第13話 つぐない

ある週末、今日もSからの誘いがあり、夜の街へと繰り出す。


1軒目の店を出て、商店街をブラブラと歩きながら2軒目の店に行く道中、携帯が鳴る。


何気に着信番号も見ずにでる。


「もしもしー。わたし。」


H子からだ。


「今外?」


「うん。Sとかと飲みに来てる。」


「またー!」


「しゃーないやろ。」


「楽しいねんから。」


つい、本音が出てしまった。


「何それ!」


「わたしらもうどれくらい会ってないかわかってる!」


何か今日の彼女は最初からキレ気味だ。


僕は隣にS達がいるし、めんどくさいので、


「とにかく次の店行くのにみんな待ってるから切るで。」


と早々に電話を切ろうとする。


「何でよー!」


「最近、電話もしてないやんか!」


彼女は半べそをかいている。


「とにかく今はツレと遊んでいる方が楽しいねん!」


「また後で電話するわ。」


「切るで。」


と僕は彼女に対して言ってはいけない言葉を口にしてしまった。


その時僕は、事の重大さに気づいていなかった。


あとで後悔するとも知らず、電話を切ってしまったのだ。


それから数日後の朝、自宅のポストから新聞を取り出すと、水色の便せんらしき物が間にはさまっていた。


またしょーもないダイレクトメールだと思い確認すると、家の住所と僕の名前、そしてその下に彼女の住所と名前が書いてあった。


彼女とはあの夜以来、話しづらくて電話もしていない。


新聞を台所のテーブルの上に置いて、2階の自分の部屋に駆け込む。


手紙の封を切って、何となく重たい気持ちで内容を読む。


「こないだは突然電話してごめんね。」


「友達と遊んでいる時の方が楽しいと言われた時、正直言って悲しかった。」


「でもそれが、Kの正直な気持ちなら仕方がない。」


「わたしはKの負担になりたくない。」


「でもKと離れる事はわたしにはできない。」


「好きやから、それはできない。」


「2回目に付き合い始めて数ヶ月は本当に楽しくて幸せだった。」


「あの頃に戻りたい。」


「わたしの悪いとこ言ってくれたら頑張ってなおすから。」


「Kがわたしといて楽しくなるように努力するから。」


「だから、あの頃にもう一度戻りたい。」


そんな内容の手紙だった。


僕は心の底から込み上げてくる感情のせいで、しばらくの間、机の上で頭を抱えて動けなかった。


彼女に、大切な彼女に何て事を、何てひどい仕打ちをしていたのか!


どうすればいい?


どうすればいい?


どうすればいいのか?


この言葉だけが頭の中で駆け巡る。


僕は彼女に甘えて、安心して、独りよがりに大切な人をないがしろにしていた。


そんな僕の事を一言も攻めるでもなく、あの頃に戻りたいと言ってくれている。


彼女に至らないところなど微塵もない。


悪いのはすべて僕自身。


今まで積み重ねてきた彼女への理不尽な仕打ちは、今さらつぐなったところでもう遅いかもしれない。


でも、彼女は僕との関係の修復を望んでくれている。


もちろん僕も同じ気持ちだ。


まずは彼女に謝って、僕の気持ちを伝えるしかない。


そして、そして、それから、そうだ!


頭の中で冬のゲレンデの定番曲が流れる。


彼女と2人きりの旅行に行こう。


スノボ&温泉旅行に。


確か前に彼女がやってみたいと言っていた。


僕は早々にその晩、彼女に今までの事を謝罪して、旅行の約束をとりつけた。


彼女は思った以上に機嫌をなおしてくれて、どこに行くかなど、2人で一緒に決めようと言ってくれた。


彼女との久しぶりの旅行で、今までの空白の時を埋める事ができればという願いと、大切な人との幸せな時が過ごせる期待感で僕のこころはいっぱいだった。


そして旅行の当日。


行き先は長野県の温泉もある某スキー場内のホテル。


2泊3日の予定だ。


夜中に出て朝到着、ホテルにチェックインして荷物を預け、少しハードだけどゲレンデに向かう。


まずは、レンタル店で彼女のスノボ道具を借りる。


彼女はスノボ初心者だ。


僕はスノボ経験者で、道具も持参している。


ブーツの履き方からボードの装着の仕方、スケーティングの仕方までひと通り教えて、傾斜のなだらかなところで、実際にボードを履いて、滑り方や曲がり方なども教える。


僕は一つ肝心な事を忘れていた。


彼女が相当な運動音痴だということを。


最初は彼女の手を持って誘導する形で教えていたけど、それではいつまでたっても滑れるようにはならないので、手を離してみる。


すると彼女は受け身も無しにひっくかえり、お尻を強打する。


「何で離すん!」


と言って僕はにらまれる。


「しゃーないやんか。」


「はやく滑れるようになりたいやろ?」


「うーん。でも痛い。」


彼女は不服そうだ。


そんなやり取りを繰り返しながら、冬の日差しが傾いた頃、ようやくリフトに乗れる程度にまで上達した。


いよいよゲレンデデビューなのだけど、最初のうちはリフトへの乗り降りという行為すら難しいので、ボードを抱えてゴンドラで上がる事にした。


上に到着して、ボードを装着し、滑り出すが、案の定彼女は数メートルごとにコケて雪だるまの様に転がって行く。


コケまくってあちこち体が痛いであろう彼女の手助けをしたいのだが我慢して見守る。


最初はだれもそうだから仕方がない。


僕がスノボをはじめた頃などはほとんどやっている人がいなくて、見ようみまねという事すら出来なかった。


教えてもらう人すらいなくて、まともに滑れるようになるまでかなり時間がかかった。


その頃から比べれば、環境的には恵まれている方だと思う。


そう思いながらも、コケる度に表情をゆがませて苦笑いしている彼女がかわいそうで、愛おしい。


夜は温泉に浸かった後、マッサージでもしてあげよう。


その日彼女は日が暮れるまで頑張って、コケる回数も減り、長い距離を滑れるようになった。


明日に筋肉痛が残るから、今日はここまでにしようと言う僕の提案を振り切って得た成果だ。


彼女は本当に意志が強いし、負けず嫌い。


僕ならば、早々に引き上げて、温泉に入って、美味しいもの食べて、ビールでも飲んでくつろいでいる。


そんな彼女の根性も、筋肉痛には勝てなかったみたいで、温泉から出てマッサージをしてあげようと思った時にはすでに遅く、痛みでマッサージどころではない状態だった。


手持ち無沙汰になった僕は、ボーっとしながら彼女のうつ伏せになった後ろ姿を眺めていた。


そういえば浴衣姿をあまり見たことがなかったような気がする。


意識すると、湯上りに少し汗ばんだうなじや、その浴衣姿がなぜだか色っぽく見えてくる。


僕は彼女に違うマッサージを試みる事にした。


その晩、僕と彼女は久しぶりに結ばれた。




つづく


*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。


*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。

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