第7話 秘密
僕は黙ったまま、かなりの時間考え込んでいた。
だけど、いい案なんて思いつくはずもなく、考えれば考えるほど頭がこんがらがっておかしくなりそうだった。
あげくに、他の男達への嫉妬心から自然と口にした言葉が、
「で、結局彼氏とも新しく出会った人ともちゃんと別れてないんやんな?」
という心無い言葉だった。
彼女は泣きながら、
「ごめんなさい。」
と何度も繰り返した。
途中シャクリあげながら、
「こんな最低な私、嫌いになったやんな?」
と聞いてくるが、
「好きになったばかりで、嫌いになれるわけないやんか!」
となかばキレ気味に答える。
でもこれが今の僕の正直な気持ちだ。
好きだから嫉妬もするし、腹も立つ。
結局その日は朝日が昇るまで彼女は泣き尽くし、僕は動揺を隠せないままそれを見守るしかなかった。
結論の出ないまま、お互いに朝から仕事なので、後日話し合う事にしてその日は別れた。
後で聞いた話によると、彼女はその日の仕事を休んだらしい。
あんなに泣きはらした顔で出社できるはずもない。
僕はというと、寝不足と傷心のダブルパンチで、一日中Nに迷惑ばかりかけていた。
それからしばらく僕達は夜のおやすみコールだけで、なぜだかお互いに会おうとしなかった。
僕としては、どんな顔をして彼女に会えばいいのか、会えば不満をぶちまけてしまいそうで、はっきり言って、彼女を避けていたのだと思う。
人の心なんてもろいものだ。
ましてや、人生経験の少ない僕にはこの状況を乗り切れる度量も根性も無いに等しかった。
現実から逃げていたのだ。
そんな時、悪魔のささやきは春かぜのように心地良く、弱い心の持ち主にそっと耳打ちしてくる。
ある朝、会社行きつけのガソリンスタンドの店員で親しくしている後輩に声をかけられた。
「Kさん!どないでっか、最近?」
彼独特の、最近の女性関係はどう?という挨拶がわりの言葉だ。
「ボチボチやな。」
僕もいつもどおりに答える。
「それよりKさん、今度2×2で合コンあるねんけど、行きまへんか?」
僕はそれどころじゃない顔をして、
「彼女いてるしなぁ、やめとくわ。」
と即答する。
「えー!もうOKして、段取りましたで!」
「来るおもーてたし!」
「彼女は彼女ですやんか!」
「もう断られへんし、今回だけお願いしますわー。来るだけでいいんで。」
最初は頑なに断っていた僕も、名うてのプレイボーイだけあって、口もうまいTにあれやこれやとおだてられて、結局行くことになる。
彼女の事でモヤモヤしていたと言えば言い訳になるが、それが承諾した主な理由だ。
それから数日後、あまり気乗りはしないが例の合コンへ向かう。
車は2台、Tと僕とで別々だ。
後に聞いた話だが、その時Tと主催者の女の子はもう既にいい感じで付き合っていたらしい。
あわよくばTは途中でその娘と消えようと思っていたのだろう。
待ち合わせの場所に到着すると、ロングの髪の今風の女の子が二人、駆け寄って来て挨拶する。
「こんにちはー、はじめまして。」
「毎度!」
と調子よく言ったのはTで、僕は、
「こんにちは。」
と自分をつくりながら挨拶を返す。
なぜなら相手が両方ともかなりイケてて、特に背の高い方は顔とか雰囲気がどストライクのどハマりで、自然とよそ行きの挨拶になってしまった。
「じゃあ、とりあえず知り合いの店あるんでそこいきまひょか。」
とTが先導する。
えっー!自己紹介とかないんかい!と思いながらも、車へ乗り込もうとするが…。
素朴な疑問が。
女の子どっちに乗るねん?
すると背の低い方の娘が、
「C子のこと、乗せてもらってもいいですか?」
と背の高い子の背中を僕の方へ押す。
「あっ、どうぞー。」
と僕はとっさに愛想良く答える。
「よろしくお願いしまーす。」
と女子二人、声を合わせて僕にお礼を言う。
へー。名前C子って言うんや。古風な名前やな。
と僕は思いながら、ぼーっと車に乗り込もうとするが、我に帰り、
え!めっちゃタイプの方の娘やんか!アカン!緊張してきた。ヤバイ!
と心の中で何度も繰し、鼓動が高まる。
その、緊張で引きつった表情を悟られないように、
「座席低いからちょっと乗りにくいねんけど、どうぞ。」
とスポーツカーの助手席のドアを開けてC子を乗せ、出発進行!
Tの後ろをついて行く。
そこからは極度の緊張で、車内で話した事などはほとんど覚えていない。
彼女の家が川向こうの◯市で、お母さんが喫茶店でバイトしていることぐらいしか。
そんな夢遊病者のようなドライブを楽しみながら目的のお店に到着する。
こじんまりとした居酒屋風のお店に入って、まずは飲み物を注文する。
4人ともソフトドリンクを頼み、ひと息ついたところで自己紹介をはじめる。
自己紹介といっても、Tと主催者の娘Y子は知り合いなので、主にC子と僕の紹介になる。
「この人がいつもお世話になってます、Kさんで、この娘がY子ちゃん。」
とまずはTが先に紹介して、それに続きY子が、
「え〜と、この娘が〜高校の時の同級で〜C子っていいま〜す。Kさんの話は〜Tくんから色々聞いてま〜す。」
「はじめまして。◯◯C子です。」
当のC子は少し緊張しているのか、Y子とは打って変わって、かしこまった挨拶をしながら顔を引きつらせ、微笑む。
「どうもー。はじめましてー。」
と僕はよそ行きの笑顔で答えて、Tの方へ振り返り、
「色々ってー、無い事、無い事いっぱい言ってるんじゃないやろなぁ!」
とTの横腹をこづく。
「そっ、そんなん言ってるに決まってますヤン!悪口ばっかり!」
とTもニヤケながら返す。
場がなごみ、笑いが起こる。
僕も少し緊張が解けていつもの調子が戻る。
新鮮で楽しい時の中で僕は、躊躇していた心もどこへやら、彼女の事をすっかり忘れてしまっていた。
というよりも忘れてしまっている方が今の僕には心地良かった。
4人で話していると学生時代に戻ったようで、いつもに増してTと一緒になってはしゃいだ。
そんな中、TとY子の関係は話の内容や雰囲気で付き合っている事がなんとなく分かり、C子の方は僕に紹介するためにこの場に連れて来られたみたいだった。
その事に薄々気づいた僕は途中から、すっかり忘れていた彼女に対しての思いもあってか、積極的に話すのをやめて、聞き役に回った。
それでも話は尽きる事なく続き、誰からともなくそろそろ帰ろうかと言う声が出てきた時には、もうすでに日付けが変わろうとしていた。
店を出て、ごく自然と2×2に分かれて車に乗る。
もちろん僕の車の助手席にはC子が乗った。
C子とY子の自宅が逆方向なのでTとはそこで別れて、C子を自宅まで送って行くことになる。
道中、なぜだか僕は沈黙が怖くて必死にしゃべった。
彼女の事を思い出したくなかった。
あの告白があって以来、まともに笑えた事がない。
正直辛かった。
それが今日は久しぶりに笑えた。
嘘でも少し楽になった。
人は弱い生き物。
楽な方へと舵を切る。
「そこのガードレールの前でいいです。」
「OK!」
「今日はごちそうさまでした。いっぱい話せてすごい楽しかったです。」
「そんなぁ、俺の方こそ久しぶりにアホな事言っていっぱい笑ったし、めっちゃ楽しかった!」
「俺らぁ、うるさくなかった?」
「ぜんぜん!私も久しぶりにお腹痛いぐらい笑ったし。」
「そっかぁ、良かった。」
「……。」
「あっ、その良かったついでに今度また遊びに行けへん?」
「えっ、どこか連れて行ってくれるんですか?」
「うん。C子ちゃんさえ良かったら。」
「まだどこ行くかは考えてへんけど。」
「ほんとですか〜、じゃあまた決まったら誘ってください。」
「OK!」
「じゃあ決まったら、連絡するから番号とか聞いてもいい?」
「いいですよ。ちゃんと連絡くださいよ。」
「もちろん!」
「えっと〜、電話だったらお母さんとかもでるんで、ポケベルとか持ってます?」
「持ってるよ。」
「じゃあ私も教えるんで、教えてください。」
僕は見え見えな下心で彼女を裏切り、楽な方へと自から進んで行った。
ここでC子が連絡先を教えてくれなければ、彼女と僕の運命はまた違ったものになっていたかもしれない。
つづく
*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。
*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。
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