第26話
「二五年。全てはこの時のためにあった。さあ、本当の戦いを始めるとしよう」
あの日から様々なことがあった。
最初の十年程は余りに未熟なテレジアに代わってヴァールハイトが渉外を務め、その間にテレジアは様々なことを学んだ。
教師として魔法を教えたこともあった。その中でテレジアこそが道を教えられた。
かけ替えのない出会いがあった。そして、あやふやだった意思は強き信念となり、今となっては強さに対する自分なりの答えも得たと信じている。
答えを探すだけの日々が終わった今、それを戦いの中で証明しなければならない。
テレジアはその決意を込めて、空に浮かぶシュタルクを見据えていた。
「格好をつけているところ悪いけど、奴の情報をくれないか」
空気を読んで読まない火斂の言葉に、兄を意識して狭窄しかけた視野が広まる。
裏を知りながら時を過ごしてきた者にとっては、これが真の初陣のようなもの。故に少しばかり身も心も硬くなっていたかもしれない。
「うむ。まず兄上は土、水、火、風の四つの属性を持ち、その全てにおいて超一流だ。加えて、それを同時に操ることができる。即ち、一度に複数の魔法を発動できるのだ」
「異なる属性のものであってもか?」
驚愕を顕にした那由多の問いに深く頷く。
彼女が驚くのも無理もないことだ。それは言うなれば、右手と左手で同時に別々の絵を描くレベルを遥かに超えた高度な処理だからだ。
「次に兄上の戦闘スタイルだが……まず基本的に連関魔法は使わない。それぞれの属性魔法を四つ同時に放った方が、威力、効率共に優れているからだ」
勿論、一度に一つの魔法しか制御できないのであれば、連関魔法の方が有用なのだが。
「その上で兄上は圧縮魔力を人型に留め、それを四体同時に操って戦うことを好む。さしずめ魔造精霊の召喚というところか。そして、兄上自身はそれによって作り出した隙を狙う。まあ、この場はアンナの上位互換と思ってくれていい」
「で、どう戦うんだ?」
「作戦は単純だ。お前達三人で四体を抑え、私が兄上を叩く。以上だ!」
そう告げると共にテレジアは飛行補助用の魔導水晶に魔力を通し、一気にシュタルクの許へと翔けた。一瞬遅れて征示が続くのに従って二人も倣う。
『四人で、いいのか?』
その様子を嘲るような笑みと共に見下していたシュタルクが口を開き、同時に彼の周囲に四色の魔力拡散光が淡く輝き出す。
『
そして、そう告げると共に現れる四色の人型。赤、青、緑、黄。それはさながら色のついた黒子のように、その色と人型であるということ以外の特徴は皆無だった。
「征示!」
目の前に立ち塞がった四体に構わず突っ込みながら、その名を叫ぶ。瞬間、テレジアを闇と炎と光の魔法が追い越していき、四体の動きを鈍らせる。
その隙を突いて、テレジアはシュタルクの眼前に躍り出た。
「ほう。異世界の猿共をよくよく仕込んだようだな」
愉快そうに嗤う兄を前に、闇の中から取り出した〈魔剣グレンツェン〉と〈魔銃クラフト・イリス〉を静かに構える。そして、〈魔導界ヴェルタール〉の言葉で戦意を示す。
「真淵流奥義、空宙の型二式」
「世界を渡るための小道具に子供の玩具。さらには魔法の力に乏しく不老も果たせぬ老い耄れの技か。俺を笑わせて戦力を削ぐつもりか?」
「ふん。そんなことで兄上を弱体化できるなら、道化になっても構わない。だが――」
テレジアは間合いを詰めつつ銃撃で牽制しながら、剣を最小の動きで振るった。
「私は真剣だ。そして、これが私なりの戦い方なのだ!」
当然の如く回避されるが、それはテレジアも織り込み済みで回避先を予測して連続して剣を繰り出す。
「持てる全てを組み合わせ、工夫する。それが地力に劣る者の唯一の道だ!」
長年の鍛錬で無駄を極限まで削ぎ落した連撃は、体の捌きのみで回避できる程生易しいものではない。しかし――。
「所詮は弱者の悪足掻きだ。
剣の一撃は魔法により生み出された石の剣に防がれる。外見から石と感じたが、手応えと金属的な音からして明らかに通常の物質ではない。
「絶対的な力を前に、弱者の工夫に価値はない。捻じ伏せてやろう」
そして、逆に振り下ろされた石の剣を受けて、テレジアは大きく弾き飛ばされてしまった。一撃の重さはシュタルクの方が上のようだ。
「力こそが全てだ。愚かなテレジアよ。弱肉強食の理の中で惨たらしく奪われ、そして死ね。
大きく間合いが開いたタイミングに合わせ、シュタルクが周囲に無数の炎、と言うよりももはやプラズマとでも言うべき眩い光球を発現させた。その輻射の輝きを見るに、明らかに常識的な火属性の魔導師が操る数千度の炎を凌駕している。
テレジアの前方一面に展開されるそれらは、まるで小さな太陽だった。
そんな圧倒的な力を前にしながら、しかし、テレジアは僅かたりとも目を背けることなくシュタルクを真っ直ぐに見据えていた。
「何だ、その目は。……まさかお前は力の差も理解できない程の愚か者か?」
テレジアの態度に苛立ったようにシュタルクが顔を歪ませる。
「絶望し、恐れろ! 私はお前のその顔を見るために、態々この世界に来たのだ!」
「私は……絶望などしない。この世界には、私の希望がある」
静かに、同時に力強くテレジアは告げた。いつか抱いた彼に対する、ひいては〈魔導界ヴェルタール〉のあり方に対する恐れを振り払うように。
「……実力差も理解できないなど獣にも劣る。そのような者の無様な現実逃避程、興醒めなものもない。もういい。疾く死ね」
次の瞬間、彼は興味を失ったように一切の躊躇なく全ての炎をテレジアに集中させる。
「兄上、貴方は二つ大きな勘違いをしている」
対してテレジアは〈魔銃クラフト・イリス〉を闇の中に放り、〈魔剣グレンツェン〉を両手で構えた。
「覚醒しろ、〈魔剣グレンツェン〉!」
「何っ!?」
テレジアの叫びに呼応して両手剣と化した〈魔剣グレンツェン〉は、テレジアの魔力を思う存分に吸収し、テレジアの意思に従ってその力を顕現させた。
次の瞬間、周囲の空間に無数のひびが入り、砕け、空間に穴が開く。
そして、強大な存在感を示していた極小の太陽達は〈魔剣グレンツェン〉が生み出した空間の穴に落ち、一つ残らず消え去った。
「全て……消された、だと?」
「私は兄上との実力差など十二分に理解している。だが、その差は努力と工夫で埋まる程度のものでしかない!」
「くっ、生意気な」
渋面を作りつつ、シュタルクはテレジアの後方に視線を向けた。
その先では、征示達がシュタルクの生み出した魔造精霊達を抑え込んでくれている。
その様を目の当たりにした彼は忌々しげに舌打ちをした。
「隙だらけだぞ、兄上! 吼えろ、〈魔銃クラフト・イリス〉!」
再び闇の中から取り出した銃を構え、過剰なまでの魔力を込めて弾丸を解き放つ。
「舐めるな、愚妹がっ!
風、水、火、土それぞれの魔力で層を作るように形成された盾がシュタルクの目の前に展開され、威力という点では先程の彼の炎と遜色ない一撃が防がれてしまう。
「ぐっ、貴様っ!」
しかし、その衝撃を完全に殺すことはできず、彼はその余波に表情を歪ませていた。
「私の武器は魔改造の結果、小道具や玩具の域を逸脱している。魔法の使えない私でも魔力の大きさと技だけで戦える程にな」
導具を作り、改良し、生得的な力だけでは及ばない相手に打ち勝つ。それこそは正に人間の人間たる姿そのもの。工夫こそは人間の道だ。
テレジアはそれを魔法のないこの世界で学び、そして、知ったのだ。
それもまた一つの力だと。
「小細工をっ……!」
「文句はあれらを抑えられただけで小細工が通じる自分自身の弱さに言うことだ」
小細工と言うなら、第一は魔造精霊達を真っ先に抑え込んだことだ。
当初は征示一人に四体全てを任せる手筈だったが、火斂と那由多が加わったおかげで大分余裕がある。いずれ、あれらを撃破し、こちらに合流することだろう。
そうなれば、結果は決まったも同然だ。
「悪いが、私は卑怯とは思わないぞ。数もまた、力だからな」
「……数は力。確かにそうだな」
もはや勝ち目の乏しい状況にもかかわらず、テレジアに静かに同意するシュタルク。
その様子は余りに不気味で、テレジアは当惑しつつ警戒を強めた。
「では、こちらも物量で攻めるとしよう。
そして、狂った笑みと共に彼がそう告げた瞬間、後方の魔力の気配が急激に増加する。
ハッとして振り返ると魔造精霊の姿がぶれ、複製されたように四倍に増殖した。
「なっ、これは――」
突然の敵戦力の増大を前に、それらを相手にしていた皆の動きに動揺の色が見える。
中でも既に二体を相手にしていた征示は、八体もの敵に囲まれて翻弄されつつあった。
「異世界の猿共には荷が重過ぎるのではないかな?」
余裕を取り戻し、嘲笑を表情に浮かべたシュタルクに、テレジアは奥歯を噛み締めた。
「過去の戦いでは兄上は四体までしか――」
魔造精霊を発現させていないはずだ。そう彼が行った全侵略の記録に記載されていた。
「それは偏に、そうする価値のある敵がいなかっただけに過ぎない」
そう冷淡に告げ、シュタルクはさらに上がった口角を歪めた。
「喜べ、愚かなテレジア。お前の小細工は過去の虫けら共よりはマシだ。……が、それだけだ。見ろ。なすすべもない猿共の姿を」
防戦一方に陥った彼等の姿を指し示し、シュタルクが嗤う。嗤い続ける。
その姿にテレジアは知らず己の拳を固く握り締めていた。
「諦めろ。今度こそ絶対的な力の差を理解し、絶望するがいい。あるいは、弱者など見捨てて逃げ出すのもいい。このような世界、お前には何の関わりもないのだからな」
「……――ざけるな」
「ん? 何か言ったか?」
「ふざけるな、と言ったのだ!」
人を馬鹿にした言動とその面に苛立ちが限界を突破し、テレジアは声を荒げた。
「私はこの世界を見捨てたりしない」
そして、自身のこれまでを振り返りながら吼える。
「力が弱いからと、魔法が上手く使えないからと。そんなことで私は、誰かを奪われるしかない弱者だと切り捨てたりはしない!」
「何をほざこうと真理はただ一つ。力こそ全てだ」
「……ああ。それは正しい。だが、前提を一つつけ加えさせて貰う。全てが力だとな! 誰しもが本当は強い。それが真理だ!」
魔法を使えない無能者の烙印を押された者が、こうして魔法に挑んでいるように。
多数決の常識で弱者の謗りを受けた彼が、最前線のこの場で戦っているように。
(そうだろう? 征示)
一瞬だけテレジアが見出した彼に視線を向ける。と、多数を相手にする最中、彼もまたこちらに意思に満ち溢れた瞳を返してきた。
そして、互いに頷き合い、視線を戻す。
「ふん、妄言だな。事実、あの猿共は弱いではないか」
「兄上の目は節穴か? 彼等は私などよりも余程強い。真っ当にな。妄言かどうかはすぐに証明してくれるさ」
そう力強く告げると、テレジアはシュタルクを強く見据え、再び両手剣と変じた〈魔剣グレンツェン〉を天高く掲げた。
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