第2話 日陰者は世のために狩りをする

 喰魔クイマ。2000年を境に世界中に現れ、世界に甚大な被害をもたらした謎の生命体。


 彼らが人に加える危害。それは異常な食欲の増加。永遠に治まらない飢餓感から始まるそれは、次第に思考を破壊していき理性を狂わせ、挙げ句の果てには食人行為にまで至らしめる。

 その恐るべき性質により、貧困国を中心に大打撃を与え、世界人口を大きく減少させるまでになる。



 だが、それに伴って人類にも大きな進化と呼べる現象が起きていた。

 それは異能力。それこそ超能力のような科学では解明しきれない謎の力を行使出来る者が徐々に現れ始めたのだ。


 異能力に目覚めた者たちの総称を『喰魔喰クイマクイ』。彼らの活躍により喰魔は衰退。僅か五年程でその姿を世界から消すこととなる。


 この功績を讃え、喰魔撃退に貢献した異能力者の一部を筆頭に、またいつ出現するかも分からない喰魔への対策として各国に対喰魔駆逐部隊を設置。


 こうして、世界は再び平和をもたらし、喰魔は歴史の中の出来事で終わった──












「……と、なるはずもなく。今度は喰魔喰の軍事利用を企んだ者たちのおかげで、異能力部隊の多くは逃亡や自殺を図って消失。残った部隊も反旗を翻して軍などを攻撃。戦って散っていくなどした。

 こうして世界は喰魔に対抗できる唯一の策を一度失ったのである。ここ、テストに出るかもですぞ」



 黒板の前で淡々と歴史の授業を行う教師。その背中を見る数十名の生徒たち。その中で、剣崎太士けんざき ふとしはうつらうつらと船を漕いでいた。


 基本的に日陰者の彼の席はよりにもよって窓際が席のため、射し込む日差しが眠気を集めてくる。時間帯が朝なのも要因の一つだ。


 とはいえ、睡魔に挫けそうになっているのは何もそれだけが原因ではない。喰魔喰である彼にとっては致し方がないことだが、この類いの話は何度も耳にしている。それこそ、この内容のテストなら満点は越えられる自信があるくらいだ。




 喰魔喰。人類のエゴで一度消えたそれは、令和の刻を迎えた現代に再び甦った。それは喰魔も同じくのこと。


 時は遡って2028年頃。国内では初となる喰魔の観測と同時に先代喰魔喰より二十年ぶりとなる喰魔喰の異能力者が出現したのだ。


 それ以降、喰魔と喰魔喰は日本の都市部を中心に出現し始め、今や二百を越える研究機関が日本国内に設立されては、日々喰魔の研究や喰魔喰の育成などが行われている。


 もっとも、何故日本に集中して出現しているのかの理由は未だに解明されていない。だが、最初期のような目立った被害もなく、それなりに平穏な暮らしは維持出来ているので気にする者はそう多くない。


 もはや一般常識レベルになりつつあるそれについて、半寝ながらに復習する太士。その最中、突如としてけたたましい警鐘が教室に響く。

 太士はそれに驚いて眠気をどこかに吹き飛ばし、同時に放送が続く。



『学校の敷地内に喰魔らしき生物の出現を確認しました。校庭にいる生徒は直ちに校舎へ戻ること。各位、防魔瘴ましょうマスクの着用、並びに教員の指示に従い避難を!』



「…………」



 放送の内容に教室はざわめく。……のみならず──



「おっし、来たか! この時を待っていたぜ!」

「おーい、誰かこっから撮影出来るくらいの望遠ないか?」


「こら男子! 放送の内容通りにしなさい! せめてマスクは着けなさい!」



 この通り、喰魔の出現というのは安全地帯にいる場合に限り、学生諸君らの最高の娯楽となっていた。

 当然、喰魔が現れた以上、それを駆除するための喰魔喰は現れる。言わずもなが、喰魔を倒せるのは喰魔喰だけ──。その戦いを見るために、避難の声を無視する者も少なくない。


 窓際に活気が溢れ始めた教室に日陰者の居場所はない。太士は無言で場所を明け渡し、教室からひっそりと抜け出していた。



「──来た、もう来たぞ! 喰魔狩人だ!」

「黒い外套の剣士ってことは、『サムライローブ』か!」



 騒ぐ男子。彼らが指さす先、そこには校庭を歩く人影が。

 狩り名の通り、体型すら曖昧になるほど厚手の黒い外套と、その隙間から見える剣柄と鞘。人が避難した後の校庭にいるのは彼のみなので、喰魔を狩る者『喰魔狩人』であることは間違いない。


 目的を探すように校庭内を闊歩。すると、プールの施設がある方向から何かの巨影が飛び上がった。



「出たッ! 喰魔だ! カメラ回せ、カメラー!」

「で、でけぇ……。校庭にこんなのがいたなんてな……」



 黒い塊。それが、サムライローブの前に現れる。

 空から射す陽光をぬめりのありそうな光沢が照り返す。小さな目と相反するように巨大な口からは魔瘴を吐き出している。


 ウナギ、あるいはナマズ。現存する生き物の中から例えるなら、それが例えとして最も近い。その身体には虫のようにいくつもの脚が生えているが。


 そんな文字通り化け物を相手に、黒コートは全く怯むことはない。現れた喰魔に驚くことなく静かに見ている。



「…………ッ! 撮ってるか!? 刀を抜いた。もう一瞬で決まるぞ、その瞬間を納めろ納めろ……!」



 すると、野次馬の観察通り狩人は柄頭に手を付けると、そのまま引き抜く。短く、そして黒い刀身、太陽の光を反射して艶めく漆黒の刃。

 男子生徒一同がおおっとざわつく。それもそのはず、サムライローブは男子生徒らに特に人気のある喰魔狩人。戦闘スタイルから武器に至るまで、多くの男子心を掴む格好良さの象徴として崇められている。


 そんな男の憧れたる人物は抜いた刀を構え、必殺の体勢に。腰を低く保ち、意識を集中させる。

 数十メートル以上も離れた教室にも、その緊張感は伝わってきている。多くの野次馬らも同様に息を潜め、その刻を待つ。



 そして──、喰魔が動く。同時に黒コートも動く。

 一瞬の閃き。もうそれに気付く時には喰魔は縦に両断され、その生命活動を散らせる。黒い体液が校庭の一部を黒く濡らす。


 ほんの数秒の出来事。遠くでカメラを回している男子学生らも、この一撃必殺を前に唖然とする他ない。

 刀を切り払い、体液を散らして納刀。喰魔の亡骸から何かを拾う仕草をすると、そそくさとその場から立ち去った。



「──おぉ……、やっぱすげぇな、喰魔喰クイマクイって……」

「カッコいいなぁ。俺も異能持ちに生まれたかったぜ」

「うおお……、いいなァ、私も異能欲しいなァ──!」



 喰魔の始末が終わり、学校に再び平穏が取り戻された。注意していた教師もなんだかんだで喰魔喰の技に見惚れている。むしろ教室内の人物の中で一番はしゃいでいるといってもいい。老若男女問わず、喰魔狩人の人気は高い。

 そして、再び放送が。



『先ほど、喰魔喰により喰魔は討伐されました。死骸処理のため、校庭は一時閉鎖とします。研究機関の清掃作業がありますので、生徒はしばらく校舎を出ないようにお願いします』



 今後の内容。それは倒した喰魔の後始末のため、喰魔の研究機関が学校へとやってくるという旨を伝えるもの。

 討伐された喰魔は液状化する。当然、気化した肉体は魔瘴と呼ばれる有害物質が発生して二時被害を誘発させてしまうので、専門の組織がそれを清掃することになっている。


 怪物の出現が当たり前となりつつある現代日本。人々を守る行為は、エンターテインメントと化していた。




「……疲れた」



 その中で、誰にも悟られないよう静かに教室へと戻る太士。無能力者たちの陰に隠れ、喰魔狩人として活動するフリーランスの喰魔喰。

 その手で弄んでいる物は、黒紫色をした宝石。小粒程の大きさをしたそれは、先ほど倒された喰魔から手に入れた一品。


 彼の喰魔狩人としての通り名は『サムライローブ』。誰にも悟られることなく、その存在を隠蔽する日陰者の真の姿は、全男子生徒が憧れるプロの喰魔狩人だ。


「ま、周りが楽しんでるならそれでいいか。寝直そ……」


 喧噪の中、誰からも注目を浴びない太士は、あの活躍とは裏腹に気怠げな様子で机へと突っ伏し、本格的な居眠りを開始する。


 そんな彼が誰からも気にされない理由、それは地味な見た目に肥満体型という、誰がどう見ても冴えない姿をしていたからだ。





 だが、そんな男のことを唯一注目している者が教室の中にいた。そのことを本人は知る由もない。

 今日、この日の放課後までは──

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