第17話 皆が集うは大物狩り

「いや~。この前は良い経験をしたなぁ。まさかグレイビーストの背中に乗って空を飛ぶなんて今でも夢みたい!」

「それは良かったですね。俺は寝ます」



 昨日のことを思い出しながら、空を駆けた余韻に浸る千癒。

 何せ飛行機も気球も使わない飛行という貴重な体験をしたのだ。太士だって初めての経験、心が躍る理由も分からないでもない。


 しかし、先日の思い出に耽るのと人の睡眠を妨害するのはわけが違う。

 最近教室が文化祭の準備などで騒がしくなりつつある。なので、図書室で時間を潰そうとしているにも関わらず、千癒は同じ場所にやってきては話をしてくるのだ。


 クラスの出し物でリーダーを務めているのはずなのに、昼は人の邪魔をし、放課後は狩りに出ている。

 一体どのタイミングで制作作業に取り組んでいるのか。出し物の準備は大丈夫なのだろうかと不安にもなる。



「あ、そうだ。狩りのことなんだけど、今日はパスね」

「パス……ですか?」



 唐突に千癒は話を切り替えると、本日の狩りは同行しないことを告げてきた。

 これには思わず伏せていた顔を上げる。一体何故そのような判断をしたのだろうか。



「前に海炎さんに兵団の撮影許可と取った話覚えてる? 実は──」

「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね」



 狩りをしない理由というのは、どうやらいつぞやのアポを取った時の話が決まったかららしい。それが今日なのだという。

 だとすれば無理に連れて行く理由はない。あちらもあちらで海炎が面倒見てくれるだろう。



「分かりました。そういうことなら今日の狩りはなしということで。俺は久しぶりに一人で行きます」

「うん。たまには一人で行ってきなって。一日くらい私がいない方がいいでしょ?」

「普段は一人なんですがそれは」






 そんなわけで学校が終わって午後の狩り。この時間帯に一人で狩るのは久しぶりだ。


 これまでは千癒に合わせて小型の弱い喰魔を狩り続けていたために、本気の狩りを行えずにいた。それに比例して稼ぎも最小額を更新し続けていたので、たまにはこういう日があっても良い。



 浮かれているわけではないにせよ、太士は久方ぶりの孤独の身軽さを駆使し、家から家へとジャンプ。見つける喰魔は速攻で撃破していく。


 開始三十分。すでに手持ちの喰石は二十個を越える。昨日一昨日ではこの量を集めることは出来なかったので、やはり一人で狩りをするのが性に合っている。だが──



「……ん、あれは中級。手出しは結構です。俺が……って、そうだった。今は一人か」



 少なからず千癒と共に行動していた影響は出ている模様。強い喰魔と遭遇すると、まだ下級としか戦えない千癒を戦線から下がらせていたため、中級を見るとこのように待機を命じていた。


 自分自身の変化について太士自身は薄々勘付いてはいた。だが、何故かそれを認めたくはない気持ちがあるのもまた事実。



「……これも全部千癒さんのせいだ。とっとと独り立ちさせてしまおう」



 小さくため息をつき、能力を行使。一撃確殺が戦闘スタイルのサムライローブらしく、中級を一刀両断して討伐した。

 恥ずかしいとも言うべきなのかもしれない。ただ今は一人で狩りをする感覚を取り戻そうと、ひたすらに喰魔を狩っていくのだった。











 時刻は六時半。このタイミングでラボからメールが届く。



《To:狩人たちへ。刈磨町の裏山付近に上級喰魔の出没を確認されたし。ただちに向かい、討伐するように。薙川博士より》



「……来たな」



 そろそろ宵闇が近付く頃に送られて来たメールの中身は、を観測したという報告。


 太士は──否、このメールが届いた全て狩人はこれを待ち望んでいた。

 狩りはまだ中盤戦、むしろここからが本番と言っても良いのかもしれない。



 これは月に数回あるかないかの特別な討伐戦。最高換金額を誇るLサイズ以上の喰石が確定で手に入れられる上級喰魔が出没する稼ぎ時なのだ。


 千癒が同行していれば出来ないであろうイベント。今はいないのでこれまでの分を取り返す絶好のチャンス。

 他のフリーの狩人に悟られぬよう、全力で出現予測地域へと向かう。



「……! あれは」



 そんな中、ふと空を見ると遠くに何かの飛行物体を確認。

 目を凝らしてよく見ると、鳥の翼に獣の身体。間違いなく噛月理瑠の飛翔形態だ。仕事の都合上狩りはしないはずなのだが、何故にいるのだろうかという疑問が湧く。


 それだけでなく、その背には誰かが乗っている。能力を視覚に使い視力を上昇させると、その騎乗者が掴鳥空子であると判明した。

 向かう先はおそらく太士と同じ。彼女らも上級狩りに行くようだ。



「おっす。サムライローブ。今日は一人か? 千癒ちゃんはどうした?」

「……! 舛留さんか。今日は商店街じゃないんですね」

「ったりまえよぉ! メールは俺にだって来てんだから行くっきゃないだろ?」



 そして近くを通りかかったのか、偶然にもマッスルエンハンサーこと舛留拳治とも遭遇してしまう。

 もっとも所属喰魔狩人ならば忘れるはずがないだろう。ばったり出会ってしまっても何ら不思議なことではないか。



「今日は用事があるようで千癒さんは休みです。何でも部活動で兵団に行くそうで」

「兵団? 部活動でそんなとこに行くなんて変わった活動だな。てか学生だったのか、千癒ちゃん」



 舛留と並行して現場に向かう。千癒がいない理由を話しつつ歩いていくと、不意に口に出された言葉で足が止まる。



「ここで話すようなことでもねぇけどよ、変わったよな、お前」

「変わった……? 俺がですか?」



 舛留が口にする太士の変化。それを耳にした途端、身に覚えがあることが先ほど起こったばかりなのを思い出す。



「お前さ、前は立ち話すらしなかったろ。でも今はこーして並んで歩きながら話してる。千癒ちゃんのことはあんまり分からねーけど、間違いなく影響受けてるよな」

「影響……」



 腑に落ちないがその通りであった。太士も薄々は気付いてはいたが、こうも他人から言われてしまっては認めざるを得ないだろう。


 無意識に出た千癒へ待機を命じる言葉。そしてこうして誰かとしゃべりながら歩くこと……。以前までの自分ならしないであろう行為の数々は、全て千癒と出会ってしまったがために発現してしまった。


 それら以外にも自分らしくもないことした記憶も多々ある。間違いなく、変化の道をたどり始めていた。



「ま、俺としては今のお前の方が良い付き合い出来ると思うけどな。あ、でも獲物はやらねーからな」

「人の獲物を横取る真似なんてしませんよ」



 これから大物狩りが始まるというのにもやもやとした気分になってしまった。だとしても狩りに影響を出すほどではないのだが。

 くだらない冗談を受け流しつつ、再び歩き始める。少しだけ早足になって先を急いだ。


 そしてたどり着くのは町のはずれにある小山が近い公園。まだ上級喰魔は出現していないようだが、そこにはすでに数人の喰魔狩人の姿が。



「あら、剣崎君。珍しいじゃない。舛留君と一緒に来るなんて」

「たまたま行き合っただけです」

「おいおい、つれねーなぁ。さっきまでめっちゃ話してたのによぉ」



 到着早々、一番近くにいたのは掴鳥空子。珍しい組み合わせの登場に驚き半分に微笑みかけてきた。

 いつも通りの態度で返答し、周りをよく見回していく。敷島香占に噛月理瑠と、ここにいるのはラボ所属ばかりだ。



「ところで今日は四國さんと一緒じゃないのね。もし来てたら敷島君に謝らせようかと思ってたのに……」

「今日は兵団に用事があるそうなので同行はなしです。それに、上級喰魔狩りはまだ早すぎます。来てたとしても帰してます」

「うーん、それもそうねぇ。上級は流石に早いわよね」



 千癒がいない理由を話すと、掴鳥は残念そうな様子を見せる。先日の件のことを気にしていたらしく、必然的にこの場にいる敷島に謝罪をさせようと考えていたようである。


 もっともあの男が素直に謝ってくれるとは思えないが。そう思っていると香占がこちらにやってきた。



「空子。くだらん冗談はよせ。俺は謝る気など微塵もない」

「年頃の女の子の恨みは買わずにおくのがいいですわよ? とは言ったもののあなたには難しい話でしたわね。あらあら、これは失敬しましたわ~」

「この女……!」

「あら、手合わせならよろしくてよ。もっとも、私の能力にあなたの能力が勝るかしら?」



 ばちばちと二人の間に火花が散る。ラボの年長組である二人は犬猿の仲。双方が抱く互いのイメージに良い感情はない。

 その様子を端から見てやれやれと肩を竦める舛留と太士。この光景は見慣れたものである。


 喧嘩腰の年長組はさておき、次に噛月理瑠がこちらにやってくる。

 それと同時に普段からへらへらとしている舛留が急にシャキッとその姿勢を正す。



「香占さん、いつ会っても無愛想よね。私もちょっと苦手だわ」

「それよりも噛月さん、あなたも今日の狩りに参加するんですか?」

「うん。私だってたまには狩りもするって。確かに今の私には無くてもいい習慣かもしれないけど、昨日みたいにいざって時に困るからね」



 そう意気込みを語るのがまさかの大穴グレイビースト。正直、ここへ来たのは意外というのが素直な感想だ。

 通常個体の狩りならばともかく、大怪我のリスクが伴う上級喰魔の狩りを練習に使うなど、らしくない考えをしたものである。


 もしもの時のことを考えているのか、あるいは千癒に影響されたか……その真意は分からないが本人の意志を止める権限は持ち合わせていないので黙っておく。

 そんな中、おずおずとした面持ちで舛留が噛月に声をかけてきた。



「あ、あの……リルルン。お、俺のこと覚えてる……?」

「ん~~、誰だっけ?」

「んなっ……!? う、嘘だよな? 俺だよ、俺。舛留拳治……」

「うそうそ、覚えてるって。お久しぶり、拳治君」



 冗談混じりの返答を食らい、一瞬絶望の色を見せる舛留。そんな様子を見ていたずらっぽく笑い、邪険なムードな隣とは違って和やかさで中和をしていく。


 舛留と噛月も勿論顔見知りの仲だ。もっとも舛留が彼女に対して抱いている感情はただの狩り仲間というだけではなさそうではあるが。



 他人のことはさておき、何の運命か千癒にアドバイスをした狩人たちが集ってしまった。

 ここに本人がいればどんな反応をするのだろうか。おそらく大興奮間違いなしだろう。



「……またあの人のことを考えてる。我ながらとことん影響されてるな」



 頭を振って脳裏にこびり付く千癒の顔を振り払う。

 やはり彼女の影響力は凄まじいことこの上ない。仮にここにいてもうるさい上に邪魔なだけだが、いないといないで物足りなさを感じてしまっていた。


 これが今後の狩りに影響が出なければいいが──と思っていると、突如として目の前の林が大きく揺れ動き出す。

 この事態に場の狩人たちは一斉に構えを取る。そして──



 ──ゴオオオオオオォォォォ……!



 多くの謎に包まれている喰魔だが、長年の研究で判明している部分もある。それは喰魔が出没する地域には必ず上級と呼称される巨大な個体が現れる場所が存在していることだ。


 この町──太士らが住む刈磨町の場合、隣町を隔てる山がポイント。

 今回現れたのは全長十メートルはあろうムカデ型の喰魔。あの巨体が一体どこで生まれ、そしてこれまで見つからずにいられたのか、毎度疑問に思う。



「それじゃー、いっちょやりますかァ!」

「……フン、足を引っ張るなよ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします。噛月さん、準備はよろしくて?」

「オッケーですよっ。上級狩り、久々だなぁ」



 それぞれが現れた獲物を前にやる気を出す。

 勿論黙って獲物を明け渡す気はない。町一番の名に掛けて、上級喰魔をいの一番に狩り、収入を得るのだ。



「狩り……開始!」




 ──ゴォオオオオォォォ……!



 太士は自身の得物を手に、喰魔へ単身突撃する。

 大物狩りの始まりだ。

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