ゲイである事をカミングアウトするという事

 俺は会社に入って13年、ゲイである事をカミングアウトした事がない。


 『性同一性障害の社員が来客用トイレ等の使用を希望したのに対し、全従業員に1日に3回全従業員に朝礼でカミングアウトするよう強要したとして会社に提訴した。』

 『社員は戸籍上は男性だが、性別の自己認識は女性の40代。社内での公表や女性としての処遇は望まず、男性と一緒に着替える苦痛が増していたため更衣室だけは別室を希望。社内で同障害を知られたくないとして、他人の目に触れる名簿などの記載は従来の男性名を要望していた。』

 『工場側は役員用更衣室や来客用トイレの使用などを認める条件として全従業員への説明を求め初めには名簿などの名前をすべて女性名に変更。周囲の知るところとなりその結果、社員は1日3回にわけて全従業員に朝礼で「私は性同一性障害です。治療のためご迷惑がかかります」と説明することを余儀なくされ、精神的苦痛からうつ病などを発症。約2週間休職し、復職後は窓や空調のない部屋で一人で作業するよう命じられ、会社員は「追い出し部屋で事実上の退職勧奨だ」と訴えている。』


 俺の会社は外国人が沢山いるので、この前トランスセクシュアルの男性の同僚が女性用トイレに行っていたら女性社員からクレームが来た。人事は「障害者用トイレ」に行くように勧めた。しかし彼は「俺は障害者なのか」と激怒していた。


 俺は俺を理解して貰いたいとも思わない。でも別に「理解して貰えない」と嘆く人の気持ちを否定しない。


 俺は新卒でエンジニアとして外資系企業に入って13年。最初から外資系企業にしたのも日系企業よりトランスジェンダーに寛容で給与も良いからだ。やめる理由はない。「外資系企業は日系企業よりシビアな環境だ」と言う人もいるがここはそうじゃない。仕事が終わったら定時で帰っても良いし、年末には4時間もぶっ続けでパーティーをするし、コミットした仕事をこなせればそれで良い。俺は12歳までシアトルにいたので英語は困らないし周りの人間も優秀で器量の良い奴ばかりだ。


 3日に1回は母親から電話が来る。今日も帰り際に電話が出た。出たくないが、1週間に1回は出るように自分で決めている。そうしないと大量の着信履歴が残るからだ。ああ、もう国で子育てが終わった専業主婦は全員働きに出るように法律を決めて欲しい。

「…もしもし」

「あ、洋和さん」

「さくらんぼ届いた?」

「ああ、届いたよどうもありがとう」

「ちょっと酸っぱかったかしら」

「ああ、いくつか食べてあとはジャムにしようかなと(俺がやる訳じゃないけど)」

「…こういう気の利いたところやっぱり女の子みたいね」

…。息子=ゲイという方程式しかあてはまらなくなると、人の趣向まで全て「like a gay」になるのか。ゲイだけが人のアイデンティティじゃない。


「洋和さん、私ね。『性同一障害の子を持つ親の会』に入ってね…。」

俺はもう10回以上、「自分を障害だと思った事がない」という事を母親には伝えた。でも何も伝わっていない。

「…ゲイである事は恥ずかしい事じゃないのよ?職場の人には伝えたの?」

めんどくさい、既に20回以上は行われているやり取りだがスイッチが入ってしまった。

「…母さん、性同一性障害の社員が全従業員に1日3回全従業員に朝礼でカミングアウトするよう強要されて会社を提訴したニュース知ってる?」

「まあ!そんな事されたの?!」

「…違うよ、ニュースの話だよ。俺は今後職場でカミングアウトするつもりは一切ない。」

「…。洋和さん、私は洋和さんがゲイであっても洋和さんを息子として受け入れているわよ!」

「…。受け入れなくても受け入れてもどっちでも構わないよ、俺は。じゃ」

プッと電話を切った。わずか1分の会話だった。


 親が子供を理解する訳ではない。俺にとって両親は足の裏についた米粒のようなものだ。いても何も得にならないし、取らないと気持ちが悪い。とっとと身動きが出来なくなって、老人ホームにいつ押し付けようか考えている。人非人のようだが、まあ、どこの家庭も全て上手くいくとは限らない。


「ただいまー」

「お帰りなさーい!」ローラアシュレイの赤の花柄のエプロンを来た祐一はダイニングテーブルにフォーク、ナイフを並べていた。

 祐一とは同居して3年超になる。付き合い始めたのは5年前。同い年だが現在は休職中で専業主夫だ。あと祐一には交際5年超の彼氏がいる。俺は別にゲイの専業主夫がいても構わないと思っているし、実際家事をやってくれて助かっているし、ゲイの貞操観念なんて人それぞれだ。まあ俺は一途って訳じゃなくてめんどくさいから浮気をしないだけで、好きな人が多い程人生は楽しいんだろう、とは思う。まあ、現に俺が仕事で忙しい時は祐一は恋人のジュン君に相談しているし、俺の足りない所を補ってくれて助かっているとすら思っている。

 ちなみにジュン君は俺に後ろめたいのか、定期的に俺宛に俺の好きなスイーツとかお菓子を送ってくる。それに対して「俺は要らないって言ってるって伝えて」と祐一に伝えたが、

祐一は「でもジュン君が感謝の気持ちをカズさんに伝えたいんだって」と言ってきて、俺はいつもどう返したら良いのか分からないが、有難く頂く事にしている。

 

 更にちなみにだが、祐一はゲイである事が会社にばれて最終的には誰もいない部屋に閉じ込められて作業をやらされて、一回心を壊して今も神経外科に通院している。

 でも祐一の実家は超金持ちなので定期的に莫大なお金が振り込まれるらしく、ちゃんと家賃や光熱費は折半だ。ゲイである事で、社会と折り合いが付けられなかった奴にはこうやって神が良い塩梅に供給するという事だ。祐一は別に金を湯水のように使わないし、『ディズニーランドで結婚式をする』為にコツコツと貯金している。

 今は家事をきっちりとやってくれて、フローリングが毎日ぴっかぴかで1週間に1度枕カバーやシーツを洗濯してくれるし襟の汚れは業務用の襟の汚れを落とす洗剤で落としてくれる。俺は家事を全くやらず前は家にいただけでくしゃみが止まらなかったが、毎日ピカピカの2LDKに住めて最高だ。十分、「働いて」いる。


あ、そうなると俺のお袋にも存在意義はあるのかな。結局、親と同じような形態だし。


「今日はテキトー料理。ごめんね、カズさん」

「いいよ、でも美味しそうだね。着替えてくるから」

部屋着に着替えると、ローリエ、ローズマリーに囲まれたパリパリのチキン。祐一がグリル鍋の蓋を開けると、ふわっと湯気とチーズの匂いがした。

「うわー、うまそう…。これ何?」

「いや超適当。ミルク粥と鶏のコンフィ。あとは青じそドレッシングのわかめと大根のサラダ。グリル鍋にご飯を入れて、牛乳をかけ、コンソメを入れ、塩コショウ、パセリ、チーズ、バジルをかける。終了。こっちは深さのあるフライパンにジャガイモ、鶏モモ肉、ローリエ、ローズマリー、塩コショウを入れて鍋に材用全部かぶるくらいのオリーブオイルをかけて火が通ったら別の鍋に移し焼き色を付けるの。」

「はあー。ローズマリーなんて洒落たものを使う発想、俺にはないわ」

「煮込んでいる間に掃除機かけてね、でんぱ組.incのコンサート映像を観てたの。「キラキラチューン」、エンドレスリピートしてしまう位超好き!」


「魔法が チョコレィトみたく」「あーりさちゃーん」「 とけてしまぅ 真夜中」「あーりさちゃーん」「食べたぃな.. でも 食べたら 後悔しそぅ.. 」「りさりさりさりさりさちゃーん」

「正しい人生のために」「あーねむきゅーん」「自分にうそをついて」「あーねむきゅーん」

「はみだした かけらを かじってみた」「ねむねむねむねむねむきゅーん」


「あはははは!会社ではそんなキャラ億尾にも出さないくせに」

「当たり前だ」

 祐一は勿論、りさちーとねむきゅんのレシピブックは(初回限定盤のエプロンとエコバック付き、一緒に料理するイベントは抽選が外れた)購入してレシピを全て俺に披露した。どれも美味しかったし、祐一もオムライスのケチャップで猫を描いたり楽しそうだった。

 丁度その時祐一が退職して神経内科に通う頃だったが、料理に集中すると鬱々とした気持がなくなるようで、それで今のように明るくなったから俺にとっては料理には感謝している。


「いただきまーす」

「んんっ鶏うまいなあ。パリパリしてジューシー。鍋差し替えるなんて手が込んでるなー。俺絶対そのままにするもん」

「えー全然。ほっとくだけだし」

「…今日はお母さんから電話ないんだね。いつもこの時間にかかってくるけど」

「ああ、俺が家に帰る前に電話しといてってお願いしてたんだ。俺が家にいる間に気が障る事をされたくないから」

「もうー。嫌味言われる訳でもないし大事にしなよー」

「嫌だね、勝手に俺の家に来てお前の顔を見たら卒倒する奴なんて」

「お母さん、心配してるだけだからー」

 こいつはボンボンの、幸せな一家に生まれたからいつも桐箱に入ったそうめんやらカニやら送られてきて、定期的に世田谷の実家に帰っている(ここから20分位の距離)。実家はゲイである事は認めており、会社の跡継ぎは長男と次男が継いでるから末っ子の祐一は特に何も心配する事はなく悠々自適な生活を送っている。


「…ねえ、カズさん。」

「何?」

「どうやってお母さんにゲイとばれたの?」

「…薄い本。高校の時母親が掃除したら薄い本が見つかってしばらく3日間寝込んでその後精神科に行ったよ」

「そうなんだー。俺『そうか、祐一は小さい頃からお人形遊びとか好きだったもんねえ』としか言われなかったけど。」

「いいよなー、その後母親が高校の先生に相談しやがって。あの時の先生の視線を覚えてるよ。特異な目で『祐一君、何も悪い事はしてないよ、君は少し人と違うんだ』って言われて。俺は少しも自分が他人と違うだなんて思った事ないのに」

「うんうん」

ミルク粥を口に運んだ。「あ、ミルク粥。牛乳の感じが意外としなくてちょっと甘いチーズリゾットみたいで美味しい」

「良かったー!」

そうしている間に小皿に祐一は俺の分のサラダを取り分けて、俺に渡す。

「ありがとう」

「ねえ、カズさん。でんぱ組.inc全国ツアー始まるんだって東京だとZeppかNHKホールだよ。先行予約と一般頑張るから行かない?」

「おお、行こう行こう。」


 二人とも同じくでんぱ組.incのファンで馴れ初めはファンのオフ会だった。

で、明らかにゲイだと分かったから声をかけたのが始まり。二丁目とか所謂、という場所は避けていたから共通の趣味がなかったらゲイと仲良くなるのは難しい。あとは出会い系サイトで探すとかしかないかな。これが苦労した。

 俺は女子には凄くモテた。180cmで顔がまあ、自分で言うのもなんだけどしゅっとしていて。ただ、男性には全く。「短髪でガッチリ」のいかにも系じゃない俺は生涯に1,2回参加したゲイの飲み会で皆ちょっとがっかりした目で見てくるのがじんじんと伝わった。

 世知辛い。俺はヘテロとしても、ゲイとしても浮いてるなんて。ヘテロのふりして女性と結婚するゲイも多くはないし、俺もそうしようかなと絶望していて、そんな絶望を取り払ってくれたのがでんぱ組.incだった。

 それでコンサートにも行った後、でんぱ組.incの出発点であったディアステでのファンの「コンサートおつかれ会」で、初対面で「かっこいーですねー、スポーツとかされてるんですか?」と言葉をかけられた時にすぐに祐一がゲイと分かった。まあ、自分の容姿を同性にあまり褒められた事がなかったので単純に嬉しかったは嬉しかったが。

 まあ、今迄付き合ったタイプとは違うんだけどこいつは気が優しくて、誰も傷つけないというのが分かったから今に至る、という訳だ。


 土日は特に何もするまでもなく、家の近辺を探索する。若しくは祐一が恋人とデートする。自由が丘は店の入れ替わりが激しく、もうすぐ潰れそうな店について2人で噂したりしたり、既に別の店になったら「ここ、元々何だっけ?」と記憶を辿り寄せる。


 米粉パン・スイーツ屋に行きたいって祐一が言ったら付き合うし、祐一は米粉パンケーキを写真に撮って自分の料理ブログにアップする。ゲイ及び料理好きの間で結構有名なブロガーらしい。自分で料理する他、小さい頃から高級店に連れて行って貰ったから味には敏感だ。週1は必ず俺とピーターラビットカフェや古桑庵等のカフェに行ってお茶をする。


 自由が丘はメンズの洋服店が殆どない為、カフェや雑貨店しか巡れないが月1にはビレバンに必ず入って何も買わずに出ていくというのは彼なりの儀式だと思っているので俺も付き合う。今日は女性誌「LARME」を立ち読みしていたが、「それお前にとって一生役に立たない本だぞ」と思っていたがもう突っ込まない。しょうがない。だって、中身は女の子なんだし。

ビレバンを出ると周りのカップルを見渡して「ねえ、カズさん」

「ん?」

「やっぱり男女カップルは良いよねえ、だって女性が日傘を用意したら男性が持って相合傘になってくれるもん」

「ん?いいよ、日傘持ってるし」

「いいよー、でもここらへんにいる男性って白いパンツに高そうなビーサンで手持ちバックのオジサマが多いよねー」

「なあー、しかもそういう奴って必ず結構年の離れた若い奥さんなんだよなー」


 そういうしょーもない話をしながらスーパーあをばへのエスカレーターを下り、祐一の晩御飯の買い物に付き合う。最初は一緒にスーパー行くのも抵抗があったが、2年も経てばどうでも良くなった。

「本当、自由が丘って意外とスーパーとかクリーニング屋とか徒歩圏内に揃っていて新しい店もどんどん建つし便利だよねー」

「ああ、最初は近くにコンビニしかないよう僻地で家賃安い所に住んでたけど、徒歩圏内に何でもある地域に住む方がLiving costが安くなるというのが俺の結論です」

「うんうん、そうだよねーでも荻窪から遠くない?」

「まあ、1時間かかるけど丸の内線帰りは座れるし」

「ああ、そうか、終点だもんねー」

と言って、祐一はカゴにローリエを入れた。


 俺はゲイ友達とかコミュニティを作るのが全くもって嫌だったが、祐一のせいでたまに二丁目でゲイ友のトモキさんとタカシさんに会う事になる。2人は俺達より一回り年上だ。あとトモキさんには彼氏が3人いるが、皆仲が良いらしい。

 今日は二丁目のレストランで4人で飲む事になっている。

「カズ君ノンケにしか見えないよねえ」とタカシさん。

「しかも女性のアイドル好きだから周りにばれにくいもんねえ」とトモキさん。確かに。今まで生きていて勘ぐられた事は一度もない。


たまたま色々な事が溜まっていたのか俺にしては饒舌だった。

「何か、ゲイってだけで特別視しちゃいけないとか、人と違って皆良い、みたいな事を何で言われなきゃいけないんだよな。」

「ああ、特に僕らの世代はカズさんより上だからもっと理解がないよ。」とトモキさん。

「ユウちゃんは良いよー、そんなゲイに寛容な親なんていないよー」とタカシさん。

「そうだよー。しかもあいつらゲイは皆マツコデラックスのように喋りが上手いと思いやがって。あともうちょっと古い世代はゲイは皆黄色い髪にしたがっていると思ってて」

「それは、ウソでしょう。タカシさん!」と祐一が笑う。

「ねえ、そういえばあのゲイの会社員が無理矢理カミングアウトしたってニュース見た?あんなのされるとマジ最悪だよね~。日本の会社、終わってるわ」


あ、と思った。


 タカシさんとトモキさんにはどうして祐一が休職しているかは教えていない。

「そうだねえ。まだ日本の社会は理解が足りないよね」

と笑って祐一が答えた。


 祐一の顔が一瞬曇ったかどうか横にいた俺には判別出来なかった。でも多分、俺の顔が曇ったのを隠しきれてはいない。

「あ、なんかカズくん、会社で何かあったの?ばれた?」

「いやあ、俺は至って何も変わらないよ」と笑って誤魔化すのが精一杯だった。

「そうだよ、カミングアウトしても損だけだからね~」とトモキさん。

「お母様からまだちくちく言われてるの?」とタカシさん。

「うん、そうだね」ああ、今日は俺も祐一もフルボッコだ。行かなきゃ良かった。

「まあ俺も親にばれた時3日間蔵に閉じ込められて「こうすればそんな考えが消える」と言われたり、『どんな女だったら大丈夫か?』ってずっとお見合い写真見せられたけどね。親にとって同性愛って想像つかないんだろうねえ。」とタカシさん。


「母親か…。僕ね、中2の時母親と担任の先生が家でセックスをしているのを見つけてね。その日母親は僕が塾がないの忘れてたの。」

急に何を言い出すんだ、という顔で2人ともトモキさんを見た。

「でも僕は嫉妬してたの、母親に対して。だって僕の初恋の人がその担任の先生だったから。」

「その後年の離れた弟が出来たんだけど父親のか、その人のかは分からない。でも結構その先生に眉の形とかそっくりだから僕はその弟に愛着を持って接するようになったよ」

「最近母親に『あんたの担任の先生と関係を持っていたけど、あんたがそうなった(不貞行為をするのは)私のせい?』って聞かれて、『いや、僕は複数の人を愛せる能力があるんだ』と言ったよ。」


 あまりのトモキさんのカミングアウトの内容に俺と祐一はあんぐりした。何て返すのが正解なのか分からないが、祐一は笑ってこう返した。

「俺ね、実はね、ゲイって会社にばれて冷房も付かない、誰もいない個室に閉じ込められて5か月間過ごして頭おかしくなって、自分から辞めるの凄く悔しかったけど結局辞めたんだ」


えっ?!今日はカミングアウト大会なの!祐一、誰にも言わなかったのに!!

でも俺は気づいた。祐一の顔が清々しい顔になっていたのを。


「へえー、そうなんだ。じゃあ、あのニュースのまんまじゃん。会社訴えようとは思わなかったの?」とタカシさん。

「…いや、最初は思ったよ。俺は何でこんな目に遭わなきゃいけないんだって。俺は何も悪くないのに自分から辞めるの癪じゃん?カズさんは何度も有休取って俺の会社に抗議したし、弁護士にも掛け合ってくれて。俺より怒ってくれた。でもその姿見て俺の大切な人に迷惑かけちゃいけないなって、社会って理不尽だから仕方がないなって思うようになって結局自分から辞めたんだ。」

「へえー。そうだったの、大変だったね、ユウちゃん。」

よしよしと祐一の頭をなでるトモキさん。

「…まあ、最終的に抗う気力もなくなっていっただけかもしれないけど…」


「まあ、そんなもんだって思うしかないものねー」とタカシさん。

え?!ちょっと待って!まさかのトモキさんのカミングアウト、ノーリアクション?!


祐一は話を続けた。

「で、今になると傷つくのは何も問題ないけど、傷ついた所から何も立ち直らないのはダメだなって。だから俺次はどうしようか悩んだけど家業を手伝う事になって」


へ?!それ俺も初耳なんだけど。


「初めての経験だと傷ついたりするけど、同じような事があったら立ち直りやすくなるかなって。だから俺早めに社会に打ちのめされて良かったよ。」


「いやだー、良かったわー」とトモキさん。

「ほんとー。私今度その会社の役員全員骨抜きにして立ち上がらないようにするわー」

とタカシさん、

「あははは、そうねー。後ろから攻撃するんでしょ」とトモキさん。

皆笑った。俺も頑張って笑った。

ああ…。貴方方は逞しいよ…。母親からの無神経な発言に苛々していた自分が情けないよ…。


帰り道、俺はぐったりしていた。色々な事が積み重なり過ぎた。

「カズさん」

「…ん?」ぐったりしていた俺を見て祐一は心配そうな顔で見ていた。

「さくらんぼ実家から届いたらちゃんとお礼の電話するんだよ」

「…うん、わかった、そうする」


そうだよな、別に母親も悪気がある訳じゃないから気持ちには表面的かもしれないけど応えないとな。


「あとカズさん、今日はごめんね~。俺もあんなカミングアウト大会になるとは思わなくて」

「ああ、いいよ...。俺カミングアウトとか自己開示とかそういう言葉大嫌いだったけど、あそこまで行くと気持ちがいいなって思うようになったもん…」

「カズさん..。」

「あと、お前も前に進んでんだなって事が伝わったし今日来て良かったよ」

「えー、カズさん、うれしー。前はゲイ友に会うのも嫌がったのにー」

「…まあ、お前に付き合わされて5年で耐性がついたんじゃない?確かにお前の言う通り、初めての事に対して失敗したら人は傷つくよ。でもすぐに行動して前に進むのが大事だよなーって。いつまでも過去の傷に執着してもしょうがないってトモキさんやタカシさんの言う通りだよ、マジで。お前が立ち直って、自分を励ますような言葉が言えるようになって良かったよ」

「…カズさん…」祐一は泣いていた。

「…だって、お前あの時自分を否定するような言葉しか言っていなかったんだもん。『自分は社会不適合者だから生きていても仕方がない、カズさんに迷惑かけるだけだって。」

「…うん。そうだったね。ごめんね、本当カズさんに…。こんなに尽くしてくれるのにパートナーが他にもいる。やっぱり最低だよ。」

「お前はなんにも悪くないよ、何も悪い事をしていない。あの時からずっとそう言ってんじゃん。ジュン君だってお前にとって大事な人なんだろ?俺は何も怒っていないし、寧ろジュン君に感謝してるよ」

祐一はさめざめと両手でハンカチを握って泣いている。

「あ」

「ジュン君に『いつも美味しいお菓子とか有難う、有難く頂いてます』って言っといて。いつも貰いっぱなしだからたまには何か返さないとなあ」

祐一はむせび泣きし始めてしまった。


「…ねえ、カズさん」

「何?」

「あの会社員の人、会社に勝つのは勿論、素敵なパートナーや友達がいて幸せな人生を送れると良いね」

「ああ、そうだな」


そうだよ、俺達は幸せになる為に様々な事と戦い、色んな人と接しているんだ。

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