第23話 師は弟子を育て、弟子は師を育てる
『あーあ、四國さん休んじゃったのね。昨日換金に来なかったからもしかしたらなーとは思ってたけど、案の定直帰とは』
「俺の知る限り欠席は初めてかと。それほどまでにあのことを気にしてたようです」
昼休み。太士は珍しく校内からラボへと電話をかけていた。
内容は勿論千癒に関して。才色兼備の優等生の欠席という事態を気にしているのは太士も同じこと。
昨日、次の行き先へ急行した時に見つかり、軽く言葉を交わした以降のことについては何も知らない。むしろ様子見程度に多少の時間を割いて探したくらいだ。
時間も無い中で急な仕事をねじ込まれた上での遭遇だったとはいえ、荒っぽくあしらったのは適切ではないことを自覚していた。
そろそろ先日の件について真実を告白すべきかと思った矢先の欠席。
少し面倒なことになってしまったと太士自身若干の後悔を感じていた。
「原因は俺にあります。ですが俺が今すぐに出るべきではないかと。あの人の説得は博士に任せたいのですが──」
『え? 何言ってるの太士君。今回ばかりは君がなんとかしなきゃダメだろう?』
「……は?」
千癒のことを薙川に任せようという旨を伝えたところ、本人からの返答はNo。むしろ責任を取るべきだとして本件を一任するべきとした。
この返答には太士も思考停止レベルの衝撃を受ける。咄嗟の反論も浮かばなかった。
『君の短所は他人との絡みを極力避けようとするところだ。それを直さないまま大人になったら後悔する。血縁が無いとはいえ大事な
「それはそうですが……」
薙川からの本気の指摘には流石の太士も何も言い返せない。むしろ言い返すべきでは無いと分かっていた。
太士の短所、それは他者との関わりを可能な限り避け、自分と相手に余計な被害が出ることのないよう距離を取る姿勢。所謂ヤマアラシのジレンマと呼ばれるそれであった。
これがあるために法律上は姉である薙川の下から離れて一人暮らしをしている。学校で常に一人でいるのも、千癒の教育を任されることを嫌がったのも同じ。
全ては必要以上の迷惑を他人にかけさせたくないが故の行為。短所のせいで起きた物事だ。
『いいかい、今回の件は形はどうあれ四國さんのことを想って行動をして、それがたまたま裏目に出てしまっただけに過ぎない。“師は弟子を育て、弟子は師を育てる”だ。今の君は
そうアドバイスを受けて話は終わる。通話終了を知らせる音が鳴っても太士はスマホを耳に当てたままの体勢を維持していた。
別に薙川から強めの言葉を受けたことにショックを受けている訳ではない。ただ、言われたことを重く受け止めているのだ。
失敗から物事を学ぶ──それは全ての事柄において共通する学び方だ。
今回の件が自身の短所によって起きてしまったことならば、そこから新しく学び、次に生かすべきだと薙川は暗に示したのだろう。
血は繋がっていなくとも家族──今のままでいることを心配してくれている。その心にはしっかりと応えるべきだということも分かっていた。
「……仕方ない。やるしかないな、これは」
はぁ、と大きなため息と共に自分自身のダメなところを吐き出したつもりでこれからの事についてを考える。
四國千癒との仲直り。あちらがこれまでやってきたことを、こちらもやるのだ。変な風に手を回さず、正々堂々正面から謝る機会を作る。
そのためにはまず考えるべきは千癒欠席の原因。それは散々言われた通り太士の誤った判断によっに起きたこと。それは認めざるを得ない。
基本的にポジティブで落ち込みやすくも立ち直りの早い性格だと思っていたが、それは浅い考えであった。
今回の発見。それは千癒がただのポジティブ思考の人間というだけでなく、内心の不満やマイナスな感情などを隠すのが上手い人物であったということ。
積もり積もった感情の爆発が欠席の原因だ。能力が発現出来ずにいたことも要因と考えられる。
「嘘でもいいから褒めてやるべきだったかな。調子乗りやすいからあんまりしてこなかったんだけど」
思えばこれまで、千癒の狩りなどを見て口に出して褒めたことはあまり無かった。
如何にも褒めたら伸びますと言わんばかりの性格をしているにも関わらず、調子に乗らせて失敗させてしまうことを恐れて口にしなかったのはそれこそ失敗と言える。
まずは反省。いくら押しつけられて請け負った関係とはいえ、最終的に自分自身の判断で役目を引き受けた。責任はその時点で発生している。
責任を負う立場が責任逃れすることは許されない。故に傷つけてしまった相手を放置することは自らの沽券に関わる。
「行くのはなるべく早い内がいいな。文化祭のリーダーがいないと俺にも仕事が回って来かねないし」
肉付いた両頬を叩き、覚悟を決める。
まず口から出るのは行動を起こすための建て前。だが、それは結局二の次の理由でしかない。決して本意ではないのだ。
作戦遂行時刻は16時──放課後、四國宅へと赴いて直接謝りに行く。
緊張で手が震えるのは実に久しい感覚だ。それがまさか学年一の美少女の家に行くということに震えるなど思いもしなかった。
今後の生活に良くも悪くも大きな変化をもたらすことになるであろう本件。
なるべく穏便に済むよう祈りつつ、残りの休み時間をイメージトレーニングに費やすのであった。
†
予定の時刻となり、学校は放課後の時間帯に突入。運動部が校舎から出て部活動を始める。
太士もその例に漏れず──むしろ他のどの帰宅部員よりも早く学校を出て帰宅。すぐさまサムライローブの姿となって学生としての姿を潜める。
「千癒さんの家、家……住宅地のどこだったか」
そして住宅地を歩きながら四國家を探す。
昼間の通話の後、SNSを通じて薙川から住所を教えて貰っていた。ついでに電話番号も同じく、いつでも連絡を取り合える状態となっている。
思えば教育担当という身でありながら電話番号などの連絡手段を知らなかったことに今更ながら気付く。
自分から通話をすることはない、故に必要ないと高を括っていたが、まさかこのような形で必要とする時がくるなど思わなかった。
「……マジで直すべきだなぁ、この性格は」
自らの短所を矯正する必要性をひしひしと感じながら進むこと数分。スマホの所在地と教えて貰った住所が一致する場所に到着する。
住宅地の中心にほど近い新築の一軒家。ここが四國千癒の自宅だ。
早速インターホンを押して呼び出す──の前に、まず状況を確認。
左右確認、人影は見られない。いくら町一番の狩人とはいえ体型が隠れきってしまうほどのローブを着込んだ男など普通は不審者だ。誰かに通報される危険性は無しとして次の確認。
お洒落なフェンスの隙間を覗き込み、敷地内を観察。どの部屋の窓もカーテンまで締め切っており、内部の様子は不明。
車庫も閉まっているが、シャッターの手掛け部分が外れており、そこから中を確認出来そうだ。
「誰も見てないよな……」
周囲を再度警戒しつつ能力行使。視界を強化し、中で微かに感じ取れる光を頼りに車庫内の状況を知る。
「車は無い、か。確か千癒さんの家族は
車庫の中は空。少なくとも車のような大きな物は無いと判明。
以前千癒本人が教えてくれた家族構成を復習。職業を鑑みるにその三人は仕事をしているであろう時間。つまり学校を欠席した千癒一人である可能性が俄然高くなる。つまり──
「これは……まずいことになったぞ……!」
この考えに行き着いた時、太士は思わず身震いした。それと併せて額から脂汗が滝のように流れてくる。
一体何を懸念しているのか、その理由は至極単純だ。
「千癒さんの家で二人きり、だと……!?」
それは千癒とのマンツーマンになること。これが太士にとってどれほど恐ろしい状況なのか説明せざるを得まい。
これもまた単純明快。太士は女子一人──しかも美少女と来たものだ──と一緒にいるという事実に耐えられないのだ。
プロの喰魔喰である前にうら若き男子高生。経歴と性格が災いして世間的には陰キャのカテゴリに属される太士は、例によって身内以外の女性と真正面から会話したことなどない。
これまで千癒と接してこれたのは会う場所全てが公共の施設かその周辺、あるいは人の目が行き届く場所だったからだ。
校内、公民館、商店街、駅前、ラボ……それらの場所には逃げようと思えばすぐに実行出来るという安心感が常にあったがために会話をすることが出来ていた。
だがここは千癒宅。訪ねれば間違いなく中へ通されることだろう。そうなれば逃げ道は閉ざされたも当然。
女性慣れしていない純粋な側面を持っている太士にとって、他人の家は檻の中でしかないのだ。
「…………お、押す、べきか……っ!?」
自分で決めたこととはいえ、意識のし過ぎでどうにかなってしまいそうな今、インターホンを押す指は超振動で震えていた。
緊張と羞恥、そして恐怖。その三つの要素が最強の喰魔狩人の判断を狂わせる。
何のためにここへ来たのか。それは先日の件について謝罪するためだ。インターホンを押せばすぐにその機会はやってくる。
だが、それに反して指先はゆっくりと後退していた。頭では分かっていても、身体は今すぐに逃げたいと言っているのだ。
しかし、ここで逃げても得はない。薙川からは非難され、千癒は明日も来るか分からない。文化祭の準備も千癒無しでは進めないところもある。なるべく今日の内に解決しないといけないのだ。
それぞれの考えが拮抗して平行線を往く現状。滲み出る汗は頬を伝い、丸い顎先へと溜まる。
人の家のインターホンを押すだけでここまで苦労を感じるなどとはついそ思わず、むしろここまで苦しむくらいなら上級の連戦をする方がよっぽどマシだと密かに思い始めた頃。
端から見れば完全に不審者と化している太士の側に危機は訪れる。
「でさー、今度みんなで遊びに行かない?」
「さんせー。千癒も連れてこー」
「ッッッ!! しまった……!」
不意に耳が捉えた声。それが何者か正体を当てるまでもない、同じクラスの千癒の友達が複数だ。
インターホンを押すか否かで散々迷っていた間に耳へ届く距離までの接近を許してしまい、太士の焦燥は加速する。
このまま見つかれば女子高生の家の前で立っていたという理由で通報されかねない。おまけに正体もバレれば人生チェックメイト。
そうなる未来は絶対に避けなければならない。この考えに行き着いた時、身体は勝手に動いていた。
咄嗟に太士はフェンスを飛び越えて土台の陰に身を隠す。それと同時に女子高生グループが千癒宅の前へとやって来た。
間一髪──そう思うのもつかの間。
「千癒ー、いるー?」
「…………ッ!!」
そして太士が数十分悩んで決めきれなかったインターホンを何の躊躇いもなく押して千癒を呼びだそうとする友人A(仮称)。
思わず無言の絶叫をあげてしまいそうになるも、ぐっと堪えて今をやり過ごす。
『……はい、四國です』
「あ、千癒ー? あたしあたしー。大丈夫? 学校休むって珍しいね。風邪でも引いた?」
『あ、ああ……うん。実はちょっと今日は学校行くのめんどくさくなってさ。ごめん、文化祭の準備サボるようなことしちゃって……』
「別に気にしてないよー。それにしても千癒が自分からサボるとか珍しいねー。あ、そうそう文化祭のパンフ渡したいからちょっと下来てよー」
予想通りインターホンに出たのは千癒本人。おそらく一人であることは確実だ。
そこから他愛もない女子高生の話が続いた後、友人Aの誘いで千癒が下に来るということになってしまい、またもピンチが訪れる。
「来る……!? それはまずい……ッ!」
現在、太士は四國家の敷地内に不法侵入する形で女子高生グループから身を隠している。
あちらからは太士の姿は見えないが、家側からでは当然丸見えだ。千癒が出てくれば一瞬で見つかってしまう。
ただでさえ険悪な関係になっているにも関わらず、フェンスの土台に横になって隠れている姿など見られてしまえばどうなるか。
最悪なケースを想像し、焦る太士。この危機に心臓はこれまでにないほどの鼓動を繰り返している。
もう猶予はない。選べるのは二択、一つは潔くバレるのを待つ。もう一つの選択は──
「……やるしかない!」
太士にとって、選ばねばならない選択肢は実質一択だった。
選んだのは見舞いに来た女子高生を排除するというもの。目的完遂のためには容赦は出来ない。太士は瞬時に行動へと移る。
「き、きしゃー……!」
「ん。え、何……?」
「犬? 千癒って動物飼ってたっけ?」
女子高生は謎の声に反応をする。続けて他の友人たちもそれの存在に気付いていく。
「ぎしゃー……!」
「今ってまだ五時じゃないよね?」
「うん、あと三十分もあるけど……。これ犬とかの声じゃないよね……」
「いやまさか……え、どうすんのさ」
謎の鳴き声は次第に大きな声となっていき、それに比例して女子高生らもそれが犬や猫などの類いではないことに気付き始めていく。
あちらもフェンスの向かいにいる存在を徐々に察していく中、女子高生の内一人が一歩にじり下がる。その瞬間──
「ぐぁああああぁぁぁ──!!」
「ぎゃああああああッ!?」
「喰魔だああ!?」
「いやあああ!」
バッと現れたのは黒い腕状の姿をした喰魔。その黒光りした体表は間違いなく本物のそれ。
大きな奇声を発しながら女子高生へと向けて何かを吐き散らした。
その迫力に加え吐かれた何か。驚いた女子高生たちはたまらず持っていたパンフレットを投げ捨てて絶叫しながらどこかへと走り去ってしまった。
一匹ぽつんと残された喰魔……に繋がる先には太士。腕は黒光りする皮膜に覆われていた。
「ふぅ、まさか本当に成功するとは思わなかったが、何とか切り抜けれたな」
ほっと一息。作戦を成功に導いてくれた神か何かに心の中で感謝しつつ、腕を覆っていた黒い皮を剥ぐ。
これは予備の喰石入れの袋。魔瘴を通さない伸縮性のある特殊なビニール製なので狩人の間では常備すべきアイテムだ。
これを腕に纏わせると即席の喰魔もどきの出来上がり。鳴き声を真似ながら一緒に土でも投げつければ勢いで誤魔化せるので、それを今回行ったのだ。
危機一髪、狩人人生の境地に立たされるのを何とか回避することに成功し、改めて安堵する太士。
だが、決して完璧とは言い切れない結果になることをこの後に知ることとなる。
「あ……、剣崎君……!?」
「ち、千癒さん……あ」
不意の呼びかけ。後ろを向くと銃を片手に玄関の扉を開ける千癒の姿があった。
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