海を望む崖を舞台に、危うくもしっとりと落ち着いたストーリーが静かに進行していきます。生死というテーマはやもすると個人的主観が入り込み、押しつけがましくなってしまうと思うのですが、この作品は独特な死生観がそうはさせない。
「シャングリラ」という響きがもう好き。夜の月は天蓋に空いた穴、これも好き。彼女の意地悪くも艶やかな微笑み、もう最高。
読了したのがバスの中で泣くわけにいかず、わたしはひたすら鼻をかんでいました。ティッシュ持っててよかったなあ、と心底思った。
叶うことなら記憶を消して、夜に贅沢ふかふかソファで飲み物片手に読みたい。そんな作品です。
夜の世界に広がる、月と星の光。そして、シャングリラ。
この作品が纏う、不思議な切なさに胸がずっと締め付けられました。
生き場所を求めている僕と死に場所を求めている彼女。
この2人の会話劇です。世界を覆っている天蓋の穴の、月を背景にしながら。
彼女の考え方が、幻想的で素敵です。本文から少し抜き出すと、
「この世界は、暗くて硬い、大きな壁に覆われているのよ。天を覆う大きな蓋、まさに天蓋ね」
「天蓋の外にある、シャングリラ。そこの光を感じることのできる、唯一の穴よ」
と言う感じでしょうか。
世界とはなんなのか。夜とはなんなのか。月とはなんなのか。
彼女の解釈の仕方は新しく、そして自然と体に馴染みます。
シャングリラ、と言う響きが私は好きです。
シャングリラ、シャングリラ。
聞きなれない言葉ですが、作品を読むとすぐに覚えてしまいます。そして、クライマックスまで、この言葉は欠かせません。
切なさと儚さと淡い感じ。でも、暗い中で見えるか細いけど確かに見える光。
あなたもシャングリラを見てみませんか?
真夜中の崖に二人立ち、満月の光を浴びる彼女は意地悪な笑みを浮かべてくっくっと笑いシャングリラへの憧れを嘯く。
「もし行けるのなら、私はシャングリラに行きたいわ」
それは生き場所を求める男と死に場所を求める女の物語。
かくして彼女はシャングリラに旅立ち、男は再び満月の光射すあの崖に立つ……
彼女の語るシャングリラへの憧れが本当に美しく幻想的で、確かに彼女はシャングリラに旅立ったんだと確信できる説得力があり、その最期にただただ胸が締め付けられました。
意地悪な笑みの裏に隠した彼女の本当の願いに主人公が気づいて新たな生き場所に旅立つラストも素晴らしいです。