第14話 情緒不安定
あくる朝、あまりにもの寒さに目がさめる。
僕は上半身裸で布団もかぶっていない。
どうりで寒いはずだ。
疲れてそのまま寝てしまったようだ。
彼女は布団をミノムシのようにぐるぐる巻きにして寝息をたてている。
ぐるぐる巻きにした布団から顔だけ出している彼女のオデコにそっとキスをする。
しかし、雪国の冬はハンパなく寒い。
身ぶるいしながら浴室へ向かい、熱めのお湯のシャワーを浴びる。
浴室から出ても彼女はまだ寝息をたてたままだった。
よほど昨日疲れたのだろう。
そのまま寝かせておこうかとも思ったけど、様子うかがいに声をかける。
「おはよう。大丈夫?」
「うーん。」
寝返りをうつ。
「おはよう。」
「うーん。」
「ふぁー。」
あくびをしながら目をさます。
「体痛いー!」
「そやろなぁ。」
「それより、わたしごめん。」
「もしかして、布団ひとりじめしてた?」
巻きついた布団を眺めながら苦笑いする。
「してたなぁ。」
「拷問やったわ。」
「ごめーん!」
「風邪とかひいてない?」
「今んとこ大丈夫。」
「よかったー。」
「それより、シャワー浴びてきぃ。」
「うん。」
「今日どう?すべれそう?」
「痛いけど、たぶん大丈夫。」
「無理したらあかんで。」
「はーい!先生ー!」
僕は笑いながら、いまだにぐるぐる巻きの布団を彼女からはがして、直接抱きしめ、キスをする。
「ほんと、寒いから暖まってきぃ。」
「うん。じゃ、行ってくるな。」
彼女はもう一度自分からキスをして浴室に向かって行った。
その後僕達は遅めの朝食を食べてゲレンデへと繰り出す。
「今日はもう少し上まで行ってみる?」
「大丈夫かなぁ。」
「大丈夫や。」
「だいぶすべれるようになったし、上の方が雪もやわらかいからコケてもマシやで。」
「じゃあ行ってみる。」
この浅はかな考えが失敗だった。
僕はスノボと不安定な彼女の気持ちを甘くみていた。
上に到着して最初のうちはいい感じで僕についてすべっていた彼女も、やはり昨日の疲労が残っていて体が思うように動かないのか、遅れがちになり、お互いの位置を確認できるかできないかぐらいまで離れてしまった。
僕よりはるか上で彼女は座り込んでいる。
ヘタっているのか、いっこうに降りてくる気配はない。
ケガでもしてるのではないかと心配になる。
数分たってようやく彼女は立ち上がり、山肌をすべりおりてくる。
そして僕の側で止まろうとしてバランスをくずしコケる。
僕は駆け寄り、彼女に手を差し伸べる。
「大丈夫!」
と言って彼女は1人で立とうとするが、再びバランスをくずして尻もちをついてしまう。
僕は彼女の両手を持って、引っ張り上げる。
「もう!」
「置いて行かんといて!」
「放置プレイちゃうねんから!」
僕は突然の事に言葉がでてこない。
彼女にしてはめずらしい。
こんな事で怒ったのは今までみたことがない。
やはり昨日の疲れのせいで、体が思うように動かず、情緒不安定になっているのだろうか?
「ごめん、ごめん。」
「ちょっと休憩しよか?」
「それともキツかったら今日はもうホテルでゆっくりしよっか?」
「いややぁ!」
「せっかく来てんのにもったいないやんか!」
「わたし1人で滑るから、Kだけゆっくりしてきたらいいやん!」
僕はその言葉にカチンッときた。
「アホか!」
「俺だって滑りたいに決まってるやろ!」
「おまえが体痛いし、辛いやろう思うて言ってんのに!」
「何やねん!」
「わけわからんわ!どないしたいねん!」
僕は彼女と付き合ってからはじめてキレたかもしれない。
彼女はびっくりして、涙目になりながら、
「もうちょっとゆっくり行ってくれてもいいやん…。」
と小声でボソボソと言って黙り込んだ。
僕も引くに引けず、
「じゃあ俺が後でついて行くから、先におまえすべれよ。」
「だったら置いて行くことないやろ。」
彼女は目に涙を浮かべたまま、
「わかった。」
と一言言ってすべりだす。
彼女がすべりだした後、僕は何のためにココへ来たのか、彼女に今までの事をつぐなうために来たのではないかと自責の念を感じて、ため息をつく。
情緒不安定なのは自分の方かもしれない。
その後僕達は必要以上の会話をせず、黙々と機械のようにすべって、陽が落ちる前にはホテルに帰った。
皮肉な事に黙々とすべったおかげで、彼女のスノボの腕前はかなり上達した。
ホテルに帰ってからも、お互い意地の張り合いで、どちらかが折れて打ち解けることはなかった。
僕はさすがにこのままではココへ来た意味がなくなるし、彼女への罪悪感から、
「さっきは、ごめんな。」
と声をかける。
すると彼女も何かのキッカケを待っていたのか、
「ううん。わたしもあちこち痛くてイライラしてて、ごめんね。」
「いや、初めてのスノボやし、それはしゃーないで。」
「それより、だいぶうまなったなぁ。」
「そうなん?」
「俺なんて、2、3回通うまでまともにすべられへんかったからなぁ。」
「そうなんやぁ!」
「そやでぇ。」
「とりあえず、今日で最後やし、飯食って温泉入ってゆっくりしよっか?」
「うん。ゆったり、まったりしたい。」
その晩は2人ともいらぬ労力を使ったせいか、自然と眠りに落ちていった。
3日目の朝、目がさめると、今日は布団をちゃんとかぶっている。
寒くない。
彼女はもうすでに起きてシャワーを浴び終わり、メークをしているところだった。
「おはよ。早いなあ。」
「…あっ!うん。」
何か考え事でもしてたのか、ビクッとしながら返事が数秒遅れて返ってくる。
「何か、今日で終わりやと思うと早くにさめてしまってん。」
「そっか。俺めっちゃ熟睡してたわ。」
「ほんまやね。」
「起こしても起きへんかったもん。」
「ぜんぜん知らんわ。」
「それより今日どうする?」
「もう少しすべる?」
「うん。もうちょっと練習したい。」
「じゃあ、昼ぐらいまですべって帰ろっか?」
「うん。」
僕はもう二度とこのつぐない旅行を無にするような態度をしない事を心に誓い、ゲレンデへ向かう。
その為に最初から彼女を先にすべらせて、自分が後からついて行くパターンを忠実に実行する。
しかし彼女の腕前はもう、そういった配慮が必要ないほど上達していた。
僕もそうだったように、ひとりで上手く長い距離をすべれるようになると、楽しさが倍増して、時間を忘れてしまうほどスノボにハマっていく。
彼女が今まさにその時なのだろう。
今日はご機嫌うるわしいみたいだ。
「だいぶすべれるようになったし、試しにロングコース行ってみる?」
「私でも大丈夫かなぁ?」
「距離は長くなるけど、難易度は今のコースとあんま変わらへんから、大丈夫やろ。」
「じゃあ、行ってみる。」
さっそく僕達はこのスキー場で最も長いコースへ向かうリフトへ乗り込んだ。
そこでも彼女は一二度バランスを崩したぐらいで、難なく下まですべり降りて、もう一度行こうと僕にせがむ。
もちろん僕も快諾して、彼女の意にそぐわないようにする。
それから数回、ロングコースを昼までミッチリと楽しんで、ゲレンデをあとにする。
彼女も満足したようだ。
そしてホテルをチェックアウトして、帰途に着く。
その帰りの車内ではお互い疲れていたのか、あまり会話がない。
とかいって雰囲気が悪いのではなく、お互いに旅行の余韻に浸っているだけだと思う。
少なくとも僕はそうだ。
彼女もそうだといいけど。
静かな車内で、彼女は最初のうちは眠気をこらえていたけど、しだいにコクリ、コクリと舟をこぎだす。
「シート倒して寝ーや。後で首痛くなるで。」
「ごめん。眠気ヤバイわ。」
「Kは運転してるのに。」
「俺は大丈夫やから、寝ときや。」
「うん。ちょっと寝る。」
と言って、数分もたたないうちに彼女は幸せそうな顔で寝息をたてる。
僕もつられて、同じ顔になる。
しばらくの間、眠気覚ましにカーステレオの音楽を聴きながら、心穏やかに幸せな時を過ごす。
この度の旅行だけで、彼女へのつぐないが終わったとは思わないが、多少の罪滅ぼしになったのであれば、来て良かったと思う。
こんな幸せそうな寝顔を見れなくなるのはつらい。
いつもこんな風に笑っていられるように努力しなければいけないのは、彼女ではなく僕の方だ。
そんな事を考えながら、もう一度幸せそうな顔が見たくて、寝返りをうった彼女の顔をそっとのぞく。
するとそこには、さきほどの幸せそうな顔はどこにもなく、何か苦行を受けているような険しい表情に変わっていた。
カーステレオの音で気づかなかったが、かすかにうなされているような声も聞こえる。
彼女は何度も寝返りをうって、そんな状態を続けた。
僕はしばらくどうすることもできずにいたが、さすがに心配になって声をかけようとしたその時、突然目をさまして僕の方を見ながら、何とも言えない悲しそうな顔で、
「あの時と同じ…。」
「あの夜と同じ夢を見た。」
と言って涙を流しはじめた。
つづく
*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。
*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。
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