第30話

 那由多の問いに間髪容れずに答えたテレジアは、立ち上がると皆を先導するように歩き出した。

 その堂々とした姿に皆の中に生まれつつあった恐れは僅かなりとも薄らいだらしく、全員、素直に彼女の後に続き始める。


「お兄様……」


 征示がそんな皆の最後尾につくと、それまで一言も放さずに征示の後ろに隠れていたアンナがピッタリと寄り添って腕を絡めながら手を握ってきた。

 顔はいつもの眠そうな表情だったが、緊張が触れ合った肌とその声から伝わってくる。

 生い立ちのためか元々人一倍コミュニケーション力に難のある彼女だが、やはり見知らぬ他人の存在に委縮しているようだ。

 基本この城から出ず、他人と接する機会がないせいで人見知りが拗れている気もする。


「征示、それは一体どういうことかな?」


 後ろに目でもついているのか、那由多が不機嫌そうにジト目を向けてきた。


「……それ、って何のことだ?」


 突然振り返った彼女にアンナがギュッと腕に力を込めて、さらにくっついてくる。その顔は無表情ながら、微妙に那由多を睨んでいるようにも見える。


「とぼけるな。その手だ。その子とお前は一体……いや、それ以前に、そもそもテレジアとお前もどういう関係なんだ?」


 あるいは、重い空気を嫌ってそんな話題を振ってきたのかとも思ったが、彼女の目には半ば本気の嫉妬染みた感情が見て取れる。那由多は平常運転らしい。


「何や隊長も案外鈍いんやな。理事長先生はずばり征示先輩の恩人その人やろ? ……ただ、まあ、そん子との関係はよう分からんけど」


 軽く一瞥してくる旋風に、アンナも征示に抱き着いたまま無表情に視線を返した。


「大原、空気を読め。隊長もそれぐらいは分かってて、あえて聞いてるんだ」

「焔先輩に空気を読め言われたないわ!」

「ま、まあ、何にせよ、テレジア様が俺の恩人であることに間違いはない。あの日誓ったことが今日の俺を作ったと言っても過言じゃないからな」


 征示の言葉に反応し、テレジアが肩越しに後ろを振り向く。


「ふむ。征示と出会った日か。懐かしい。昔の征示はとてもかわゆかったな」

「玉祈先輩が、可愛い、ですか?」


 テレジアに問う水瀬に、はっきりと警戒したような目を向けるアンナ。何となく、腕にかけられる力が一番強い気がする。


「うむ。何せ、まだ七歳ぐらいだったからな。それはもう愛らしかった」


 何故か自慢げに告げるテレジアに片眉を吊り上げる那由多と旋風。


「テレジア様、やめて下さい。可愛いとか」


 男としては余り嬉しくない上に、はっきり言って恥ずかしい。


「くくっ、すまんすまん。今のお前はもうかわゆいなどとは言えないな。お前は私にとって大切な家族で、かけがえのない存在なのだから」


 誇らしげな笑みを浮かべて告げるテレジアに、何となく照れ臭くて頬をかく。と、そんな征示達の様子に那由多と旋風の機嫌がさらに一段階悪くなったように見えた。


「で、結局、その子は一体何なんだ?」

「……焔火斂。お前は中々いい性格をしているな」


 テレジアは苦笑しつつ、そのまま言葉を続けた。


「玉祈アンナ。書類上は征示の妹だ」

「いやいや、その金髪碧眼。明らかに日本人じゃないだろ」

「当然だ。書類上と言っただろう。だが、アンナもまた私達の大切な家族、妹だ。そのことに偽りはない」

「……で、何で外国の子が、こないなとこに?」

「アンナは土と闇の属性を併せ持つ正に天性の人形遣いだ。それは幼少期からそうで、自分で人形を作り出しては一人遊びをしていたらしい。それが両親を始め、周りの人間には不気味に映ったのだろうな。いつしかアンナは魔女と恐れられるようになっていた」


 単純に人形で遊ぶのが好きなだけの内気な子だったアンナだが、そこに魔法が加わったことで陰気で薄気味悪い魔術的なイメージが付加されてしまったのだろう。

 何せ人形を作り操る魔法は高度であるが故に、余り日の目を見ないのだ。

 魔法を扱えない世代の人々がよく目にするのは火を放ったり、鉱石を作り出したりする単純な魔法がほとんどなのだから。


「結果ネグレクトだ。まあ、色々と噂になるのも早かったから、早々に私が自ら出向いて引き取った訳だが。しかし、まあ、最初は大変だったぞ。全く懐いてくれなくてな」


 おどけた口調で苦笑いするテレジアだったが、隊の面々はアンナの重い過去に反応に困ったのか気まずそうに表情を変える。

 そんな皆の様子に一つ溜息をついたテレジアは、立ち止まってアンナを振り返った。


「アンナ。お前は今を不幸だと思うか?」

「そんなことない。お兄様に出会えて私は幸せ」


 征示の腕に頬擦りをしながら小さく笑みを見せるアンナ。征示は空いている方の手でそんな彼女の頭を柔らかく撫でた。


「………………ついでにテレジア様にも」

「ぐっ、私はついでなのか?」

「冗談。テレジア様も大好き」


 この世の終わりのように落ち込むテレジアをフォローするアンナの姿に空気が和らぐ。


「何や、こん子可愛いなあ」


 旋風がそう言いながらアンナに近づくと、アンナはビクッと体を強張らせ、警戒したように征示を盾に隠れてしまった。


「アンナに懐かれるのは至難の業だぞ。人見知りも激しいからな。しかし、まあ、お前達の場合は単純な人見知りではないだろうがな」

「ど、どういうことや?」

「愛する兄に近づこうとする悪い虫を警戒するのは当然だろう」


 軽く告げたテレジアに旋風は顔を紅潮させて「う、うちはそないな――」と言うと狼狽したように口ごもってしまった。


「え、あの、僕も凄く睨まれたんですけど……」

「そんな格好をしていれば当然だ。全く、模糊の悪ふざけも相変わらずだな」


 テレジアが模糊を睨むと、彼女は誤魔化すように顔を背けて下手な口笛を吹き始めた。

 水瀬の服装は、もはやいつも通りという評価が相応しい女子用の制服だった。


「アンナ。こいつは男だぞ?」

「今時、土属性の魔法で簡単に性転換可能」

「ぼ、僕はそんなことしませんよ!」


 涙目になって否定する水瀬。何と言うか、正直その姿は女子制服のせいか本当に可憐な女の子にしか見えない。いつか彼の望まぬ方向で大成しそうで少し怖い。


「……面白い人達。少しだけ」


 ポツリと征示にだけ聞こえる程度にアンナが小さく呟く。間の抜けたやり取りで緊張が緩和されたのか、彼女は必要以上に密着したりはしなくなった。

 それでも手はしっかりと繋いだままだったため、那由多達の視線は痛かったが。


「さて、着いたぞ」


 しばらく進むと西洋的な城の中にあって、突然機械式の巨大な扉が現れる。

 そして、その脇に備えられたコンソールをテレジアが操作すると、巨大な駆動音とサイレンを響かせながら扉が緩やかに開いた。


「こ、これは――」


 その奥に広がる光景に、火斂が驚きの声を上げる。

 そこにあったのはほとんど用途の分からない大小様々な部品群だった。しかし、その中にある巨大な筒状の物体が全てに意味を与えている。


〈六元連環魔導砲〉エレメンタルカノン。我等が最終兵器だ。ようやく各所に発注していた制式仕様の部品が全て揃ったところだ。全く、何度改良を加え、その度に一から組み直したか分からん」

「最終、兵器?」

「そうだ。闇を光に、光を火に、火を水に、水を土に、土を風に、風を闇に。連なるように魔力を循環させると、そこに新たな属性の魔力が生まれる。循環させれば循環させた分だけだ。その力を圧縮し、解き放つ。それだけが父上に打ち勝つ方法だ」

「新たな属性って、一体――」

「巡る世界に生まれる力さ。お前にも、私にもあるものだ」


 即ち、存在を動かすもの、命。

 その奔流にのみ込まれれば、個人の命など容易く流されてしまう。

 これを前にしては如何にヘルシャフトとてなす術はないはずだ。


「ちょお待って。つまり……征示先輩がおればこと足りるっちゅうことなんやないの?」

「いや、それはな――」

「確かに、六元連環は征示にも不可能ではない。だが、これによって生まれる力は一つの命に詰め込めるものではない。全生命の重みを抱くようなものだからな。征示が六元連環を使えば、その身は耐えられない」


 正に膨大な命の流れに溺れ、己の存在を見失う結果となりかねないのだ。


「しかし、魔力は自身の魔力容量以上を生産するとマナに還元されるはずだが」

「その通りだ。それが魔力の原則だ。だが、これには他の魔力とは異なる特質がある。通常、一の容量には魔力を圧縮しても精々百程度しか詰め込めないが、この魔力は無限に圧縮され続け、膨大なエネルギーが生み出されるのだ」


 だからこそ、ヘルシャフトにも通用する。

 色々と規格外の彼は一の容量に万の魔力を抱くことができると目算されているが、理論上それを遥かに上回る出力を容易に実現できるのだから。


「とは言え、勿論機械的な限界はあるがな。……何にせよ、これを人間の手のみで完全に制御するのは不可能だ」


 実際、そうした知見がなかった頃に概念実証のための六元連環の魔法を実験したことがあったが、膨大な魔力を制御できずに危うく命を落とすところだった。

 半分以上崩れつつあった体を見て、半狂乱になったテレジアの姿を僅かに覚えている。


「ただ、やはり機械でも制御は危うい。そこでお前達の圧縮魔力の出番という訳だ。お前達には各属性の魔力を魔導水晶を介して注いで貰いたい」

「魔導水晶……天然の魔造石英か。それを用いるのなら、各人の属性魔力は必要ないのでは? 紋様次第で属性魔力にも変換できたはずだが……」

「その辺のリソースを全て魔力の循環と発生した力の制御に向けているのだ。初期型プロトタイプは属性魔力への変換も組み込んでいたが、一発も撃てずに全損したからな」


 テレジアは砲身をペシペシと叩きながら告げると、一同を振り返った。


「と言う訳で、だ。父上ヘルシャフト打倒のため、お前達にはこれの組み立てを手伝って貰うぞ! そして、組み上がったら魔力を均等に生成する特訓だ。さあ、働け!」


 腕を組んで偉そうに言うテレジアに、征示に寄り添ったままのアンナが溜息をつく。


「……まず隗より始めよ」


 ポツリと呟かれた言葉に「うぐ」とテレジアは呻き、誤魔化すように頭をかいた。


「わ、分かっている。勿論、私も手伝うさ」


 そうして率先して動き出したテレジアは、一際大きな装置を独りで軽々と持ち上げた。


「って、何ちゅう馬鹿力しとるんですか!?」


 明らかに吊り具が必要な重量物を持ち上げるばかりか、それを足取り軽く所定の位置に移動させるテレジア。

 その小柄で可憐な外見に不釣り合いな姿に、旋風だけでなく皆の驚愕の視線が集まる。


「お前達も魔力で身体強化ぐらいしているだろう?」

「いや、テレジア様の馬鹿力を皆と一緒にしないで下さい」


 彼女は魔力の圧縮もできないが、それを補って余りある魔力出力と魔力容量を誇る。そのため、身体強化においては正に世界最強レベルなのだ。

 とは言え、魔法に肉体の強さだけで挑むことなどできはしないが。


「せ、征示。私を怪力女みたいに言うな! こんなに可憐な乙女を捕まえて!」

「魔法のある世界ではもう、見た目が可愛いかどうかなんて力とは関係ないでしょうに」

「う……と、とにかく、お前も動け! アンナもだ」

「了解です。土闇二元連関〈闇を纏い、オーバー・クロス・鎧と成す〉ダークマター」「分かった。〈der Anfang des Puppenspieles〉」


 テレジアの指示に、即座にアンナと共に同時に魔法を発動する。

 征示はその場に漆黒の全身鎧ゲベットを五体生み出し、その内の一体を操り、残りの四体をアンナに預けた。自ら纏うこともできるが、こうした方が魔力制御の訓練になるのだ。


「何と言うか、嫌な光景だな」

「……全くや」


 ゲベットに特に苦汁をなめさせられた旋風と那由多が、それを見て顔をしかめる。

 そんなトラウマがなくとも、明らかに戦闘用の全身鎧達が装置の組み立て作業を行っている様子は限りなくシュールだった。

 水瀬も特撮の舞台裏を見て幻想を砕かれた子供のような、とても残念な顔をしている。


「ほら、お前達もさっさと働け! 大一番はすぐそこに迫っているのだぞ!」


 そして、テレジアの大声に渋々という感じで動き出す〈リントヴルム〉の面々。

 最終決戦直前だというのに、どこか締まらない。

 賑やかになってもヴェルトラウム城は相変わらずだった。

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