第15話 虚空掴みの助言を

「……俺に用事だと?」

「はい。この新人に一つアドバイスをと思いまして」



 偶然にも出くわした二人目の喰魔喰。『罠術士』という狩り名ハンターネームを持つ敷島香占に例の如くアドバイスを求める。

 彼の能力は『爆発する罠を作る能力』。先の通り任意のタイミングで爆発する罠を瞬時に作ることが出来る放出系能力。その実力は折り紙付き。


 しかし、実力に反比例して所属狩人の中でもかなり性根が腐りきった人物としても有名。そう簡単に助言をくれるとは思えないはずである。



「悪いが生活がかかってるんだ。お前らの遊びに付き合ってる暇はない」

「遊びって……! 確かに私は新人ですけど、狩りは真面目にやって──」

「真面目にやってるから何だ。お前、今やってることがどれだけ迷惑なことか理解してるのか?」



 千癒の反論を食い気味にかき消す敷島。言い放つ言葉には棘があり、発言の度に千癒が萎縮していく。

 この男がクセの強い人物だと言わしめる理由が口の悪さだ。吐く言葉は辛辣で無愛想。正直なところ、ラボ内でも浮いた存在である。



「今は狩人の活動時間だ。その時間帯にアドバイスを貰いに来た? 馬鹿か、そんな悠長に話す暇なんか無い。時と場を考えろ。あとなんだその腰のヒラヒラは。ひっかけたら事故る原因になる。さっさと切れ」

「ご、ごめんなさい……」



 語気強めの正論で殴られ、千癒は折れてしまった。しょんぼりと身を縮こまらせる。

 しかし敷島の言うことも一理ある。服装はともかく本来ならこの時間帯は喰魔を狩って生活費を稼ぐための一分も無駄に出来ない大事な時間。こうして誰かと話をする暇など本来は無い。


 それは太士だって同じこと。嫌々受けた教育担当の任のせいで昨日の分はいつもの半分以下の稼ぎしか得られていない。そう見れば確かに千癒のしていることは迷惑行為とも言えるだろう。



「いいか、俺が言えるのはただ一つ。他人に迷惑はかけるな。次に邪魔したら、その時は容赦しないからな」



 そう言い捨て、敷島は喰石を回収。路地裏の奥へと消えていった。

 静まる路地裏。千癒の方を見やると、案の定泣きかけになっている。わりときつめに物を言われたのだ。そうなるのも致し方がない。



「……私がしてることって、迷惑なのかな……?」

「否定はしません。香占さんは口は悪いですが、言うことに嘘をつく人ではないですから。アドバイスだって貰えたじゃないですか」

「え……?」



 落ち込む姿を見ていたたまれなくなった太士は、気休め程度にフォローを入れておくことにした。



「『他人に迷惑はかけるな』って。つまり、なるべく早く自立出来るようになれって言ったんですよ」

「そ、そっか……。そうだよね、うん」



 そうは言っても自己解釈強めではあるが。太士の内心の考えを合わせつつ、敷島が言い捨てた言葉をそれらしく装飾する。

 適当にそれっぽいことを言っておけば、プラス思考の千癒ならばすぐに納得して回復すると思ったからである。



「よ~っし、気を取り直していこう! っていうか、人のオシャレを馬鹿にするなっつーの!」



 敷島に対する文句を叫び、さっそく回復した模様。本心はどうあれ立ち直るのが早くて何よりだ。

 そんなわけで本日で二人分の意見を貰うことが出来た。ラボ所属の喰魔喰は残り五人。まだ数は多い。



「千癒さん。これで残り五人ですが、今日中に全員と会うのは難しいので、ここからは普通に狩りをしていきます」

「うん、分かった。香占さんの言ってた通り、普通は狩りをしてる最中だもんね。これの続きはまた今度からだね」

「理解が早くて助かります」



 狩りの時間が終わるまで残り二時間弱。流石に先ほどの説教が効いたのか、千癒は食い下がることなく素直に賛成してくれた。

 ということで意見の相違無く普通の狩りを進める二人。銃の扱いに慣れてきたのか、千癒の狩り捌きも徐々にではあるが様になってきている。


 やはりセンスそのものはあるのだと改めて認識しつつ、本当に他の狩人らと会うことなく終了時刻になった。

 本日集めた喰石の換金のためにラボに向かう。そこで、またしても偶然が起きることとなる。



「こんばんはーっ。薙川さん、いますかー?」


「おっ! ……とぉ、なんだ四國さんか。あーびっくりした」

「あらあら、もしかしてあなたが薙川さんの言っていた新しい子かしら?」


 中へ入ったところ、扉のすぐ前には薙川ともう一人の女性がいた。

 突然の訪問に一瞬驚く二人。すると女性は千癒を見るや否や正体を見抜く。



「あっ! あなたは確か『虚空掴みホロウキャッチャー』の!」



 そしてこちらも出会い頭にもう一人の女性の正体に勘付いた模様。

 当然、太士とも顔見知りだ。何せこの女性も目的の一人なのだから。



「初めまして。私は掴鳥空子つかみどりそらこ。あなたの言うとおり、『虚空掴みホロウキャッチャー』という狩り名で活動しているおばさんよ。よろしくね」

「勿論知ってます! 私、四國千癒って言います! こちらこそよろしくお願いします!」



 深々と礼儀正しいお辞儀で挨拶をするのはラボ所属の狩人、掴鳥空子。四十代辺りのマダムである。

 町の中ではそれなりに名の通った狩人。無論実力も相応な物を有する。そんな人物に千癒も同じく礼儀良く返事をした。



「気を取り直しておかえり、二人とも。今日の成果はどうだった?」

「はい! 今日は他の喰魔喰の皆さんからアドバイスを貰ったりして……」

「香占さんにばったり遭遇してボロクソに言われたところです」



 今日の内容を簡潔に伝えると、大きなため息をつく薙川。それと同時に掴鳥も「あらあら」と困ったかのような表情を浮かべた。



「あーあー、アレと会っちゃったんだ。大丈夫? 変なこと言われてない?」

「一応大丈夫ですけど。装備の装飾馬鹿にされたくらいなので……」

「あの人はほんっとうにしょうがない人ですね。女の子のオシャレを馬鹿にするなんて。絶対に気にしちゃ駄目ですよ?」



 皆が敷島の行動に文句をつける。それほどにあの男は良い評判が少ない。実力と人間性が比例しない良い例だ。


 それはそれとして、女性陣のねちねちとした慰めをしている間に太士は自分の分の喰石を換金しに行く。面倒なことには関わらないのが太士のポリシーだからだ。






 太士が換金をしている間、慰めの会は終わる。敷島から受けた傷はあまり気にしているつもりはなかった千癒だが、それでも二人からの優しさは十分に伝わった。

 それはそれとして目の前には目的の一人がいる。今の時間帯は夜だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。すぐさま行動に移る。



「あの、掴鳥さん。実は私は今色んな狩人の人たちからアドバイスを聞いて回ってるんです。もしよろしければなんですが、私に何かアドバイスをいただけませんか!?」



 深々と頭を下げ、誠心誠意を込めて頼み込んでみる。

 駄目で元々。当然、これも迷惑な行為だというのは承知の上。これで断られても文句は言わないつもりだ。


 そんな新人の姿を見て、掴鳥は一度薙川と目を合わせた。何かを確認するかのように、薙川からの合図を受け取ると、そっと千癒の肩にそっと手を触れる。



「大丈夫よ。アドバイスくらい、いつでもしてあげるわ」

「あ、ありがとうございます!」



 優しい言葉をかけながら、千癒の頼みを了承する。

 時間も時間なため、てっきり断られると思っていた千癒はまさかの結果に喜びの感情を顔に出す。



「そうねぇ……。あ、そういえば薙川さんから聞いた話だと、四國さんは自分の異能力が分からないそうね?」



 何を助言するかについて悩んでいると、千癒の異能力についての話が出た。

 薙川と親しいのか千癒の異能力について聞いているらしい。直属とはいえ今まで出会ってきた他の喰魔狩人は存在すら知らなかったというのに、その中から誰よりも早く情報を得ているとは驚きである。



「はい。一応喰魔は倒せるので借りた銃で倒してる感じです。私も早く一人で狩りを出来るようになるべきですし、これ以上の迷惑を剣崎君にかけるわけにはいかないので……」



 しかし、異能力発現の件を考えると同時に一つの悩みが浮かんでくる。それは太士へとかけられる迷惑のこと。


 実のところ、これまで散々色んなことに付き合わせた後ろめたさが千癒にはあった。

 それに加え敷島による追い打ち。気にしてないつもりではあったが、やはり一番迷惑をかけている人物のことを思うとどうしても引きずってしまう。


 自ずと曇り始める千癒。それを見て掴鳥は無言のまま考えにふけり、しばらくしてからその口を開く。



「うーん、迷惑かぁ。どうしてそう思うの?」



 何を助言するのかと思えば、急に問いかけてきた。これには思わずきょとんとしてしまう。

 そんなもの考えずとも明白だ。太士が今まで自分に返してきた反応はどれも一つ。



「どうしてって……。私、これまで沢山剣崎君に迷惑かけてきたんです。勿論コミュニケーションのつもりでしてきてたんですけど、そのたびに嫌な顔されたりしてきて……。実は本当に嫌ってるんじゃないかなって」

「んー、それは違うと思うなぁ。本当に嫌われてるなら四國さんのコーチはしないと思うし、それに剣崎君、前と比べて四國さんといる時かなり表情が柔らかくなってるけど?」



 出した回答を真っ先に否定をされた。そして、掴鳥の言葉で初めて耳にする情報が。

 それは自分といる時の表情に変化が見られているということ。まだ一週間程度の付き合いなのだが、その間にあの常にご機嫌斜めな顔が崩れているだとは思いもしなかった。



「あ、気付いて無かったんだ。太士君、本当に嫌だと思ってるならとても冷たいんだよ? 同じ場所に一人でも嫌いな人がいれば私にすら同じ態度を取るくらいだもん。四國さんだって、初めて剣崎君と話した時にきついこと言われなかった?」

「あっ、そういえば……」



 話に入り込む薙川の発言によって、数日前の初めて会話した時のことを思い出す。


 自分が喰魔喰になるために、太士の荷物を奪ったり正体を見破った際には普段は言わないような乱暴な口調になっていた。その後もしばらくはわりと冷たくあしらわれたりされたが、ここ最近は最初に否定こそされても何だかんだで応えてくれている。


 それだけでなく自分から話しかけてきたり、アドバイスもくれたりしたこともあった。そこまでしておいて本心から嫌っているとは確かに思えない。



「剣崎君は素直じゃないだけだから。よく一人でいいとか友達はいらないとか言うけど、本心からの言葉じゃないの。ただちょっと不器用なだけなのよ。だから四國さん、友達っていうのは少し困らせるくらいが丁度良いんだから、自分のことを迷惑な存在だなんて思っちゃ駄目よ?」



 掴鳥の言葉を聞き、それまで考えていた不安などのもやが一気に晴れ、さっぱりしたような気分になる。

 別に嫌われているわけではない。むしろ信頼を得かけているのだと知れただけで千癒の悩みはどこかへと消え去ったような気がした。



「……はい! なんか、分かったような気がします。私、嫌われてないんですね。ありがとうございました」

「ふふふ、あの頑固な子と仲良くなるのは骨が折れるだろうけど、頑張ってね」



 狩人としての助言というよりかは悩みの相談に乗ってくれた先輩喰魔狩人に感謝の言葉を述べる。心の迷いが晴れ、曇っていた表情に再び明るさが戻ってくる。


 丁度アドバイスが終わったタイミングで太士がホールに戻ってきた。今し方の悩みを打ち明けたことを悟られぬよう急いで換金を済ませると薙川と掴鳥と別れ、ラボを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る