第三章『PREPARE and FESTIVAL』
第20話 噛み合えない師弟の亀裂
刈磨東高等学校。日本でも有数の喰魔出没地域にしていされている刈磨町に建つ高校の一つ。
そこでは毎年九月末に文化祭が行われる。なので夏休みが終わるとすぐに準備に取りかかることが多い。
太士のクラスも同じく恒例行事の準備に勤しむ羽目になっている。もっとも、本人はやる気など無いに等しかったが。
「やっぱりここにいた。剣崎君は文化祭の準備しないの?」
「俺は文化祭に出ません。なので準備もしない、それだけです」
「学生生活なんてあっという間なの分かってて言ってる? その台詞。大人になってから後悔するよ?」
昼休み、案の定図書室で昼寝をしている太士を発見した千癒。クラスのリーダーを勤める彼女は太士を連れ戻しに来たようだ。
だが、それに対し太士の態度は変わらない。文化祭に参加しない代わりに準備もしないという身勝手な理由で昼寝を続行する。
「はぁー……。もう文化祭まで一週間切ってるんだからさ、せめて飾り付けくらい手伝ってよ。それにほら、剣崎君素で力持ちじゃん? 能力だって使えば一人でどんな物も運べるし、それに──」
「狩り以外で自分の能力をあまり使いたくありません。それに俺は目立ちたくない。人前では常に地味な奴でいたいんです」
このアドバイスを食い気味で否定。太士はその理由も話す。これには呆れ半分だった千癒も沈黙せざるを得ない。
常々思っていたが、剣崎太士という男はどこまでも自分を隠し通そうとする性質がある。それは一体何が原因なのだろうか。
「……剣崎君はなんでそんなに自分を隠そうとするの? 前に商店街に行った時もフードを普段より深く被ってたし、他の喰魔喰たちに出会うと驚かれてたりしたじゃん。理由、あるんでしょ」
「当然です。ですがそれを言う気はありません。千癒さんには関係ないですから」
訊ねてもすぐに断られてしまう。だが、やはり理由はある模様。
町一番の狩人の秘密。それは一体何なのか、俄然知りたくなってしまうのも無理はない。
口の堅い太士に情報を吐かせるには何がいいか──その選択肢を選ぶ。
選択肢1:とにかく聞き出す
選択肢2:無言の圧をかける
選択肢3:色仕掛け
学年一の秀才の頭脳は即座に回答を導き出す。
さささっと机に突っ伏す太士の背後に忍び寄り、そしてその上に覆い被さった。
「…………ッッッ!?」
「……ねぇ、太士くぅん。君のヒミツ、お・し・え・て?」
選択肢3:色仕掛け。
嫌がると思ってあえてしなかった下の名前呼びでねっとりとした口調を本人の耳元で囁く。勿論、大きからずとも小さからずな胸を押し付けてだ。
所詮ドラマに出てくる女優の演技の猿真似だが、学年一の美人であることを一応自覚しているが故の選択。
基本的に堅物で真面目な太士ならば効くだろうと千癒は心の中で勝利を確信する。だが──
太士の身体はまるで流動体のような動きで椅子の形に沿って机の下を潜り抜け、向かいへ移動。そして能力でも使ったのか俊足で図書室から出て行ってしまう。
いくら身体能力を強化する異能持ちとはえ、あの体型からは想像もつかない柔軟性と動きで逃げられてしまった。
「あ、ちょ、待っ……ぐへぇッ!?」
そして千癒は後を追おうとするも椅子の脚に自分の足を取られ、派手に転んでしまうのだった。
その後、授業中以外に彼の姿を目撃することはなかった。
勿論、狩りの時間になっても姿を現すことなく、千癒は一人で狩りをすることになったのは言うまでもない。
†
「──という訳なんですぅ……」
「それは四國さんが悪いね。うん、あーなったらしばらくは話すことは無理。地雷踏んだ、ってやつだね」
狩りを早めに切り上げ、千癒は今回のことを薙川へと相談しにラボへ足を運ぶ。
その悩みに対し薙川の回答は分かりきった物で、選択の失敗という現実を突きつけるだけだった。
「それにしても色仕掛けとは大胆なことをしたもんだ。太士君の嫌いな下ネタで攻めるとは胆力あるよ」
「褒められてる気がしない……。正直もの凄くショックですよほんと。あそこまで引かなくてもいいと思うんだけどなぁ……」
文字通り他人事の薙川はこの件についてただ笑い飛ばす。
一方で深刻な状態に陥ってしまっている千癒は困窮を極めた現状に頭を抱えている。
些細ないざこざから生まれた突然の関係の亀裂。学校はともかく狩りの時ですら距離を置かれると流石に困る。
あの時の選択がもう少しマトモな物であればこうなることは無かった。今すぐにでもやり直してしまいたいが、そんな都合の良い能力は存在し得ない。
「剣崎君、女性恐怖症とかなのかな。それなら私から距離を取るのも分かるけど……」
「んー、それはないね。少なくとも異性を嫌悪していることはない」
「……博士は知ってるんですよね、剣崎君が私を避ける本当の理由を」
考えられる可能性も速攻で否定され、千癒は真相を薙川に訊ねる。そして、当人からの答えは──
「もちろん。もっとも趣味嗜好性癖の変化までは認識してはいないけど、それでも大方の理由は分かるさ。仮にも中学までは一緒に暮らしてたわけだし」
「じゃあ教えてください。剣崎君と仲直りする方法。お願いしますッ!」
「……ふむ。まぁまぁ落ち着いて。ソーシャルディスタンスだよ」
予想に違わない回答に千癒はずいと薙川に近付いて助言を求めた。
太士の信頼出来る人物の一人であり、事実上の家族同然の人物ならば解決に至る方法を知っていると睨んでラボへ来たのだ。本当に知っているのなら聞かない理由はない。
しかし薙川は少しだけ何かを考える仕草をした後、千癒を一歩分離してから軽く咳払いをした。
「仲直りしようと思うのは良いことだ。ましてや自分から──自分自身の非を認めた上での行動なら賞賛に値する。でも、本当にそれでいいのかな?」
「ど、どういうことですか?」
「簡単なことだよ。人から聞いた通りの謝り方じゃあ、中身まで伝わらないってことさ」
すると千癒が求める物とは違う言葉が薙川の口から言い放たれた。
どういうことか分からず問い返すと、一度机に向かった薙川は何かを書いた紙を渡す。
「この前はつい親のことを言っちゃったけど、これ以上個人情報を口にするとプライバシーの侵害になる。どうして彼があなたから距離を取るのかは自分で考えてみるべきだ。それに連絡先なんて知らないでしょ? はい、これ」
渡された紙には電話番号とよく利用するSNSのアカウントが書かれていた。
確かに太士の連絡先を千癒は知らない。仮にも師弟の関係である以上、お互いの連絡先を知ることは重要だ。
だが、それを受け取るも千癒の表情は浮かばれない。
何故ならば貰ったところで太士に相手にされないことは明白だからだ。
「で、でもすぐにブロックされるんじゃ……」
「いきなり連絡すればそうなるさ。だからまず、何かしらの形でコンタクトを取りたいという意志を見せるといい。私から言えることはそれだけだよ」
薙川のアドバイスに微妙そうな表情を隠せない千癒だが、貰った連絡先を見つめては考える。
どのような方法で話す機会を設けるか。直接言うという常套手段が使えない以上、今すぐにでも実行に移せる方法はたった一つ。
「……分かりました。やってみます。私の力で、剣崎君と仲直りしてみせます」
「フフフ、その意気だ。健闘を祈ってるよ。……おや? 電話だ」
思いついた作戦を実行に移すべく千癒はラボを後にする。
その背を見送る薙川。どのような行く末を辿るか期待を含んだ笑みを浮かべて、電話の着信に出るために研究室の奥へ戻っていった。
些細なことから始まった師弟関係の亀裂。
何もしなければいつか完全に瓦解してしまいかねないそれを何とかすべく、刈磨町を奔走する千癒の戦いが始まった。
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