第6話 もう一人のトップランカー
剣崎太士は喰魔を狩る。スポーツバッグに忍ばせている刀とは別の本命の得物で本日十五匹目の獲物を狩り終えたところだ。
もはや手慣れたものである。多くの喰魔は行動パターンは同じなので、例え体格に差が出ようが数で攻め込まれようが、動きさえ予測出来れば苦戦を強いられることはない。
いつも通り、死体を片付けるために吾妻ラボへ連絡を取ろうとした時、どこからかフラッシュとカメラのシャッター音が聞こえた。
「ふっふ~ん、良い絵いただき」
「盗撮とはあまり良い趣味ではないですね。四國さん」
誰何をする必要はない。なぜならば正体は分かっているからだ。
外套のフードをはずして背後を見やると、そこにはカメラを携えた四國千癒がいた。学生服に身を包んだのを見る限りでは部活帰りと推測する。
彼女はつい最近喰魔喰であることを告白してくれたクラスのヒロイン。日陰者の太士とは本来言葉を交わして良い相手ではない。今でもそう思っていた。
「いいじゃん、私はもっと君のことが知りたいし」
「語弊ですね。知りたいのは俺ではなくサムライローブの方でしょう」
「どのみち君であることに変わりはないでしょ? ほらほら、笑って笑って」
「カメラを向けないでください。俺はあなたと仲良くなるつもりは毛頭ありません。ラボに推薦したのも、ただの厄介払いですから」
彼女が喰魔喰であることを告白しなければ、こうして正体を明かして会話などしない。むしろ、今でも自ら距離を置こうとするくらいには接触を控えている。
彼女を危険に晒させないためというのもあるが、本心は学校内での安寧を保つためになるべく関わりを断ちたのだ。
男子人気の高い千癒と釣り合うのはそれ相応の
小柄で太っていて、無愛想な
「もう、意地っ張り。そんな心配しなくていいよ。喰魔狩人になれたら君の仕事仲間になってあげるしさ」
「結構です。俺は一人で戦う方が向いてますんで」
冷たくあしらうとラボに連絡。さらなる獲物を求め、フードを被り直してサムライローブの姿で次の捜索へと向かう。
「ああっ、ちょっと待って! 今日来たのは何も無駄話で邪魔しに来たわけじゃないの。ちょっと協力をしてほしくて」
「……協力?」
しかし、なにやら用事があるようで、次に向かおうとした途端に呼び止められてしまう。
協力してほしいこととは一体何なのか。ずいっと端麗な顔を近付けられ、
「私の部活、何かわかる?」
「……確か写真部」
「正解。次の文化祭で写真部が色んな写真を展示することになったんだけど、その案の一つに喰魔狩人の仕事を激写しようってのがあって──」
「さようなら」
「わっ──! ままま待って待った待っ……た!」
途中で理由を察する太士。話の最中に去ろうとしたが、裾を引っ張られて止められてしまった。
どうやらサムライローブの写真を提供を求めに来たらしい。無論そのようなことに協力など当然出来ない。
サムライローブという通り名をつけられてからそれなりの時間が経つが、その正体を知るのは千癒の他にラボの面々とごく一部の人のみ。
サムライローブとしての姿は写真などのメディアには映したくないのが本心。
恥ずかしいというのもあるが、何より正体が
「俺は自分の正体を晒す真似は出来ません。その話を受けるつもりは──」
「自意識過剰だって。別に私は君の仕事姿を撮りたいなんて言ってないのに」
「……というと?」
否定に対する千癒の反応は意外な物だった。なにやらその目的は一番近しいであろうサムライローブではないらしい。
ではその心は何なのか。問いを返せば、ふっふっふと怪しい笑みを浮かべる。
「私の狙い……。それは対喰魔兵団の部隊長、
「ああ、海炎さんか」
回答代わりの熱弁を冷静に聞く太士。この喰魔喰オタクの真の目的は、どうやら兵団所属の喰魔喰とのこと。
霧島海炎。吾妻ラボ直属の喰魔兵団の隊長に僅か二十三歳の年齢で抜擢されるほどの実力を持った若きエース。当然顔も良いので女性人気の高さも折り紙付きだ。
その美丈夫が狙いということは、ラボにコネのある太士を通してアポを撮るのが目的と推測する。
明日は土曜だが、それまで待てないのだろうかと太士は思う。もっとも、どのみち海炎本人が居合わなければ意味はないのだか。
「だから、兵団が撤収する時に一緒に着いていってほしいの! 私一人じゃ流石に気まずいっていうか行きづらいというか……。だからお願い!」
兵団がラボに戻るともなれば、早くても夜の八時になる。その時間帯は確かに喰魔は出現しなくなる頃だが、夜道を歩かせるわけにはいかない。
先ほど撮られた写真を勝手に使われてしまうのも避けたい。ともなれば、海炎本人と会わせるのが無難か。
「分かりましたよ。じゃあ、八時前になったら校門の前で待っててください。多分迎えに来ますんで」
「絶対だよ!? それじゃあ、時間になったらエスコートよろしく。じゃあね!」
そう言い残して千癒は軽いステップでこの場を立ち去る。断るに断れない自分の性格を恨めしく思いつつ、太士は時間までに次の獲物を狩りにこの場を立ち去った。
†
そして時刻は夜八時。こっそり校門の近くまで行くと、約束通り千癒がいた。
おまけに一度家に戻ったのか、夕刻時に会った時とは格好が違う。仮にも取材交渉をするだけのはずなのにおしゃれをして来るなど魂胆が丸見えである。
「……本当に来たんですね」
「おっ、剣崎君。もしかしてあの時からずっとそのままの格好なの?」
「俺のことはどうでもいいです。そろそろ兵団が集まる頃合いなので、さっさと交渉しに行きましょう」
千癒の下へ近付くとこちらの存在に気付いた様子。そう話を続かせることもなく、太士の先導の下、兵団の駐屯地となっている公民館へと向かう。
学校から公民館までの距離は近い。能力を使えばものの数分で到着出来るが、それでも夜道は危険だ。故に太士も護衛の意味合いも込め徒歩で行く。
歩いて十数分。どこからともなく声が聞こえる。
「汚染現象が出てる者はいないか!? 喰石をかすめ取ろうとしてる奴はいないか!? いないなら良し。本日の警邏はここで終了だ。全員、ご苦労だった!」
「各自、戦闘衣はボックスに入れろー。武器もロックは忘れずになー」
「ん、ちょうど終わったとこですね。今日は早上がりか」
「兵団の退勤挨拶を聞くのは初めてだなぁ。良い体験だ」
一体何に生かす経験なのかは分からないが、千癒はこの瞬間にひしひしと嬉しさを噛みしめている。ラボに所属すれば毎日聞くことになるのは口外しないことにする。
そんなわけで公民館の敷地内へ入り、撤退準備をし始めている駐屯地を進む。すると、一人の武装した兵士が二人の前に止まった。
「失礼、サムライローブ様ですね。兵団はこの通り撤収作業に入っております。一体何用でしょうか」
「霧島海炎さんに用事があって来ました」
「部隊長に? 今はおられませんが……」
「え!? かいえ……霧島さんいないんですか!?」
ここへ来た理由を伝えると、それを無意味とさせる返事が帰ってきた。なんと、目的の人物である霧島海炎は現在不在だという。
これには千癒も大声で驚きをあらわにする。駐屯地ならば絶対に出会えると踏んでやって来たにも関わらず、当人がいないとはどういうことか。
「それでは、今はどこに?」
「はい。実は先ほど取り逃がしの連絡があったそうで、お一人で向かわれました。すぐに戻るとはおっしゃってましたが……」
「そうですか。では今回はこれで。作業の邪魔をして失礼しました」
「え、待たないの? すぐ戻るって今……」
どうやら狩り残した個体を始末しに行ったらしい。それが分かれば、もはやここにいる意味はない。待っていても団の邪魔になるだけなので、太士はそそくさと来た場所に戻っていく。
待たないことの疑問を投げかけられるがそれを無視して駐屯地外へ。そして依然として続く千癒のさえずりを気にせずスマホを取り出す。
「ねぇ! 待った方が絶対良いって。その方が──」
「待てば何時間も待たされるかもしれないんですよ。それなら、直接会いに行って助太刀した方が早い、そう思わないんですか?」
「えっ、それってまさか──!?」
この回答に千癒は固まる。言葉の意味を理解すると同時に太士は今まで操作していたスマホの画面を向けた。
SNSに投稿された画像。それに写っているのはどこかで撮られたのか水蒸気の塊を操る一人の青年。暗くぼけてはいるが、それは間違いなく目的の人物の異能力。
太士はただスマホをいじっていたのではなく、SNSというツールを使い、それらしき情報を収集していたのだ。
「喰魔は近い場所にいます。そこへ行くかどうかは千癒さん次第です」
「……! 行く! 行きます!」
「分かりました。では、少しだけ失礼します。しっかりと掴まっててください」
「えっ、ちょ……っとおおおおおっ!?」
助太刀へ行くかどうかを問われ、行くと即答。すると、太士は断りを入れてから千癒を抱き込み──俗に言うお姫様抱っこをして能力を解放。
闇夜を疾走し、からの大跳躍。屋根から屋根へと跳び移りを繰り返して目的の場所へとダイナミックに移動をする。
さり気なくサムライローブに抱き込まれながら金曜の夜を跳ぶという貴重な経験をしてしまった喰魔喰オタクの千癒であった。
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