第7話 二人はこの町のツートップ
目的地に近付くにつれて空気がだんだん湿っぽくなり、そして暑くなっていく。季節は夏を過ぎ秋に差し掛かろうというのに、この辺り一帯だけ熱帯夜のよう。
これも全て喰魔狩人『スチームマスター』が引き起こした現象。水と熱を発生させ、それを操るのが霧島海炎の能力だ。
「あそこ! 今水蒸気みたいなのが上がった!」
「よし、そこに行きましょう」
屋根から屋根へと跳んで移動する二人。太士の死角を千癒が補助する形で海炎の居場所を突き止めていく。
そして最終的に行き着いたのは住宅地の空き地。そこに、黒い塊と対喰魔兵団の戦闘衣を纏った青年が戦いを繰り広げていた。
「──っ! はあっ!」
かの者が二人の尋ね人、霧島海炎。若き兵団のエースにして部隊長。相手は素早さの高い個体のようで、相性的に苦戦を強いられているようだ。
「四國さん。一旦ここで降りてください。俺も出ます」
「うん、気をつけてね」
千癒を地面に降ろして太士も現場へと向かう。愛用の刀を装備し、いざ戦いの中へ。
超高速で駆け抜け、海炎の熱攻撃が喰魔へと命中する刹那、
「サムライローブか! 援護助かる」
「このまま一気に仕留めましょう。脚は全部切り落とします」
太士の存在に気付いた海炎。助太刀の礼を言うが、当の本人はそれを気にせず行動を起こしていく。
弧を描くように喰魔へと再度接近し、残った虫のような脚を全て切り落とす。醜い悲鳴が上がるが、それを気にせずすぐさま撤退。動けなくなったところを、海炎がその能力の力を発揮する。
「これで終わりだっ!」
指を鳴らすと空き地の至る所からいくつもの高熱の水柱が迸る。アーチを描くようにそれらは先端を合わせ、檻のような形となる。
そして収縮。中に閉じこめた身動きの取れない喰魔は高熱の液体に身体を熱され、その活動を停止。水が消失すると死を意味する気化が始まった。
「……ふぅ、助かった。ありがとう、太士君。ゴキブリみたいなすばしっこい相手は相変わらず苦手でね」
「そうだと思ってました。海炎さんが時間をかける相手は相当強いか素早──」
「きゃ~~! 海炎さんだ! 本物だぁ~!」
狩り残しの喰魔を駆逐し、ここでようやく目的の人物との対話が達成された。
真っ赤な地毛が特徴の霧島海炎。スチームマスターの異名を持つ、兵団の若きエース。その容姿は外灯の少ない夜中でも分かるイケメンぶり。
そんな目的の相手が戦い終えたと知ってか、いつの間にか千癒が黄色い悲鳴を上げながら太士の言葉を遮りつつ近付いてきた。
「む、俺のファンかな? でも、学生はこんな時間まで外に出ちゃ駄目だぞ? 魔瘴を吸い込む前に家に帰りなさい」
「ごめんなさ~い。次から気を付けます~。あ、サインください~!」
「…………はぁ」
案の定、と言った感じで太士は大きなため息をつく。海炎本人を前にしてこの変貌ぶり。千癒もイケメンに目が眩む女性の
別に太士は海炎のことが嫌いではない。だが、その顔故に多くの人を引きつける性質が自分と反りに合わない気がしていた。
事実、比較的好意的に接してくれていた千癒がこの有様だ。それに嫉妬しているわけではないにせよ、少しばかり気にくわない。
「ところで、太士君は何故ここに? ラボから差し向けられた──はないか」
「そこの女子高生が海炎さんに話があるんだそうです。俺はその付き添いで」
色紙にサインを書きながら、海炎は太士にここにいる理由を訪ねる。
目の前の女子高生──つまり千癒。憧れの一人を前にメロメロなっていたが、太士の一声で正気を取り戻す。
「あっ、あのっ、実は今度の文化祭で──」
海炎を探していた目的を説明する。一通りの説明を聞き終え、ふーむと唸る。
「いいよ。その代わり、俺の仕事姿じゃなく、兵団を被写体に広告も兼ねた絵を撮ってくれれば了承してもいいよ」
「ほ、本当ですか!? します! やります! 兵団の写真撮ります!」
「おめでとうございます」
部隊長本人からの直々な了承に、大げさに喜ぶ千癒。それを横目に端から祝福をする太士。わざわざ夜中に出歩いた甲斐があったものである。
これでようやく拘束から解放され、家に帰ることが出来る。あとは死骸のことを清掃班に任せ、この場から去るのみ。
「さて、俺らも帰ろう。せっかくだし途中まで送ってあげるよ」
「えっ、いいんですか!? うおお、海炎さんに送ってもらえるなんて夢みたい!」
海炎からの提案に浮かれ気味の千癒。喰魔狩人オタクの彼女からしてみれば、今の状況は言葉通り夢のようなものだ。
若年層人気ナンバー1の
「……俺は一人で帰ります。海炎さん、あとはよろしくお願いします」
「え。剣崎君、一人で帰っちゃうの?」
「俺もラボに行って換金しないといけないので。それでは」
だが、ひねくれ者の太士にそんなことは関係ない。後のことを部隊長に任せ、一人ラボの方向へ跳躍。二人から逃げるように離れる。
人との関わりを自ら断っている彼にとって、千癒と海炎の顔面偏差値はあまりにも眩しすぎる。コンプレックスとまではいかないが、自身の醜さを自覚している太士。
顔をフードで覆っていても二人の光に耐えられない。そしてなにより──
「さり気なく……触ってしまった。ええい、解脱解脱」
あの時、移動をする際に仕方なかったとはいえ千癒の身体に触れてしまったことを今更ながらに思い出して悶絶しそうになるのを我慢していた。
すかしていても、所詮未経験。ピュアさは年相応なのであった。
†
「へぇ~、四國さんは喰魔喰なんだ」
「はい! でも実はまだ自分の能力が分かってなくて……。あ、私のことは千癒って呼んでください!」
太士だけが先に帰ってしまったため、二人で夜道を歩く。当然、間には会話が生じる。
内容は自身が喰魔喰であるということや肝心の異能力がまだ不明であることなど、ネタは尽きない。帰路につくまでの間、それについて相談をしていく。
「じゃあ、千癒さんは自分がどんな能力だったらいいなって思ってる?」
「うーん、やっぱり喰魔をバンバン倒せるくらいに強い能力だったらいいな~って思ってます。実際、形は様々ですが異能力は攻撃出来るのしかないですしね」
先輩喰魔喰の問いに対する応えはほぼ決まったようなものである。
2000年に初めて現れてから今日に至るまでに現れた喰魔喰、その能力は全て攻撃という形で発動出来る能力がほとんどを占める。
千癒の知る限り特殊な能力こそ近年ぽつぽつと出始めていると言われているが、それでも極めて特異と呼ばれるような能力は現状では存在しない。
能力が不明な喰魔喰は大抵が発動方法が分からないか、あるいは発動に条件がある二つのパターンがある。
それに従って無能力の喰魔喰もいないとされている。千癒もそのケースであることは間違いなかった。
「でもまぁ、明日の検査で私の能力が分かるはずなので、期待だけしておきます。喰魔狩人になるのが私の夢なので」
「良い夢だ。もし、その願いが叶うってなったら、是非とも吾妻ラボ所属になってくれたら嬉しいんだけどな」
雑談をしていく間に、千癒の家がある住宅街に入る。ここからは見慣れた場所。もはや海炎の護衛は必要ないだろう。
そのことを本人に伝えると、呆気なく了承。ここでお別れとなる。
「今日はありがとうございました。撮影許可だけじゃなくサインまで貰って……、一生大事にします!」
「サイン一つでそこまで喜んで貰えるなら俺も気分が良いよ。覚えてる道だからって浮かれ過ぎて注意を怠らないようにね。それじゃ!」
別れの挨拶をして別離する。薄暗闇の中を歩くだけでも、その後ろ姿は絵になる。
その姿が見えなくなるまで手を振って見送る千癒。オタクとしての憧れが一人、『スチームマスター』の霧島海炎との接触は正解であった。
「……はぁ、最っ高だ。海炎さん、本当にイケメンな人だった。私も能力が分かったらラボ所属になろうかな……」
貰った色紙を見ながら、本日の感想を独りでに述べる。今回はあまりにも幸運に恵まれた数時間であった。
戦闘、会話、サイン、そして撮影許可の了承──。大収穫と言っても過言ではない。最高の一日だ。
「よし、帰ったら日記に今日のこと書こう。そうしよう」
謎の使命感をひしひしと感じつつ、千癒はようやく帰路へと戻り始めるのであった。
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