Miss&Mister Idol

吉田彩

彼女いない歴=年齢という呪縛

僕は自分の童貞をいじられるのが一番嫌だ。


だから飲み会とか参加しないようにする。

男性は全員女の子と付き合わなきゃいけないのだろうか。そんな法律あるのだろうか。


…いや、僕はホモじゃない。女の子は好きだ。3次元の女の子も何人か好きになった事はある。でもいつも僕の中に密かに思いを募らせ、それだけで終わる。

女の子に告白なんかした事がない。


…でもそれは悪い事なんだろうか。


いいじゃないか。働いて、納税してれば。結婚なんて重荷が増えるだけでコスパ悪い。早くこの世の「結婚至上主義」に終止符を打ちたい。僕は結婚というシステムを忌み嫌ってるとも言える。


ああ、世の中自分以外の人間は全員死ねば良いのに。


僕は30歳の都内のそこそこ大きい、製造業会社のエンジニアだ。コーディングして、コンビニに寄って、寝る毎日だ。

友達もいないし。でもいらないよ、「今日暑いね」とか思ってもいない挨拶をしたりとか面倒すぎる。


仕事もクソつまんない。

僕はクライアントの所に常駐して、作業が終わっても、会社に30分位電話で報告して、更に日報を書いて、あらゆる無理難題に応じないといけない。しかも、クライアントの「ちょっと違う」という一言で全てのコーディングが無為になる事がある。


クソだ。


熱い涙や恋の叫び、輝ける日なんて僕は体験した事がない。

自分がどこに向かっているかも分からない。

僕は人生を捨てて、いる。

死にたい。でも死ぬ自信がない。


土曜日、僕は自分のPCが壊れたので中古のPCを買いに秋葉原に出かけた。


秋葉原も昔と変わって、そこら中に女の子がビラを配るようなクソみたいな街になってしまった。

某一番有名なメイドカフェに行ったが居心地が悪かった。そもそも座っているだけで自動的に金がかかるだけで嫌になる。

しかも、中古パソコンの店が並んでいる通りは最も様々な種類のメイドがビラを配っている所だ。


足早に通り過ぎる。

しかもこの辺にいる男性は皆同じように見える。まあ、僕もその中の一員だけど。


やっと、いつもPCパーツを購入する中古パソコン店に辿り着く。

はあ、女なんていなければ良いのに。


店にはテレビ等色々売られているのだが、大きな液晶画面にあるアイドルの女の子のコンサート映像が映った。何か黄色の衣装を着た女の子が荷台みたいのに乗って、コンサート会場を回っている。

「アイマスとかこんなんばっかだよなー。女が男の目を引く職業って何が楽しいんだろう」といつも通り軽蔑の目で見ていた。


しかし、バッとアイドルのアップの映像になった時、僕はうわっと思った。

小学校の時の初恋の女の子に凄い似ていたのだ。

ぱっちりとした目で、背が小さく、ショートカット。


 いかんいかん。パソコン買おう。


「マウスPCにするかどっちか迷うけど、やっぱmacだよなー」とか思いつつ、あのアップの映像の残像がちらちらと頭の中に移りこんで来る。

 結局僕は壊れたPCと同じ型にする事にし、「これください」と店員に言った。「あと、壊れたPCの買い取りも」とPCが入っているじゃんぱらの紙袋を差し出した。

「承知いたしました。少々お待ちください。」

と僕は、つい液晶TVの所に戻ってしまい、映像を観続けた。


 結構、歌が上手い。というか、こんな激しい振付なのにこんになに歌えるのが衝撃だ。


「高崎彩菜」というのか。

「この夏はあやちのモノ♥」というPOPが貼られていた。

「後楽園ホールで催された2daysライブ「みんな、I ♥愛してる」を収録。昨年のワンマンライブからパフォーマンスや演出、生バンドによる演奏など全体的にパワーアップを果たしたあやち。あやちの快進撃は止まらない…!!」


彼女は汗だくで一所懸命踊っていた。


ああ、これが「心を動かされた」という事か。僕はPCとそのDVDを持って店を出た。


まっすぐ家に帰って、トマトヌードルをすすりながら、リゾット用のサトウのごはんをスタンバイしつつ、ファンタグレープを飲みながらそのDVDを観た。


色々と衝撃だった。

ファンが曲の間に挟むセリフみたいのは何なんだ。

しかも曲によってペンライトの色が変わる(後で調べたら「サイリウム」っていうらしい。)

皆、熱いな。スポーツの声援みたい。あと好きな曲もいくつかある。


「♪いつも冴えない自分だけど~その人の前では自分を出せるの~♪」

「僕らに見せてよ、あーやちー!!」

「だーけど♪」「あーやちー」「その人の前だと」「あーやちー」

「恥ずかしくてー」「あやあや、あやちー」

「いつになったらこの関係、前に進めるのかなー」「だいすきあやちー」


なんだこれは。歌いづらくないのか。でも一種の芸術に見える。


アンコールの後の口上で、「今日は本当にありがとうございました!!」

うおおおおおおおおおおお


「私、最初、秋葉原の小さな劇場でビラを配りながら、ずっと歌っていて」

「まさか、こんな大きい会場で歌えるとは思えなくて、本当に、本当に、嬉しいです!」


うおおおおおおおおお、あやちーー!!!


「今日は泣かないって決めたんですけど…」

「ごめんなさい…」と泣いてしまうあやちー。


泣かないであやちー!がんばってー!


「ブログにも書いたんですけど、後楽園ホールでのコンサートが決まった時、お客さん入るのかなって最初すごく不安になって…」

「最初、やっぱりチケットが沢山余っていたんですけど..,」

「でもあのブログ書いたら皆「彩菜」が大きいステージで歌うの凄く楽しみにしてるよって沢山の方が言ってくれて、沢山お手紙も貰って…」

「…中にはそんな『チケット買って』って必死すぎるだろって声もあったんですけど…」


そんな事ないよ、あやちー!あやちー、大好きだよー!


「でも、2daysの席が5日前に全部、完売って聞いた時は私がやってきた事は間違いじゃなかったと思いました」


うわあああああああ、あやちー!!!!ありがとう、あやちー!!


「皆さん、本当にありがとう。…これからも、高崎彩菜、もっともっとたくさんの皆さんの前で歌えるように頑張りますのでこれからも応援よろしくお願いします!!!」


うわあああああああああああああああ、割れんばかりの歓声とともにあやちは10秒ぐらいずっと深々とお辞儀をしていた。


「皆、今日は本当にありがとうー!愛してるー!!」と彼女はステージを駆け巡り、涙を拭いつつ、ファンに向けて大きく手を振った。


「…皆さんに感謝を込めて、聴いてください。『True Story』」


たまには自分の辿った道が 本当に正しいか不安になるけど

でもこれだけは言える これは私にしかできない事

多くの人に支えられて生きている

多くの言葉に傷つくこともあるけれども

それでも前を向いて歩いていく


これが私のTrue Story、そう誰にも邪魔をさせない

だって私を待っている沢山の人がいるから

挫けそうな事や苦しい事もあるけど

さあ 顔を上げて

今日もステージで皆の美しい顔が見られるよ

ずっとこんな日が続きますように


たまに私は臆病で 自分の出来る事を決めつけるけど

でもこれだけは言える 多くの人がチャンスをくれた事

多くの人に支えられて生きている

何も出来ないと感じる事もあるけれども

それでも前を向いて歩いていく


Don’t put off things, 今日にしか出来ない事がある

だって私を待っている沢山の人がいるから

挫けそうな事や苦しい事もあるけど

さあ 顔を上げて

今日も私はステージで歌い続けるの

ずっとこんな日が続きますように

私には何が出来るのだろう

何も出来ないかもしれない

でもこれは自分で決めた夢だから

多くの人が待つ あのステージで


これが私のTrue Story、そう誰にも邪魔をさせない

だって私を待っている沢山の人がいるから


これが私のTrue Story、そう誰にも邪魔をさせない

だって私を待っている沢山の人がいるから

挫けそうな事や苦しい事もあるけど

さあ 顔を上げて

今日もステージで皆の美しい顔が見られるよ

ずっとこんな日が続きますように


これはあやち自身が作詞した曲だ。

「今日もステージで皆の美しい顔が見られるよ」ていうのが良い。

もしかしたら「このキモオタ共」と彼女は思っているかもしれないけど美しい嘘だ。


僕はあやちと共に大量の涙がぼろぼろと出てしまった。

だって、これは一種のドキュメンタリーなんだもん。

その日、僕はすぐあやちの曲は全てダウンロードして、ファンクラブに入り、

翌日外に出ずあやちの動画や画像を見まくった。


古い言い方だがあの日から、すっかり僕はあやちの虜になってしまったのである。

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