第11話 狩り初めは町一番の狩人と一緒に
時は流れて予定時刻の十五分前。千癒からの一方的な約束を取り付けられたサムライローブこと剣崎太士は誰にも存在を悟られぬよう、静かに待ち人が来るのを待っていた。
もし、このまま来ないまま五時にでもなれば、無視しようかとも考えている。むしろそうなることを願っていた。もっとも、その望みは叶いそうにもないが。
「お・待・た・せ」
「四國さん、こういうのは先にそっちが待つべきでは──って、なんですかその格好……!?」
後ろから声がかけられ、待たされた文句を言おうと振り向く太士。そこにいたのは案の定千癒本人だったが、その姿格好を見て驚きを隠せない。
全体的に白を基調とした女性用軍服のような衣装を身に纏い、防弾ゴーグルで目元を隠していた。さらには両の腰にぶら下げているガンホルダー。当然、そこには普通の女子高生ならば本来触れる機会すらないであろう銃が収納されている。
つい先ほどまで同じクラスにいて勉強していたあの才女、四國千癒はまさかの狩人としてのコスチュームを纏いてやって来た。
「ふふん、どうよ。この衣装。カッコいいと可愛いが両立した完璧なデザインでしょ?」
「えぇ……」
ゴーグルを外し、いつものドヤ顔で衣装を見せつけてくる。その場でくるっと一回転して、燕尾のように先が割れた装飾をふわりと舞わせた。
どうと言われても、正直なところ反応に困るだけである。確かに見た目は良いが、それをかき消してしまうほどの威圧を放つ武器にしか目がいかない。おまけに、それの正体を太士は知っている。
「その銃、兵団が使ってる対喰魔銃じゃないですか……。何でそんな物を」
「ふふふ、これも薙川さんが私専用のカスタムをして貸してくれたのよ。見た目以上に軽いし取り扱いもしやすい。異能力がまだ分からない今の私にぴったりな武器じゃない?」
千癒が装備している対喰魔銃という名の銃というのは、
無論、喰魔喰が使えば撃破も可能だ。まさかそれの支給までするとは、ラボ……もとい薙川の
「さ、という訳で出発進行! 私の喰魔狩人としての伝説はここから始まるのよ!」
「なんか余計に心配になってきたな……」
本人の意気込みを見て先行きを案じる太士。すると町に鳴り響く五時の鐘。
とにもかくにも狩りの時間は始まりを告げる。フードを被り、サムライローブとなって二人の狩人は狩りへと繰り出した。
†
「ところで、四國さんは喰魔についてどこまで知っていますか?」
喰魔の捜索中、太士は常々気になっていたことを問うことにした。内容は千癒の持つ知識について。
彼女は自他共に認める生粋の喰魔狩人オタク。それこそサムライローブの正体までも解き明かす程の情報網を持っている。故にどこまで知っているのかを把握しておかねばならない。
「えーっとね、基本的な喰魔についての情報は知ってるよ。あと、噂で聞くような信憑性の薄い話から、過去に狩人を手こずらせたような強い個体の情報まであるかな。旧世代の分までね」
「そうですか、なら行動パターンや種類も分かりますよね」
「ばっちり復習済みだよ」
ぐっとサムズアップで肯定を示す千癒。復習までしているともなれば、知識面については何も問題はなさそうである。
残る問題は戦闘センス。知識と武器があっても戦えなければ意味はない。もっとも、新人なのでこれっぽっちの期待はしていないが。
「あっ! いた、いたよ!」
と、ここでようやく第一喰魔を発見。路地から出ようと進んでいる模様。あそこを行けば人がよく通る道に繋がる。
タイミング良く出会えた。今こそ実力を計るチャンス。
「四國さん、一人でいけますか?」
「まっかせて! 最下級喰魔程度にやられる私じゃないわ!」
こっちもやる気の様子。そういうわけで、早速千癒を送り出す。
相手は最下級と称される弱い喰魔。中型犬と同じか一回り小さい矮躯のわりに鈍いのが特徴。喰石も小粒で安いので、トップランカーは無視する相手だ。
普段なら秒殺出来る相手だが、新人に相手をさせるにはちょうど良い。
銃を取り、安全装置の解除と銃弾の装填を確認すると、颯爽と喰魔へと向かう。構えを取りつつ、警戒しながら果敢に近づいていく。
通りへと出ようとする喰魔は千癒の存在に気付いたようで、振り向くやいなや威嚇を試みる。魔瘴が漏れ続ける口を大きく開かせ、墨に浸け過ぎた筆先のような尾を立てるサソリのようなポーズ。
そんな本物を目の前にしてか千癒の歩みは止まった。弱い個体とはいえ喰魔。流石に本物を前に恐れをなしたか──と思った矢先。
バババッ、と発砲音。言わずもがな、銃の引き金を引いたのである。
数発の銃弾を受けた喰魔は悲鳴と共に怯む。その隙も見逃すことなく、千癒の銃は再び発砲。喰魔は倒れ気化を始めた。
「よっしゃぁ──! どーよ私の銃捌き! 見事、大金星!」
喰魔狩人として初めての勝利に自らを喝采する千癒。この上機嫌ぶりを見る限り気にしてる様子はなさそうである。
予想とは裏腹にそれなりにではあるものの戦い方を理解している模様。コスチュームの派手さとは真逆の堅実な戦闘スタイル。
そんな動きを後ろから見ていた太士。様々な感想が思い浮かぶ中、千癒の戦い方にどことなく抱いていた既視感を真っ先に口にする。
「なんか、
「うっ、地味……。言われるだろうなとは思ってたけど、実際に指摘されるときっついなぁ……」
太士の感じた既視感。それは、千癒の動きが兵団の喰魔喰ではない戦闘員がする戦い方に酷似していることだった。
無駄の少ない精確な動きから、攻撃までに至る確認動作。まさに兵団の戦い方を模倣しているとしか言いようがない。
「昨日、軽くだけど海炎さんに教えて貰ったんだ。まぁ、ずっと前から動き方の練習はネットで見て勉強してたんだけど」
「そうなんですか。理由はなんであれ、それなりに戦えることが分かって何よりですよ。あ、喰石を忘れずに」
兵団の動きを再現出来るのはそういうことらしい。オタクならではの納得出来る理由だ。
とにもかくにも、最初の一匹目は見事に倒せた。溶け始めている喰魔から喰石の回収を指示する。
「これが、私の最初の喰石……! ああ、私本当に喰魔狩人としてここにいるんだ……。感激……」
「どうせ換金されるだけなんですから、感動するよりも次に行くことを考えてください。石は専用の容器に入れるのを忘れないようにお願いします」
感激に震える千癒に対し、淡々と事を進めようとする太士。
この日の狩りはまだ始まったばかり。ただでさえ千癒という枷がついてくる以上、これまで以上に喰魔を倒して石を回収しなければ生活が危ない。
本当に損な役回りを与えられたものである。そう思いながら、ラボへ清掃の連絡を入れた。
そこからさらに二時間。路地を中心に下級喰魔を狩り続けていく。その間、千癒の狩人としての才能がどこまでなのか、うっすらとではあるが見えてきていた。
能力を使わずに銃一丁で喰魔を十匹以上も撃破出来れば初心者としては上出来。狩人に向いていると言える。
「よしっ、またまた撃破! どう、私って結構やるでしょ?」
「そうですね。でも、相手が最下級の喰魔であることはお忘れなく」
「うーん、厳しいなぁ」
ただ、異能力の発現も含め、今の実力のままでは中級以降の強力な喰魔との戦闘はさせられない。過信するところもやや難点か。
総じて千癒は伸びしろの大きい喰魔狩人である。これからの活躍次第では早期の独り立ちもありえるといったところ。
如何せん能力が発現しない限りそうなる可能性はごく僅かだが。そう、プロの狩人になるためには能力が必要なのだ。
「……四國さんは自分の能力がどんな物なのか考えてますか?」
「ん、私?」
ふと思い立ち、太士は訊ねる。未だ鱗片すら見せない千癒自身の能力はどのような形をしているのか、その予想を本人に訊いてみることにした。
この問いに千癒はうーんと唸りながら考える。
「そういう質問は前に海炎さんからされたよ。その時は普通に強い能力が良いって答えたけど、検査してからはちょっと変わったんだよね」
「変わった?」
そう千癒は言う。海炎の時とは違う、新たな考えとは一体なんだろうか。
「強い能力が欲しいってのは今もそうだけど、せっかくならみんなの助けになるような能力が良いなって」
「助けになる……」
「うん。実は私の家族って誰かを助けたりする仕事に就いてる人が多いんだよね。実際に兄は警官、お父さんは医者でお母さんは小学校で先生してる。誰かの助けをする家系なら、きっと私の能力もそういう感じになるんじゃないかな~って思ってさ。あんまり喰魔狩人らしくはないけど」
問いの答えとなる考えを千癒は話してくれた。人助けの家系であるが故に、人を助ける能力が良いと考えるているらしい。
喰魔喰には攻撃能力しかないという概念を覆そうとしている千癒の能力。まだ判明していない以上は攻撃能力ではない可能性もあるのだから、そう思うのも当然か。
「ま、能力がなんであれ、私はどんなものでも受け入れるつもりだけどね」
最後にそう締めると、千癒は喰魔から喰石を回収。慣れた様子でラボに連絡を入れる。
本人の答えに太士は何も言わず、ただ千癒が行う後処理を見守っている。だが、その裏ではあることを考えていた。
「四國さん。喰魔狩人を続けていくには能力は必須です。もし俺の知ってる方法でよければ、能力発現のアドバイスをしますけど……どうですか」
「えっ、本当!? 能力を出せるなら是非とも!」
太士が口にする異能力を発現させる方法とやらを耳にし、千癒は大げさに喜びを現わに近づいてくる。
しかし、自分から教えるとは言ったものの、どうもこの方法は説明が難しいというよりも、言葉にして出すのがきつい。特に女性に対してこの方法を教えるのは多少の難があるのだ。
おまけに期待を込めて覗いてくる千癒の視線がより一層説明を出しづらくさせてくる。
「あの、この方法は能力が絶対発現するとかはなくて、あくまでも異能力を引き出せるかもしれない可能性の話になります。その……つまり、聞いても怒ったりしないって約束しますか……?」
「うんうん、大丈夫大丈夫。怒んないって。多少のリスクは覚悟の上だよ」
保険として千癒へ約束を誓わせると、太士は軽く咳払いをして緊張する身を抑える。
先述の通り、この方法はあくまでも一つの可能性を探るだけの方法。これで発現する者もいれば出ない者もいる。ハイリスクな
千癒本人もリスクは承知と言っているので、太士は覚悟半分でアドバイスの内容を伝えることを決めた。
「えっと……俺はこの方法を試して今の異能力を発現しました。本当はあんまりおすすめ出来ないんですけど……」
「剣崎君が証人!? それ、すっごい期待大じゃん! 教えて教えて!」
ぐいぐいと迫る千癒。その度に言いづらさが増していくが、ぐっとこらえて口を開ける。
「太ること……です」
「なるほど太──え? は?」
路地裏に静寂が訪れた。千癒の反応は予想に違わない「お前は何を言っているんだ」を意味する沈黙であった。
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