なにしたいのかわかんない

twitter上で「受かった」、「返事が来ない」と悲喜こもごもの声。

当然、私には来ていない。

でもあの子受かるだろうなって子は「受かる」ツイートをしている。

私は落ちることは分かっていた。でも実際、落ちると、辛い。


誰が救ってくれるんだろうか。私を。


えるむ ‏@erumutasu 5月26日

変わっているっていうの周りの人と比較して大して違いないよ?


ももす ‏@momosukusu 5月31日

メール来ていなかったその瞬間泣いた!!!!!!!!!!!


みなこ ‏@minako 5月31日

人から見下されるのは嫌だ。


あやか @ayako_chan 5月31日

審査員の皆様、わたしは本気です。まだ少しでも可能性があるならその可能性に賭けさせてください。 #アイドル2017


みなこ ‏@minako 6月8日

自分で喪った自信は自分で取り戻すしかない。


サラダ‏@sarada0701 6月8日

連絡来ないからって審査員に凸る奴クソすぎ


もやし‏@moyashimon 6月8日

そういう醜い心の奴は何で落ちたかも分からないんだろうね


だるいうざい知らない


優美は夜21時に仕事が終わり、帰りの電車の中でずっとtwitterを読んでいた。

東急スーパーで5割引のお惣菜を買い、いろはすを4本購入した。

珍しくほろよいピーチ味を買った。何もかも忘れたかった。

21時半に家に着き、すぐさま洗濯機のボタンを押した。

彼氏はまだ家に帰って来ていない。


ずっと真面目なことはいいことだと思ってたけどそれだけじゃだめなんだ。


出来ないことが多すぎて何からやればいいのかわからない。

座椅子に座り、惣菜のパックを空けチューハイを開け、そのまま飲んだ。


瞼を閉じれば、「あの時こうしてういれば叱られずに済んだのに」と叶わぬ想像が続く。私は何回ドアを蹴飛ばしたんだろう。何回ボールペンを折ったんだろう。


メールを開くとメルマガしか来ない。


審査員のtweetを見る。

『夢を見るから現実に絶望する。叶わないのにも拘わらず夢を見せることこそが一番の罪悪だ。でも夢にすがらなきゃ生きていけない子もいるのだ。』


そうだよ。

何とかしろよ、私の人生。


 この数週間は楽しかった。人生初髪をコテで巻き、プロのヘアメイクさんから初めて化粧の仕方を学んだ。私の顔はお雛様のようだったが、何とか自分の美しく見える部分を切り抜いて、加工して、送った。

 写真撮影のレッスンを受け、カメラ審査で写真を撮られている自分を創造して光悦に浸った。でも結局自撮りの方が可愛かった。太いむちむちとした腕がアピールのつもりが逆に痛々しくなってしまった。動画アピールでは何をアピールしようか考えた。歌を歌う用の音源も用意していた。


自分がどうしたいのか分からなくなった。

彼氏からLINEは来ない。既読にもならない。

誰かに猛烈に話したい気分だが、猛烈に誰とも話したくない。


ピーピーピー。洗濯終了の証だ。

重たい腰を上げて2人分の洗濯物を干し、乾いた分は畳んでボックスにしまう。


今日は女上司に「どいて、どいて、どいて」と3回言われた。

「どいて」とか悪気なくてもそういう言葉でも傷つく。

私は脳内で職場で何回ノートパソコンを投げつけたんだろう。


半額の生春巻きとうどん&手巻き寿司セットを20分で平らげてしまった。


洗濯物を干す。もう22時半になってしまった。

仕事して、寝て、仕事しての人生及び自分にうんざりした。


彼氏が帰ってきた。


「どうしたの?」

お帰りも言わない、「今日ごはんある?」のLINEにも気付かない私の険悪なムードに気づいたようだ。


「何にも報われないの。努力しても。」

「自分でもクソだって分かっている。幸せだよ、報われているよ。十分。」

涙が初めて出た。

「でも私は、女は彼氏いて、結婚して、仕事して、子供産んでそれが幸せのステイタスだなんて全然思わない。」

「周りに『幸せだね』って言われてもあたしは全然幸せなんかじゃない。」

「本当、こんな事言うの本当クソだと思うけど。」


彼氏は同じ東急のスーパーの袋を持っていた。

「どうすれば優美は幸せになるんだ?」

彼氏はスーツ姿で床に座った。瞳はずっと私の目を見つめていた。


「自分で納得しないとなれないんだと思う。」

「自分で納得した事しかやりたくない。でも殆ど人に言われてやっている事ばっか。本当にくだらないしつまらない」

「でも手放すきっかけや、勇気が私にはないの」

そう言うと、彼氏は自分の部屋に戻った。しばらくして部屋着に着替えるとおもむろに卵を割り始めた。


「えっ?!」


食パンを取り出した。すぐ何を作るか分かった。

フレンチトースト。私は彼の作るフレンチトーストが世界で1番美味しいと思っている。

彼は白のシャツにチェック柄の短パンで外に出た。牛乳が切れていたからだと思う。


5分後案の定、牛乳を買ってきた。あと缶ビールと何らかのおつまみを買ってきた。じゅわああと音がした。本当にいい香り。私が作るとこんなにうまくいかない。何か水っぽくなってしまう。どうしてこんなにフレンチトーストだけは作るのがうまいんだろう。他の料理は大して上手ではないのに。


23時45分に食べる黄金色のフレンチトーストと牛乳とあと茹でてくれたウィンナーと、セブンのレタスサラダは物凄く朝食感極まったが、物凄く美味しそうだった。先程20分で恐らく1000kcal位を平らげてしまったがどうでも良い。


そういえば私はまだ着替えていなかった。プリーツスカートがパンパンだが、もう今に始まったことではない。

彼はガツガツ食べていた。


「ねえ、どうしてアイドルが嫌いなの?」

彼はアイドルを好きになった事がないと言う。前に連れて行った私立恵比寿中学のコンサートも全く興味なさげだったが、私がチケットが取れなかったら買ってくれて、コンサート開始後の1時間後にNHKホールに会社から直接来てくれて、「えーむ、えっくす!」とヲタの振り付けを観ながら何とか食らいついていた。興味がない事によく付き合ってくれるなあと思った。


「化粧しているから。何か作っているっぽいから。」

「へえー、そしたら世の中の女の子皆そうじゃん。」


自分は普段化粧を殆どしないが、ここ最近お化粧を人生初頑張っていた。でも彼はそんな私に興味がなかった。

「俺にとってのアイドルは優美だよ」

私は彼にアイドルのオーディションを受けたなんて一言も言っていなかったので一瞬ひやっとした。

「…どういう意味?」

「そういう意味だよ」


彼はもう食べてしまったので食器を片付けた。私はまだ一切れしかフレンチトーストを食べていなかった。

でも今一番言われたい言葉だった。


「洗濯物ありがとう」

「どういたしまして」

「で、どうしたの?」

「特にないよ。会社がクソなだけ」

「どこもそうだよ」

「そうだね」

「どうしたら楽しい世界に行けるのかな」

「3日後に『Hunter×Hunter』と『ヒロアカ』と『ワートリ』の新刊が出るよ」

「あそうだ!じゃあそれまで生きていけるね。私『Hunter×Hunter』終わるの読むまで死ねないなあ」

私の食べ終わった食器も片付けてくれた。たまーに家事も分担してくれる。


「漫画が繋ぐ私の人生なんて…」

そう言って寝っ転がった。すっごく疲れたけど今日はいつもより良く眠れそうだ。彼はパソコンを見ながらビールを飲んでいる。

「毎日飲むなって言ってんじゃん」

と言うと、電気を消された。暗くなるとすぐ眠れそうだった。携帯を見る気力もなかった。


明日、朝7時に目覚ましが鳴り、朝ごはんを用意して、朝シャンをして歯磨きをして服を選んでごみを捨てる同じような日が続く。

漫画の連載で繋いで貰うような人生だけど皆そんなもんなのかもしれない。

人生に大義なんてない。

やりたい事をやり、超偉い人でも、子供でも、無慈悲に命が明日なくなる事もある。勿論自分も。


でも私は今死んでも良い。痛いのはイヤだけど死んでも良い。


なにしたいのかわかんない。


でも何をしたくないのかは分かる。自分が納得していない事はしたくない。

でも人生は無残にも、自分の納得していない事に従わないといけない。

でも「それが人生だ」と諦める。その中で自分の出来る事を探す。


アラサーの会社員の女がアイドルのオーディション受かるなんて狂ってる。

でも何回狂ってもどうにかしたいの。

変わり映えしない人生を華やかにしてみたいの。


どうにもならなかったけど。


何にもならなかったけど。


「挑戦しただけで既に100点って、成功したらおまけ+5点くらいだ」ってあのカメラマンさん言ってたけど本当にそう思うな。所詮、外野は外野なんだ。挑戦した奴が一番偉い。自分が傷つかない場所で言ってるだけの奴はタダのクズだよ。


3日後、アイドル2017事務局から「アイドル2017オーディションですが、全ての書類審査通過の方への連絡を終了しました。多数のご応募ありがとうございました。」というツイートを見た。


全員分の書類は目を通してくれたらしいし、ありがとう、私を見ようとしてくれて。今日のお昼はうどんで2つ無料でトッピングを選んだ。

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