第15話 心の隙間
僕はしばらくの間、声をかけることもできなかった。
あんなに幸せそうな顔で寝息をたてていたのに、突然泣き出した彼女の心境を理解するのにかなりの時間がかかった。
いや、心境とは嘘になる、心境など理解できていない。
この状況を理解するのにやっとだ。
そんな状態のまま、彼女を自宅まで送っていく。
自宅前に到着した時にはだいぶ気持ちも落ち着いたみたいだったが、表情は暗いままだった。
さすがにそのまま帰るわけにはいかず、その日は彼女が寝付くまで側にいた。
僕はそっと彼女の家を出て、車に乗り込みエンジンをかけて、大きく2回ため息をつく。
長時間運転の疲労とは別の心労でめまいがする。
そんな自分に気合いを入れて、車を発進させる。
自宅までの道のりでいろんな思いや考えが頭の中を駆け巡る。
自業自得なのだけど、正直言ってこの旅行での疲労感はハンパない。
終わりよければすべて良しだったのに、彼女の心の隙間を埋める事ができたとは到底思えない。
これからどうすればいいのか?
どうしたらいいのか?
わからない。
旅行に行く前の状況と全く変わっていない。
どれだけ考えても答えは見つからず、自宅に到着してベットに入っても、結局朝まで一睡もできなかった。
翌朝彼女に様子伺いの電話をする。
「おはよ。大丈夫?」
「うん。大丈夫。昨日疲れてるのにごめんね。」
「いや、俺は大丈夫やけど。」
「また変な夢見たって言ってたから…。」
「うん。もう大丈夫やから、心配せんといて。」
「そっか。ならいいんやけど。」
「じゃあそろそろ出る準備するわ。」
「私もする。」
「また仕事終わったら電話するわ。」
「あっ、今日友達と会う約束あるから、家帰ったら私からかける。」
「そっか。わかった。ほんじゃね。」
「うん。仕事がんばってね。」
「ハイハイ、ほんじゃね。」
彼女は大丈夫だと言っているが、やはり声に元気がない。
そしてその夜約束どおり電話がかかってくる。
「もしもし、ごめんね、遅くなって。寝てた?」
時計を見ると午後11:30をまわっている。
「いや、大丈夫。起きてたで。」
「あんなぁ、何か色々話してるうちに時間が過ぎてて遅くなってん。」
「うん。いいやんか。久しぶりに会ってんやろ?」
「そうやねん。」
「それでなぁ、何かなぁ、その友達今彼氏いてへんらしくて、誰かいい人いてへんかなぁって言っててんけど…。」
「Kの友達で誰かいてへん?」
僕は他人のお世話をしてる場合じゃないと思いながらも、
「誰かいてへんか、さがしとくわ。」
「ありがと。その娘めっちゃ良い娘やから。かわいいしぃ。」
多少なりとも彼女の声のトーンが、朝よりもマシだったので、僕はこんな事をしてる場合じゃないと思いながらも、これはこれで関係修復への何かのキッカケになるのではないかと思うようにした。
そう簡単に信頼を取り戻す事はできないのだから、ひとつひとつの積み重ねが大切だ。
そして後日、今行っている仕事場の同僚Aを紹介することにした。
付き合いは浅いが、中々会話上手で面白いヤツだ。
彼女の友達も明るくて面白い娘らしいのでちょうどいいのではないかと思った。
当日は梅田のビッグマン前で待ち合わせとのことで、僕は彼女と一緒に行った。
僕達が到着した時にはもうすでに2人は来ていて、腕時計を見返したが、針は待ち合わせ時間よりも20分ほど前を指していた。
「おう!はやいなあ。」
「余裕をもって出たら、ちょっとはやく着き過ぎてん!」
「ほんまか!」
「えっと、彼女さん?」
「あー、そうそう、H子。」
「はじめましてぇ、Kがいつもお世話になってまーす。」
「いえいえ、いつもお世話してます、Aでーす。」
「なんでや!俺はお世話されてんのかい!」
「それより、今日の主役の…えっと?」
「あっ!こちらが友達のE美。」
「はじめましてぇ、E美です。」
「はじめましてAです。」
「はじめましてKです。H子がいつもお世話になってます。」
「めんどくさいヤツでしょ!」
「E美ちゃんに迷惑ばっかかけてるでしょ!」
「そんな事ないですよー。」
「私の方こそいつも話聞いて助けてもらってます。」
「ほんとにー!」
僕は調子にのりすぎて彼女に小突かれる。
「とりあえず立話も何やし、店行こうか?」
僕達は梅田の東通りのこじゃれたレストランバーに入る。
店内は相手の顔色を伺えないほど薄暗くて、静かで落ち着くBGMが流れている。
席は男女に分かれ、向かい合わせで座る。
すぐに黒と白のシックな服装をした店員がやってきてメニューを置き、飲み物の注文を聞いて立ち去る。
自己紹介はさっきしたので、お互いがどういった知り合いなのか、どんな感じの人なのかを友達目線で話して紹介する。
あとは当人同士で会話してもらうために、僕と彼女は少し口数を減らす。
2人とも話し上手でもうすでに打ち解けていい感じだ。
その間僕は、正面に座っている彼女の顔ばかり見ていたが、別段変わった様子もなく、ニコニコ笑いながら主賓2人の会話を楽しそうに聞いていた。
僕は黙ってお酒を飲んでいたせいか、少し酔いがまわってきた。
何かしゃべらなくてはと思い、しゃべりだすとお酒の勢いもあってか、止まらなくなる。
Aとは何回か一緒に飲みに行った事があるが、その時のような感じで悪ノリしてはしゃぐ。
あまりに調子にのりすぎたので、理性を取り戻そうと思った時には、もうすでに状況は一変していた。
薄暗い店内のせいで、彼女の表情がしだいに変わっていくのを読みとることができなかった。
彼女の不安定な心は、僕の能天気な態度を見て、一気に崩壊したようだ。
「なぜ?」
と聞かれると、本当のところの理由はわからない。
わからないが、彼女は僕の目の前で、あとの2人も見ている目の前で突然泣きだした。
つづく
*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。
*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。
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