第14話 火線の罠に陥れられる

「うおおお! マッスルエンハンサー! 生で見ると筋肉すごい!」

「へへへ、そう褒めるな。俺が活躍出来るのはメンバーの皆がいてこそよぅ」



 予想通り千癒の暴走が始まり、大きなため息と共に肩を落とす太士。一方で目的の人物であるマッスルエンハンサーこと桝留拳治は照れを隠せない様子。

 彼の取り巻きのビルダーと比べるとかなりの細身だが、しっかりと筋肉が付いており、俗に言う細マッチョと呼ばれるタイプの人類である。



「そいで、町一番の喰魔喰サマが何で商店街なんかにいるんだ? おまけにこんな美人の喰魔喰なんか連れてよぉ」

「今回はそのことについてお話に来ました。喰魔喰として、彼女にアドバイスをいただきに」



 本題を告げると、二人の喰魔喰の視線は後ろで桝留の応援をしていたビルダーたちの筋肉に触れる千癒に向けられた。それに気付いた本人は急いで二人の下に近付く。



「はい! 私、昨日から喰魔狩人として活動することになりました。四國千癒と言います! まだ狩り名ハンターネームはありませんが、これから色んな喰魔狩人の皆さんからのアドバイスを参考に、プロになることを目標としています!」

「ほぇ~、お前デビューしたてなのか。そうかそうか、そういうことな。分かった、俺に出来るアドバイスをしてやるよ」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」



 自己紹介を終えると、桝留は予想通り快諾してくれた。最初の相手として選んだのは正解だったようである。

 マッスルエンハンサー、桝留拳治。齢二十四の若年組喰魔狩人。その狩りの特徴は、何と言ってもそのパフォーマンス性の高さ。賑やかさも相まって彼らの人気は高い。


 彼の背後に立つ複数人の大男。人呼んで『マッスルバディーズ』。桝留の能力を最大限に発揮するために必要な存在であり、彼らの存在無しにマッスルエンハンサーは輝くことが出来ない。


 その理由は言わずもがな。彼の異能力は他者に依存しなければ成立しない、特殊な物だからだ。



「まずはだな……教える前に一つ質問だ。俺の能力はどんなのか分かるか?」

「はい! 『筋肉共感マッスルシンパシー』です! 触れた人の身体能力を自分に上乗せ出来る強化系異能力!」

「正解。すげぇな、即答な上に能力系統までしっかり言えるたぁ、大したモンだぜ」



 新人の回答に太鼓判を押す桝留。喰魔喰オタクぶりが初めて役にたった時である。

 桝留の異能力は『触れた相手の身体能力を自身に上乗せする能力』。先述の通り依存性の高さは随一だが、その代わりに上乗せに限度が無い。


 やろうと思えばその身体はどこまでも強化されていく。末恐ろしい能力ちからだ。

 そんな桝留が千癒に送るアドバイス。一体どんなものか、太士も耳を傾けておく。



「よぅし、じゃあ俺からのアドバイスは三つ。一つ、筋肉は全てを解決する。二つ、筋肉は裏切らない。三つ、筋肉を裏切らない、だ!」

「はぁ……。んまぁ、何というかそう言うと思ってました」

「なぬ──!? 良いこと言ったつもりだったのに!?」



 語られた内容に太士もフッとほくそ笑む。かねがね予想通りのアドバイスだったことが的中し、思わず笑ってしまった。

 これは千癒も同じなようで、全て筋肉関係のアドバイスなのは想定内だった様子。桝留本人は名言を言ったつもりのようだが、大スベりだ。これには後ろのマッスルバディーズも苦笑いを堪えられない。



「くっそー……。じゃあ、最後にもう一個だ。仲間がいたらそいつとの信頼関係は大切にしろよ!」

「信頼関係、ですか」

「ああ。俺は頼れる仲間がいるから狩人として活動出来てる。仲間がいなけりゃ俺は魔瘴が平気なだけの人間に成り下がっちまうから、俺は皆には頭上がらねぇし、感謝しかない。お前は一人でもやってける能力者かどうかは知らねぇが、もし信頼し合える仲間が出来たら、絶対に喧嘩なんかするんじゃねぇぞ? じゃねぇと必ず後悔するからな」



 ひねり出すように四つ目のアドバイスを千癒に送る。最後の最後にらしい物が出て、太士は内心驚いていた。

 仲間との信頼関係。それが桝留の大事にしていること。能力的に考えてもこの考えに行き着くのはある意味道理か。



「……なるほど。お忙しい中、わざわざありがとうございました! このアドバイス、参考にします!」

「へっ、大したことは言ってねぇよ。そいじゃ、頑張れよな」



 と、話を終えたタイミングでラボの清掃班がやってきた。どうやらバディーズの一人がラボへ連絡を入れていたようだ。

 清掃の邪魔にならぬよう太士らは桝留らと別れ、次の狩人探しへと出る。






 移動中、千癒は自分の手をまじまじと見つめては拳の開閉を繰り返していることに気付く。違和感でも感じているのか、若干気になった太士は訊ねてみることにした。



「何をしてるんですか?」

「あ、いや。もしかしたら私の異能力、誰かの力を借りるのかもと思って」

「早計過ぎです」



 聞いて損する浅はかな理由。また別の喰魔喰の異能力に影響されたようである。

 自身の可能性を探ろうとするのは良いことだが、それでも考えが甘すぎると言わざるを得ない。


 即座に考えを否定をされ、ふくれっ面になる千癒。すると小走りで太士の前に立ち、グローブを外してその手を向けてきた。



「そういうのはやってみないと分からないじゃん? とりあえずさ、真似だけでも、ね? ほらほら」

「……はぁ。仕方ない人ですよ、ほんと」



 桝留の異能力発動の条件は共有対象者の肌に直接触れること。千癒はその真似をしようと提案してきたのだ。


 無駄だとは分かっている。しかし、可能性を諦めない千癒の期待まで裏切るわけにはいかない。太士は諦め半分でその手のひらに自分の手を重ねた。

 素手同士が重なり合って数秒の沈黙。先に反応したのは千癒の方。



「……うーん、変わった感じは無し、か。どれ、いざ実践」

「あー、四國さん。悪いけど無駄だと思うんですが──」

「ふふん、もし私の能力が他者の異能力をコピーする、だったら。私は今、剣崎君の異能力を持っているということ……。大丈夫、支払う代償は一回分くらいはあるから」


 謎の予想と自信を持って実践に挑まんとばかりにクラウチングスタートの構えを取る千癒。一体どこからその自信は生まれるのか疑問も甚だしい。

 もし彼女の想像する異能力が本物だとしても、この実験は必ず無駄に終わる。太士はそれを知っていた。



「よーい、どんっ!」



 とセルフでスタートを切ると、路地裏を直進。もはや見なくとも分かる、サムライローブの能力はかすりも発動していない。

 全てにおいて想像通り。十数メートルを走って息絶え絶えになっている千癒の下へ。自身の能力を使って文字通り瞬時に到着する。



「俺の能力、体重が70kg台未満になると使えなくなるんですよ。だから、仮に能力をコピーする異能力だとしても四國さんの体重じゃ使えません」

「な、なるほど……。剣崎君が太る理由、ちょっと分かったかも……ぐふっ」



 身体強化すらないにも関わらず、銃を二丁も携えて走るのは流石に堪えた模様。

 そのまま路地裏の地面に倒れる。見るに堪えない浅はかな行動。これには教育担当も目を逸らしてしまうのも無理は無かった。



 そんな時、少し向かいの路地になにやら気配が。素早く移動している何かが存在しているのを察知した。

 それにいち早く気付き、耳を澄ます太士。異変を感じ取った相方を見て千癒は身体を起こす。



「……あの奥に何がいますね。もしかしたら人……じゃないかも」

「えっ、てことは喰魔!? じゃあ、急いで行かなきゃ!」



 異能力を使って聴覚などを増幅させている今、太士はある音を聞き分けようとしていた。

 カサカサと高速で動く謎の足音、それが複数ある。この音は間違いなく人間──ひいては動物ではない。むしろ昆虫に近いものだと推測する。


 そしてその中から聞こえるもう一つの違和感。コンクリートの地面を靴底で叩いて鳴る足音──誰かがいる可能性があった。



「もしかすれば……」

「え、なに? ちょ、私置いてかないで! ねぇ!?」



 急いで現場に向かおうとする太士。疲労が回復しきっていないままの千癒は必死にその後を追う。

 そして行き着いた場所。路地から続いた先にある曲がり角に喰魔がいた。



「やっぱり。あれはゴキブリ喰魔か」



 見やる先、路地を動いていたのはこの喰魔だった模様。

 ゴキブリ喰魔と呼んだそれは、文字通りゴキブリに似た見た目をした喰魔。いつぞやに海炎が苦戦したのと同系統の個体である。


 素早い動きが特徴。見た目も相まって戦うのを苦手とする者は少なくない。太士は平気だが。



「一気に決め──」



 比較的小型の喰魔ではあるが、そのランクは中級に位置づけられる。千癒に任せられる相手ではない。複数体もいればなおさらだ。

 そう思い、即座に剣を抜こうとする。だが、ここで狩人としての勘が──言ってしまえば念のために強化したままにしていた耳が何かを捉えた。


 それは指パッチンの音。その音に不穏な予感を刹那に感じ取った時、身体は咄嗟に後退の選択を取っていた。

 決して退かない無敵の喰魔狩人、それが自ら喰魔との距離を離す。

 だが、何も恐れ慄いたわけではない。この答えは一瞬先の未来に判明する。



「……っぐ!?」



 瞬間、目の前に爆発が起きた。しかし、後退していたおかげで直撃は避け、幸いにも無傷に終わる。

 思わぬ事象。どうやらあの喰魔を倒すために仕組まれただったらしい。ゴキブリ喰魔の群は爆発に巻き込まれ死んでしまっていた。


 そして、太士の脳はこの現象を引き起こした犯人を特定。喰魔喰に違いない。



「け、剣崎君!? 今目の前爆発しなかった!? てか大丈夫?」

「はい、何とか直撃は避けれました。まさか、ここに『火線罠トラップ』が敷いてあるとは思いませんでしたが……」

「『火線罠トラップ』!? ってことは……」



 そのワードを口にすると、千癒もこの事態に誰が関わっているか気付いた様子。

 流石は喰魔喰オタクといったところ。またしてもその知識が役に立った。


 するとゆらりと奥の路地から現れる人影。190cmはあろうかなりの長身、そして桝留とはまた別ベクトルで細い不気味さが伺える男。足音もあの時聞き取った物と一致する。



「……サムライローブ。何故ここに……」


「危うく直撃でしたよ。『罠術士』の敷島香占しきしま かせんさん」



 今日は他の喰魔喰を遭遇しやすい日のようだ。運が良いのか、あるいはそうでないのか。

 この男もまた、吾妻ラボに所属する喰魔喰。千癒が探す者の一人にして、ラボ所属でも抜きん出たクセの強さを持つ男である。

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