第4話
ヴェルトラウム城謁見の間。その巨大な玉座には不釣合いな程幼く見える少女が、王の如き威厳を装って座っていた。
長く美しい白銀の髪を玉座の肘かけに流し、ルビーのような真紅の瞳で真っ直ぐ前を見据えている。
しかし、貫禄を纏うには少々無理があり、正直愛らしいだけの姿だった。
「以上が新たに〈リントヴルム〉に入った者のデータです」
その前に跪き、慇懃に報告するのは漆黒の鎧。中の人などいないと言わんばかりに、装甲の繋ぎ目にはただ闇だけがあり、頭部も歪な兜で覆われている。
「ふむ、これで三人とおまけが一人。光属性の夕星那由多、火属性の焔火斂、此度入隊した風属性の大原旋風、参謀役の玉祈征示の四人になった訳だな」
「はい。ただ、魔導機兵との交戦を見る限り、大原旋風は魔導師としての資質にこそ富んでいますが、他の仲間との連係は取れていません」
「弱者は群れねば何もできぬと言うのに、協調もできぬとは救えぬ愚か者よな」
無理して仰々しい口調を使う彼女こそ、世に侵略者と名高いテレジア・フォン・ヴェルトラウムだった。
そして、そんな彼女につき合う鎧は漆黒騎士ゲベットと呼ばれ、テレジアに従う三魔導師として一般に知られた存在だ。
「まあよい。処理はお前に任せる。我は長くここを離れられぬ故な」
「はっ、お任せ下さい、テレジア様」
跪いたまま頭を下げるゲベットに、テレジアは満足そうにゆったりと頷いた。
「……お兄様、テレジア様、さっきから何をしてるの?」
そんな二人にそう訝しげに問うたのは、歪んだ表情のぬいぐるみを肩に乗せたゴスロリ少女。滑らかな金髪ツインテールと人形のように白い肌が黒を基調とした服に映え、幼く愛らしい容貌を引き立てている。
魔導人形師アンナとして名前だけ知られている彼女は、広間の片隅で数体のマリオネットを巧みに操って一人芝居に興じていたが、二人のやり取りは全て聞いていたようだ。
ちなみにアンナはゲベットのことをお兄様と呼ぶが、血の繋がりがある訳ではない。
「ああ、テレジア様が魔王ごっこがしたいと言い出してな」
テレジアの前にもかかわらず、砕けた言葉でアンナにそう告げたゲベットに、テレジアは片眉を上げた。無礼を咎めている訳ではない。
「……テレジア様、またゲームか何かに影響されたの?」
「わ、悪いか?」
アンナの口調にも宿る呆れに、テレジアは子供のように唇を尖らせた。
「別に悪くない。けど、無理した喋り方は不自然。我、とか」
操られたマリオネット達が一斉に笑いの仕草を取る。
それに対してテレジアは白磁のような肌をカーッと赤くした。
「わ、私だって、たまにはそんな風に威張ってみたい時だってあるのだ。それに、一応魔王ポジにいるのだから構わないだろう?」
「しかし、あちらの世界におられる世話役の爺殿が見たら、何と言われることか。これでは、いつまで経っても父君や兄君を見返せませんよ?」
「ぐ、ぬぬぬ、それは、その……次に買うゲームをクリアしたら本気を出す」
「それ、この前も言いましたよね?」
「い、いや、この前はラノベの新刊を読んだら、だ。そして、その前はアニメの最終回」
「似たようなものじゃないですか」
ゲベットはあからさまに嘆息した。
しかし、それはテレジアの言い訳に呆れているだけで、自分を振り回す彼女の思いつきを嫌ってのことではない。
「テレジア様、日本の文化に毒され過ぎ」
「し、仕方がないだろう? あちらには、これ程までに面白い娯楽はなかったのだから」
「だからって、魔導機兵をあんな形にするのはどうかと思う」
城に満ちるテレジアの魔力素によって常時自動で生成される人形、魔導機兵。
今日、〈リントヴルム〉の面々が戦ったのが正にこれだ。
本来の用途はテレジアの故郷の世界での等身大陣取りゲームの駒。初歩魔法を使わせることができる程度のそれに指示を出し、指揮能力を競うためのものだ。
しかし、丁度、単純なプログラムを組み込むことができるため、〈魔導界ヴェルタール〉では侵略の尖兵としても利用されている。
その魔導機兵だが、何故か外見は様々なアニメやゲームに登場するロボットに逆の意味で絶妙なアレンジを加えたパチモン感溢れる姿に魔改造されていた。
正直、共に戦う者の意欲を削り取るデザインだ。
「そもそもテレジア様には絶望的にセンスがない。お兄様から貰ったぬいぐるみが擦り切れた時も、テレジア様に直して貰ったら、こんな変な顔になった」
マリオネット達が一斉に彼女の肩に乗ったぬいぐるみを手で指し示す。その顔は珍妙としか言いようがなく、言い知れぬ気配を漂わせている。
「い、いい味を出しているではないか」
僅かに視線を逸らすテレジア。
彼女は元々美的センスに乏しい上に、イメージを形に起こす能力が皆無なのだ。
「別に、いいけど」
ぬいぐるみの顔は余り気に入らないが、それ以上の文句は言わないアンナ。
何故なら、このぬいぐるみ、兄と慕うゲベットに貰い、姉のように大事に思うテレジアが直してくれた大切な一品だからだ。
しかも、この変な顔、アンナが魔法を使えば一瞬で直るところを、テレジアが態々手縫いで直してくれたことによるもの。
それ故、センスのなさこそ辛辣に責めるが、アンナ自身、姉の努力と愛情の証たるその奇妙な顔を本気で嫌っている訳でもない。
「は、話を戻すぞ?」
「どこまで? 魔王ごっこ?」
「それはもういい」
アンナの無慈悲な追求に、テレジアはやや疲れたように口を開いた。
「〈リントヴルム〉の新人についてだ」
「俺が対応するということでよろしいですね?」
「ああ。調子に乗って突出する馬鹿者には痛い目を見せてやれ。しかし、余りやり過ぎるなよ。無駄に戦火を広げて、ゲームの発売が延期になってもアレだからな」
「了解です」
「……お兄様、わたしも出る?」
「大丈夫だ。心配するな。適当に遊んでくるだけだ。まだ、その時じゃないからな」
アンナの傍に寄り、その頭を優しく撫でたゲベットに「お兄様がそう言うなら」と彼女はほんのりと頬を赤くしながら頷いた。
「よし、話は終わりだ。……さてと。ゲームの続きでもするか」
「え? 昨日クリアしたとか言っていませんでしたか? あのRPG。裏ボスまで倒したとか騒いでいたじゃないですか。それに新しいゲーム、まだ買ってないですよね?」
「ストーリーをクリアしたゲームだろうと、ステータスを全てカンストさせるまで終わりとは言えん。それぐらい常識だろう?」
「……何て不毛」
アンナのジト目に「うっ」と言葉を詰まらせるテレジア。
「わ、私が働いたら負けだろう?」
「これがニートの生態」
「こら、アンナ。テレジア様に何てことを。大体、テレジア様はニートじゃない。歴とした自宅警備員だ」
「人それをニートと言う」
「お、お前達、私を苛めて楽しいか?」
「当然」「勿論です」
そんな二人の即答に涙目になって「ぐぬぬ」と唸るテレジア。
普段は威厳がなく、その駄目さ加減が仲間に愛され弄られる。
それが一般人には想像だにできないテレジアの一側面だった。
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