第4話 契り

僕は少し考えるフリをして、"じゃあ、ちょっとだけ"と彼女に軽くキスをする。


車を降りて、二人仲良く手をつないで彼女の自宅へおじゃまする。


玄関を入るといきなり正面に階段があり、そこから2階へ上がる。


前にも言ったように、1階が印刷工場兼事務所のため、居住スペースは2階と3階になる。


その2階へ上がり、1番目の扉を入った所が彼女の部屋らしく、初めておじゃまするので少し緊張する。


彼女は、「きたないけど、どうぞ」と言って苦笑しながら、僕をまねき入れる。


部屋の中は彼女の普段のイメージと違って、女の子っぽい物は何もなく、かなり殺風景で、はっきり言って物があまりない。


どちらかというと、女性っぽくなく、男性の飾り気のない質素な部屋みたいで以外だった。


いい歳してキティちゃんのぬいぐるみとかを置いていたら、からかってやろうと期待していたのだけれど、拍子抜けしてしまった。


ある意味、ツッコミどころも、いじりようもない状況だ。


そんな事よりも、ふすまをへだてた隣の部屋で何かテレビの音と人の気配がする。


さすがに夜の9時過ぎで誰も家にいないことはないと思っていたけど、やはりすぐ隣の部屋に誰かいるみたいだ。


一応参考までにどなたがいらっしゃるのか彼女に聞くと、「妹はバイトやし、お母さんは今日遅い言うてたから、お父さんやと思う。」と普通に答える。


僕は思わず、"お父さんかよ!!"と声に出してツッコミそうになる。


"普通初対面やったら、あいさつとかするやろ"と再度ツッコミそうになったが、そこはこらえて、"じゃあ、あいさつだけでもさせて"と優しく催促する。


彼女はめんどくさそうに、ふすまを開けて、「お父さん、あいさつしたいって」とぶっきらぼうに伝える。


僕は、年頃の娘と父親の冷めきった関係を目の当たりにして、将来父親になったときの自分と重ね合わせ、少しヘコむ。


"こんばんは、Kと言います。Hさんにはいつもお世話になっています。"と僕は緊張して少しうわずった声になる。


お父さんは、「あっ、こんばんは!まあ、がんばってなっ!」と明るい感じで、テレビの方を向いていた首から上だけこちらへ向けて、右手を上げながらあいさつを返してくれた。


陽気で気さくな感じのお父さんだったことで、僕は少し緊張がとけて気持ちが楽になった。


後で落ち着いて考えてみると、「まあ、がんばってなっ!」とは一体どういう意味だったのだろうか?


あいさつの言葉にしては少し含みがある。


なぜだかその言葉ばかりが気になる。


でも僕はその時、その言葉の深い意味に気づくはずもなく、"まあ、いっか"と彼女の部屋に戻り、用意してくれた座布団に座る。


彼女は部屋のじゅうたんの上に直接座っていたが、立ち上がり、テレビのスイッチを入れる。


座布団は一つしか無いみたいなので、僕はじゅうたんに座り直し、座布団を彼女に差し出す。


彼女は最初遠慮してかたくなに拒んでいたけど、僕がなかば強引に手を引っ張って座らせようとしたので、あきらめて、二人で半分ずつ座ろうと言って、僕をいざなった。


テレビはちょうどその頃流行っていたドラマを放送していた。


"愛してると言ってくれ"という豊川悦司と常盤貴子主演のせつないラブストーリーだ。


僕達はそのドラマを見ながら、たわいもない会話をし、楽しく過ごす。


ドラマはその日の佳境に入り、言葉を発することができない豊悦と常盤貴子の、もどかしくも深まる愛を確かめ合う場面になる。


僕達もそれに感化され、自然と僕の両足の間に彼女の身体が入ってきて、いわゆる座ったままで後ろから抱っこの形になる。


そして彼女が顔だけをこちらに向け、少し難しい体制で見つめ合うかたちになり、僕は優しくキスをする。


彼女は「もっと」とせがむ。


僕達は激しく何度もキスをする。


さらにエスカレートして、キスをしながら両手で彼女の豊満なオッパイをもむ。


テレビの事などすっかり忘れて彼女との情事に没頭する。


???何かもう一つ大事な事忘れてへんか?


"まあいっか"と心の中で結論付ける。


若さゆえ、欲情に一度火がともると歯止めがきかない。


後ろ抱きにしていた彼女の身体はしだいに僕の腕の中で横たわっていく。


僕は左手と胸で彼女を支えながら、右手を彼女のオッパイからお腹そしてその下へとすべらせる。


そして彼女の1番◯◯な部分を下着の上から…。


さらには、直接…。


彼女のきゃしゃな手がそれをこばむ。


が、しだいにその力はゆるみ、ふすまの向こうを気にして押しころしていた声が吐息のようにもれる。


僕はその声を聞いてやっと我にかえり、となりの部屋にお父さんがいるという状況を思いだす。


それぐらい彼女の魅力に取りつかれていたのだ。


度胸のない僕は現実に引き戻され、右手の動きを止めて、彼女を見る。


彼女は少し不服そうに、「もう!私だけズルイ!」と頬を膨らませて、僕のもうすでに反応してしまっているモノをズボンの上から触ってくる。


当然益々反応する。


彼女はそんな僕の顔やモノの反応を確かめながら、さっきの仕返しのつもりで攻めてくる。


僕はされるがままだ。


彼女の攻撃はとどまる事を知らず、僕は危うく天に昇ってしまいそうになる。


そんな僕の状況を理解していたのかはわからないが、彼女は僕の耳元で、「する?」とささやく。


悪魔のささやきだ。


僕はふすま越しに隣の部屋へ目線を向けて、"あかんやろ?"と彼女に小声で返答する。


そのやり取りの間も彼女の攻撃はやまない。


悪魔だ。


"人は欲望には勝てない"


"声を出さなければ大丈夫"


"テレビのボリュームを少し上げよう"


といろんな対処法や言い訳が頭の中をよぎる。


結局彼女の"悪魔のささやき"と"波動攻撃"に負けて、理性を失う。


そこからは無我夢中であまり覚えていない。


とにかく僕は隣の部屋にお父さんがいるというスリリングな状況に、いつもより興奮してしまい、不覚にも早々に昇りつめてしまった。


恥ずかしい。


でも彼女は優しく、「もう一回する?」と言ってくれて2回戦目に突入する。


今度は彼女を喜ばせる余裕があり、逆に彼女の方は声を押しころしきれなくなり、「ごめん、ちょっと待って、我慢できない」と切ない声で僕の動きを止める。


さすがにこれ以上続けると隣のお父さんに気づかれる。


僕は少し考え、"今度、ホテルでいっぱいしよ"と優しくキスをして抱きしめる。


彼女は恥ずかしそうに僕の胸に顔をうずめながらうなずく。


腕の中の彼女はなぜか少し震えていた。


僕はそんな彼女が愛おしくて仕方なく、更に力強く抱きしめた。


その時、テレビのボリュームは少し大きくしたままで、ドラマの主題歌の「Love Love Love」が流れていた。




残念ながら、中途半端に終わってしまったけど、この日初めて僕と彼女は契りを交わした。


多分、お父さんにはバレてただろう。


それから明日の早朝出勤のため、彼女の自宅を後にするには、お父さんにもう一度あいさつをして帰らなくてはいけないのだが、かなり気まずい。


ふすまから顔だけのぞかせて、「今日はありがとうございました!」と言う。


何がありがたかったのか自分でもわからない。


娘さんとの行為がありがたかったと言ってしまったような、おかしな事を考えたりして、どぎまぎする。


お父さんはそんな僕にも、「また遊びにきたってや!」ときさくに言ってくれる。


いいお父さんだ。


僕はもう一度頭を下げて本当に感謝の気持ちで立ち去る。


そして帰りの階段を降りる時、緊張から解放されたせいか、幾分フラフラして、足を踏み外しそうになる。


彼女が、「大丈夫?」と心配そうに僕の顔を覗き込む。


僕は"大丈夫やで"とにっこり微笑んで彼女の手をつかむ。


そのまま車まで行って二人とも乗り込む。


少し話をして、別れづらいが、最後のキスとハグをする。


彼女が、「明日はやいのに、ごめんね」と僕の腕の中でつぶやく。


僕は何か気の利いた言葉を考えるが、思いつかないので、彼女を強く抱きしめる。


彼女も小さな身体でめいいっぱい抱きしめ返す。


そして二人は離れ、彼女は車の外へ出て運転席側に回って来る。


「気ぃつけてね。着いたら連絡してや。」と手を振る。


僕はその手をにぎり、もう一度彼女にキスして、"ほんじゃあね"と反対側の手を振る。


そして手を離してハンドルをにぎり、彼女が少し後ろに下がったのを見計らって車を発進させる。


ミラー越しに彼女が手を振っているのが見える。


僕はその光景を見ながら、なぜかある曲を思い出す。


そう!ドリカムの曲だ。


"ブレーキランプ5回点滅、アイシテルのサイン"って言うやつあったなぁ。


試しにやってみるか。


本当にやってみる。


足がおぼつかない。


5回点滅しただろうか?


窓から手を出して、ミラー越しに見える彼女に手を振る。


彼女がどんどん小さくなって行く。


三叉路を右折すると完全に彼女が見えなくなった。


僕は振っていた手をハンドルに戻し、車を自宅へと走らせる。


自宅へ着いたら真っ先に彼女のポケベルを鳴らし、「ツイタ」と報告する。


そして彼女から僕のポケベルに返信が。


「キョウハアリガトウ。ケイクンダイスキ。アイシテル。ランプサンカイシカテンメツシテナカッタヨ。」と。


その日ショックであまり寝れなくて、次の日遅刻、後輩のNに一日中ボヤかれた。


つづく


*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。


*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。

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