第37話

 自ら魔導水晶を砕き、わざと制御可能な領域を超えることでヘルシャフトを上回る。

 そうなれば、この身は耐え切れず、魔力の光と化して消え去ってしまうだろう。


(だけど、それでテレジア様の役に立てるのであれば――)


 その一念で征示は己の体の中心で輝く魔導水晶を引き抜き、握り潰そうと力を込めた。


『この、大馬鹿者おおおおっ!!』


 瞬間、耳を貫いた大音声に思わず振り返り、その隙を狙って仕かけてきたヘルシャフトの一撃を間一髪で避ける。それから大きく間合いを取って、声の方向を見た。


「テ、テレジア様!?」


 そこには遠く〈浮遊城ヒメルヴェルツ〉から飛行補助用の魔導水晶を用いて翔けてくるテレジアの姿があった。距離からして別の魔導水晶を利用して声を届かせたのだろう。


「愚かな弱き娘が、今更何をしに出てきた」


 ヘルシャフトがその矛先をテレジアへと向け、闇を押し固めた巨大な針を放つ。


「くっ、間に合え!」


 征示は咄嗟に〈魔剣グレンツェン〉を用い、テレジアの傍へと跳躍し、飛来したその槍を拳で叩き落とした。この程度の魔法であれば、この身にはもはや通用しない。


「テレジア様、何故ここにっ!?」

「勝利を諦めず、生を諦める奴があるか! この馬鹿者!!」


 征示の問いに答えず、声を荒げるテレジアに言葉を失う。


「し、しかし――」

「征示、もっと私達を頼ってくれ。そして、勘違いしないでくれ。私がお前に望んでいる第一は、私の理想を守ることではない。私と共に歩んでくれることだ」


 そう告げたテレジアは征示の右隣に並び、手を繋いできた。

 瞬間、魔力の光を放つ征示の手が彼女の白い肌を焼き、それと共に徐々に彼女の体までもが光と化していく。


「テレジア様、まさか――」


 テレジアの意図を知り、その手を離そうとするが彼女は頑なに離そうとはしない。


「こ、これでは、下手をすればテレジア様まで巻き添えにっ!」

「言っただろう。私の望みを。それが叶う可能性が僅かなりとも残っているのなら、私はそれに全てを懸ける。私に、私達に、お前を助けさせてくれ」


 さらに飛来する黒色の針を命の光を帯びた右手で弾き飛ばし、それから、そう告げて見上げてくるテレジア。その真っ直ぐな紅の瞳に射抜かれ、心が揺らぐ。


「お、俺は……」

「私達はお前が助けを求めたからと言って、役立たずなどとは決して思わん。むしろ、私達には助けを求める価値がないのかと悲しくなる」

「そんなことは――!」

「ならば、頼れ! 私との約束を守るために、私を頼れ! 頼ってくれ、征示」


 一瞬の躊躇。いつか浴びせられた両親からの罵倒が足枷となって言葉が出てこない。

 しかし、さらに強くなる手の温もりに、真摯な視線に、その真っ直ぐな言葉に、心に深く刻まれた過去の傷が少しだけ塞がれ、だから、征示は彼女の手を握り返した。


「ありがとう、征示。ようやく少しだけ対等になれたな」


 テレジアは心の底から嬉しそうな笑みを見せ、遠き空から無数の黒き針を放ちながら急速に近づいてくるヘルシャフトを見据えた。


「何をすべきかは分かっているな? 後は、アンナを信じろ」

「…………はい」


 そして、左手に魔導水晶を握り締め、正面に掲げる。

 その手にテレジアが右手を重ねた。

 それだけで全ての恐れが消える。死の恐れを更なる恐れで誤魔化すのでもなく、彼女の隣こそが最も自分が自然にあることができる場所だと改めて知ったから。


「……今度こそ、終わりです、父上。私は征示と共に貴方とは別の道を行く」


 そう告げつつも僅かに震えるテレジアの手に、彼女の葛藤を悟る。

 優しいが故に甘く、甘いが故に優しい彼女に親殺しは重過ぎる。

 何より、単に殺すだけでは力を奪うものと断じた彼と同じだ。


(けど、もう少しで全てが見える気がする。見えさえすれば――)


「来るぞ、征示!」


 飛来するヘルシャフトのみに焦点を合わせ、半ば距離間を失っていた視界をテレジアの言葉が広げる。既に彼は間近まで迫っていた。


「愚かな弱者共、貴様等の慣れ合いは虫唾が走る」


 そして、その手を禍々しい闇の剣と化したヘルシャフトは吐き捨てるようにそう告げると、その黒色の刃を振り下ろした。


「この場で滅びろ! 歪んだ命共が!」


 力任せ。純粋な全力。しかし、ここに至っては究極とも言える威力を誇り、確実に征示を屠る軌道で襲いかかってくる。


「征示、今だ!」


 その一撃が到達するより一瞬早く、征示は左手を握り締めて魔導水晶を破壊した。


「何っ!?」


 瞬間、魔導水晶による制限リミットは外れ、六つの属性はさらなる速さで連環を始める。それにより、超高密度の魔力そのものと化した征示達に黒き刃はもはや届かなかった。


「ば、馬鹿なっ――」


 その刃が砕け散り、黒色の粒子と化して消えていく様も、驚愕に表情を歪めたヘルシャフトの顔もその隅々までが詳細に目に映る。


(見えた。全てが)


 六元連環。命を象徴する魔力が限界を取り払われた結果、その力と一体となった征示達の認識もまたさらなる変容を遂げていた。

 命の全てが直感的に認識させられ、存在の全てが詳らかにされていく。そして――。


「六元連環――!」

「「――〈誓いは絆、絆は力〉っ!!」」


 重ねた手から解き放たれる光。それは二人を苛む命の奔流とは裏腹に、ひたすら温かな光を以ってヘルシャフトを包み込んだ。


「ぐ、が、がああああああああああああああああああっ!」


 絶叫と共に、彼の全身から放たれていた強大な魔力の圧迫感が急速に霧散していく。


「これで……終わりだ、ヘルシャフト。俺達は示したぞ、俺達の強さを」


 変じた認識の中で勝利を確かめる。


「力こそ全て。弱肉強食。お前は強者には弱者から全てを奪う権利があると言ったな。なら、俺はお前からお前の誇る強さを奪う。精々思い知れ。奪われた者の気持ちを」


 無限の命の光は、彼の中にあった魔力を司る器官のみを悉く焼き尽くしていた。

 それは即ち、彼はもはや己の拠所たる強さを全て失ったということだ。

 そして、意識を失ったヘルシャフトは光に抱かれるように緩やかに落ちていく。

 なす術を失った無力な赤子のように。

 その姿をテレジアと共に見詰め続け――。


「ぐっ、う」「く、あ」


 そこで限界が来た。

 体が少しずつ光の粒子と化して分解を始め、意識が急激に遠退いていく。

 感覚までもが失われていく中、確かなのは右手に感じる彼女の手の温もりだけだった。


「テレジア、様」

「大丈夫だ、征示」


 もはや飛行を維持できず共に落ちゆく中、テレジアに強く、優しく抱き締められる。


「私達の強さを、信じろ」


 彼女の言葉を最後に途切れる意識。

 その刹那、最後に目に映ったのは、空から手を伸ばすアンナと仲間達の姿だった。

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