第10話 幸せな日々

あれから3年後…。


「そっかー。元気でがんばりや。」


「お母さんに、息子になれなくてごめんなさいって伝えといて。」


「それじゃあ。」


「うん。元気でね。」


結婚をしようと思っていたC子と、あっけなく別れた。


C子のお母さんに、


「何で、何で、何とかならないの!」


と攻め立てられたけど、どうしようもない。


C子に好きな人ができたのだから。


そして半年後…。


僕は誰とも付き合わず、ひとりでいた。


自覚症状はないが、C子との別れが結構こたえたみたいで、しばらくは誰とも恋をしたくなかった。


そんなある日、気分転換に、過去の物をしまってある押し入れを整理している時、ふと、H子からもらった手紙を目にとめて、懐かしさのあまり読み返してしまう。


その手紙は別れた後に送られてきたものだった。


二人で過ごした日々を面白おかしく綴ってあり、それが今では良き思い出で、短い間だったけど、かけがえのない時間をありがとうという内容だった。


そして、その手紙の最後には、携帯電話を持ったという事とその番号が書いてあった。


僕は手紙を読み返しながら、H子との日々を懐かしみ、心の隙間を埋めてくれるその文章が心地よくて、しばらくの間感傷にふけっていた。


それから僕の意識は自然と手紙の最後の部分へと移り、気がついた時には自分の携帯のダイヤルを押していた。


すべての番号を押し終わり、かすかに震えている親指で発信ボタンを押す。


コールする間は、緊張なのか何なのか宙に浮いているような感じで、何か、自分ではない別の誰かが電話しているような感覚すら覚えた。


ワンコール、ツーコールと数回コールしてもH子は出ない。


さらに緊張は増す。


さすがにこれ以上コールしても出ないと思い、終話ボタンを押そうと思ったその時、


「はい、もしもし。」


と息をきらせたH子の懐かしい声が聞こえる。


僕はついにかけてしまった。


裏切って別れた彼女に。


「あっ!もしもし、俺。分かる?」


「うん。Kやんなぁ。久しぶりやね。」


「うん。そやなぁ。」


「突然電話ごめんな。」


「何かなぁ、押し入れの掃除してたらH子の手紙出てきて、久しぶりに読み返してたら、声聞きたくなってかけてしまってん。」


「今大丈夫?」


「何かハァハァ言ってるけど?」


「大丈夫、大丈夫。」


「トイレ行っててん。」


「うんこ行ってたやろ?」


「何でや!オシッコやし!」


「相変わらずやなぁ。」


「Kもな。」


「元気やった?」


「俺はいつも元気やで!」


「H子は?元気にしてた?」


「うん。ぼちぼちやな。」


それから僕達は時間を忘れてしまうほど、夢中になって話した。


一緒にいなかった3年半という時を埋めるかのように。


結局その日だけでは話しが収まらず、後日会って話すことにした。


というより、久しぶりに声を聞いて逢いたくなったというのが本音だ。


僕の方が裏切って別れたというのに、彼女は再会を心良く受け入れてくれた。


彼女との再会の前日、待ち合わせの場所を聞こうと電話する。


何度コールしても彼女は出ない。


少し経ってかけ直そうとすると、僕の電話の着信音が鳴る。


彼女からだ。


明日の待ち合わせ場所の住所を聞く。


先日の電話でも言っていたように、彼女は親元を離れ、妹と二人暮らしをはじめたらしい。


理由は親が離婚したということだったが、込み入った話なのでまだ詳しくは聞いていない。


再会の当日、その事も含めて、電話で話しきれなかった事を聞こうと、待ち合わせの場所へ向かった。


彼女が住んでいるコーポの前に到着すると、ショートボブで大人っぽい格好をした女性が駆け寄ってくる。


一瞬、わからなかった。


よく見ると彼女だ。


3年半前とは明らかに雰囲気が変わっていて、大人っぽく、綺麗になっていた。


僕は窓を開けて、


「久しぶり。」


と声をかける。


「うん。久しぶり。待った?」


と彼女は車に乗り込んでくる。


僕は妙に緊張する。


あまりにも彼女がイイ女になっていたからだ。


つい、見とれてしまう。


「何か、私、今日の格好変?」


と彼女は僕に顔を近づけて、不安そうな顔で聞いてくる。


「いや、いや、変じゃないで!」


「むしろ、めっちゃいい!」


「いやー!あまりにも大人っぽくて綺麗になってたから、ちょっとビックリしただけやで。」


「ハイ、ハイ。相変わらず口上手いなぁー!」


と彼女は僕の脇腹を小突き、ツッコミを入れる。


僕はのけぞりながら、


「ホンマやって!」


「ほらっ、緊張で、手に汗かいてるやろ?」


と彼女に手のひらを差し出す。


彼女はその手のひらを触って、


「全然やんか!」


とふくれっ面をしながらも嬉しそうだ。


外見は変わっても、中身は昔と変わらない彼女が目の前にいる。


僕は何だか、ここ最近味わっていなかった暖かなものを思い出す。


C子と別れてからすさんでいた心が、少しずつ癒されていくような、そんな思いを感じていた。


それから僕達は、3年半の積もる話や近況を尽きる事なく話し合い、お互いに今フリーで、好きな人もいてない事を確認する。


逢ってすぐに彼女の世界に引き込まれていく。


彼女は僕にとって元カノで、今フリーな事がチャンスやとか、久しぶりに逢ったら綺麗になっていたとかそんな事ではなかった。


彼女が話の途中で言ってた、


「私ら本当に10年愛なんかもしれんな。」


その一言に僕は何かしらの運命を感じた。


ただその一言に僕の心は突き動かされ、彼女を家まで送って行き、そのまま朝まで過ごした。


それからは三年半のブランクなど無かったかのように、幸せな日々が続いた。


もちろん、お互いにいい歳ということもあってか、結婚も視野に入れて付き合っていた。


たまには遠出で旅行もした。


特に印象に残っているのが、僕の故郷の広島県から島根県、そして山口県へと二泊三日の旅行に行った時の事だ。


広島は宮島、島根は松江城、出雲は出雲大社にそばと王道スポットを周り3日目は山口の秋芳洞に行った。


真夏ということもあってか、外は炎天下でうなるような暑さだけど、秋芳洞の中は一定の温度が保たれていて、年中17℃ぐらいで、夏の格好で入ると肌寒いくらいだった。


僕達は暑くても寒くても片時も離れないで寄り添いながら観覧していた。


すると向こうから、モデルみたいに背が高く、スラッとした体型の欧米人カップルが向かって来る。


そして僕達の前で立ち止まって、話しかけてくる。


僕は英語が話せないので、何を言ってるのかサッパリわからない。


彼女は大学で英語を専攻していたので、多少は話せる。


心強い。


「何か、写真撮ってほしいみたいやで。」


「そうなんや。」


「俺、撮ろうか?」


「ううん、私撮るわ。」


「じゃ、頼むわ。」


僕はどっちみち言葉がわからないので彼女に任せて一歩さがる。


彼女は欧米人のカメラを受け取り、英語で会話しながら、写真を数枚撮ってカメラを持ち主に戻す。


その後も少しの間、欧米人の二人と会話して最後に、


「thank you.ありがとうございました。」


「どういたしまして。」


と彼女は答えて、欧米人とは別れた。


情けないけど僕は、最後の「thank you」しかわからなかった。


そんな僕に気を使ってか、彼女は事細かく会話の内容を教えてくれた。


その欧米人カップルはカナダから新婚旅行で日本へやって来たらしくて、ほとんど日本語がしゃべれないにもかかわらず、日本人は優しく親切に対応してくれて、とても日本の文化や日本人の事を好きになったらしく、今回の旅は今日で終わってしまうけど、またすぐにでも遊びに来たいという事だった。


そして最後に彼女が照れくさそうに聞いていた会話の内容は、僕達の事についてだった。


「聞きたい?」


と彼女がニヤニヤしながら僕に問いかける。


ほんとに会話の内容がわからないので、素直に、


「何て言ってたん?」


と聞く。


「仕方ないなぁ。教えたげる。」


と彼女はもったいつけながらも、


「私達の事めっちゃ素敵なカップルで、お似合いなんやって。」


「私の事もめっちゃ可愛いって褒めてくれたし。」


「俺は?」


「聞きたい?」


「うん。まあ。」


「一応、カッコイイって言ってたで。」


「一応はついてないやろ!」


「お世辞で言ったにせよ、一応はつけへんわ!」


それは英語がわからない僕でもわかるので、一応ツッコンでおいた。


「バレたか。」


彼女は舌を出して言う。


「あっ、あとそれに、結婚はしないの?って聞いてた。」


「そのうちにって答えといた。」


「それで良かった?」


「あっ、うん。そやな。」


僕はここ最近、その事を意識しはじめていて、核心を突かれたので、思わず曖昧な返答になってしまった。


実は、この旅行が終わったら彼女にプロポーズしようと思っていた矢先の出来事だった。


彼女の方も何となくそれを意識していたのかもしれない。


思い出に残る旅行から帰って来て2週間後、僕達は些細な事で言い合いになり、ケンカをした。


プロポーズどころではなくなった。


男と女は中々上手くいかないものだ。


理由は僕の仕事が変わって夜に出勤することが多くなり、逢う機会が減った事なのだが、前の会社が倒産したのだから、仕方がない。


とりあえず、つなぎで、夜警が主な警備員のアルバイトをしていた。


昼のシフトもあるのだが、夜の方が単価がいいのでそっちの方を優先に入っていた。


ただでさえ、ちゃんとした仕事を探さなくてはプロポーズどころではない。


僕はそんな焦りもあってか、イライラしていた。


彼女に電話で、


「何で夜の仕事なん?」


「あんまり逢われへんやんかぁ。」


って言われて、俺の今の状況を知ってるのだからそれぐらいわかってくれよと思い。


「しゃーないやろ!そんな仕事やねんから!」


とキツくあたってしまった。


僕は自分の事で精一杯で、彼女が究極のさみしがりやだということをすっかり忘れていた。


いつもと違う僕の口調に、彼女は電話口で、


「ごめん。」


と言いながら泣いていた。


つづく


*尚、この物語は実話をもとにしたフィクションです。


*文中に登場する僕は筆者の友人Kでその彼女はHです。その他の登場人物はイニシャルか三人称で表記しています。

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