そんなの全然!」


「開けてみて」


「うん……」


 開けてみると、ピンクの紐に繋がれた先にリスさんのプレートが付いていた。


「うそ……」


 紛れもなくさっき私が買った物と同じ色違いだった。

 あまりの偶然に言葉を失う。


「そんなストラップ貰ってもって感じだよね!ごめん、いらなかったら捨ててくれていいから」


「違うの!! あの、これ――私からも!」


「誕生日おめでとう!」

 バッグから取り出し、同じように渡す。


「ええ! 僕にも!?」


「開けてみて」


「うん、ありがとう」


 ドキドキ……。


「マジで!!?」


 お互い顔を見合わせ、大きく笑った。


「こんな偶然ある!?」


「そうなの! だから私もびっくりして!」


 二人してストラップを近付けた。


「意図せずお揃いって訳か」


「そうだね、すっごく嬉しい。ありがとう」


「こちらこそ」



 プレゼントを買ってくれていただけでも嬉しいのに、まさかお互い同じ物を買っていたなんて本当にびっくり。それに、ペアストラップなんて何だか……。


 こんなに嬉しい事がいっぱいで良いのかな。近い内に私、死んでしまうんじゃないよね。思い当たる節もある。


 今なら聞いてもらうのに丁度良いのかもしれない。この事だけは先に話しておかないと……。


 こんな話知りたくないかもしれないけど、水崎君には聞いて欲しい。意を決して私は話し始めた。


「あのね、水崎君」


「ん、改まってどうしたの?」


「聞いて欲しい話があるんだけどね」


「うん」


「馬鹿にしないで聞いてもらえるかな?」


「する訳ないだろ」


「そうだよね、ありがとう。だからこそ話すんだけど」


「実は――――」

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