第5話 期待の新人となりえるか

 千癒が連絡をして十分ほど経つと、人通りのない路地裏に十数名にも及ぶ防護服を着用した職員が集まってきた。


 到着して早々、溶けて気化し始めている喰魔の清掃作業をするために準備へと移る中、唯一防護服を着ていない男が二人の下へやってくる。



「んん~、これはこれはサムライローブ君じゃないか。毎日必ず十匹以上狩ってくれるもんだ。この町のエースは違うねぇ」

「今日はあなたでしたか。青柳班長」



 近付いてきた中年の細い目つきと身体の男、太士とは顔見知りの間柄のようで幾分か親しげに会話をする。

 すると青柳と呼ばれた男は隣の千癒を見るやいなや、細い目を開眼させて二度、三度見をする。



「なっ、ま、まさか……! けけけけけ剣崎君、このお嬢さんは……!?」

「勘違いしないでください。ただのクラスメイトです」

「お……そうか。そうならそうと早く言えばいいだろうに。思わず焦ってしまったじゃないか」

「勝手に焦ったのはどっちですか」



 太士の交友関係に興味でもあるのか、一瞬甚だしく勘違いをした様子。本人からの指摘で冷静さを取り戻すと、千癒へ改めて視線を向ける。



「失礼、お嬢さん。私は吾妻ラボの清掃班の班長を務めております青柳雅信あおやなぎ まさのぶという者です。以後お見知り置きを」

「あ、はぁ。よろしくお願いします」



 紳士的に挨拶をし、名刺を渡す青柳。千癒は若干困惑気味だがそんなことを気にすることなく話は続──かせはしない。



「お怪我はありませんでした──あだだだ! な、何だ剣崎君、耳を引っ張るのはよしてくれ!」

「班長、この方についてお話があります。俺らをラボまで連れてってください」

「えっ、お嬢さんをラボへ? そりゃまた何故」

「かくかくしかじかです」



 耳を引っ張って千癒へのこれ以上の接近を抑えるとともに、例の件についての話をするための相談を持ちかけた。

 するとその表情に一際真面目な雰囲気が帯びる。一通りの情報を聞き終えると、顎を摘んで考えにふけりだす。



「……そうか、お嬢さんは能力が分からない喰魔喰なのか。それが事実ならラボに行って検査する必要があるな」

「ほ、本当ですか!? お願いします! 私、喰魔狩人になりたいんです。ラボで検査して、私の能力が分かれば喰魔狩人として活動出来るんですよね?」



 青柳に自分の推薦をしたのだと気付くやいなや、千癒は頭を下げて交渉に出始める。

 一介のファンでしかなかった彼女を何がそうさせるのだろうか。喰魔喰の情報を片っ端から集め、果てには泥棒紛いのことをしてまでなりたい理由とは一体何なのか。



「……喰魔狩人としての活動を認めるには訓練が必要な上に、君は学生。今は勉強を優先するべきだ。君の熱意は十分に伝わってくるが、大人になって活動する者も多い。そう焦らなくたっていいと思うんだが」

「そんな……」



 だが千癒の熱意に対する青柳の答えは、酷く冷静で現実を見た大人の解答だった。

 期待していた返事とは正反対の解答。突きつけられた現実を前に千癒の表情は絶望的に暗くなる。


 どうやらすぐにでも喰魔狩人になりたいらしい。その熱意から薄々そうなのだろうとは分かってはいたが、やはりその理由は何一つ分からないままだ。



「でも……剣崎君は私と同い年だし、隣町の狩人には年下だって……」

「厳しいことを言うけど、剣崎君もその子も才能と環境に恵まれた結果、年少のプロになったんだ。彼らは普通じゃない、比較対象にするにはあんまり壁が高すぎるな」



 理不尽さを訴える反論も完膚無きまでに論破され、完全に何も言えなくなってしまう千癒。

 確かに青柳の言う通り、才能は喰魔喰という存在に大きく関わる要素。あると無しでは全く違う狩人としての人生が待っている。太士はその才能に恵まれた側の人間。故にサムライローブという名が世間に通っているのだ。


 深くうなだれる千癒の姿はとても惨めなものに見えた。自分が喰魔喰であることに思い上がっていただけだったというのが理解出来る。

 そんな千癒を見て、流石に言い過ぎたのかと思ったのか、青柳はばつが悪そうにではあるものの備考を付け足す。



「んまぁ、言っても才能の話だよ。お嬢さんに才能が見いだされれば、ラボの方で上手くやってくれるんじゃないかな? 私は担当外だから分からんけども」

「……! そうか、才能。才能があれば私もすぐに喰魔狩人になれる……!」



 この一声に意気消沈としていた千癒は一筋の光を見いだした模様。実際にあると限った話でもないのに、ポジティブな精神を持っているのは羨ましい限りだ。



「班長。清掃完了しました」

「ん、ご苦労。そいじゃあ、お二人さん、ラボに用事なんだろ? 乗ってきなよ」



 すると職員の一人が作業の完了を伝えにきた。見ると先ほどまでそこにあった喰魔の死骸は綺麗に片付けられ、元の路地に戻っていた。

 そして、最初に交渉した通り、青柳は二人を吾妻ラボへと乗せてくれるらしい。お言葉に甘え、複数ある社用車の一つに同席。そのまま目的地へと向かった。











「ここがラボ……。実際に来たのは初めてだなぁ」

「おーい、何をしてる。受付はこっちだぞ」



 ラボに到着して早々、先行こうとする太士と青柳の後を追うように、千癒も施設内部へ入る。

 政府公認の研究機関なだけに、病院を彷彿させる白い外装と広大な敷地。特別な施設であることを存在そのものが証明しているようだ。



「剣崎君。私は次の残骸清掃に備えて仕事に戻るよ。彼女を例の所に連れてってあげなさい」

「最初からそのつもりですよ。では」

「あの……ありがとうございました。私、絶対に喰魔狩人になってみせます」

「そうなる未来を待ってるよ。なった暁には、吾妻ラボに所属してもらえると助かるかな、それじゃ」



 そう会話をして青柳とはここで別れた。手を振って別の部屋へと行くのを見送る千癒だが、一方の太士は無視して次の所へと急ぐ。



「青柳さん、良い人だね」

「ただのロリコンですけどね、あの人」



 中々に毒づいた言葉だが、それは肯定の意を込めての発現。千癒もそれがただの罵倒などではない言葉だと思っておくことにした。

 またしばらく進んでいくと、とある扉の前に到着。太士はバッグからキーカードを取り出してスキャンする。



『剣崎太士様、ようこそいらっしゃいました』



「うわっ、なんか喋った!?」

「音声ガイドくらいで驚かないでください」



 そして開かれる自動ドア。その奥にある大部屋の空間にはまるでスポーツジムを思わせる大量の運動器具から、遊技場のようなアスレチック。さらには休憩コーナーまでもが設けられていた。


 この異様……とまではいかないものの、例えようのない部屋に圧倒される千癒。すると、入り口からでは死角となっていた場所から、一人の白衣を纏った女性が現れる。



「あいは~い、ようこそ我がラボラトリーへ。今日はずいぶんと早く来たね、剣崎太士君……って君誰──!?」

「落ち着いてください、博士。新しいメンバーになるかもしれない人が怖がります」



 千癒を見ると、あからさまにオーバーなリアクションで驚く謎の人物。

 ボサついた頭髪に薄汚れた白衣というずいぶんと不摂生な見た目の女性。太士の発言から彼女がこの場所の主と推測。すぐに自己紹介を始める。



「は、はじめまして。私、四國千癒と言います! 実は私、喰魔喰で喰魔狩人になるためにここへ来ました!」

「ははぁ──それはそれは。なるほど、あなたも喰魔喰ならば歓迎しよう。ようこそ、我がラボラトリーへ。四國千癒さん。私はこの研究機関『吾妻ラボ』の所長を務める薙川だ。よろしくね~」



 先ほどの慌てようから打って変わって、落ち着きを取り戻した様子で自己紹介をする薙川。驚いたことに、この研究施設のトップなのだという。

 偉い役職の人物だと判明した薙川との握手に応えると、二人をラボの奥へと案内し、応接間で話をすることに。



「さーてと。うーんと……どうする?」

「え、どうするって? どういうことですか?」



 ソファに腰掛けて早々、薙川が最初に口にした言葉を千癒は理解出来なかった。

 いきなり何の選択肢を突きつけているわけでもないのに、選択を待たれても困るだけである。


 発言の意味を理解出来ていないと気付いた薙川は、軽い咳払いをして詳しい説明を付け足した。



「あ、いやぁ、ね? 太士君が推薦してるってことは、四國さんを喰魔喰か疑う理由もないからさ。このままデビューしちゃう? 喰魔狩人に」

「え……出来るんですか? え、でも青柳さんは才能が無いとデビューは出来ないって……」



 所長という役職の人物との会話は、続きを訊ねても理解に遠いものだった。

 あまりにも適当極まりない解答。先ほどの青柳との会話で突きつけられた喰魔狩人の現実と真っ正面から激突する形で矛盾している。自身の能力すら分かっていないのにそれは可能なのだろうか。



「ああ、あのロリコン班長の言葉は信じなくても良いよ。いるんだよねー、ああいう理解があるようで頭の固い人。んまぁ、確かに訓練は必要だけど、それは喰魔を倒していけば自然と身につくから、最低限能力が分かればそれでいいよ」

「博士。その件ですが、実は四國さんは──」



 ここで太士がようやく会話に参加。千癒が喰魔喰でありながら、何の能力を持っているか分からないことを説明する。

 これには流石の薙川も顔が渋くなる。何かを懸念……あるいは深読みでもしているのか、そこそこの時間が経過した。



「んー、能力が不明ねぇ……。それじゃあやってみようか」



 すると、ここで薙川は席を立ち、部屋を出る。ものの数分で戻ってくると、何かを持ってきていた。



「はい、これ。この施設の仮キーカードだよ」

「これを私にですか?」

「うん。これを渡すから、今週の土曜日にここへ来てほしい。あなたの異能力が何なのかを調べるには、それなりに精密な検査が必要だからね。大丈夫、余程特殊な能力じゃない限りその日の内に分かるから」



 渡したのはラボのキーカード。先ほど太士がスキャンに使った物と同じ機能を持つカードだ。

 どうやら能力検査の予定を考えていたらしい。渡したカードも今回のように誰かを付き添わせる必要のない配慮と見られる。



「分かりました。土曜日にここへもう一度伺います。その時はよろしくお願いします」

「うん。いやぁ~、礼儀が正しくて結構。ここに所属してる喰魔喰は変わり者ばっかりで私に敬意を払ってくれないんだよね。四國さんみたいな子が所属に入ってくれれば、嬉しいなぁ。ねぇ、太士君?」

「敬意以前に博士は身だしなみを整えないといけないと思いますが」



 うっ、と図星を突かれた様子の薙川。いくら所長といえども、不衛生な姿格好では敬意を払うにはあまりにも不相応過ぎるのだ。


 そして、約束を取り決めた後、太士の喰石を換金してラボから出る。帰り道はクラスの日陰者と人気者の珍しい組み合わせが、薄闇の道路を渡る。


 帰路に就く時、千癒は小さくほくそ笑み、渡されたカードをまじまじと見つめる。

 これまで一切分からなかった自分の能力が、土曜日に判明する。喰魔狩人となるのを夢見る千癒に与えられたチャンスがその日にある。


 心の底から嬉しさが混み上がろうとするが、あえて我慢。なぜならば、まだ検査するということが決まっただけで、まだ能力も本当に喰魔狩人にもなれるか分からないままだからだ。


 喜ぶのは全てが分かってから──。しかし、その気持ちは抑えていても僅かに漏れ出してしまう。



「家に帰ったら全部の喰魔狩人の情報を調べ尽くして、私の今後に役立てよう!」

「……本当に本気なんですね。ちょっと引きます」

「むっ、人がやる気出したのを引くなんて酷くない?」



 何はともあれ、彼女が喰魔狩人になれるかどうかは土曜日にならなければ分からない上に、もう太士自身には関係のない話。


 今日のような日はもう金輪際来ないことを祈るばかり。厄介事が嫌いな太士はその後、千癒とは一切喋ることなく別れるのであった。

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