帰りたくない

断る理由はなかった。が、部屋はあれでよいのか。一応毎日気になった部分はコロコロしてるけれども。


えーまさかのー積極的ー

えええええ、僕の部屋何もないよー


「えー、いいけれど何もしてないし、気合入れて掃除してないし...」

はああああああああ、無理、もうMPないよ。2匹目のニジマス連れた時点でもうないよ。


「...また、今度にしない?」

「分かりました!我儘言ってごめんなさい!」


いいよおおおお、その我儘大歓迎なんだけどいかんせんDTはMPが少ないからさあああ


「...ごめんね」


そのまま彼女を送って行った。

すぐ「今日はありがとう、またどっか行こうね」LINEを速攻送った。

「こちらこそありがとうございますー」というLINEがすぐ返って来て心底ほっとした。

後悔が50%、いや2回目のデートで家上げるのどーよが50%。

ああ、知らん!もう何も知らん。ていうかどうしてあんなに積極的?

...やっぱり、僕騙されているのか。そりゃそうだよ、そうじゃなかったらあんな可愛い子毎日あんなにメッセしないよなーLINE交換しないよなー


...ぐちぐち考えていたら彼女からLINEが来た。


「今日、突然お家にお邪魔しようなんて言って困惑してすみません。

深い意味はないんです。近いと伺っていたので...。」

「いえいえいえ、掃除してないし、あともっと言うと家TVないからさー。TVぐらい買おうと思った」

「すみません、何かとっても楽しかったので。あーこれがずっと続ければよいなあ、って思って、帰りたくなかったんです。」


うわああああああ。帰りたくないいいいい

あれですか、NANAの「わざとだよ?」以来の胸キュンフレーズですか。「今日、会社休みます」ですか(土曜だけど)。

僕は思い立った。

「僕は今からTVとBlu-rayレコーダーを買いに行きます」

「えっ?」


僕はチャリで家電量販店まで突っ走った。

小型のTVとBlu-rayレコーダーも買った。アンテナ工事もすぐ申し込んだ。

「...買ったよ!」と写メを送った。

多分こういう事ではないのはよく分かっているが、体が動かざるを得ないのだ。


「うわーすごーい。」

「これでアニメ観よう」

「ありがとうございますー。うれしー」


翌週の土曜日、僕は人生で一番部屋の掃除に時間を使い、彼女と駅前で待ち合わせし、

TSUTAYAに寄り、アニメを2本借りた。スーパーにも寄って食材を買った。

今日は午前中公園でバーベキューをする事にしており、既にコンロが付いたテントを予約している。

終わったら僕の家でアニメを観る事にしている。

緑のテントからは川が一望出来、子供連れもいてすごく穏やかな雰囲気だ。

そこから僕達は肉や野菜やおにぎりを焼いたりした。缶チューハイがめちゃめちゃ美味しかった。彼女も終始きゃっきゃきゃっきゃしていた。


それからコンビニでお菓子や飲み物を購入して僕の家に彼女は来た。

「お邪魔しまーす。あっきれいーおしゃれー」

この日の為に僕はダイニングテーブルに赤いチェックのテーブルクロスをフランフランなる所で買ったし、パステルカラーのゴミ箱に新調し、300円均一ストアでお洒落な調味料入れを購入した。マリーゴールドを花瓶に挿すという全くやった事がない事をしたし、smartのモテる部屋特集を熟読した。

あとちなみにユナイテッドアローズでマネキン服をもう1セット購入した。人に見せられる服のセットが計2種類しかないからだ。

「どうぞどうぞ」


あともう一つ、ティーセットを購入した。

「アールグレイか緑茶、あるけどどっちが良い?」

「ええ、すごーい!アールグレイで」

「温かいのと冷たいのどっちが良い?」

「あ、冷たいので...」

「良かったらりんごジュースを使ってりんごとアールグレイのセパレートティーなるものも出来るよ」

「えええええ、何ですかそれ!美味しそう!」

「じゃあ、ちょっと待ってね」

やりすぎかもしれないが、これ位しかおもてなしが思いつかなかった。


ルピシアのアールグレイ茶葉2.5gを熱湯75mlで3分蒸らし、冷蔵庫から予め冷やしておいたりんごジュースを入れたガラスジャグを取り出し、グラスにりんごジュース(白濁タイプ)を入れてから氷をグラスいっぱいに入れる。静かに熱湯を注ぐ。


「うわあー、セパレートしてるー」

上に白いりんごジュース、下にアールグレイと分離するのだ。

「ははは、でしょ?はい、どうぞ」とピンクと青のコースターにセパレートティーの入った2つのグラスを置いた。

「頂きます...」と彼女は飲むと、

「うわー、おいしー」

「良かった」

「私より女子力高いですね?もしや女子?」

「...いや、普段絶対やらないからこんな事。いつも麦茶だし。いや他になにも出来る事がないから...」


「孝宏さんって」


「あまり男子として見られなかったタイプでしょ?」

彼女はにやにやした。

「ああ、そうだね。結構こういう細やかな事が好きだよ」

「初恋はいつなんですか?」

えー、初めて女性に聞かれたかも

「うーん、小6?」

「どんな人だったんですか?」

「まあ、典型的な、クラスの、マドンナ的な...」

「あ、私中1の時塾で同じ学年で一番格好良い男の子が好きでー」

「お互い結構面食いだったんだ」と苦笑した。

「...でも、結局何の接点も無く、告白もせず、幕を閉じたよ、で、僕は私立の中高一貫の男子校に行ってそれから何もなかった。」

「...そうかあ。あたし中3までその人が好きで、中3のバレンタインデーの時にその人に告白したんです。でも撃沈して。あ、私県で一番の進学校目指していたって話したじゃないですか。半分、その人目当てだったんですよね。」

もう彼女のグラスは空になった。

「お代わりいる?」

「あ、ありがとうございまーす」


 僕はキッチンに戻ってもう一度りんごとアールグレイのセパレートティーを作った。

その間に、彼女は話を続けた。「とても仲が良くて、彼は県の中でもトップ30に入る成績を誇っていて、でもあたしがそこまで辿り着けなくて。いつも模試の成績優秀者の中に彼がいて、嬉しいと同時に溜息が出た。」

「結局私は挑戦すら、しなかった。箱庭の中で甘える事を選んだ。...いつも思う、あの時挑戦して、進学校に受かっていたら?でも結局振られたから一緒に進学しても気まずいし、良かったかもしれない」


「...そうかもね。でも今があるからいいじゃん」

何か、すごい無責任な発言だとは思ったけど本心だ。


「今があるから良いよ、少なくても僕はそう思っている」とグラスを彼女に渡した。

「...そうですね、こんなに美味しいセパレートティーが飲めるんだから!」と笑った。

それを見て僕は本当に良かった、と思った。


「孝宏さんは人生で何を一番プライオリティーを置いていますか?」


ほう、面接みたいだな。それ。


「うーん、穏やかな人生を過ごす事、自分のやりたい事をなるべくする事、かな。南さんは?」

「うーん、あたしもそんなもんかな...。」

「高知に来る前ね、」

「はい」

「人生って仕事に殆ど制限されて人の言う事聞いて人生を全うすると思っていたんだ。

でも、こっちには美味しいごはんもあるし、自分で調理したり、自然があるから釣りに行ったりと色んな事が出来るようになった。

ああ、これは自分で人生を制限してただけなんだなって」

うんうん、と彼女がうなずく。

「別の県とか、海外に行ってみたいと思うようになったよ。どこにだってWifiあるし大丈夫」

「ああ、そうですね。それ大事!」

「僕らの人生を制限していたものって世間体だよなって。『大卒なら就職して当たり前』、『就職出来なかったら終わり』。先の事を考えて常に情報収集して、一歩手を打たなくてはいけない。でも、そんなもんじゃないなって。釣りしたいとか、今何かをしたいって事が重要なんだなって」


「だから」


「この前家に来たいと言ってくれてすごく嬉しかったよ」


僕は真っ直ぐ彼女の眼を見てこう言った。彼女に会って以来、自分の一挙手一投足がどうかしているのは分かっている。

でももう元の自分には戻りたくない。


彼女は恥ずかしげに顔を伏せて「良かった」と小声で言った。


「僕はあの時みたいに、好きだと言えないまま離れるのは嫌だ」


「南さん、僕はあなたの事が好きだ。」


間が空いた。


でも、彼女はすぐ僕の眼を見てこう言った。

「私も、そうです」と満面の笑顔で。

僕は泣きそうだった。あまりにも嬉しくて、どうしたら良いか分からなかったが、とりあえず、

「一緒に人生を楽しもう。」と言った。


彼女は「はい!」と明るい声で答えた。


僕はすぐ彼女の手を握り頭を下げて「不束者ですが、よろしくお願いいたします!」


彼女はぷっと笑い、「はい、こちらこそ!」と応えてくれた。


今日は人生最良の日だ。


その後アニメを2本観た。「しろくまカフェ」で、常勤パンダさんいなくなってそれまで怠け者だったパンダ君が一所懸命頑張っていて、疲れて雨の中寝てしまい、野次る客に対してペンギンさんが必死に庇う所を観て不覚にも泣いてしまった。「おそ松さん」の十四松の恋の話は何か自分達に状況が被っているみたいな気がしてしまい彼女も号泣していた。僕はこんなに自分が感受性が豊かなのを初めて知った。


気持ち悪いのは重々承知だが、女性用のパジャマを用意していたのでその日は一緒に手を繋いで寝た。

避妊具的なものは一応用意していたが、そんな感じではないなと思い、僕はただ単に隣に一緒に寝てくれる人がいる喜びを噛み締めて眠りについた。


それから3年半、僕は彼女と付き合う事になる。

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