選択権のない《英雄》と誰も助けなかった『僕』のセカイ系

世界を救う英雄になった誰かの話、英雄に憧れた誰かの話、英雄に助けられた誰かの話。そうした輝かしい英雄譚が溢れるなかで、この小説は非常に異質です。

物語は空に割れ目ができ、世界が終焉にむかうところから始まります。
世界を救えるのは選ばれし《適合者》だけ。

学校で実施された適性検査の結果、選ばれたのは中学三年生の少女でした。
それを知った『僕』は友達のいない彼女に喋りかけ、任務までのあいだ、一緒に帰るようになります。

しかしながら、選ばれたものは世界のための《犠牲》となる運命なのです。
この《犠牲》という言葉。普通の英雄譚ならば、戦いに赴かなければならない、と続きます。
ですがこの小説においては、そうではありませんでした。
『適合者』は装置に繋がれ、意識もない植物状態となって、生かされ続けるのです。命を賭けた戦いに巻きこまれるならば、まだいい。そこにはみずからの運命を選択し、最悪の結末を拒絶する権利が残っています。勝てばいいのです。どれだけ無謀な戦いであっても。
ですが『適合者』にはなにもない。
戦いもなければ、冒険もなく、試練もなければ挑戦もない。

それでもなお、『適合者』は英雄なのです。
彼女は確かに世界を、救うのですから。

『僕』が彼女に懐いた感情は、なんだったのか。憐みだったのか。罪悪感だったのか。それとも――――

これを読み終えたあなたならば、どうでしょうか。
世界のために英雄となれと言われたら。

…………
……

あなたは、英雄になりたいですか。

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