第一章 大原旋風は従わない
第2話
「大原さん、勝手な行動は慎んでくれ」
私立明星魔導学院高等学校が一室にて。
征示は眼鏡を中指で僅かに押し上げながら、大原
「別に敵は全部倒したんやから、問題ないやろ?」
不機嫌さを隠さずに怪しげな関西風の口調で返す旋風。
ちなみに彼女、生まれも育ちも学院がある長野県である。
関西圏には旅行にも行ったことがないそうな。
「これは大阪弁やない、自分方言や」とは彼女の弁だ。
「問題だらけだ。君のせいで皆、予想値の五倍以上魔力を無駄に消費してしまった。今日は幹部達も特殊な人形達も出てこなかったにもかかわらず、だ」
「細かいやっちゃなあ。うざったい。ちゅうか、こん前から思っとったけど、何で隊員やない先輩がでかい顔してここにおんねん」
彼女の言う「ここ」とは魔導師を育成するこの学院において、選抜された者のみが所属できる明星魔導遊撃隊、通称〈リントヴルム〉のこと。
場所で言うなら関係者以外立ち入り禁止の作戦室だ。
「……それは、俺だけに言われても困る」
「聞けば先輩。去年の今頃からずっと入り浸っとるそうやないか。そもそも魔力素も作られへん、魔法は借りもん。そないな奴が参謀とは片腹痛いわ」
征示は目を閉じてこめかみを押さえた。確かにそれを言われると少し弱い。
魔法。二五年前、長野県は皆神山直上に現れた人類の敵、異世界からの侵略者と共に流入した異界のエネルギーにより、人類はその力を手にするに至った。
魔法を行使する手順は簡単だ。
第一に、マナと名づけられた異界のエネルギーを体内で魔力素、読んで字の如く魔力の素となるものに変換する。
第二に、各々が持つ属性というフィルターを通すことで属性魔力へとさらに変換する。
属性は土、水、火、風、光、闇の六種類だ。
最後に、生成した属性魔力に言葉とイメージで指向性を与えることで様々な魔法が発動する。
そういったことを可能にする仕組みを、人はその身に宿すようになったのだ。
ただし、それが可能なのは二五年前のその時以降に生まれた人類に限られ、二五歳以下だからと言って必ずしも魔法が使えるとは限らない。
そんな中で征示は特殊な事例で、自ら魔力を生み出せないが、他人の魔力を借りれば魔法を発動できるという特異な体質の持ち主だった。
その歪さをとやかく言う輩は昔から多かった。
「もう一度聞くで。何で先輩みたいなんがここにおんねん」
強い旋風の言葉。それは問いの形を取った糾弾だった。
「それは――」
「それは征示が私のパートナーだからだ」
征示の言葉を遮って答えたのは凛とした立ち姿の少女。
つい先程まで行われていた侵略者との戦闘の報告を終えて戻ってきた〈リントヴルム〉の隊長、
茶色がかったショートカットで制服も若干着崩している旋風とは対照的に、那由多は長く癖のない黒髪で制服の着こなし方も優等生然としている。
誰よりも自信に溢れた表情は、学院でトップの魔導師という評価を納得させるものだ。
しかし、その自信、征示から見れば歪んでいる上に度が過ぎている部分があるのだが。
「パートナー? 隊長のいい人っちゅうこと? はん、公私混同甚だしいわ」
二年生、しかも隊長の那由多に対して、荒い言葉を投げかける一年生の旋風。
傍から見れば冷や汗ものだが、那由多という人物をよく知る征示から見れば何の問題もない光景だ。那由多はこの程度で怒る程、狭量ではない。
「勿論、いずれ私の婿にしてみせるが、そうではない。まだ私の片思いに過ぎないしな」
「は、はあ? あんた、何言うとんの?」
那由多の破天荒な物言いに、さすがにまだ日の浅い旋風は面食らったようだ。
容姿端麗、文武両道。そんな那由多の唯一の問題、征示の頭痛の種がこれだった。
彼女は征示に酷く執着しており、ことあるごとに告白染みたことを言う。にもかかわらず、普段は家来を振り回す我侭な王様のように自分の問題に征示を巻き込むのだ。
それにつき合う征示も征示なのかもしれないが、ともかく、その結果として征示は〈リントヴルム〉の参謀に納まっているのだった。
「いいか、征示はな。魔導の知識は私以上に優れているし、状況分析力も高い。だけでなく、たとえ借りものだとしても魔法の応用力はトップクラスだ。まあ、前線で戦うには若干不安定だがな。参謀としてはこの学院で最も優秀と言っていい」
「信用できんわ。どうせ、惚れた欲目いう奴やろ」
「確かに那由多の俺に対する評価、特に外見の評価は過大の傾向がある。けど、少なくとも魔導の評価に間違いはない。そう俺も自負している」
「へえ、案外自信家なんやな」
「自分を卑下しないだけだ」
「……ふん。まあ、ええわ。ともかく、うちは先輩に従う気はあらへんから」
面倒臭くなったのか、あるいは興味が失せたのか旋風は話を切り上げると、作戦室から出ていってしまった。
「先輩達も大概だったけど、今回選ばれた彼女も癖が強いな」
旋風の足音が遠退いてから、溜息と共に那由多に小さく呟く。
「仕方がないさ。癖があるからこそ突き抜けた才能を持てるとも言える」
「ああ。那由多を見ているとそんな気がしてくるよ」
征示はもう一度深く嘆息し、窓の外へと視線を移した。
西暦二〇二四年。時節は秋。校庭のカエデも紅葉を始めている。日本の学校制度では丁度代替わりの時節だ。
大原旋風は引退した三年生に代わって選ばれた魔導師だった。これまで何度か戦闘を見た限り、自由奔放に過ぎる性格に目を瞑れば先代以上の才能に恵まれている。
しかし、協調性に乏しいのは隊にとって大きなマイナスだ。
「さて、どうしたもんかな。道具の補助なしに飛行できる風属性は隊に必須だし、その上であれだけ戦える子は貴重なんだが……」
「放っておいて構わないと思うけどね。ああいう子は強制しても長所が潰れるだけだ」
「……今回のように雑魚が相手ならそれでもいいかもしれない。けどな――」
「幹部連中が相手ならそうもいかない、と言いたい訳か」
「ああ。それに、こちらから奴を討つなら尚更だ」
征示は立ち上がり、窓の傍に寄った。
那由多もまたその隣に立ち、征示の視線の先にあるものを睨みつける。
「ヴェルトラウム城……いつ見ても忌々しいな。この方角ばかりは悪天候の方がいい。テレジアはもう少し景観というものを考えるべきだな」
皆神山直上に浮かぶ巨大で歪な城に対し、那由多が吐き捨てるように言う。
色々と曰くのあるかの山も、その上を行く得体の知れない存在を前にしては形なしだ。
二五年前に突如として現れたそれは、異世界〈魔導界ヴェルタール〉からの刺客、この世界を侵略せんと企むテレジア・フォン・ヴェルトラウムの居城だ。
「彼女にその辺のセンスを問えるかは定かじゃない。そもそも未だ彼女の姿を見た者はいないし、テレジア直属の三魔導師とやらも二人しか確認されていないからな」
「七年前に現れ始めた漆黒騎士ゲベットと、五年前に現れ始めた魔導人形師アンナか」
「ああ。その二人にしても前線に出るのはゲベットのみだ。アンナは人形を使うばかりで基本姿は現さないからな。幾度か交戦経験のあるゲベットはともかく、アンナと三魔導師の残る一人、何より敵首領たるテレジア自身の実力は未知数だ」
「ふむ。確かに参謀としては万難を排したい気持ちは分かる。しかし……」
納得の意を示しつつも、奥歯にものが挟まったような言い方をする那由多。
やはり作戦に従うことを強制すれば、旋風の持ち味が殺されると危惧しているようだ。
「まあ、征示がそうすべきだと言うのなら、その方が後々有益なのだろう。とは言え、どう対処する? あの様子なら征示の言葉は届きそうもないが」
「それは、これから考えるさ」
那由多の問いに答え、征示は眼鏡を中指で軽く押し上げた。
ちなみにこの眼鏡、伊達である。
参謀なら眼鏡キャラだと彼女に強制された結果だ。
「うむ。その辺りは我等が参謀殿に任せよう。これでこの話は終わりだな」
那由多は話を打ち切ると怪しげな笑みを浮かべて、征示にすり寄ってきた。
ハッとして周囲を見渡す。わざわざ確認しなくても二人切りだ。
(これは、まずい)
征示は次の展開を察知し、彼女から離れようとしたが、その前に腕を素早く絡め取られてしまった。魔力で身体能力を強化しているのか、外そうとしても一ミリも動かない。
「征示、いい加減、私の想いに応えてはくれないか?」
強烈な目力と凛々し過ぎる表情を除けば清楚な出で立ちの彼女だ。
甘い声と共に傍に寄られては、心臓に負担がかからない男子はいまい。
「お、お友達で」
しかし、そこはある種の慣れと鋼の意思で、征示は定型句を返した。
「私程将来有望な女もそういないぞ? 姉はこの学院の理事長代理だし、私とて珍しい光属性の上、〈リントヴルム〉隊長に選ばれる程の魔導師だ。卒業後は引く手数多だろう」
「ま、前々から言っているけど、今は恋愛をしている余裕はないんだ」
「なら、婚約だけでいいぞ。私はいつまで待っても構わない」
何だか今日はしつこい。
さすがに那由多が戻るまで旋風と二人切りだったせいではあるまいが、この隊長、予想の斜め上から嫉妬してくる時があるから困りものだ。
「いや、あの、だから――」
「だーっ、いやあ、すっきりしたなあ。快便快便、人生で一番出たかもな」
そこに、何もかもぶち壊しにする言葉と共に作戦室に入ってくる茶髪の男が一人。
「……
現隊員の最後の一人たる彼の名を、那由多が底冷えするような恐ろしい声色で呼ぶ。
熱血馬鹿として校内で名が知れている火斂だが、空気を読まないことでも有名だ。
しかし、こと那由多のアタック回避に関しては、征示はその空気の読まなさ加減に非常に助けられている。
「君という男は、本当に、間の悪い……」
肩を震わせながら魔力を充填させる那由多。普段の器の大きさはどこ吹く風、求愛中に邪魔をすると彼女は恐ろしく不機嫌になるのだ。
(……すまない、火斂。骨は拾おう)
征示は心の中で火斂に感謝しつつ小さく手を合わせた。合掌。
「え、ちょ、ぬわあああああっ!」
そして、作戦室に響き渡る野太い悲鳴。
熱血枠にしてコメディリリーフ。それが焔火斂という男の隊での立ち位置だった。
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