第34話

 空を一筋の光が貫いてゆく。

 その背筋が凍るような美しさは恐ろしいまでの威力を宿す証。

 それは人知によってすらも容易に制御できるものではなく、〈六元連環魔導砲〉エレメンタルカノン本体はフレームが赤熱し、冷却水の配管は吹き飛び、そこから高温の蒸気を噴き出している。

 それでも尚、構わず限界まで照射を続けた結果、砲身は溶け落ち、六つの属性を巡らせる魔導水晶は砕け散り、そこでようやく極光の如き輝きは失われた。


「やった、か?」


 僅かな葛藤と共にテレジアは空に目を凝らした。〈リントヴルム〉の面々もまた強烈な閃光に眩んだ目を照準の先に向けている。


(父上……これで――)


 実の父親へと比類なき威力を宿す一撃を放つことに、躊躇いがなかった訳ではない。

 たとえ根本から考えが対立していても。

 弱者と見なせば実の子すら容易く殺すような相手だったとしても。


(終わりです)


 それでもテレジアはこの世界を選んだ。この世界にある無数の強さを信じた。

 だから、僅かに淀む迷いを振り切るように、父親の最期を目に焼きつけようと空を見上げ続けた。しかし――。


「ば、馬鹿な……」


 そんな甘い考えは次の瞬間、完膚なきまでに打ちのめされた。

 蒼天の中に浮かぶ闇。宇宙を思わせるような深淵の黒。

 澄み渡る空を尽く穢すかの如き人型の暗闇を前に、始まりのあの日、あの〈首城ヴァイクラフト〉は謁見の間にて抱いた強い恐怖心を呼び起こさせられる。


「あれに、耐えた、だと?」


 愕然としたように那由多が呟く。同じ魔力を繰る者として、それがどれだけ異常なことかは誰もが肌身で感じ取っていることだろう。


「三千年の研鑽、伊達じゃないってことか」


 火斂の呆然とした言葉にテレジアは奥歯を噛み締めた。

 命という力そのものを叩き込む一撃をも上回る強さ。もはや三〇〇〇年という歳月の果てに、彼は命をも超えた領域に足を踏み入れているとしか考えられない。


「こ、これじゃあ、もう、打つ手が――」

「レア先生、どないするん!? まだ策はあるんやろ!?」


 水瀬の今にも泣き出しそうな声を打ち消すように旋風が詰め寄ってくる。

 そんな彼女を前にテレジアは拳を固く握り、口を噤むしかなかった。


(各地の魔導師達を呼び寄せる? ……いや、だが、それでは魔導機兵を見過ごすことになる。被害を最小限に抑えるための配置が無駄になってしまう)


 とは言え、もはや事態は被害の大小を考えていられる段階にはないが。


(しかし、〈六元連環魔導砲〉エレメンタルカノン以上の破壊力には、彼等を集めたところで……)


 足下にも届きはしないだろう。

 ヘルシャフトの力は完全にテレジア達の想像を逸脱していた。


(圧倒的な暴力を前にしては、私達の望む強さのあり方など塵芥に過ぎないとでも言うのか? くそっ、どうすれば、どうすればいい!?)


 だから、テレジアは思わず縋るように征示に視線を向けてしまった。


「……お兄様」


 アンナもまた、か細い声で征示に呼びかけ――。


『大丈夫だ。まだ策はある』


 それに答えるように魔導通信機越しに届いた言葉に、全員の意識が集まる。


『だから、皆、力を貸してくれ。そして、信じてくれ。俺の、勝利を』

「あ……当たり前や! うちは征示先輩の指示には従う!」


 征示の願いに最初に反応したのは旋風だった。「従う」とは言いながらも、そこに強制のニュアンスはない。彼女自身の意思と重なったそれは従属であって従属ではない。


「ぼ、僕は、僕を信じられませんけど、先輩のことは信じてます!」


 次いで自分の弱気を振り払うように叫ぶ水瀬。しかし、他者への信頼は、己の抱く他者への評価を正しいと信じることでもある。


「私は……あの敵が恐ろしい。だが、征示。お前が必要だという時に、恐怖如きで力を貸せないことの方が私は怖い。お前の勝利を信じ、この恐怖を飲み込もう」


 静かに告げた那由多に虚勢はない。それはもはや依存ではなく、純粋な信頼だった。


「まあ、俺が殊更言うことはないけどな。あえて言うなら……あれだ。いいか? 勘違いするなよ。手助けは今回だけだ。お前を倒すのはこの俺だからな」


 冗談染みた言葉は空気を読まない火斂らしい。

 彼については、それこそ殊更言う必要はないだろう。


「私の全てはお兄様のもの。力も身も心も。お兄様、愛してる」


 そして、アンナは混じり気のない信頼と愛情の深さを示す。こと、この場において、彼女のストレートな言葉は征示の力となるに違いない。

 それぞれがそれぞれの言葉と共に属性魔力を征示へと送る。

 そんな彼等の心強い姿を見れば、胸に渦巻く敵への恐怖心も薄らぐ。


(ああ。そうだ。これこそが私達の求めた強さだ。……だが――)


 揺らいでしまった己が理想とする強さへの信頼もまた、テレジアの胸で再び輝きを取り戻す。しかし、テレジアは同時にその輝きの強さ故に不安を感じていた。

 少なくとも、それはただ一人に背負わせるべきものではないはずだ。

 そして何より、具体的なことが語られない征示の策に、テレジアは危惧を抱いていた。


『テレジア様?』


 テレジアの沈黙に、心配の色を声に滲ませる征示。

 戦闘の最中にあって自分を気遣う征示の言葉に、彼の中の自分の大きさを感じ、テレジアは肥大化する憂慮を抑えつつ口を開いた。


「問われるまでもない。私の力が必要なら、血の一滴までくれてやる。お前がどのような状況に陥ろうとも私は共にある。……だが、お前、まさか――」


 この場で征示が取る策について、テレジアには一つしか考えられなかった。

 それを問い詰めようとするも「そうあって欲しくない」という気持ちが先立ち、言葉が続かない。そして、そう躊躇している間に征示は詠唱を始め、テレジアの危惧は現実のものとなった。

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