執拗

あやちの存在を知った後の僕の人生はとても淡々と、という言葉で片付けられなくなってしまった。


お昼休みにはあやちや、あやち事務局のtwitterやブログ、インスタをチェックし、写真集発売イベントや握手会にも必ず参加した。写真集は10冊買った。


高崎彩菜(あやち) ‏@aya_chi

握手会イベント、ありがとうございました〜〜!!!超楽しかった!また来てね☆


僕は初めてtwitterなるものに登録した。

ただの会社員@office_worker 、まあ、こんなもんだ。僕はこれ以上でもこれ以下でもない


ただの会社員@office_worker

あやち、イベント最高だったよ。あやちの花柄スカートの衣装も、新曲もバッチリだったね!!また会える日はいつかな~♪


すると、


高崎彩菜(あやち) ‏@aya_chiさんがリプライしました。

こんばんは!来てくれてありがとうございます♪これからも頑張ります!!


おお、神よ…!


あやちはファンに対して神対応をするというのはネット上で絶賛されている。秋葉原でチラシ配っていた時の下積みが長いのか、ファンサービスを惜しみなくする、とファンに評されている。


ただの会社員@office_worker

あやち、ありがとう!!!!こんな僕に…。今日、整理券50番で、水色のTシャツ来ていて、お手紙とお花を私のが僕だよ!!覚えていますか?


あやちからリプライは来なくなった。


これは何としてもあやちに認知されないと、と思った。


花は誰よりも大きい花をあげよう。あやちはマーガレットが好きだって言っていた。あやちはサマンサタバサのバッグが欲しいってブログに書いていたから誕生日にはあやちの好きな黄色のバッグを送ってあげよう。

コメントは勿論、手紙をもっと書こう。1か月に1度くらいだ。

twitterよりインスタの方が返信率高いから全投稿コメントして、質問形式の方が回答してもらえるかな。「あやち、美容院どこ行ってるの?」とか?…駄目だ、それじゃ答えてくれない。「あやち、新しい髪型似合ってるね!美容院さんにどうやって言えばあやちの髪型に出来るかな?」女性に成りすました方が返答するかな?


@aya_chi @miomio0829 ありがとう!クリスタルアッシュの5トーンのブラック系ローライト&7トーンのプラチナ系ローライトをミックスさせました!是非真似してね☆


きたああああああ


僕はインスタの画面をスクショして拝んだ。


僕はあやちから返信が来た時、昂揚感でいっぱいになる。でもその3分後にはいつもより虚しさでいっぱいになる。

折角、自分で生きがいみたいのを見つけたのに僕の日常や仕事は虚しいだけだ。


おかしい。僕はあやちに僕の全てを捧げても良いと思っているのに何故僕は幸せにならないんだろう。


あやちは新曲をいくつも出し、コンサート会場が渋谷公会堂になったりとどんどんメジャーになっていくにつれ、僕へのリプライはなくなってしまった。

そうなると、僕は彼女が有名になる事を素直に喜べなくなってしまった。

忙しくなくなれば、彼女は僕にリプライをくれるのに。

どんどん僕の彼女に対する気持ちは応援する喜びから怒りに変わっていった。


そして、衝撃的な事が起こった。


土曜日、玄関のチャイムが鳴った。


「お届け物です」

何だろ、と思った。あやちの事務所からだった。

「印鑑かサインお願いします」

「あ、はい」


さらさらと書くとすぐ段ボールを開け、一枚の手紙とプチプチにくるまれた僕がかつてあやちにあげた黄色いサマンサタバサのバッグが入っていた。

手紙にはこう書かれていた。

「ファンの皆様からのプレゼントはお断りしております。ご了承ください。」


僕は怒りに満ち溢れ、すぐ抗議の電話をし、メールと手紙を事務所宛に送った。


「花は良いのに、何故バッグはダメなんだ。彼女を喜ばせたいが故に送ったのだから、彼女自身が受け取るか決めれば良い。食品といった危害を与える可能性のある品じゃなければ良いはずだ」と散々言った。


でも事務所は「ファンの皆様からのプレゼントはお断りしております。ご了承ください。」の一点張りだった。


人を馬鹿にするのもいい加減にしろと思った。


バッグは27800円だった。「貴方方にすればその金でCDを何枚も買えというかもしれない。でもこれは僕の気持ちなんだ。要らないって彼女が言ったのか?サマンサタバサのバッグが欲しいと彼女はブログに書いていた。だから買ったんだ。要らないなら本人から直接言え。本人の声を聴くまで僕は抗議し続ける」と僕はあまりの怒りに、有休を取得して電話をかけ続けた。メールを送り続けた。


あやちなら僕の痛みを分かってくれる。と思い、あやちにもバッグの件を何度も何度も伝えた。


ただの会社員@office_worker

あやち、君はサマンサタバサの黄色いバッグが欲しいと言っていた。だから僕は純粋に、君にプレゼントしようと思ったんだ。でも一辺倒なルールで、君に危害は絶対及ばない筈なので君に届かない形で拒絶された。


ただの会社員@office_worker

僕は事務局に失望したよ。事務局はファンである僕を少しも理解してくれない。でもあやち、君なら僕のプレゼント受け取るよね?


ただの会社員@office_worker

あやち、ずっと、君の回答を待っている。


あやちからリプライは来ない。

そうだ、今度あやちの写真集の握手会があるからその時に僕の気持ちを訴えよう。


そして握手会当日。

目の前にあやちが白いワンピースを着てにこにこしている。

僕の順番が来た。僕はあやちへ黄色いバッグを差し出し、「あやち、お誕生日おめでとう!」

と渡した。

そうするとまた事務局の人が来て「すみません、プレゼントはお手紙以外受け取れないという仕組みになってまして…」

「あやちは受け取ってくれるよね?」と僕はあやちを見つめた。


でもあやちは困った顔をしていた。


「あやちが欲しいって言ってたんだよね。黄色いサマンサタバサのバッグ」


「すみません、これ以上は…」と言って事務局の人間に押さえつけられた。

僕はいらっとして、その手を振り払った。

「いつ僕に応えてくれるんだ!見て、あのお花。あれは僕のだよ。CDだって30枚も買った。こんなに、こんなにやってるのに!」と叫ぶと、

大人数の人が来て僕を押さえつけ、あやちは困惑した表情だった。


僕はあやちへのイベントは出禁になった。

全く、納得がいかなかった。事務局を訴えたかった。


僕はその日からあやちは復讐の対象でしかなくなってしまった。

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