第36話
(征示。やはり、お前は――)
勝利。確かに勝利の目はある。
しかし、それは征示の犠牲の上に成り立つものだ。
「レア先生、こん魔法を使い続けたら、征示先輩は――」
「分かっている。そんなことは……この場の誰よりも知っている」
六元連環はそれぞれの魔力を単純に使うのとは訳が違う。
六つの属性を連続的に循環させる。ただそれだけで新たな属性の魔力がそこに生じると共に、その魔力が無限に圧縮され続けるのだ。
その上、一度連環状態に入った魔力は己の意思では止めることができない。
この暴走を止める方法は唯一つだけだ。基本六属性の魔力を外部から使い切って循環を止め、さらに六元連環で生じた魔力をも全て使い切ること。これ以外にはない。
事実、かつて征示が六元連環によって危険な状態に陥った時には、この方法で彼は九死に一生を得た。あの時は危うく征示自身が分解され、純粋なエネルギーと化し、その周囲全てを消し飛ばすところだった。
しかし、この方法は征示に直接触れていなければ不可能だ。それをするために、もし今全員で戦場に出ていったらヘルシャフトに殺されるだけだろう。
魔導水晶が制御できる安定領域でヘルシャフトを倒せれば、その後に余裕を持って処置ができた。が、戦況を見る限り、それが可能とはとても思えない。
となれば、もはや勝利への道は一つだけ。安定領域を超え、その身の全てを燃やし尽くす数瞬の内にヘルシャフトを葬り去るしかない。
その場合、処置を施す余裕もなく、征示はこの世から消滅するだろう。
あの空の一帯を巻き添えにしながら。
「征示……この私との約束を破るつもりか?」
皮膚が破ける程に拳を握り締め、奥歯を噛み締める。と、そんなテレジアの前にアンナが立ち、普段とは違う強い感情を秘めた表情で見上げてきた。
「約束は、一人が守ろうとするだけじゃ守れない」
「アンナ?」
「テレジア様はお兄様に頼り過ぎ」
その言葉にギクリとする。征示を最も危険な戦いに向かわせることに、引け目を感じていない訳ではなかったから。
「テレジア様には分からないの? お兄様は今、助けを求めてるのに」
次いで発せられた問いにテレジアはハッとしてアンナを見た。彼女が単に征示一人を矢面に立たせていることを責めている訳ではないと気づいて。
「私もお兄様もいらない子だった。だから、誰かに甘えたら、対価もなく助けなんか求めたら、またいらない子になるかもしれないから、言葉にできない。テレジア様だって分かるはずなのに」
「……ああ――」
承認欲求。人は誰からも認められずに生きることなどできはしない。その「誰か」は自分自身でもいいが、それにはある種超然とした強さが必要だ。
親からすら認められなかった子供に、その強さを求めることは余りにも難しい。
思えば、征示があの日以来テレジアに助けを求めたことはなかった。誰かに頼り切りになることもなかった。それは強さに見せかけた弱さ、恐れの裏返しだ。
「私はお兄様に助けてって言える。それはお兄様が大切にしてくれたから。愛してくれたから。でも、お兄様は絶対に口にしない。それは私にとってのお兄様が、お兄様にはいなかったから」
(……頼り切り。……そうか、そう、なのだな。私は――)
常に力になってくれる征示に助けて貰うばかりだった。
二人の関係は奇しくも、あの誓いの通り、主従関係そのもので対等ではなかったのだ。
そして、それ故に征示は、彼を必要と言ったテレジアの言葉を自負の根拠とし、根本のところで自分自身には自信がない。
挙句、必要とされないことへの恐れにより、仲間に危険を強いるよりも自分が傷つくことを是としている。
(くっ、私はっ! そんな形を望んだ訳ではない!)
だから、もう一度征示と向かい合い、素直な言葉を伝えなければならない。
なのに、その征示が危機に陥っているというのに、一体自分は何をやっているのか。
「テレジア様が動かないなら、私が行く。私が、助けに行かないといけない」
「ま、待て! アンナ」
そう告げて背を向けたアンナの意図を悟り、彼女の前に回り込んで押し留める。
「どいて。テレジア様でも邪魔は許さない」
強張った顔で、そして、震える手で弱々しくテレジアを押しのけようとするアンナ。そんな彼女をテレジアは微苦笑と共に抱き締めた。
「……征示も馬鹿だが、私も大馬鹿だな」
「テレジア、様?」
「ありがとう、アンナ。さすがは私達の妹だ」
小首を傾げたアンナの頭を撫でると、彼女はテレジアの考えを察したのか体の力を僅かに緩めた。その様子にどれだけ幼い彼女に無理をさせたか気づき、己の甘さ、弱さに無性に腹が立つ。
「私が行く」
だから、アンナの覚悟を己の覚悟として胸に刻み、戦場を見据えるように顔を上げた。
「後のことは全て任せる。私達の命、お前達に預ける」
そうしてアンナが深く頷くのを確認し、テレジアは征示の許へと向かうためにその場から駆け出した。
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