第18話 最強の名の証明

 時は僅かに遡り、対喰魔兵団バスターズの施設にやって来た千癒。

 そこで待ち合わせていると海炎が部隊を連れて現れる。



「や、お待たせ。悪いね、本当なら修行中だろうに」

「いえ! 全然待ってないですよ! 剣崎君にもきちんとこのことを断ってますし、大丈夫です!」

「それは結構。じゃ、俺らの車に乗りな。こっから三時間、みっちり仕事を見せてあげるから」



 先日、対喰魔兵団の仕事風景を撮るという約束をした千癒は、早速専用の車両に乗り込んで今回の仕事場へと移動する。

 刈磨町を管轄とする対喰魔兵団は複数の部隊に別れてそれぞれの配置に着く。今回千癒が同行することになっている海炎の部隊は裏山にほど近い区域だ。


 駐屯地に到着すると手早く簡易の拠点を展開。その様子もしっかりと激写していく。



「部隊長。先ほどラボから上級喰魔の固有パターンを確認したとの情報が入りました。予想時刻は1830です」

「マジか。ってことはその時間帯に町から狩人は減るな。よし、今回はドローンの数を増やして強めに警戒するぞ。別区域の奴らにも同じことを伝えておけ」

「嘘、上級が出たんですか!?」



 部下からの報告を受け、警戒を強めるよう指示を出す海炎。それを盗み聞く形で知ってしまった千癒は驚きの表情を浮かべる。

 千癒とて喰魔狩人にして喰魔喰オタク。現れるであろう敵の脅威レベルは情報として熟知している。



「ああ。偶然とはいえ太士君に着いていかなかったのは正解だったかもな。俺らは狩人が抜けた分をカバーするために可能な限り町全域を警戒する。しっかり着いて来いよな?」

「はい、頑張ります!」



 上級出現時の兵団は加勢ではなく地域の警邏強化を優先する決まりがある。

 狩人たちは大物を狙いに持ち場を離れてしまうため、その分のカバーを兵団が請け負うのだ。


 他の喰魔にも言えることではあるが、上級個体は絶対に取り残してはいけない相手とされている。

 世に甚大な被害をもたらすのはいつも上級以上の強さの喰魔だと歴史が証明しているからだ。



「剣崎君大丈夫かな……」

「あー、心配はないと思うぞ? だって太士君、去年上級を一人で倒してるし」

「え゛っ、それ、本当なんですか!? 初耳ですよ……」



 千癒の心配をよそに、海炎の口から淡々と出された情報に思わず濁った声で驚いてしまう。

 上級個体をたった一人で討伐した──そのあまりにも突拍子のない話はにわかに信じられなかった。


 いくら町一番の狩人とはいえ、基本的に巨大な上級を単独撃破など現実味の欠片もない話。そもそも上級とは一人で相手にするような敵ではない。



「本当の話だぞ。ラボに記録残ってるし、何なら俺もこの目で見たしな」

「そんなにすごかったんですか、剣崎君の戦い……?」

「ああ。天才ってのは太士君みたいな人のことを言うんだろうな。あの時ばかりは心底嫉妬したし、同時に一生かけても勝てないなって思ったくらいだ。本当に凄まじい戦いだったよ」



 当時のことを振り返りながら海炎は遠くを見て回答する。

 刈磨町最強の喰魔喰、サムライローブの武勇伝。当の本人は自己主張を苦手としているためにそのような話は一切口にしないが、こうして改めて耳にすると普段の姿からは想像もつかない話である。


 学校では常に一人で誰とも話さず、休み時間は外を眺めるか図書室で寝ているかのどちらかのイメージであったが、裏ではそのような戦いを繰り広げていたという事実に驚かざるを得ない。


 本当に同世代なのかさえ疑わしい才覚と技量。そのような人物の下で狩人のイロハを学んでいるという贅沢さに今更ながら気付かされる。



「剣崎君、本当にすごい人なんですね……。それなのになんであんな感じなんだろう。もう少し誇ってもいいと思うのに」

「ははっ、それは同感だ。慢心しないと言えば聞こえは良いが、あそこまでひた隠すのも変だよな」



 互いの意見が一致し、思わず苦笑いをし合う二人。狷介孤高けんかいここうな剣崎太士という人物の共通の認識のようだ。

 そうこう駄弁っていると、隊員の端末からアラートが鳴る。どうやら飛ばしていたドローンが近くの喰魔の位置を捉えたらしい。


 すぐさま急行する部隊。千癒も兵団の仕事ぶりを激写すべく、その後を着いていくのだった。











 時は戻り上級喰魔を相手にする喰魔喰たち。その巨体に行動を阻まれながらも、着実にダメージを重ねていく。



「うるあぁッ!」



 舛留は能力によって増幅された拳の一撃を喰魔の頭部に打ち込んだ。

 強烈な打撃でその巨体は頭から倒れ込むも、長い胴体から続く尾をそのままぶつけようと振り払う。


 ただの回避では避けきれない広範囲攻撃。すぐに退避しようとする者が多くいる中で、余裕綽々と言わんばかりに不動を貫く者もいる。


 その人物は右手を翳し、虚空を掴む。すると、今にも襲いかかるはずだった喰魔の尾は透明なに捕まれ、動きを止められる。



「甘いのよ。そーれっ」



 虚空掴みホロウキャッチャーの掴鳥空子の異能力は『虚空の手ホロウハンド』と呼ばれる拳状のエネルギー体を召喚する放出型能力。

 テリトリー内なら最大二つまで召喚出来るため、このように敵を掴んで拘束などといった芸当も可能だ。



 そして掴んだ喰魔を思いっきり振りかぶって投げ飛ばす。

 何もない場所へ吹き飛んだ喰魔は砂埃を巻き上げて転がっていく。


 が、その瞬間爆発が起きた。それも一度ではなく複数回に渡って全身をくまなく爆風が襲う。



「お前……! 人が罠を仕込んでる途中に投げやがって」

「あら、てっきりサボっていると思ったんですもの。ごめんあそばせ」

「この野郎……」



 爆発は敷島香占の能力によるもの。仕掛け途中だったところを掴鳥がわざと喰魔をそこへ投げ飛ばしたことにより、爆破せざるを得ないようにした模様。

 戦い途中でも火花を散らす二人。そんな中で一陣の風が喰魔に向かって吹きすさむ。


 迫り来る一匹の巨狼が追い打ちをかけるが如く喰魔に噛みついた。

 そのまま頭部と胴体の境目などない身体を噛み千切らんばかりに引っ張りながら、獣姿の噛月は言葉を発する。



『空子さん、香占さん! 喧嘩しないでこっちに集中して!』

「あらあら、ごめんなさいね。この人がいるとついカッとなっちゃって」

「ちっ、そもそも空子が邪魔しなければ喧嘩なんて──」

『言い訳無用! さっさとやる!』



 弁解も空しく歳下から説教を受ける年長組。大人しく喧嘩は止めてそれぞれが再び戦線に復帰。

 掴鳥は再び虚空の手ホロウハンドを召喚し、噛月とは反対方向へ引っ張って引き千切ろうと奮闘し始める。


 敷島も同様に小石を拾っては能力を付与し、それを投げつける。即席の手榴弾と化した石は炸裂して喰魔にダメージを重ねていく。

 喰魔狩人たちのコンビネーションにより、徐々に押されていく上級喰魔。だが、上級のクラスは伊達ではない。



 ──ゴオオオオォォォォ……!



 喰魔は身体を大きく捻らせて噛月の噛みつきと虚空の手ホロウハンドの拘束から脱出。お返しと言わんばかりに口腔から泥のような高濃度の魔瘴液をそこいらへ撒き散らしていく。


 だが喰魔喰は魔瘴の影響を受けない。液をかわしつつ接近し、再び噛みつきを敢行。掴鳥も同様に虚空の手ホロウハンドで尾を掴み取る。



『こいつ、硬い……! いや私が弱くなってるのか?』

「リルルン! 雑魚がわらわらと湧いて来やがったぜ。こっちはサムライローブと何とかするから、デッケェのは任せた!」



 その報は舛留からだ。どうやら騒ぎに乗じたのか中級以下の喰魔が近くに出現した模様。それの迎撃に太士と合同で相手にするようだ。


 上級は堅牢な身体を持っているために攻撃も中々通じにくい。倒すのに手間がかかるのはどの上級個体にも言えることではあるが、ここは身軽な二人に任せることに。



「ぃよぉーっし! いくぜサムライロ──」

「いちいち狩り名を呼ばなくても結構です。さっさと片付けて戻るだけなので」



 舛留の言葉を遮って太士は能力を発動。高速で移動して喰魔の群に突っ込むと、一気にその数を減少させていく。

 目にも止まらぬ剣捌きは、その一撃で二体、三体の喰魔を瞬殺。舛留の活躍する場など寄越さぬ勢いで刈り尽くしていく。



「あっ! おい、俺にも残せよバカヤロォー!」



 急いで突撃して獲物を奪われないよう舛留も狩りを開始。大暴れで殴る蹴るの喧嘩ステゴロスタイルで喰魔を片付ける。

 二人の活躍により喰魔はみるみる減っていき、ものの数分で殲滅。そこいらに喰石が散らばるも、今はそれに目もくれずに上級へターゲットを変更。


 そこでは一匹の巨大なゴリラがその豪腕で喰魔の首を締め付けていた。

 能力でさらなる変化を遂げた噛月の攻撃。速さの狼、飛翔のグリフォンときて、攻撃のゴリラというわけだ。



『ぐぬぬぬぬ……! さっさとやられろぉぉ……!!』

「噛月さん、手伝います。空子さんもそのまま引っ張るのを続けてください」

「ええ、分かったわ。なるべく早めにお願いね!」

「香占さんは向かいの場所に罠を。そこで喰魔の半分を吹き飛ばします」

「ちっ……二分待て。すぐに仕掛ける」



 助太刀を宣言しつつ指示。掴鳥もそれに従って二つの虚空の手で喰魔を掴んで離さない。

 香占も指示通りにこの場を離れ、指定した位置で罠を仕掛け始める。それぞれが喰魔を倒すために協力をしあう。



「なぁ、次に俺は何すればいい!?」

「散らばってる喰石でも集めておいてください」

「分かった──って、ぅおい! 俺何もしねーのかよ!?」



 ただ一人作戦から除外された舛留は全力で乗り突っ込みをするも無視。

 太士は気にせず喰魔に向かって走り出す。そして、メインの刀とサブウェポンの短刀を装備。


 普段は一振りの刀のみで喰魔を狩るが、厄介な敵を相手にする時は二刀流で勝負を決める時もある。

 かつて単独撃破した上級もそう、過去幾度に渡って二刀流で制してきた相手はいずれも強敵ばかり。


 それすなわち──太士にとって二振りの刀を装備するということは、敵の強さを認めた、あるいは証なのだ。



 二人の喰魔喰による拘束もじきに限界を迎える。そうなる前に全てを片付けるのみ。

 力は最小限に留めつつ、タイミングと加減を調整。うねる巨躯に向かって飛びかかり──



「──ハアッ!」



 一閃。薄闇の中、血飛沫が如き魔瘴の飛沫が舞い散る。

 上級喰魔の胴体は宣言通り真っ二つに分断されていた。声にならない喰魔の断末魔が山中に轟く。



「空子さん、今です!」

「……ッ、ええ! 敷島君、準備はよろしくて!?」

「ああ、とっとと来い」



 巨狼の咬合力ですら噛み千切れなかった身体を切断した快挙に浸る間もなく、掴鳥に指示。

 思い出したかのように後方へ向けて喰魔の身体を罠を張った場所へと投げ飛ばした。


 すると、地面へ叩きつけられた瞬間、香占の火線罠トラップが発動。複数回にも及ぶ爆発により上級喰魔の半身は爆散する。

 気化途中の肉片と魔瘴、それらに紛れて喰石が雨のように降ってくるが、これも気にすることなく次へ。



「噛月さん、そいつを地面に押し留めてください!」

『分かった!』



 言われた通り、その豪腕で半身を失い弱った喰魔を容易く地面へと叩き伏せさせ、行動を制限。

 そしてすぐさま接近。流れるように残りの胴体も三枚卸しよろしく切断面から頭部にかけてを切り裂いた。


 最後は何の悲鳴も上げずに上級喰魔は首をもたげて絶命。死を意味する気化が始まる。



「状況終了です。喰石を回収しましょう」

「はー……終わったのね。知ってたけど本当に凄いよ、あなたは。歳下とは思えないわ……」

「やっぱり太士君はすごいわね。私も頑張ったつもりだったけど勝てないわね。まぁー敷島君に取られるよりかはマシですけど」

「だが半身は俺が消し飛ばした。喰石は俺の物だ」

「んまっ! なんて強欲な人なんでしょう。信じられないわ!」

「まぁまぁ空子さん、ここでまた香占さんを煽るのは止めようぜ。今はとにかく石集めの時間だ。そうだろ!?」



 戦いの幕が降り、それぞれが最後を決めた太士の下へと集う。

 太士が喰魔にとどめを指したことに誰も文句は付けない。それどころか当然と言わんばかりに賞賛を送るほどだ。


 刈磨町最年少の狩人は誰もが実力を認めざるを得ない実力の持ち主。ラボ所属の喰魔喰たちもそれを十分以上に理解しているのだ。



「さぁ~て、分け前はどうすっかなぁ~♪」



 そして──喰魔を打ち倒した現場には、気化途中の肉片と魔瘴液以外に、多くの喰石が転がっていた。

 舛留がそれをひょいひょいと集めていく中で、太士は喰魔の頭部から出てきた人の頭ほどの大きさをした巨大な喰石を回収する。



「……俺はこれだけで結構です。あとはお好きに分けあってください」

「ま、トドメを指した上に指示も出してるし、特Lサイズの喰石はあなたの物で異論ないわね」



 上級喰魔はその巨体に多数のS~Lサイズの喰石を内包しており、倒すことで一気に稼ぐことが出来る。故に狩人にとっては存在がボーナスと言える相手だ。


 その中でも一体の上級個体からたった一つだけ穫れる特Lサイズは一つで万単位を越える価値があるため、これを巡って狩人同士で争いが起きてしまうほど。

 ただ、吾妻ラボの所属は比較的仲は良い方なのでそのようなことは滅多に起こらないのだが。



「ラボに連絡はしておきます。それではお先に」



 スマホで上級狩り終了の報告をメールで送ると、太士はそのまま下山。これまで通り町の喰魔狩りに戻っていく。

 残された喰魔狩人たちはその背中を見送りつつ、一つの話題で盛り上がる。



「……あいつ、最近変わったよな。良い意味で」

「そうねぇ、前は特L一つで満足するような子じゃなかったのに。やっぱりあの子が影響してるのかしら。人も変わるのねぇ」

「四國千癒、と言っていたか。あの新人の面倒を薙川から押しつけられた以上、やりきるつもりなんだろう。ふっ、同情モノだな」

「香占さん、そういうひねくれた物言いをしないの。だから嫌われるんだよ?」



 裏山の決戦場にて、狩人たちは太士の変化をこぞって認めていた。

 新人の教育という役割を担わされたことは、まだ千癒が会えていない者も含めた所属全員に伝えられている。


 これから二人はどうなっていくのか──それが気になってしまうのは人としてのサガなのだろう。

 教育を担当されたわけではない彼らは、今後も一歩離れた位置から先輩として行く末を見守るだけだ。

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