第3話 誕生日
遊園地デートから数日が過ぎ、そして数週間が過ぎ、僕達は年度末の慌ただしさの中、会うことができずにいた。
もちろん、その間毎日のように電話で連絡を取り合い、お互いの愛情は確かめあってたつもりだ。
3月は彼女の誕生日という大切なイベントがあるので、お互いにどうにか都合をつけて休みを確保した。
いつも行き当たりばったりの僕には珍しく、後輩のNから記念日に行くようなオシャレなレストランを教えてもらって、予約までしてもらって、誕生日のプレゼントを買うのまで付き合わせて段取りした誕生日なのだから、ありもしないような理由を付けて無理やり会社を休んだ。
少し後ろめたさもあったが、あとはNという使える後輩が上手くやってくれるはずだ。
当日は、僕も彼女も動物が好きなので朝から動物園に行く予定でしたが、あいにくの雨模様、急きょ変更して、昼ぐらいから映画でも見ようということになった。
それは当時話題になっていた、トム・ハンクス主演の「フォレスト・ガンプ」という映画だ。
僕は少し遅めの朝食を済ませ、彼女を迎えに出かける。
彼女の家の少し手前に車を停めて着いたとポケベルを鳴らす。
しばらくして彼女が出てくる。
今日はキッチリとした大人っぽい格好だ。
事前にちゃんとしたレストランで夕食を食べることを知らせていたからだ。
僕はいつものロリ系とはまた違っていい感じやなと思いながら、何のヒネリもないそのままの感想を口にする。
"今日、何か大人っぽくてイイやん"
「本当に!何か会社行くみたいでイヤやねんけど」と彼女はあまり気に入ってはないらしい。
確かにスーツっぽいといえば、スーツっぽい。
そんなたわいも無い会話をしながら市内の映画館へ向かう。
映画館へ着くと、平日なのであまり多くはないけれどもそこそこの人数は入っていて、休日であれば多分立ち見になっていただろう。
さすがに人気の作品だけはある。
真ん中より少し前の席に座り、彼女の足の上で自然と手をつなぐ。
映画が始まり、そのままの体制で静かに見入る。
アホな僕にはちょっと難しいが、とても感慨深い映画だ。
人によって様々な感想や受け取り方がある映画だと思う。
彼女は同じ体制に少し疲れたのか、僕の腕に顔をもたせかけて、今度は両手で僕の手をにぎる。
完全にリラックスムードだ。
僕は彼女のことを思い、さらに体制を変えて、つないでいる方の手を彼女の背中に回し、顔を胸で受けとめて、包み込むように反対側の手を彼女の両手とつなぐ。
彼女のぬくもりが心地よい。
そんな気分のまま、映画はラストの羽が再び空へと舞い上がるシーンへ。
映画が終わりしばらくは席に座ったまま、退館する人が少し減ったのを見はからって、二人とも立ち上がり映画館をあとにする。
外に出ると雨は少し小降りになっていて、もうじきやみそうな気配だった。
レストランの予約の時間までまだあるので、湾岸あたりを少しドライブする。
窓を開けると磯の香りと雨の入り混じった匂いがする。
彼女は窓の外の景色を眺めながら、ご機嫌な様子でカーステレオの曲を口ずさんでいる。
至福のときだ。
しばらくそのまま車を走らせ、そろそろ予約の時間なのでUターンして店へと向かう。
雨は完全にやんで夕日が水平線に沈もうとしている。
某ホテルの駐車場に車を停めて、最上階までエレベーターで上がる。
エレベーターが動きだすと、いつもみたいにお腹がスーとしたあと気圧が変わり耳がツーンとする。
店の前へ到着し、店員さんに名前を告げる。
そのまま席へ案内してくれる。
店内を見回すと、豪華でおしゃれな作りの到底僕には似つかわしくないレストランだ。
こういう格式張った所はこっぱずかしいし、緊張する。
横を見ると彼女も緊張した面持ちで僕を見返す。
案内された席は全面ガラス張りの窓際で、そこにはトレンディードラマなどでしか見たことのないような夜の景色が広がっていた。
"N!ナイスチョイスや!"と心の中でほめる。
料理はフランス料理で、生まれてこのかた友人の結婚式でぐらいしか食べたことがない。
当然マナーもあまりわからないので、お互いに益々緊張して、窓の外の景色など見る余裕もない。
使うグラスはどれか?ナイフとフォークは外側からだったか?などと色々思案しながらコースのデザートまで何とかこぎつける。
食後のコーヒーを飲みながらデザートもたいらげ、二人とも少し緊張がとけて落ち着く。
彼女は食事中にワインを飲んでいるせいか、少し頬が赤く染まっている。
僕も本当は酒でも飲んで緊張を和らげたかったのだが、車で来ているため無理なのだ。
コーヒーを飲みながら二人見つめ合い、"緊張したなぁ"「緊張したね」とハモリながらホッとする。
彼女もやっぱり同じ思いだったのだ。
そろそろ帰ろうと席を立ち、店をあとしながら彼女は、「何かすごいおしゃれなお店で緊張したけど、料理も美味しかったし、夜景もきれかったし、今日はありがとう!」と言って身体ごと僕の腕にからみついてくる。
"今日は特別やから"と僕はクールをきどる。
内心は、"そう言ってもらえるとありがたい。Nも浮かばれるだろう。"
そんな幸せな気分に浸りながら駐車場へと向かう。
ん?ちょっと待てよ?オレ?何か忘れてへんか?
そういえば右側のポケットが何となくかさばって重たい。
アホやオレ!プレゼントやんか!
Nといっしょに選んだ、彼女の誕生石の"アクアマリンの指輪"…。
食事の前に渡そうと思ってたの に、忘れとるやないか!
仕方なく車の中で渡すことにした。
僕は正直に、緊張してて渡しそびれたことを告げながら、プレゼントを差しだした。
彼女は笑いながら、「私も緊張をお酒でごまかしてたし」と言って、少し恥ずかしそうに受け取った。
中を開けてみて彼女は、さっきとは一転して真剣な眼差しで、「私、こんなんもらっていいの?まだ出会ったばかりやのに」と僕に問いかける。
僕は得意げに、"当たり前やんかぁ。誕生日やのに"と満面の笑みを浮かべる。
さも自分が選んだかのように…。
"N君ありがとう。"と心の中でつぶやきながら、指輪を箱から取り出して、彼女の指へはめる格好をする。
"ん〜、やっぱおっきいか〜"
Nの言ったとおりだ。
彼女の指は思ったよりも細い。
"サイズ直しに出すから、いったん持って帰るわな"
と指輪を彼女の指から離す。
"めっちゃ細いけど、サイズなんぼなん?"と聞くと、
「私、6号やねん」と申し訳なさそうに彼女は答える。
"誕生日に渡されへんようになったけど、ごめんな"と僕は優しく言う。
サプライズ感が無くなるため、事前にサイズを聞くわけにはいかなかった。
彼女も僕の気持ちを察してくれたのか、「ううん」と首を左右に振って、「ありがとう」とにっこり笑う。
僕は、そんな素直な彼女が好きだ。
愛おしくて仕方がない。
本当にならこのまま抱きしめて、お姫様抱っこしながらこのホテルの部屋まで連れて行って、一夜を共にしたいのだが、残念なことに、明日はどうしても早出してやらなければならない仕事がある。
僕の心は仕事への責任感と彼女への愛おしさのハザマでゆれ動く。
本当は、"仕事への責任感と彼女への愛おしさ+欲望のハザマ"だけど。
思案の末に今日は理性の方が打ち勝ち、彼女を自宅に送って行くことにする。
いつも聞き分けのいい彼女はめずらしく渋っていたけど、僕が明日早いことを知っていたので仕方なく承知した。
そして名残惜しい空気の中、車は彼女の自宅へと向かう。
途中、別れのさみしさを紛らわせるために今日の映画の話などをしていたら、あっと言う間に到着してしまう。
こんな時、楽しい時間は過ぎ去るのが早い。
車を停めて、別れのキスとハグをする。
その後も抱き合ったまま、中々離れられない。
すると彼女が僕の耳元で、「少し家に寄っていかへん?」と小声でポツリ。
後で考えてみると、僕は彼女のその言葉を待っていたのかも知れない。
つづく
*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。
*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。
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