第4話 彼女は狩人にはなれるのか

「なんて?」

「だから、私を君と同じ喰魔狩人にして欲しいの!」



 四國千癒の主張を、太士は上手く理解出来なかった。何せ彼女の言っていることというのは、普通の人間が努力しても絶対に叶うことのないものだからだ。



 喰魔狩人。現代日本に再び現れた喰魔を屠ることを生業とする者の総称。剣崎太士もその一人として活動している。

 それを夢見る者は多いが、まさかクラスの人気者までもが喰魔狩人の願望者ワナビだとは思わないだろう。意外過ぎて逆に冷静になってしまう。



「学校ではあんまりそういう話はしないけど、家にはブロマイドとか新聞のスクラップがあるし、喰魔喰関連のニュースやサイトはほぼチェック済み。当然、この町や周辺の喰魔喰の情報も集められる限りの情報は全部ある。言ってしまえば私は喰魔狩人オタクよ」

「えぇ……」



 まさか過ぎる情報の開示に驚くなどの感情を過ぎ去って、もはや若干引き気味になる。

 しかし周辺の情報を集めているということは、それなりの情報網があるということ。自力で正体を突き止める収集能力は侮れない。



「私を喰魔狩人にする手伝いを……いえ、君が駄目ならラボに私のことを伝えるだけでもいい。だからお願い!」



 深々と頭を下げられ、同じ空間にいることが耐え難い状況になりつつある路地裏。こんなところを誰かに見られてしまえば、特に同学年……それも彼女のファンクラブともなれば間違いなく学生生活は終わる。


 だが、これを冷たくあしらえるほど太士は人間性を損なった人物ではない。太士は仕方なく行動を起こすことにした。理由は問うまい、面倒だから。



「はぁ、分かりましたよ。ではあなたの能力を見せてください。喰魔狩人になるに絶対必要なのが異能力、それが有用かどうか俺が判別します。それでいいでしょう」

「う、能力……。えーっと、そのぉ……」



 しかし、手伝うという旨を伝えた途端、千癒は急におろおろと焦り始める。この反応に太士は大体の理由を察した。



「俺は別にそう難しいことは言ってないんですよ。あなたの能力が身体強化系でも超能力系でも何でも。それとも……まさか何の能力も無いのに喰魔狩人になるなんてを夢見てるんですか?」

「ち、違っ……。私は本当に……」



 喰魔喰でなければ喰魔狩人にはなれない。ましてや最低でも喰魔を撃破出来る程度の力をつけなければ、異能を持っていても狩人として認められない。


 おそらく千癒はその最低限のラインを越えられないままに喰魔喰になることを夢見ているのだと予想する。仮にそのようならば、申し訳無いとは思いつつも現実を突きつけるしか太士の出せる選択肢はない。



「……能力がないなら諦めた方が良いかと。無理して戦うより、ファンとして喰魔狩人の戦いを見守るのがずっと楽しいと思いますけど」

「違うの! そうじゃない、私は無能力者じゃない。私は確かに能力持ちなの。ただ……」



 厳しい言葉をかけられた千癒は、声を張り上げて否定を口にする。

 そこまで言い切る自信があるというのに、能力を見せないなどほぼ矛盾に等しいことをしている。こうもひた隠すほどに強力な物なのか、あるいは──


 だが、もう結構だ。いくら学年一の美少女を相手にしているとはいえ、こうもしつこく無い能力を主張されては時間の無駄だ。本人には申し訳ないが、これ以上は続けられない。



「その能力は見せられない。だとすればこの話は終わりです。あなたが言った通り、確かに俺は喰魔狩人。もうすぐ喰魔が最も出没する時間になるので兵団の手伝いをしないといけません。それでは──」

「ま、待って! じゃあ、その証拠を見せる。私が能力持ちであることの証明をして見せるから、それで判断して欲しい!」



 話を切るために路地を出ようとした時、千癒は最後のあがきと言わんばかりに証拠とやらを出そうとしてきた。

 それで本当に最後になるのならいいだろうと思い、太士は帰路へ戻ろうとする足を止める。もっとも、時間は迫ってきているので、適当に理由をつけて諦めさせるつもりなのだが。



「ならさっさとそれを見せてください。俺も暇じゃないんですよ」

「うぅ、ごめん。でも、これなら君も驚いて納得してくれるはず」


 驚くとかはどうでもいいと頭の隅で考えつつ、証明の準備に取りかかる千癒の行動を見守る。

 すると千癒は懐のポケットからある物を取り出した。それは小粒ほどの大きさをした紫色の小石のような物。



「……それは!? ──っ!?」



 しかし、それを見た太士は明らかに血相を変えて驚きの表情を浮かばせた。そしてすぐさまバッグを確認し、入れていた小箱の中身を見る。

 中は空っぽ。つまり、今千癒が持っているそれが、小箱の中身ということ。



「──お前ッ! それが何なのか分かってるのか!?」

「君の私物をこう何度も盗ったことは謝る。ごめんなさい。でも、私が能力者である証明をするためには絶対に必要なの」



 普段、他人と会話する時は主に敬語を使う太士だが、この緊急事態に思わず荒っぽい口調になる。

 千癒が持っているのは『喰石』と呼ばれる喰魔の体内器官の一つ。これの役割というのが、人を極度の飢餓状態にさせる魔瘴の生成を司るとされている。



「能力の証明って……まさか!?」



 今朝撃破したばかりの喰魔が持っていた物ということは、浄化が不完全な生石と呼ばれる状態。生の喰石はごく微量だが魔瘴を放つため、傷口や粘膜に入ってしまえば例の症状を直ちに引き起こす。


 イヤな予感──。仮にも喰魔から人々を守る喰魔狩人として、その予想は当たって欲しくないと願うばかりだが、そうなる未来はないらしい。

 覚悟を決めたかのような顔をした千癒。そして──



「──んっ!」



 ぱくっ──と、喰石を食べた。未浄化の喰石を、その口に入れたのだ。



「あああああ──!! な、何やってんだあああっ!?」



 常々感じていた予感は、この奇行という形となって現実に現れた。

 ついぞ出したことのない大声を上げ、千癒の下へ接近。そして、急いで口の中にある喰石を吐き出させようと奮闘し始める。


 肩を掴み、全力で揺すぶる。すると、勢いに耐えられなくなったのか、千癒は喰石を吐き出した。



「うっ、おえぇぇ……。苦っがぁ……」

「バカ! 自分が何したか分かってんのか!? 下手すれば人じゃなくな──……って」



 あまりにも自分の身を省みない行動をした千癒を叱る中で、太士はあることに気付く。


 魔瘴を体内に取り込んだ瞬間、すぐに症状が起きるのが特徴の一つ。首回りに紫色の痣が浮かび、喉の渇きを訴える始める初期症状がある。

 しかし、千癒の首を見てもそのような痣はどこにも見られない。それどころか渇きを訴える様子も皆無だ。



「ね? だから言ったでしょ。喰魔喰は魔瘴の影響を受けない。この通り、私は喉なんで渇いてないし、痣も無い。私は間違いなく喰魔喰なのよ。ただ自分の能力が分からないだけでね」



 地面にへたり込みながらしたり顔を浮かべる彼女の言う通り、異能を発現出来る人間は魔瘴の影響を受けない。それすなわち、飢餓状態になっていない千癒は喰魔狩人になれる人間だということ。


 全てが繋がった。千癒の行動は全て、このために起こしたものだったというわけだ。

 バッグを引ったくったのは誘導以外に生の喰石を借りることと、話す場所が公園ではなく路地裏だったのは、人目を避ける他に喰石による影響を最小限にするための選択。


 自分が喰魔狩人になれることを知っての行動。これでもし、千癒本人の勘違いであれば大変なことになっていた。肝が冷えるどころの騒ぎではなくなる。あまりにも他人に──とは言っても太士だけだが──迷惑をかけすぎである。


 彼女が喰魔喰である証明が成された今、適当にあしらって帰るという手は使えない。ではどうするか。その解答はたった一つ。



「……妙に自信があるようだから怪しいとは思ってはいたけど、能力が分からなかっただけだったんですか。それなら俺からラボに話をつけますよ」

「本当!? やったぁ!」



 そう言うと、千癒は嬉々とした表情で喜びを露わにする。そうしてまでなりたいかと思いつつ、この場から撤退──と思いきや。

 喜ぶ千癒の腕を引くと、素早くバッグに忍ばせた短刀を抜いて投擲。今し方千癒のいた場所を通って背後に忍び寄っていた喰魔に命中する。



「なっ……!?」



 そしてすぐに千癒から離れ、喰魔狩りへ移行。顔を貫かれ悶える喰魔から刀を抜き取り、すかさず斬撃を喰らわせて対象を沈黙させる。

 華麗な刀捌きで喰魔を倒すまでの始終を見た千癒は、唖然としつつも町一番とも謳われる喰魔狩人の実力を改めて認む。



「お、おおー。流石サムライローブ……」

「四國さん、吾妻ラボに連絡してください。俺のスマホ充電ないんで頼みます」

「吾妻のラボ? う、うん。ちょっと待ってて」



 喰魔の討伐はしっかりと機関に連絡しなければならない。死骸から出る魔瘴が広がるのを防ぐためだ。

 それに──このワナビの面倒を押しつけるには丁度良い組織。喰石を換金するついでに全てを任せてしまおうと太士は画策するのであった。

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