第二章『NEWCOMER and MEMBERS』
第10話 新たな狩人は歓迎するべきか否か
この日の晩──夕刻の狩りを終え、自宅でゆっくりとしていた太士の下に一本の電話が来た。
相手はラボ。それも、所長である薙川直々の電話。無視する理由もないため、電話に出る。
『もしもし太士君、お休みのところいいかな』
「なんでしょうか。今から来いって言われても行きませんよ」
『そうじゃないんだ。君に頼みたいことがあってね』
頼み事。その言葉に太士の眉はぴくりと動く。
何となくではあるが嫌な予感。喰魔狩人として鍛え上げられた勘が、これから何かよからぬことが起きてしまいそうになるのを察知している。
しかし、相手は仮にも一つの喰魔の研究機関を統括するトップ。喰魔討伐の緊急依頼である可能性も無きにしもあらずなので、一応話は最後まで聞いておくことにする。
『四國さんのことなんだけど、突然のことで悪いんだけどさ、彼女の教育係として担当を任されてくれないか?』
「は!? 俺が!?」
予感的中──。千癒の教育係という予想外な言葉に柄にも合わず驚く。
つまり、千癒の能力が判明したということなのか。やはり、例外にもなく強化型か放出型のどちらかであったのが分かったのだろう。
他に知りたいことは山ほどあるが、まず先に知るべきことはただ一つ。
「……色々と訊ねたいことはありますが、まず何故にラボ所属ではない俺に頼むんですか。他に良い人が──」
『ウチのラボ直属の喰魔喰に育成を頼めるような人がいると思うかい?』
この言葉に「うーん」と言葉を詰まらせてしまう。
吾妻ラボには兵団に属さない直属の喰魔狩人が数名いる。太士とは久しく会っていない者も多いが、彼らの性格や生活サイクルを鑑みると確かに女子高生を預かるには癖が強すぎる。
ましてや兵団所属の喰魔喰に任せるなど難しい話。海炎こそ適正はあれど彼は部隊長。多忙を極める人物だ。
「……いないです」
『そうだろう? 他のフリーは以ての外、隣町のラボには意地でも頼みたくない。だから同じ学校で同じクラスの君しか頼める人が居ないんだ。幸いにも四國さんは君のことを気に入ってるみたいだし、どうせあの子に対する下心はないんだろう? だったら頼まれてくれ! この通り!』
「携帯越しに土下座されても分かんないですよ」
太士に白羽の矢が立ったのはそういう理由らしい。比較的自由の身でいて吾妻ラボとの関わりが深く、なおかつ私生活でも千癒に近しい立ち位置の人材。それが剣崎太士というわけだ。
ここに来て、初めて自分がこれまでまともに喰魔狩人として生きてきたことを若干後悔する。
千癒をラボに推薦したのは、あくまでも自分に影響が無いよう育成込みで責任を押し付けるため。それが返ってきてしまえば推薦した意味がなくなる。
さらに近くにいることが多くなるということは、それを見られて噂にでもなれば身が危うい。平穏で平凡な学校生活がお釈迦になる。
「結論から言うと嫌です。俺にそんな責任重大なことは出来ません」
『むぅ……でもまぁそう言うとは思っていたよ。じゃあ、こうしよう。太士君の持ってくる喰石Lサイズ以上の換金額を1.3倍にする! それでどうだ!?』
辞退を申し出ると相手も粘る。喰石の換金額を増やすという条件で千癒の教育担当を受け入れをさせようとしてくる。だが、太士は──
「お断りします」
『何でえええええ!?』
当然の拒否。これには電話越しの薙川も絶叫してしまう。
正直なところ換金額上昇は嬉しい話。その日暮らしを強いられるフリーランスにとって、少しでも稼ぎを増せるならば条件として申し分ない。
だが、喰魔喰の教育係という役割を任されるに多少の上乗せだけでは釣り合わない。
何せ相手は学年一とも謳われる美少女。クラスの隠キャが請け負うには荷があまりにも重すぎる。
『分かった。じゃあMの大は1.5倍だ! これなら……いや、これで勘弁してくださいっ!』
「口調が変わってますよ」
携帯越しに感じる土下座の勢い。そうしてまで自分に教育係を任せたいかと思う反面、少しばかりやりすぎたかとも思う。
何だかんだで吾妻ラボにはお世話になっている。薙川本人にも幼い頃から色々なことを学んでいるので、多少なり恩義はあったりする。
「──はぁ、分かりました。Mサイズの件は結構です。その代わりに俺からの条件を認めてくれれば請け負います」
『ほ、本当かい!? その条件ってなんだい!? お金か! それとも私の身体──』
「バカなこと言うとぶっとばしますよ?」
仕方なく条件付きで承認すると口にしたところ、薙川の反応は凄まじいことこの上ない。仮にも義姉のくせに未成年に対価として自身の身体を出そうとするなど、色々と危ういところがある。
そんな望みのためなら手段を選ばない貪欲さを持つ薙川に対し、太士が出す条件。それは──
「喰石のLサイズの換金額を二倍にしてください」
『に、二倍!? そんな、無茶を言わないでくれ!』
「無理なら結構です。青柳さんにでも教育を頼めばいいかと」
『わ、分かった! 二倍は無理だが1.6倍! それでいいだろう!?』
「1.9倍」
『ほぼ変わらないじゃないか!』
喰石値上げの交渉。この応酬に勝利したのは勿論──
『……分かったよ、1.8倍でいいよぅ。それで担当になってくれるんだろう?』
「はい、交渉成立です。俺に迷惑をかけさせる覚悟はしておいてください」
勝者は太士。電話越しに消沈とする敗者薙川の声はか細い。
この条件を以て、千癒の教育係としての任務を務めることになった。本心では当然面倒だと思ってはいるものの、なんだかんだで換金額の増額という魅力には逆らえない。
この件は一度置いておくとして、思うことが一つある。それは、千癒の能力について。
結局彼女の能力とは一体何なのか。最後にそれを訪ねる。
「では最後にお聞きします。博士、四國さんの能力というのは一体どのようなものなんですか?」
『……それはね、太士君』
思わせぶりに間を溜める薙川。それに息を呑む──ではないにせよ、語られるであろう真実を前に沈黙する。
十数秒にも及ぶ溜めを経て、その内容が太士へと伝えられた。
†
月曜日。それはいつどの時代でも人々を暗澹とさせる始まりの曜日。太士にとっても例外ではなく、週明けはやはり苦手である。
しかし、一昨日の夜に来た一本の電話。そこから太士の日常には一つの大きな変化が加わることになる。
それは薙川からの頼みとして四國千癒の教育係を任命されたことだ。
いくら換金額の増額という条件を飲んで了承したこととはいえ、やはり若干の後悔はある。ただでさえ自ずと関わってくる千癒に対し、これからは太士自らが彼女に喰魔喰としてのイロハを教えなければならない。非常に面倒である。
「リスクを背負ってまでやるべきだったか……」
今更ながらに判断を見誤ったかと思う太士。だがやると言ってしまった以上は責任を持たねばなるまい。
ちらと斜め前の席を見ると、四國千癒は普通に授業を受けている。今までは気にしてこなかったが、太士の席からは遠くもよく見える位置に当人はいた。
真面目に勉強しているようだが、その実頭の中では喰魔喰に関連する考えを巡らせているのだろう。
何せ新人という身ではあるが、憧れの喰魔狩人になれたのだから。
「……結局能力は不明のまま、か」
先日の電話で耳にした千癒の異能力の詳細は、終始分からず終いだったらしい。
日本国で出来る最高レベルの検査をしたと聞くが、それで判明したのは千癒本人は100%喰魔喰であるのと、異能力持ちとしての才能はあるという最初の検査と何一つ変わらない結果だった。
このことから、薙川は戦闘経験の豊富な喰魔喰と一緒に行動すれば、何かしら刺激を受けて能力が開花すると判断。太士という最適な人物に委ねたのである。
能力不明の狩人など聞いたことがない。それはつまり、自衛の手段も狩る力も乏しいために、基本的に行動を共にせねばならないという重い制約がかけられることになる。
「よし、今度Lサイズの石をまとめて売りつけてやろう」
勉強をよそにラボへの合法的な嫌がらせを考えていると、授業が終わるチャイムが鳴った。
これで午前の授業が終わり、ようやく昼休みに突入する。
普段の昼休みの過ごし方は、早めに昼食を済ませてから寝ること。教室が騒がしい時は図書室で静かにやり過ごすのだが、今回は後者である可能性が高いと判断。コンビニで買ってきたパンなどを口に詰めて教室を後にした。
喧噪のない静かな空間。それほど本を読む
ここでなら静かに眠ることが出来る──と思ったのもつかの間。
「あ、いたいた。おーい、剣崎君」
「げっ、四國さん」
今回は静かに昼を過ごすということは出来なさそうである。……否、おそらくこれからこのようなことが度々続いていくであろう。
四國千癒が図書館にやって来た。思わぬ会敵──もとい出会いに太士は露骨に嫌な顔をする。
「『げっ』って何よ! 『げっ』って!」
「何でもないです。それより何故ここへ?」
「何故って……そりゃあ、私の話をしにね。ちょうど誰も来ない図書室だし、ちょうど良いかと思って」
千癒がここへ来た理由は例の件についてだという。
自身の異能力が分からないまま喰魔狩人となった前代未聞の喰魔喰、四國千癒。彼女の話というのは、一昨日の夜に薙川が言っていたことだろう。
だとすれば話は早い。報酬として増額を認めてもらった以上、仕事はしっかりと果たすつもりである。
「薙川さんから話は聞いてるでしょ? 今日から剣崎君は私のコーチとして行動を共にしてもらうことになってるから。これからよろしくね」
「全部聞いてます。それにしても、結局能力は分からず終いだったのによく狩人になれましたね」
「ふふん。そりゃ論文作成の協力をしてるんだもん。薙川さんが何もしてくれないわけないじゃん?」
謎のしたり顔を浮かべて問いへの回答がなされる。論文の件も継続したままなのも、おそらく彼女を狩人にして経過を観察するためだろう。
とにもかくにも、本当に夢を叶えた千癒。これからはより一層しつこくされる覚悟をしなければなるまい。
「とりあえず、今日の狩りに同行してもいいかな?」
「……どうぞお好きに。なるべく足を引っ張らないようお願いします」
「それじゃあ、五時前に公民館の裏ね! 私の華々しい狩人デビュー、しかとその目に焼き付けると良いわ!」
「はいはい」
高ぶる新人を余所に机に突っ伏す太士。やはり教育担当など任されるべきではなかったといち早く後悔しておく。
午後の狩りは何事もなく終わるよう願いつつ、隣でとやかく言ってくる千癒のマシンガントークを無視して眠るのだった。
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