第5話 彼女の悪夢
今日は彼女と初めて結ばれてから1回目のデート。
仕事終わりに夕食を食べに行く道中。
「今日は何か久々に肉食べたい気分やねん。江坂にシュラスコ料理の美味しい店あるらしいから、そこ行ってみよっか?」
「うん。行きたい。」
「じゃあ、そこ行こ。」
助手席を見ると、お肉大好きなはずなのに何故だか彼女はうつむき加減。
「どしたん?何か元気ないけど。」
「ううん。何でもない。」
と僕の顔を上目づかいで見る。
「なにー!何かあるやろ?」
僕はにやにやしながら問いただす。
「何もないってば!」
「お願い!ちょっとだけ教えてっ。」
と僕は彼女の横腹をつつきながら聞く。
のけぞりながら彼女は、
「もうー!何か恥ずかしくない?」
「………。」
「私だけ?」
そんな事ない。
本当は僕もこないだの彼女との事を思い出すと何だか照れくさくて変な感じだ。
「俺だって恥ずかしいわ。」
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと、顔赤いやろ?」
とふざけて沈んでいく夕日の方へ顔向ける。
「それ、日が当たってるだけやんかー!」
と返す彼女の頬は日が当たってないのに少し赤みを帯びている。
僕はその頬にキスをする。
「もー!」
と言いながら、よけいに頬は赤くなる。
そんな時の彼女が一番かわいらしい。
僕は彼女と恋人つなぎをしながら、
「それよりこないだお父さん大丈夫やった?絶対バレてたやんな?」
と気になっていた事を聞く。
「大丈夫、大丈夫。バレてたやろうけど。」
「そうやんなー。」
思い返すとなんだかさっきより恥ずかしくなってきた。
「あっ、そういえば話し変わるけど、俺、仕事で腰いわしてしまってなぁ、曲がれへんから顔洗うのもきついねん。」
「嘘ー!運転大丈夫なん?」
「まあ何とか。」
「しんどかったら言ってなぁ。私があとでマッサージしてあげるし。」
「マジで!それいいなぁ!」
「あっ、ここココ、ここ入ったとこやねん。」
「何か入り口からオシャレでいい感じやな。」
「建物とかログハウスっぽくてかわいいー。」
「ほんまやなぁ」
「何かお腹空いてきたし、とりあえずいこか?」
「うん。私もお腹空いた。」
入り口の前で分厚い木の扉の取手をつかもうと思ったら、自然に開いた。
「自動かよ!」
と声に出してつっこんだと同時に、
「いらっしゃいませ、2名様でしょうか?」
と店員に聞かれ、
「はい、2名様です。」
と様をつけて答えてしまい、店員と彼女に含み笑いをされてしまった。
恥ずかしさをこらえ、席まで案内される。
「こちらのお席になります。」
「中めっちゃ広いねんなぁ。」
「天井もめっちゃ高いね。」
「洋風やし。」
「そやな。古き良きアメリカみたいな感じ?」
「音楽もたぶんこれ、ジャズやと思うけど。何か楽しくなってくるなぁ。」
「えっー!ジャズとか聞くん?」
「親父が好きでよく聞かされてたから、自然と曲調だけ覚えてしまってん。」
「なんていう曲かは、全然わからんで。」
「ふーん。そうなんやぁ。」
「なにーさ。」
「ううん。以外やなーて思ってん。」
「ちょっと惚れ直した?」
「直さんわ!」
彼女はウーロン茶をストローでかき混ぜながら、バッサリと切り捨てる。
切り捨てられた僕は喉がカラカラで、自分の飲み物を半分ぐらいまで飲み干す。
話しが途切れたタイミングで、店員が鉄串に刺した大きな肉の塊を運んでくる。
「お客様、今からわたくしがお肉の方を切り分けていきますので、お手数ですがそちらのトングでおつかみ下さい。そして、丁度いい量になりましたらストップと言ってください。」
最初に肉の塊は彼女のお皿の上で手際よく切られていく、その肉を彼女がトングでつかんでいる姿を見て僕は何となく笑ってしまう。
「何!」
彼女にそう言ってにらまれた。
「あっ、そのぐらいでいいです。」
彼女は遠慮したのか、少し少なめでストップの声をかけた。
「そんだけで足りるの?」
余計な事を言ってまたにらまれる。
「おかわりは自由にできますので、またお申し付け下さい。」
と店員が含み笑いをしながら気を使ってくれる。
余計ににらまれる。
次は僕の番だ。
「いっぱいお願いしまーす!」
彼女と店員に笑われながら、お皿に肉の山ができあがる。
「ストップ!」
元気よく合図を送る。
「ありがとう。」
「御用がありましたら、またお声掛け下さい。」
店員が立ち去るのを見計らって、彼女のお皿に僕の山のような肉をおすそ分けする。
「そんだけじゃ足れへんやろ。俺が食べたことにしといたらええねん。肉、好きやもんな。」
「ありがとう。」
僕は肉をほおばっている彼女の幸せそうな顔が大好きだ。
僕の心まで幸せにしてくれる。
彼女の顔を眺めながら、そんな安らぎのひと時を過ごしていると、ジャズの音が止み、店の奥の方から何やらカーニバル調の生演奏が聞こえてくる。
「あれ、何やろな。」
「何やろ。」
二人で不思議そうな顔をしていると、店員がロウソクを立てたホールケーキを持って来て、隣のカップルのテーブルの真ん中に置いた。
そしてさっきの生演奏の人達がこちらに近づいて来て、隣の席の前で止まり、演奏をやめる。
すると突然、照明が落とされて、ざわついていた店内が静寂につつまれる。
横に待機していた店員がケーキのロウソクに火を灯す。
遠目にロウソクだと思ったその棒は、実は花火で、パチパチと華やかな火花を散らしながら、隣の幸せそうなカップルの顔を暗闇に映し出している。
他の客の感嘆の声の中、館内放送で誕生日の主役の紹介とお祝いのメッセージがあり、盛大な拍手が店内を埋めつくす。
待機していた音楽隊によるHappy birthday to youの生演奏が響き渡る。
真横なので凄い迫力だ。
やがて演奏が終わり、照明も元に戻り、もう一度盛大な拍手で盛り上がる。
音楽隊はその中、先程のカーニバル調の曲を奏でながら店の奥へ帰っていく。
店内は何事も無かったかのようにジャズが流れて、再びあちらこちらでざわつきはじめる。
隣の幸せそうなカップルの笑顔だけを残して。
「何かめっちゃ幸せそうやね。」
と彼女が隣をぼんやり見つめながらつぶやく。
「ホンマやなぁ。」
「まあ、俺らも一緒やん。」
「そうかなぁ?」
と言いながらも彼女はうれしそうだ。
「あっ、それより、K君の誕生日っていつなん?」
真顔になって彼女が聞いてくる。
「え?俺ゆーてへんかったっけ?」
「うん。まだ聞いてへんよ。」
「お互い、まだ知らん事多いな。」
「で、いつなん?」
「2月◯日。」
「えっー!もう過ぎてるやん。」
「こないだ私、プレゼントも貰ってるし、どうしよう?」
「もうそんなん来年でいいやんか。出会う前のことやし。」
「ダメ!なんか考えとく!」
「私にとっても大事な事やし。」
「じゃあ、楽しみにしときまっさ!」
「それより、来週の日曜日どうする?」
「こないだ見たい映画あるって言ってたけど、見に行く?」
「あー、ごめん。日曜日予定があるねん。」
「マジで!ツレと遊びにでも行くの?」
「う、うん、そやねん。」
「そっかー。」
「じゃあ、また今度やな。」
「うん、ごめんな。」
それから僕達はたわいもない世間話をしながら、たらふくお肉を食べて、お腹も心も満腹で店を後にする。
「今日の店ってチェーン店らしくて、地元の近くにもあるらしいねん。今度またそこ行ってみる?」
「うん、行きたい。」
「じゃまた行こな。」
「うん。」
店を出てからの彼女は相槌をうつ時以外はほとんど車の窓から街の景色を眺めている。
お腹いっぱいになって黄昏れているのか、それとも何か考えごとでもしているのか。
そう思っていた矢先、突然こちらに向き直り、両腕を僕の左腕に絡ませてきた。
「日曜日、ごめんね。」
「何で?」
「ううん、何でもない。」
「そんな気にせんでええで。いつでも行けるやん。」
何だか分からないが気にしているみたいだ。
彼女にとって少し重苦しい、そんな雰囲気を変えたかったのか、腕を絡ませたまま僕の顔を見上げて、
「今日ってこのまま帰るん?」
と聞いてくる。
「そやなぁ、腰の調子悪いしなぁ。」
「あっ、そう言う意味とちゃうで!」
「うん。わかってる。でも…。」
「……。」
「まだ帰りたくない…。」
「……。」
僕は言葉につまる。
今日の彼女は何故だか積極的だ。
店を出てから少し様子が変だと思っていたが、このまま別れるのが寂しいのだろうか。
「じゃあ、少し夜景でも見に行く?」
と僕は違うと思いながらも間抜けな返答をする。
すると彼女は突然キスをしてきて、僕の胸に顔をうずめる。
「やっぱり今日、どこか泊まる?」
僕は彼女の髪をなでながら問いかける。
彼女は無言でうなずく。
「家大丈夫?」
「うん、後で友達の家に泊まるって電話する。」
彼女の両腕はさらに強く僕の腕に絡みつく。
今夜は彼女とずっと一緒にいたいと心の底からそう思う。
ホテルに到着し、思わず普段どおりに車を降りたため、
「あ痛て!」
と忘れていた腰の痛みを再び感じる。
「大丈夫?」
「たっ、たぶん大丈夫だと思う。」
と僕は苦笑い。
「腰、あかんかったらごめんな。」
と一応言いわけをしておく。
「大丈夫やで!あとでマッサージしたげるし、今日は私がいっぱいサービスするから!」
と彼女は先程とは打って変わって元気にニッコリ微笑む。
いっぱいサービスってどんなサービスやろ?
気になる。
まるでセクシー女優のセリフだ。
と思いながらも、僕の体を気遣ってくれている彼女がとても愛おしくてたまらない。
実際、彼女の言葉通り、その夜はいっぱいサービスしてもらったし、思ったよりも腰の具合は大丈夫だった。
部屋に入って早々、彼女がためてくれたあったかいお湯の効果と愛情たっぷりのマッサージのおかげかもしれない。
僕はそんな幸せなひと時を過ごし、彼女とともに眠りにつく。
そして、そのまま清々しい朝を迎えるはずだった…けれど。
ふと、夜中に寝苦しさを感じて目が覚める。
すると隣ですすり泣く声が聞こえる。
最初はどうしたらいいのか分からず、気付かないフリをしていたが、放っておくわけにもいかず、
「どうしたん?」
と優しく聞く。
「……。」
しばらくは返答がなく、鼻をすする音だけが聞こえる。
そして少し落ち着いたのか、
「大丈夫、何でもない。」
と一言。
そんなわけはない。
「ホントに大丈夫?」
もう一度聞く。
「なんか怖い夢みてん。でももう大丈夫。」
と言って彼女は涙をぬぐいながら僕の懐に入って来て、胸に顔をうずめ、しばらくすると寝息をたてる。
そして結局、怖い夢の内容は教えてくれなかった。
つづく
*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。
*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。
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