第22話 突き放された想い

 二日目──この日も手紙作戦は達成にはならず、そのまま狩りの時間に臨む。


 町中を走り回り、喰魔を倒しながら海炎を探す。兵団の部隊にこそばったり会うことは増えたが、その中に目的の人物は影も形もない。


 どうにも運命の女神は千癒の願いに応えようとしてくれないらしい。日頃の行いは良い方なのにケチだと心の中で不満を漏らす。



「ぐぬぬ、何とかして意志だけでも伝えないと。仕方ない、こうなったらあの手に出るしかないか……?」



 小休憩の合間、千癒は考える人の像ばりの体勢をしながらある作戦の発動を検討する。

 この作戦は海炎捜索の次に効率的ではあるが、場合によっては自身の身を傷つけかねない諸刃の剣。


 これを実行する際は誰かの手伝いがいる。その相手は慎重に選ばなければならない。



「……よし、あの人に手伝ってもらおう。ダメだったらその時はまた考えるしかない」



 数分にも渡る長考を経て、千癒は協力を仰ぐ相手を決定。その人物がいる場所へと向けて足を運ぶ。


 向かった先は商店街。喰魔の出没時刻中でも活気にあふれるこの場所には意外にも多くの種類の店がある。

 その内の一つ、西口の近くに構える店舗の中へ入って行った。



「お邪魔しまーす……」

「ラッシャイ! おっ、千癒ちゃんじゃねぇか。どうした、こんな時間に」



 入った瞬間大声とサンドバックを殴る音がいっぱいに響く店内。複数人のスタッフに紛れ、一番に千癒の入店を歓迎する男の声。

 その声の主は入り口からさほど遠くない位置にいた。


 千癒が選択に選んだ相手はマッスルエンハンサーこと舛留拳治。この商店街にスポーツジムを構えるインストラクターだ。


 彼を選んだ理由、それは所在地が判明していること。掴鳥や噛月の自宅は分からず、敷島に至っては手伝ってくれる余地は無いため、消去法で決まったのだ。



「すみません突然お邪魔して。ちょっと相談したいことが……」

「相談? なんだ最近サムライローブのヤツと上手くいってないとは聞いてるけど、まさかそのことか?」

「うっ、バレてる。そうですね、はい。もしよければ協力してほしいことがありまして……」



 訪問理由を話そうとしたところ、意外なことに例の件について知っている様子であった。これには驚かざるを得ない。

 どうやら太士と千癒の関係が悪化していることは薙川ラボを伝って知れ渡っている模様。説明は省けるが何とも微妙な気分になる。



 考えた第三プランの内容、それは手紙の渡し先の変更というもの。

 海炎よりも情報の秘匿性に欠けるが、現状よりかは確実に手紙を渡すことが出来るとしてこれを選択したのだ。


 しかしながら、先述の通りこの作戦は相手を選ぶ。しかしながら海炎とは出会えず、薙川がこれ以上の手伝いをしないと宣言した以上、頼れるのは他のラボ所属喰魔喰に限る。だが──



「うーん……。ほんとにあいつの言ってた通りだな。どーっすかなぁ」

「あいつ? それってもしかして……」

「ああ、昨日サムライローブが来て千癒ちゃんから何か物を頼まれても協力するなって」

「なっ──!?」



 衝撃の告白。あろうことか太士はこのことを見越してか舛留に協力をしないよう手を回していたことが判明する。

 明らかに接触の妨害をしているのは明白。先日の噛月の話が嘘にしか思えなくなるほどだ。



「俺も詳しい話までは聞いてねぇけどさ、一体あいつに何したんだ? わざわざ口止めしに来るなんて相当だぜ」

「うう、あんまり言いたくないですぅ……」



 おそらく今回の件を話したのは薙川ではなく太士本人に違いない。そうでもなければ詳細を知らないなんてことは起きないはず。

 そうしてまで会いたくないのだという相手方の意志が嫌でも理解出来てしまう。太士の意地は想像を絶する物だった。



「ま、どうせあいつがろくでもねー意地でやってることなんだろうしな。それに俺は美人の味方だ、俺は別に手伝うのは構わないぜ?」



 落胆する千癒にフォローでもしたつもりなのか、舛留は口止めのことなど気にせず協力的な姿勢を見せる。

 だが、これに乗ることは出来ない。理由は明らかだ。



「いえ……大丈夫です。どうやらこれは私がどうにかしないといけないみたいなので」

「あー、そうか。ま、協力なら暇なときに手伝ってやるさ。頑張れよな」



 このまま手紙を渡してもおそらく太士はそれを受け取らないだろう。

 口止めをしたにも関わらず千癒の手紙を渡されるということは、それ即ち舛留が約束を破ることになる。


 本人はきっと気にしないはずだが、自分のために人からの評価を下げてしまうわけにはいかない。千癒自身がそれを気にしてしまうのだ。


 策士的側面のある太士だ、おそらく他の喰魔喰たちにも同じように手を回している可能性もある。何だかんだで信頼されている以上、可能性は高いと言える。

 故に第三プランも失敗。すごすごとスポーツジムを後にする。




 頼みの綱さえ断たれ、途方に暮れる千癒。

 このままではいつまで経っても仲直りどころか話に持ち込むことさえ不可能。戦いは困難を極めている。



「他に何か無い……? 剣崎君に手紙……いや、せめて私の意志だけでも伝える方法は……」



 頭を抱え、次の案を考えようとしても何も思い浮かばない。

 最近は物腰が柔らかくなったと薙川や掴鳥は言っていた。噛月からは嫌われてなどいないと断言された。


 今となってはそれらは全て嘘なのではないかと錯覚してしまっている千癒自身がいる。本当は我慢させていたのではないかという考えに行き着いたのも一度や二度ではない。


 それがあの一件で決壊し、関係を決裂寸前にまでしてしまった。もしそうなら、完全に自分の落ち度になる。

 これが自分の限界か──そう思い始めた時だ。



 スッ……と何かの影が千癒の視界を横切る。鳥ではない、もっと大きな影。

 それが何か気になり進行方向へ目を向けると、見覚えのあるローブをはためかせながら屋根から屋根へと跳んでいく人物の姿を捉えた。



「剣崎君!!」



 その存在を認識した時、千癒は思わず走り出していた。

 今までの考えなど頭から抜け落ち、ただその後を追っていく。追いつけないと心の中では分かっていても、無我夢中で走る。


 すると、追ってくる千癒の存在に気付いたのか、サムライローブ姿の太士は何故かスピードを落とす。

 理由は不明。だが、このチャンスは逃せない。



「ちょ……剣崎君! ま、待って。話を……!」


「追って来ないでください。今は忙しいので」



 数日ぶりに交わす返答は、実に本人らしい突き放すような言葉。今の関係も相まっていつも以上に心に鋭く突き刺さる。

 それでも千癒は追うのを止めない。息切れを起こしても構わず話しかけていく。



「この前のことは謝るからっ! だからせめて話を……!」


「ここで叫ばないでください、近所迷惑になります。それに今は本当に来ないでください。側にいるだけ邪魔です」


「…………ッ!」



 決死の主張も虚しく一蹴され、何も言えなくなってしまう。

 何故にそこまで拒絶の意志を見せるのか今の千癒には何も分からなかった。


 真意、そんなものが本当にあるのだろうか。いくら発端が千癒自身にあるとしても、立ち止まって話を聞くどころか意志すら見せないのは酷と言うもの。


 それほどまでに嫌うのなら、もういっそ「これ以上は無理だ」という一言でも言えば諦めもつく。それすら口にしないのはあまりにも残酷極まりない行為だ。



 そして太士。疲弊する千癒を見て小さくため息を吐き出す。そしてわざわざ落としていた速度を戻し、一気に距離を離して建物の奥へと姿を消した。

 いくら運動が出来るといえども二丁の銃の他に複数のアイテムを持つ千癒はその場にへたり込んでしまう。



 もはやこれ以上の追跡は無意味。太士に勝る能力どころか発現の兆候の一つも見られない自身を恨む。


 きっと太士はいつまで経っても能力発現しない千癒じぶんを見限ったのだと。あの一件を口実に関係を断つため、こうして距離を置いている。そうとしか信じられなかった。



「はぁ、はぁ……ははっ。才能、やっぱり無かったんだ、私。これじゃ呆られて当然だ」



 肩でする息は止まることを知らない。それでも自然と自虐の笑いは出る。

 薄々勘付いてはいた。喰魔喰としての素質はあっても能力がなければ魔瘴の影響を受けないだけの人間に過ぎない。


 倒せる喰魔は下級だけ。それ以前に借りた銃が無ければ喰魔の一匹殺せやしない。能力不明の喰魔喰などそもそも論外だったのだ。

 いつぞやに清掃班の班長が口にした現実ことばが追い打つように突き刺さる。



 自分に才能なんて無い。それが今、はっきりと分かった。



「…………帰ろう」



 全てを悟った千癒。疲弊しきった足を自分の家の方へ向けて歩かせる。

 その足取りはあまりにも弱々しい。普段の快活さなどまるで嘘のように意気消沈とした様子で帰路に就いた。






 翌日、千癒は学校を休んだ。

 学年一の人気者の欠席という異例の事態にクラス内は騒然となる。


 誰もが身を案じる中で唯一、興味の無い素振りをする太士。教室の空いた席を横目で見ながら、誰にも気付かれないように舌打ちをする。



「ちっ、しくったかな」

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