それから

「すごいお腹ぎゅーぎゅーする」


詩織は赤の梅模様の振袖を着てちょっと苦笑していた。

ヒール草履を履いてぐらぐらして歩きにくそうだ。

「大丈夫?」

「大丈夫、普段ぺったこのパンプスしか履いてばっかりだと駄目ねー」


本当に、今日まであっという間だった。


詩織は母親似で勉強が得意で、というか僕達以上のポテンシャルの持ち主で、お茶ノ水女子大学の文教育学部言語文化学科英語圏言語文化コースに入学し、学費を免除し続け、更に3年からオーストラリアに留学が1年交換留学が決まり、更に海外留学特別奨学金を取得していて超親孝行娘だ。

小さい頃から英語が好きで、高校の時はスピーチコンテストに出て「家族の大切さ」について語った彼女のスピーチは最優秀賞を獲得した。

僕は英語がさっぱり分からなかったが、スピーチ中ずっと泣いていた。

でも僕は彼女が何かにチャレンジする度、「いいかい詩織、人が何かに挑戦するだけで100点なんだよ。成功したらおまけ5点なんだ」と言い続けた。彼女は決まって、「うん、わかった。ありがとう」といつも言ってくれる。


朝、いつも詩織はリンを鳴らし、南のお仏壇に手を合わせ、お仏壇のごはんを変える。

僕はいつもその音で目を覚まし、母と詩織と一緒に朝ごはんを食べる。


南が助けた高齢の男性は4年前に公園で倒れていて、病院に運ばれ脳溢血で亡くなったと聞いた。


着付けが終わり、詩織が成人式に向かう時、

「詩織」

「なあに?」

大人になればなる程顔つきが南に似ていく。


「成人、おめでとう」

「…ありがとう。お父さんも今迄本当にありがとう。これからもよろしくお願いします。」しかも口調も似てきた。

「こちらこそ。」


詩織がオーストラリアに留学する2日前、彼女はスーツケースに何を積もうか、あーだこーだ悩んでいた。

「あ、お父さん。やっぱりお母さんの写真持って行きたいからとっておきの下さい」

「良いよ、押し入れ探してみる」

「ごめんなさーい、はあ、海外でキャッシュカード使えるかな。」

詩織はため息をつくと、バタバタと自分の部屋に戻った。


僕は押し入れからアルバムを探した。

僕は彼女との写真は全部現像し、1枚1枚アルバムに貼った。アナログかと思われるかもしれないが、もう撮れなかったから。


そうするとポロッと何かが落ちた。


透明のクリアファイルに入った僕の南への手紙のコピーだ。

ああ、僕は彼女へのその時への思いを現存したくてコピーを取っていたんだ。


…今なら、振り返れる。


「南へ」

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