第11話 夜の街

僕は泣いている彼女にイライラがおさまらず、


「とりあえず落ちついたら、何か他の仕事探すわ!」


となかば投げやりに言って電話を切る。


その日以来、僕は電話をかけることをためらっていた。


僕は自分のことで精いっぱいで、彼女のことを考える余裕がなかった。


そんな時、善かれ悪かれ逃げ道は必ず向こうからやってくる。


とある午後、携帯が鳴る。


そして電話に出ると、



「あっ、オレオレ。」


オレオレ詐欺ではない。


高校からの悪友のS(scene)からだ。


「おーう!久しぶり!どうしてん?」


「あー、仕事首になってこっち帰って来てん。」


「あーん?何じゃそりゃ。」


「まあ、そりゃ冗談で、やっと九州からこっちに戻れる事になってん。」


「だからまた、お前らの相手出来るわ!」


「いらんわ!」


「そんなん言ってぇ、久々に会いたいやろー?行っとくー?」


「行かん、行かん!」


「そんなん言わんと、地元へカンバックの歓迎会してくれや!」


「お前らのおごりで!」


「Mにも言っといたから。」


「相変わらずやのう!お前帰って来たんなら、またうるさなんなぁ。」


「いつでもええんか?」


「夜やったらいつでもええで。」


「俺、今、夜の仕事してるから、土日しか空いてへんけどええか?」


「おう、ええで。」


「じゃあ、今週末あたりどうや?」


「おう。大丈夫や。」


「Mにも言っとくわ。」


「わかった。」


僕達は3人は高校の同級生で、よくツルンで良いことも悪いこともいっぱいした。


いわゆる悪友という関係だ。


学生から社会人になり、まとめ役のSが九州に転勤して、指揮官を失った僕とMの2人は、たまに近況伺いをするぐらいで、すっかり会う回数も減っていた。


僕は彼女との気まずい雰囲気はどこへやら、悪友3人でツルンでた頃の、あの楽しくて充実してた日々が戻ってくるのではないかと、なんだかワクワクしていた。


目先の現実よりも、一時の愉悦を優先してしまっている自分がそこにはいた。


それは想像以上に楽しくて、僕は流されるがままにどっぷりと浸かっていった。


その楽しさとは、Sが九州で覚えてきた、男がそこそこお金を稼ぐようになったら病気のようにハマってしまうラウンジ通いだ。


夜の世界は、お金さえ続けば、永遠に楽しくて、脳を刺激し続ける。


なぜなら、果てのない夢の世界で、嘘偽の世界だからだ。


水商売のおねえさん達は、お客の僕達にやさしく親切に接してくれるし、天にも昇るぐらいに気分良くさせてくれる。


男は単純なので、それを勘違いして、自分に対しての好意だと受けとめてしまう。


若い僕達はなおのこと経験不足で、そんな夜の世界のトラップにまんまとハマってしまう。


Sのカンバック歓迎会をキッカケに、僕達は病気の様に、毎週飲み歩いた。


そんな中で行きつけのお店もできたし、おねえさん達とも仲良くなって、いい思いをした者もいるが、僕には彼女がいるので、それだけは絶対にしないと心に誓っていた。


SとMも僕の誓いを理解していたので、そういった事には誘わなかった。


ただ、その誓いは僕の心の中だけの事で、それは彼女に伝わるはずもなかった。


なぜなら僕と彼女はもう、ひと月近くも逢っていなかったから。


その事に対して僕は、何の行動を起こす事もなく、相変わらず3人で飲み歩く日々を続けていた。


久々に地元に帰って来たツレとの交友を優先している僕の事を、彼女が理解してくれているものと勘違いしていたのだ。


そんな彼女への甘えもあってか、僕は一夜の過ちを犯しそうになる。


それはある週末の夜の出来事がキッカケだった。


最近僕達の中で流行っている遊びがある。


それは、今まで入った事の無いラウンジに、ジャンケンで負けた者が飛び込みで入って、店の中の様子を伺い、良かったらその日はそこのお店で飲むというしょーもない遊びで、その夜は僕がジャンケンで負けてしまう。


そこは、あるスナックビルの7階、お店の扉を恐る恐るへっぴり腰で開ける。


「いらっしゃいませー!」


威勢のいい声が響き渡って、扉を開けた僕は一瞬、注文の的に。


「あっ、どうも。」


と言いながら店内を見渡すと、


カウンターとテーブル席が数席の小ぢんまりとしたお店で、ママとボーイ1人、女の子は5人で比較的若くて、どちらかというと清楚な感じの娘がそろっていた。


いい感じやなと思い、後ろで悪ふざけの顔をしている2人に、入るぞの合図を送る。


あまり期待していなかったのか、2人そろって、オッという驚きの顔に変わる。


僕を先頭に3人そろって店内に入る。


「いらっしゃいませー!」


「お兄さん達3名様ですか?」


とママらしき綺麗な年配の女性に聞かれる。


「はい。」


と僕が答えて、ボーイにテーブル席へ案内される。


時間も早いのでお客は僕達を除いて2名しかいなくて、カウンター席に座っている。


僕達の席には2人の女の子がつく。


1人は黒のトップスに茶色のショートパンツでスタイル抜群、髪はセミロングのA美。


もう1人は白地に花柄の入ったワンピースでスタイルは普通、髪は背中まであるストレートのR美。


タイプの違う2人だけど、どちらも素人っぽくて、甲乙つけがたいほど可愛い。


僕はどちらかというとR美の方かなぁなどと勝手に思いながら、3×2で世間話も弾む。


そんな楽しいひと時の中、時間が経過するにつれて、周りの席もお客さんで埋まってくる。


女の子も5人しかいないのでR美はごちそうさまをして、別の席へ接客に向かう。


すかさずママが、


「ごめんねぇ。女の子少なくてぇ。」


と挨拶に来る。


なかなかヤリ手だ。


「はじめましてぇ!ここのママやってます、二十歳で独身のE子でーす!」


と言って、自分のドリンクを飲み干してまた別の席へと移って行く。


「二十歳は嘘やろ!」


と僕達は顔を見合わせる。


1人残ったA美は苦笑いしている。


そのA美は裏表が無く、気さくな娘で、会話も面白く、何か男4人で飲んでいるみたいだ。


店に入って数時間、そろそろ僕達も酔っ払ってきた。


その中でも酔っ払ってハジけた時のMは特に面白い。


今までも何度となく、Sと一緒にお腹が苦しくなるぐらい笑いコロゲタ事がある。


この日も例外ではなく、オネエの真似をして、気持ち悪い声を出しながら、A美が水割りを作ろうとするのを遮って、僕達のおかわりとA美のおかわりまで作って接客のまねごとをする。


A美もそれを見て僕達と一緒に、手をたたいて笑っている。


Mはさらに調子に乗って、甲高い声で、華原朋美のI'm proudをオネエバージョンで歌い出す始末。


やりたい放題やって少し疲れたのか、Mは水割りを片手にSの横で休憩している。


せわしないヤツだ。


おもろいけど。


A美も苦笑いしながらカウンターの方をチラリと見て、何かママとアイコンタクトで会話している。


するとこちらの方に向き直り、


「少し、席をはずしますね。」


「ごちそうさまでした。」


と立ち上がって、別のテーブル席へ向かって行った。


入れ替わりでR美が、


「すいません。」


「失礼しまーす。」


と帰って来た。


本人はごまかそうとしているが、かなり酔っ払っている。


別のテーブルでだいぶ飲まされたみたいだ。


R美は僕の隣にフラつきながら座り、


「いただきまーす。」


と言って、自分の水割りを作ろうとする。


僕達3人は目を合わせて、これ以上はアカンやろという顔をする。


すかさずMが水割りを作ろうとしているR美のグラスを取り上げて、


「はーい!私が作るからー、R美ちゃんはお兄さん達とお話しててねっ。」


とオネエ口調でフォローする。


Mは酔っ払ってても、元々お酒が強くて、実は過去にバーテンダーをやっていたこともあるのでこのような状況にも慣れている。


僕とSはR美の状態を気にしながら3人で会話をする。


その隙にMは水割りを作るフリをして、グラスにアイスとミネラルウォーターをしれっと注ぐ。


そして出来上がった氷水を、


「どうぞ、M特製のスペシャルドリンクよー、R美ちゃんお飲みー!」


とすすめる。


R美はそれを一口飲んで、


「えー。水やんかー。」


とツッコム。


「そんなはずないわ!」


とMはその水割りを一口飲んで、


「あっホンマや!」


と舌を出して変顔をする。


「あー、私の飲んだぁー!」


「もう飲まれへんやんか!」


とR美はMにツッコンで苦笑いする。


僕は真顔でR美に、


「少し酔ってるやろ?休憩しぃ。」


と言って、新しいグラスをMに渡す。


「大丈夫ですけど、ありがとうございます。」


とR美はニッコリ笑ってソファに深く座り直す。


Mは新しいグラスにアイスとミネラルウォーターを注いで、氷水を作り直し、R美の前にそっと置く。


「あっ、ごめんなさい!」


「飲みかけので良かったですのにー。」


とR美は両手を顔の前でヒラヒラさせる。


「とりあえずそれ飲んでゆっくりしぃ。」


とMもSも普通の男の声で言う。


R美は氷水を一口飲んで、首を僕の方へ少し傾けてリラックスモードに入る。


やはりホントは酔っ払ってキツかったのだ。


R美の長い髪の毛先が僕の腕に触れる。


そして、間近に迫った頭から、シャンプーかヘアースプレーかのいい香りが漂う。


隣に座っている者の役得だ。


僕達は3人で適当に会話しながら、R美を休ませる。


仕事中だけど、これぐらいはママも許してくれるだろう。


男3人でのたわいもない会話とともに時間は経過する。


少し休んで酔いも多少さめたのか、


「ありがとうございます。」


「もう大丈夫です。」


とR美は満面の笑みで僕達3人にお礼を言う。


ほんとにマシになったみたいで、さっきよりは顔色も良くなった。


そして、ほとんど空になっている僕のグラスの水割りを作ろうとするので、それを止めて、


「そろそろ終電やし、帰ろかー。」


と僕が言って、あとの2人も同意する。


「えー!もう帰るんですかー!」


とR美はマニュアルどおりの台詞を言って、残念そうな顔をする。


「また来るよ。」


「ほんとですか?絶対ですよ。」


「今日はほんとに色々ありがとうございました。」


「あとー、今度またほんとに来て欲しいんでー、連絡先とか聞いてもいいですか?」


「K、お前教えといたら?」


「そやな、K、代表して頼むわ。」


「えっ!俺?」


「じゃあ、Kさん教えてください。」


「うーん。まいっけど。」


僕は何で彼女持ちの俺やねんと思いながらも、R美と連絡先を交換する。


「じゃあ、また連絡しますね。」


「はい、はい。」


「ほんじゃね。」


「また来てくださいね。」


僕達は会計を済ませ、店を出ようとすると、


「R美ちゃーん!お客様お見送りしてー!」


と奥の方からママの声。


ママも少し酔っているのか。


「はーい!じゃあ下までお見送りしまーす!」


R美もまだ少し酔っているのかテンション高め。


エレベーターで下まで降りて、


「今日は、ありがとうございました。」


「ほんとにいっぱい色々…。私酔っ払ってしまってごめんなさい。今もちょっと。」


R美は恥ずかしそうに頭をさげる。


「かまへんで。飲まされたんやろ。」


Sが顔の前で手をヒラヒラさせながら言って、


「なあ?」


と僕達2人に相づちを求める。


「しゃーないやん。」


僕達2人は声をそろえて返答する。


R美はもう一度ぺこりと頭をさげて、


「みんな優しいですね。」


とニッコリ微笑む。


「じゃ、マジでそろそろ帰ろか。」


とSが言って、僕達は歩き出す。


「ありがとうございましたー。また来てくださいねー。」


とR美は手を振りながら見送る。


するとMが、


「はい、はーい。」


「もうけーへんから、大丈夫やでー。」


とわけのわからない冗談を言った直後、


「もーう、ほんとに来てくださいよー。」


とR美はほっぺたを膨らませなが駆け寄って来て、Mの肩に触れながらツッコむ。


僕達は冗談で逃げるフリをする。


最初はフリだった。


けど、僕達も酔っ払っているせいか、だんだんと本気で逃げる。


R美も何故だか面白がってそれを追いかけてくる。


奴は猛獣かー!と思いながら、結構本気で走る。


そして3人散らばって別々に逃げる。


猛獣のR美はターゲットを1番足の遅い僕に絞ったみたいだ。


マジかよー!


と思いながら必死に逃げる。


すると後ろで、ガチャーンやバタンやドタンなどのいろんな物の倒れる音がする。


なんや!と思って後ろを振り返ると、


ラーメン屋の前の自転車数台と看板らしき物が倒れて、その中に白い花柄の塊が見える。


僕は、


「マジかよー!」


と今度は心の中ではなく、声に出して叫ぶ。


そしてラーメン屋の前へ駆け寄る。


物音に気付いたMとSも駆け寄ってくる。


僕は、


「大丈夫か?」


とそこにうずくまって足をおさえているR美に声をかける。


「はっはい。大丈夫です。」


「ごめんなさい。迷惑ばっかかけて。」


と苦笑いしながら答えて、白いワンピースの裾の方を気にしている。


丁度ひざぐらいのその裾がかすかに赤くにじんでいる。


膝を擦りむいたみたいだ。


周りでMとSが自転車と看板を片付けて、ラーメン屋の店員に謝ってくれている。


「血ぃー出てるやんかー。」


「大丈夫かいなぁ。」


「歩ける?」


と僕は優しくR美に聞く。


「大丈夫です。」


とR美は立ち上がりながら少しよろける。


多分、走りながらこけた時に結構な衝撃で膝を打撲しているので、外傷は軽いが、思いのほか痛みがあるはずだ。


「おんぶする?」


と僕は聞く。


「恥ずかしいから無理ですぅ!」


とR美はイヤイヤをしながら頬を赤く染める。


「じゃあ、俺の肩持って歩ける?」


「はい。大丈夫だと思います。」


とR美は僕の肩に片手で寄りかかる。


僕はR美の腰を持って、しっかり体を支える。


「このまま店まで送ってくるわ。」


とMとSに声をかけて、


「じゃあ、ゆっくりでいいから行こうか。」


とR美にも声をかける。


R美はすまなさそうに、


「ごめんなさい。重くないですか?」


と片足を引きずりながら歩く。


「大丈夫やで。もっとゆっくり歩こっか?」


「ううん。大丈夫です。」


「それより私、今日初めて会った人に迷惑かけっぱなしで。」


「ホンマや!最低や!」


「あーん、ごめんなさい!」


「うそ、うそ!冗談やで!」


「俺らなんか、酔っ払った時はもっとひどいから、気にせんでいいで。」


「今度ご飯でもおごってくれたら、それでいいから。」


僕はさらに冗談を言ったつもりだったけど、


「はい!必ず電話します!」


「ちゃんと出てくださいよ!」


とR美は行く気満々で答える。


「はい、はい。」


「それより痛ないの?」


と僕は話をそらす。


「痛いですぅー。」


R美はこちらを向きながら、眉をへの字にして顔全体で痛みを表現する。


僕は間近でR美の顔を見て、こんなに表情豊かな娘だったんやと、少しドキドキする。


への字顔がやたらと可愛いかったせいもある。


心の動揺をごまかすために、


「あともうちょいやから頑張って!」


とR美を励ます。


すると店の方からボーイが駆け寄ってくる。


「R美さん何かあったんですか?」


「あまりに遅いから、ママに見てくるように言われまして。」


「ごめーん!送ってる途中でこけてしまってん。」


「R美さん、血が?」


「あっ、大丈夫、大丈夫。」


「大したことないから。」


「お客さんに助けてもらってん。」


「ねー。」


R美は僕の方を見てボーイに見えない方の目でウインクする。


「お客さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


「ありがとうございました。」


ボーイは深々と頭を下げて、僕に礼を言う。


同い年ぐらいなのに礼儀正しく、しっかりしている。


「いや、いや。怪我してるし、ほっていかれへんし。」


「とりあえずエレベーターまで一緒に行くわ。」


「じゃあ、僕も片方持ちます。」


今度はボーイと2人でR美を抱えて歩く。


エレベーター前まで来るとボーイがボタンを押して待つ。


一階でエレベーターが止まり、扉が開く。


僕はボーイにR美を預けて、


「じゃあ、あとは頼んまーす。」


「お大事にねぇ。」


と言って手を振る。


「ありがとうございました。またいらしてください。」


と言ってボーイはもう一度深々と頭をさげる。


「Kさん、今日はいろいろありがとうございますぅ。またきてねー。」


とR美は顔の横で手を振る。


そして、扉が閉まる間際にR美の片手は電話の受話器を持つ格好に変わり、イタズラな笑顔で微笑んだような、気がした…。


幻か?


気のせいか?


酔っ払ってるからか?


答えは次回に…。




つづく


*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。


*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。

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