第3話 厄介者は接触を図る

 放課後──。喰魔が校内やその付近に現れた日、外で行われる部活動などを中止する決まりがある。



 今回もその例に漏れず、校庭の清掃作業が終わるやいなや、本来ならば運動部が使うはずのグラウンドには地元の機関から派遣された対喰魔兵団バスターズと呼ばれる部隊が占領。学校を包囲するように警備中だ。


 喰魔喰にしか倒せない喰魔だが、無能力者でも足止めは出来る。

 喰魔喰を一人以上編成しているこの部隊は街の警邏を兼ねた自警団でもあり、喰魔喰と肩を並ぶ、人々からの人気が高い職業だ。



 喰魔の出現には、未だ謎が多くある。どこかに巣でもあるのか、あるいは卵などがあるのか、それすら現代科学でも解き明かせるまでには至っていない。


 唯一分かることは、奴らは日の出と日の入り……、つまり早朝と夕方の時間帯に現れる。放課後ともなれば丁度入りの時間帯。警戒態勢が施されるのも道理。



 もっとも──剣崎太士の前では喰魔などただの獲物に過ぎないのだが。

 そんな太士は学校が終わると必ず寄る場所がある。帰宅部なのに重いスポーツバッグを持って、今日もまた喰魔を討伐した自分への報酬として、商店街へ足を運ぶ。



「コロッケ三つとメンチ二つ」

「あいよ。毎度ありがとね~」



 たどり着いた総菜店で商品を受け取る。中には注文通りお気に入りの揚げ物が五つ入っている。

 買い食いの定番、コロッケとメンチカツ。これらは太士の好物だ。嬉々として代金を支払い、帰り道の中で早速一ついただく。


 サクっとした触感。具の肉とジャガイモが見事に調和した極上の一品。ソースなどもっての外。いつ口にしても、その味は変わらない。変えることすら禁忌な超絶どストレートの好み。



「う──ん、最高だ。俺はこのコロッケを食べるために暇な毎日を送っているんだな……」



 いつもは不機嫌、あるいは無愛想な太士もこの時ばかりは表情を緩ませる。美味いものを食べるのが、太士にとって喰魔の討伐よりも楽しめる娯楽なのだ。


 家はここから正反対の位置にあるが、ここの商店街には頻繁に寄る。もっとも寄るところといえば総菜店か飲食店のどちらかだが。


 上機嫌になりながら総菜を摘みつつ帰路を辿って行く。

 途中で見かける同級生らには見つからないように姿勢を下げて通り過ぎ、いよいよ商店街の出入口へ出ようとした時のこと。



 先ほどまで笑顔だった表情が、スっといつもの形に戻る。その理由は明らかだ。

 目と鼻の先に見える商店街の出入り口。そこに立って辺りをきょろきょろと見渡す一人の少女。彼女が着るブレザータイプの制服は太士と同じ学校の物。


 その人物は太士を見つけると、あろうことかこちらへと近付いて来たのである。 



「……剣崎君だよね。君に話したいことがあるの」

「クラスの人気者が俺に用ですか。四國さん」



 呼びかけてきたのは太士と同じ学年の女子生徒。名を四國千癒よくに ちゆ。一昔前の言葉で言えばクラスのマドンナ──太士とは何もかも正反対な縁遠い人物。


 そんな彼女は人混みの中、太士の目の前に立つと早々に話を持ちかけてくる。

 用事……とは何なのか。彼女と太士に接点があるようには見えない。むしろ無い。正直、怪しいと言わざるを得ない。



「そう、君に用事。でも、こんな所じゃ言えない話なの。私に着いてきてくれる?」

「……何で?」



 そんな千癒は太士をどこかへと誘おうとしている。これでは余計怪しさは増すばかり。理由を問い返すのも無理はない。



「相談できる人は、今のところ君しかいないから……」

「悪いんですがこんな身なりだけど、俺はアニメとかゲームには興味はないタイプの人間なので。そういう話は中沢君が詳し──」

「アニメゲームの話じゃない! もっとこう……私の今後の人生に関わるかもしれない話なの……」



 千癒が浮かべる深刻そうな表情。これに面倒臭がっていた太士は、僅かに反応を変える。

 友人も人脈も、太士と比べて月とすっぽんレベルに違う彼女が自分だけにしか言えないこととは一体何なのか。少しだけ気になったのだ。


「……分かりました。商店街を抜けた先の公園へ行きましょう。この時間なら利用する人も居ないでしょうし」

「……! よかった、ありがとう」


 だが、あくまでも気になっただけ。日陰者である太士はあらゆる不良に絡まれた時などを想定して、あらゆる対策を練っている。


 喰魔喰の力を一般の人間に対し行使しないつもりではあるが、相手がカツアゲや色目を使って悪事を働かせるつもりなら容赦なく使用するつもりだ。それが例え学年一の人気者であっても同じこと。



 そんなわけで二人は近場の公園に移動をする。夕闇の気配が漂い始める今の時刻、喰魔が出現する時間が近い今、利用者はごく僅かだ。

 二人しかいない公園。そこで千癒の相談したいことが話される──はずだった。



「──ごめんっ!」

「なっ!?」



 すると突然、千癒は太士の持っていたスポーツバッグをぶんどった。勉強も運動も出来る所謂才女として名高い千癒。そんな彼女がこのような行動に出たことに愕然とする。その結果、住宅街の路地へと消えた千癒を見失ってしまう。



「しまった! まさか、俺のバッグを──」



 まさかの事態に慌てる太士。あらゆる事態に備えて準備はしているとは言ったものの、優等生の非行はあまりにも想定外過ぎた。おまけにバッグの中身を知られてしまうのは非常にまずい。


 なぜならば、バッグの中身は『サムライローブ』の衣装である外套や小刀が入っている。それをクラスメイト──それも、様々な人たちとの交流がある人物に知られてしまえば、いつボロを出して正体がバレてしまうか分からない。


 最悪な事態を未然に防ぐためにも、凶行に走った千癒を捕まえ、バッグを取り替えさねばならない。そのためなら異能の力を使うのもやむなし。

 残りのコロッケを全て口に放り込み、能力を僅かに解放。



 閑散とした公園から、千癒の逃走先の住宅街へ高速で移動する。普通ならば彼のような体型の人間には絶対に出せないであろう超スピード。

 これでも、全体の数パーセント程度の出力。まだ本気は出せるが、悪目立ちを防ぐために全力は出さない。



「くそっ、あいつどこに行った……?」



 太士は悪態をつきつつ他の一般人に見つからぬよう、慎重に千癒を探す。そして、少し先の路地裏に千癒らしき人影が入っていくのを目撃した。


 そこへと急行すると、案の定千癒本人を発見。いくら運動が出来る彼女でも、公園から数百も離れた位置にある現在地まで、重いバッグを持って休みなく走ればこうなるのも致し方がない。塀にもたれながら汗だくになって肩で息をしている。



「はァ……はァ……、ここから公園まで、そこそこ距離があるのに、君は少しも息切れしてないのね……」

「そんなことはどうでもいいです。四國さん、俺のバッグを返してください」

「ふぅ……、まあ待ってよ。盗んだことは謝るからさ……。私の話は、人がいないだけの公園でも話せないことだから、こんな手を使わざるを得なかったの」



 バッグの要求に対する千癒の答えは、謝罪を約束する言葉だけでなく、例の話とやらの続きについてだった。

 このようなことをしてまで二人きりにならなければならない理由とは何なのか。そして何故、それほどまでに重要な話を自分が適任とするのか。未だに微塵も分からない。



「──ふぅ、息もちょっと落ち着いてきたね。はい、これ。引ったくりみたいなことしてごめんね」

「で、俺にしか話せないことって?」

「うん。じゃあ単刀直入に言うね」



 バッグを返却してもらうと、千癒はようやく本題に入ってくれる。ここまでさせるだけにどれほどの重要性を持った話なのか──。その真相が明らかとなる。



「君は喰魔喰……それもこの町ので一番の喰魔狩人『サムライローブ』だよね?」

「…………っ!?」



 千癒の口から出たのは予想外の言葉。太士の裏の姿である喰魔狩人の正体を見破ったという旨の発言。これには無愛想な顔にもう一度驚愕の表情を浮かばせる。


 どこでその正体を──と思ったが、ここで焦れば正体をバラしてしまうようなもの。ここは冷静に対処する。



「……あなたをバカにするつもりはありませんが、あまりにも見当違いすぎる。俺みたいな奴がサムライローブなわけがない」

「誤魔化さないで、だって朝の騒動の時に君が教室から出たことは知ってるし、その後にサムライローブが現れた。終わったら帰ってきたし」

「ちっ、見られてたのかよ……」



 知らん振りをするも、どうやら朝の騒動について見られていた模様。バレてしまっているのなら誤魔化しも意味をなさない。

 無意識に舌打ちも出てしまう。次からはもっと良い言い訳を考えておこうかと頭の隅に浮かべる。



「それで、俺の正体を見破ったのは何のつもりですか? 脅しですか。それとも……」

「あああ違う違う、そんな悪いことをするつもりはないし、バッグの中身を勝手に見たことも謝る! 勿論、君がサムライローブなのは秘密にする! だから、私のお願いを聞いて欲しい」

「バッグの中も見たのかよ……。それで、俺に何を頼むつもりですか?」



 太士の正体を見破った千癒。まさか弱みを握って好き放題させるつもりなのかと思えば、そういうつもりではないらしい。

 頼み、とは一体何なのか。一呼吸おいてから、千癒の口からその真意が告げられる。



「私を──、私を喰魔喰にして欲しいの!」

「……は?」

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