もっと派手にね!
土曜日まではかなり忙しかった。
俺の人生は今週の土曜日にあるようなものだと思った。
天気予報は降水確率は20%だと何度も確認したし、借りるとは言ったけど結局釣り具屋に速攻行き、初心者や子供、女の子にお勧めな釣りでもある
ニジマス釣りの為に結局ファーストテーパー気味ライト系ロッドのメバリングロッド、小型のミノープラグを買ったし、折りたたみの椅子も飲み物を冷やす為に小さいクーラーボックスを買ってタオル、ウェットテッシュ、日焼け止めも準備した。
服はかなり心配だったのでユナイテッドアローズで白パンツと紺のチェックのポロシャツと帽子を買った。白パンツなんて人生で穿いた事がない。
モテそうなマネキンを見て「あれ下さい」と言った。
恥も外聞なんてない。俺はあの子にモテたい。人生それだけで良い。
『自分の釣りを3割。彼女の釣りを7割の割合で見てあげ、教えてあげ、絶対に釣らせましょう。もう自分は釣らなくてもいい位です。
ズバリ!釣りでデートの目的は、自分が釣ることではなく、彼女に釣らせて華やかな雰囲気になる事が大前提!』という文章を15回は声に出して唱えた。
彼女とのLINEも
「うわー楽しみ!」とかかなり良い感触だった。
あれから連絡の殆どがLINEになり、正直LINEで繋がっているのは彼女しかいないので緑のアイコンの通知元は彼女のスタンプとメッセージで埋まっていた。
初対面があれで本当に彼女が楽しかったか些か不安だったが、彼女の言葉を信じる事にした。
川まではバスで行くことにし、バス停前のUNIQLOで待ち合わせする事にした。
「孝宏さーん」
今日は麦藁帽子に上が白、黄色地に花柄のワンピース、下は黒のコンバースだった。可愛い。何着ても可愛い。
「お待たせしましたー」
「いや全然待ってないよ。」
「どうですか、この格好、釣りに適してますか?」
「いやあ、大丈夫。俺いつも半袖短パンだから」
「行こうか」
バスが到着し、後ろの方に丁度2人分の席が空いていた。
近い。接近している。そういや僕はあの時殆ど彼女の顔を見る事が出来なかった。
「本当、今日楽しみで。私BBQとかもやった事がないんです」
「ああ、なら良かったね。今日はニジマスを釣ろうと思っているんだけどこのシーズンは沢山釣れるし、釣った魚を調理出来る所があるし一石二鳥だね。」
「うわー本当にすごい楽しみ」
恥ずかしくて自分の横にある顔が見れない。
「魚捌けるんですか?」
「うん、捌く練習したけどいつもお店の方にお願いしちゃってるかなー」
「それ便利ですよねー」
「釣りはいつからやってるんですか?」
「いやあ、子供の頃親父に連れて行って貰ってそれっきりだったんだけどここに越してから半年かな」
「へえー今もお父さん釣りされているんですか?」
「いや、分からない。9歳の時親が離婚して母が引き取ったから」
「あ、そうなんですか...。今でもお父さんと連絡取ったりするんですか?」
「いや、しないねー」
ちょっと重たかったかな。まあいいや、離婚なんて今更僕にとっては瑣末な事だ。
「魚は...好きなの?」
「あ、はい。でも釣った事はなくて」
「まあそうだよね。俺も女性の釣り師見た事ないかも。」
「釣りのゲームはあるんですけど。64のゼルダの伝説でリンクが釣りするミニゲームがあって。釣れると振動するの」
「あ、あったあった、リンクは全般的にめちゃめちゃ難しいよね。あれ何で釣りするんだっけ?」
「ハートのかけらが貰えるんじゃないでしたっけ。あと珍しいどじょうがいる」
「ふふっよく覚えてるね」
「どうでも良い事は覚えてるんです」
空気が戻って良かった。
「ゲームは何やってたの?」
「スーファミで星のカービイとかマリオやったり、あとポケモン直撃世代だから151匹集めたり、64やプレステもやったかなー。でも最近はやってないです」
「俺もそれぐらいかなー。ドラクエとかも?」
「はい、6までやってました!でも今はすっごい時間食うからやれないんです」
「俺も。ゲームが上手い人の動画見てる」
「あはは、その方が楽しいですよね!自分だと上手くいかなくていらいらしちゃって」
「ゲームにはまったきっかけは?」
「..うーん、一緒に遊べる友達がいなくて。いたとしてもゲーム機やカセット壊されたり。」
「えー、それ友達じゃないよ」
「はい、だからポケモンも赤、緑買って同時進行で進めて通信ケーブル使って自分で151匹集めたんです!」
「ははは、すごいね」
「履歴書に書きたいぐらい、ポケモンマスターだって」
「あはは、俺もそうしたい」
バスが着いた。
僕達はネガティブな環境にいたかもしれないけど一人で何とかしてきた人種だ、ってこの時思った。友達なんか作らなくても一人で何とかしてきた。
5分ぐらい歩くと川が見えるレストランに着いた。
「まあ、先は長いので腹ごしらえしようか」
「はい」
テーブルに着いて予約していた川がばっちり見える席に移動した。
テラス席は暑いかもしれないと思って室内にした。
「うわあ、きれい!」
「良かった、喜んでくれて。」
心の底からそう思った。
「ここはピザ釜があって、焼きたてのピザが食べられるんだよ」
「ええー、そうなんですか」
ブルーの大瓶に入った水が2つのコップにとくとくと汲まれ、マルゲリータ、サラダ、彼女はデザートにパンナコッタを頼んだ。
「一食、一食をね」
「ん?」
「一食、一食を大事にしようって高知に来てから思うようになったんだ」
「ああー、何か分かるかも」
「それまで全然自炊した事がなかったんだけど、家の近くに直売所があってね、採れたての野菜で料理するようになって」
「へえー、すごいですね」
「いつもおばあちゃんがぼーっと座ってるの。ああ俺もこういう人生を送りたいなーって」
「いやそれはそう、本当そう」
彼女はうんうんとうなずいた。
「勿論高知は美味しいレストランが沢山あるんだけども自分で作ったごはんが一番美味しいかなって。
あ、そこまで上手じゃないんだけど、適当だし。焼きそばとたこ焼きと白米みたいな」
「あはは、関西人だ」
「...料理はするの?」
「ほぼ毎日自炊ですねー。でもスーパーのお惣菜とか。仕事帰りにもう作る気力なくて」
「ああ、そうだよね」
ほっとしてしまった。やっぱりごはん作れるの重要だよね。
「...結婚とか考えます?」
展開早くない?!!
え、どう返したら良いのだろう。
素直にすぐ「いやー全然。」と、答えてしまった。
マッチングサイトに登録しているのにそれはないだろうって自分で思ったけど「考えている」とは答えたくなかった。
だって、気持ち悪いし?!これで「うん、考える」とか言われたら彼女は引くんじゃないか。
「あーあたしも全然。一人で暮らせちゃうんですよねー」
良かったあああ!!!恐らくこの回答が正しい。
二人で顔を見合わせて笑った。
僕がガチじゃない事に彼女は安堵したようだ。
僕も彼女がガチじゃない事に対して安堵した。
昼食を食べ終わるとボートに乗った。
「船の進行方向と逆に、後ろ向きで座るんだよー」
「はーい」
「南さんは、漕がなくて良いよ」
「えーやりたいですー」
「じゃあ、いっちにーいっちにーのタイミングで漕ごう」
「漕ぎ方がわからなーい」
「オールを握ってひじをグッと前に出すとオールの先端の水をかく部分が船の先端の方に行くからそのまま腕を上げるとオールの先端が水に入って、
それから力を込めて腕を自分の胸の前に向けて引っ張るとオールの先端が水をかくからボートは前に進む。」
「えーもっとわかんなくなった」
「いっちにー、いっちにーって感じで」動作を見せる。
「はい、了解です!」
ゆらーとボートが動く。
「疲れたら言ってねー」
「え、ぶつかりそうな時はどうするんですか?」
「逆走するときは、今の動作を逆にすると反対方向に進むよ」
「あ、そっか」
すいすいすい、と進む。日差しがまぶしいが、帽子があれば大丈夫。オールから若干水がはねる。
「あ、大丈夫?」
「うふふふふ、大丈夫です!楽しい!」
「いっちにー、いっちにーっ」
タイミングを合わせる。いいな、これ。初めての夫婦(じゃないけど)の共同作業みたいで。
5分ぐらい漕ぐと大分進んだが彼女はうっすら汗をかいている。
「大丈夫?無理しなくて良いよ」
「いや、楽しくて!!いっちにー、いっちにーっ」
彼女は満面の笑顔だった。
小学校の運動会ぶりだ、大玉転がしを皆で転がしたり。玉入れを一所懸命ジャンプして入れたり。何かそんな感覚だ。随分前に僕等はこの感覚をどこかに置いてきたのではないか。
わかっているわよ 出会いの瞬間に
汗が滲んだ Babyface
抑えられない鼓動 ヤセ我慢で隠す
スピード違反の Driving
午前中ずっと聴いていた戸松遥の「motto☆派手にね!」のこのフレーズが脳内で駆け巡る。
「そろそろ沖に戻ろうか、帰りは僕だけで良いよ」
「...ふう、じゃあお言葉に甘えて」
「景色を楽しむと良いよ。」
でも一人だと全然進まない。
「あははっ、手伝いますよ」ぎゅっとオールを掴まれた。
一つのオールで二人で力を込めて漕ぐほうが進んだ。
「協力プレイですね」
「そうだね」
恥ずかしくて目が見れない。
「さっきから全然私の顔見てない」
ぎくっとした
「いやあ、恥ずかしいよ、こんな可愛い子近くにいた事がないし、さ」
もう何言ってるのか自分でも分からない。キザすぎる。でも本心だ。
「でも分かります。私も人と目線合わせるの苦手なんで」と言いながら視線を斜めにずらした。
ああ、何を言うのが正解だったんだろう。
「あ、全然気にしないで下さい。」
「あ、ごめんね。俺の顔なんて見なくて良いよ。ブサ面が目立つし」自己嫌悪してきた。
「そんな事ないですよー。孝宏さん、コンタクトしてるんですか?」
「あ、うん。」
「私もコンタクトしててー、絶対ゲームのし過ぎ」
「あ、俺も。視力超絶悪い。」
「いつからコンタクトですか?」
「大学1年からかな...」
「大学デビューだ」
「うん、モテたいと思って。でも結局大学も男子ばっかの電子工学科で意味なかった」
あっ、僕が女性経験なしなのバレてしまうかな。
「私も大学まで女子の世界にいたので仲間ですね」
「合コンとかなかったの?」人生で初めて人に聞く質問だ。
「あー...1回だけ言ったんですけどもう、ダメでしたね。空気が。」
「俺行った事ないからやっぱり行くだけ偉いよ」
「あはは、別に行くような所じゃないですよ」
木々がきらきらと光り、水面が僕等を映している。
「気持ち良いですねー!」
「本当、そうだね」
この静謐な空気は何度行っても素晴らしいし、このみみっちいプライドとか溶かしてくれそうだった。
漕ぎ終わり、ようやく釣りに入った。ニジマスの釣れるポイントを事前に入念に探し、2日前に会社前に朝5時からスタンバイして1匹釣れたから多分大丈夫。
座席を用意し、クーラーボックスで予め冷やしていた緑茶とタオルを差し上げた。
「ありがとうございますー。本当準備万端!」
「日焼け止めもあるからね」
「ええー、すごーい。A型でしたっけ?」
「いやB型。こういう好きな事に限ってはとことんやる。それ以外の事は何もしないけど」
「あはは、私もそうです」
よく笑う子だ。
ロッドにスピニングリールを付け、釣り竿に糸を結ぶ
「この結び方をチチワって言います」
「へえー、チチワ」
「この丸いのがウキ。エサはいくらがバカ釣れ」
「へえー、流石ニジマス」
「今日は初心者向きと言われるウキ釣り仕掛けをやります」
「はーい」
「ハリス(釣り針と道糸を結ぶ釣り糸)と道糸を接続し、ハリスは道糸より細いものを選ぶのがポイント」
「ええーかっこいいーどんどん竿の装備が重厚になってる」
「釣り方はニジマスが上流に向けてエサが流れてくるのを待つ。ニジマスは流れてくるエサが集中しやすくて出来れば自分の身を隠せる場所を好むのね。
だからあの辺の岩の裏側とか、上流からの水が流れてくる所が釣れやすい」
「ほーなるほど」
「で、ウキからエサまでの長さを最初に60cmくらいにして、20-40cmを目安に上下する。最初ウキが小刻みに揺れてエサをつついてくるからウキがすっと水中に沈む。ニジマスがエサをしっかり咥えた瞬間、竿を立てます。感覚的には時計の10時から1時を目指して。で、ニジマスゲットです」
「うわーむずかしそー」
「いやニジマス釣りは初心者向きだから大丈夫だよ」
竿を垂らす。
神様、俺の釣りはどうでも良いので彼女に1時間で6匹位恵んでやってください、と天に祈った。
まあ、3時間経って何も起こらなければ、涼しい喫茶店に行ってひたすら謝ろう。
30分後
「あ、何か動いてる!」
「えっマジ?!巻いて巻いて!」
「はい!」
彼女に近寄り、網を持った。
「うー重いー」
「パス!」と彼女の竿を持ってぎりぎりぎりと上げた。
「きゃー凄い!水面に何かいますよ!!」
ざばっと魚が宙を舞った。
「うわー、すごいすごいすごい!」
僕はすぐさま網を抱え、魚を網に入れた。
「きゃー、すごーい!」
「...ニジマスじゃない。」
「え、ニジマスじゃないの?!」
「ハモですね」
「えー、でも結構大きいんじゃない?」
「うん、30cmはあるねー」
「すごーい!すごーい!」
僕は冷静だったが彼女はめっちゃ興奮していた。
「これ毎回出来るんだーすごいなー!」
「はは、魚を釣って自給自足で暮らしていけるかもね」
「そうですねー!」
「早速氷絞めしますね」
氷を入れたクーラーボックスに水を入れハモを入れる。
「これで鮮度を保てます」
「へえー、すごーい」」
1時間経って15時半になり、彼女が「川に入ってみたい」という要望を出した。
「気をつけて」と声をかけると、
彼女は靴を脱いでクロックスに履き替えて、さらさらと流れる川に足を突っ込み、
「わ、結構冷たい!」と言うと、じゃぶじゃぶと奥のほうに進んだ。
「あー気持ちいいなー。最初からクロックスでも良かったかも!孝宏さんもどうですか?」と声をかけると、
僕も靴下を脱いでビーサンに履き替え、じゃぶじゃぶと奥のほうに進んでいった。
冷たい。でも彼女がにこにことしている。
彼女が突然バシャっと水を僕にかけた。
「うわっ」
履き古しの ズボン脱いで 飛び込んで来たら?
途端に僕は彼女の手を握り締めたくなったが、やめて代わりに彼女に向けて少しだけ水をかけた。
「あはは、優しい。ごめんなさい、濡れましたか?」
「いいよ、どうせ家近いし」
彼女は少し上を見上げてゆらゆらと揺れる水面を見つめながらこう言った。
「結婚とか育児とか、」
「25から30歳って最もセンシティブな年齢じゃないですか」
回答しづらい。彼女はいつも急に深刻な話題をする。
「どうでも良いんですよね。でも結婚や育児が女性である為の免罪符みたいになっている。それをすればクリアって。」
「でも本当は違うと思うんです、女性にとってマストじゃない。」
「そうだね、それは男性にとってもそうだよ」
それしか言えなかった。
「悔しいんです。する気がないのに「結婚しないの?」って言われる。私は、ただただ穏やかに過ごせれば良いのに。自分に関係の無い他人が詮索してくる。」
「そんな奴の言うこと、気にしなくても良いし、気にしないしか出来ない。」
僕は続けて、「だって僕らは赤の他人のスキャンダル、好き好んで見てしまう。でもそれはその人に興味があるのではなくて暇つぶし。若しくは、自分に関係のない人生に投影して現実から目を逸らしたいんだよ」
かつての自分に言う言葉だった。
「だから、そんな奴の言うこと、気にしなくても良い。」
彼女の眼を真っ直ぐに見て言った。
そうすると、「やっと私の顔見るようになりましたね」と彼女は笑って答えた。
空には入道雲が広がっていた。
2時間経って16時半になって少し周りの空気が冷たくなってきたので終わりにした。
「五目釣りにしなくて良かったかな」と心配していたがなかなかの釣果だ。
その後ニジマス2匹を含めて3匹連れ、クーラーボックスに入れてレストランに持って行った。
ニジマスは塩焼きにして、ハモは湯引きして梅肉を添えて貰った。
身がぷりぷりして美味しかった、というありきたりな事しか言えないけど、それよりも、
やはり1人より2人で食べた方が良い。だって目の前にとても美味しそうに食べる子がいる。
しかも、自分達の釣った魚で。僕もそんな風に美味しそうに食べてるのかな。
僕は釣果、という言葉が好きだ。釣果という言葉は釣れた魚の量を指すのだが、本当の釣果というのはこういう事だと思う。
食べ終わり、会計を済ませようと思った時彼女は口を開いた。
「今日はありがとうございます。」
「いえいえ、暑くなかった?ずっと川にいたから」
「いえいえ、本当に楽しかったです」
「....あの、」
ぎくっとした。これが最後か。
「...何?」
「おうち近いんですよね?」
ええええええええ
「まあ歩いてだと10-15分位かな」動揺を隠したまましらっと答える。
「行っても良いですか?」
僕はあまりの事に茫然とした。僕はそこまでの釣果をこの場で求めてはいなかった。
だって 手も握れないクセに強がって「ついてこい」
なんて背伸びだらけの 貴方が好き
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