第24話 修復された絆

 学校を休んだこの日、千癒はずっと自室に籠もっていた。

 何もかもやる気が出ない。異様なまでの倦怠感に全身を支配されていた。



「……はぁ、学校休むのなんていつぶりだろう。小学校以来かな」



 最後に欠席した日がいつかを思い出しながら、締め切ったカーテンに目を向ける。

 欠席すると文化祭の準備に少なからず遅れが出て他の生徒たちに迷惑をかけるという後ろめたさもあったが、それでもやる気は奮い立つことはない。原因は明らかだ。



 連日の避けるような行動、他の狩人らに協力を拒むよう手を回していたこと、そして昨日ようやく掴めたチャンスも突き放すような言葉を受けてしまい、断念せざるを得ない結果になった。


 それもこれも、全ての原因は自分にある。あの時の軽率な行動をしていなければこうなることはない。ずっと後悔していたのだ。



「私にも何かしら能力があれば、ここまで苦労することも無かったのかな。あぁ、全部やり直せるくらいの能力があればなぁ……」



 都合の良い願望を呟いたところで能力は発現の兆候すら見せることはない。薄暗い部屋に虚しく響くだけだ。

 何故自分には能力の鱗片すら現れないのか。第三の能力とは一体何だったのか。今の千癒にはもはや何も分からない。


 ただ一つだけ分かることは、このまま夢を諦める方が選択肢としては無難だということ。

 魔瘴の影響を受けず、その気になれば喰魔を殺せるというだけ十分他より恵まれている。


 無能力者以上喰魔狩人以下の存在。それが今の時代を生きるに一番ベスト。この生き方を選んでいる喰魔喰も少なくはない。



「…………辞めるなら薙川さんに謝らなくちゃ」



 ここでふと、自分を喰魔狩人にしてくれた者の一人の顔が浮かぶ。

 薙川博士。太士の義姉にして吾妻ラボの所長。彼女が気を利かせてくれたがためにこうして能力不明の喰魔狩人として千癒はいる。


 第三の異能力の論文を手伝うという約束で叶った狩人の夢。そのチャンスを与えてくれた薙川には感謝しかない。

 辞めるならば潔く謝って去るべきだ。これ以上手間を掛けさせる前に。



 するとその時、突如としてインターホンのチャイムが鳴る。

 いくら鬱々としていても相手が何者か分からない以上確認はしなければならない。


 千癒は部屋を出て廊下へ。そこにあるインターホンの親機から訪問者を確認する。



「……はい、四國です」

『あ、千癒ー? あたしあたしー。大丈夫? 学校休むって珍しいね。風邪でも引いた?』



 訪問者はどうやらクラスの友人であった。どうやら欠席したのを心配して来てくれたらしい。

 少しだけ嬉しくなるも、すぐに結果的にサボったことになったのを思いだし、罪悪感でより気分が落ちる。



「あ、ああ……うん。実はちょっと今日は学校行くのめんどくさくなっちゃってさ。ごめん、文化祭の準備サボるようなことしちゃって……」

『別に気にしてないよー。それにしても千癒が自分からサボるとか珍しいねー。あ、そうそう文化祭のパンフ渡したいからちょっと下来てよー』



 今日の欠席理由を正直に話しながら一言謝罪を入れる。それに対しても友人らは寛容だ。咎める様子は見受けられない。

 そしてどうやら千癒がいなくとも準備は進んだようである。行事のパンフレットも完成し、準備はもうまもなくで終わるだろう。


 いつまでもこうして塞ぎ込むわけにもいかない。千癒は言われた通り玄関へと向かう──前に、上着を取りに別室へと向かう。その時だ。



「ぎゃああああああッ!?」

「喰魔だああ!?」

「いやあああ!」



「──ッ!? 喰魔!?」



 突然の悲鳴。親しい友人らの声が壁を貫通し、耳にまで届く。

 無論現在時刻はまだ16時。普通は出現するはずもない時間帯だ。しかし、朝の狩り残しや一足早く出現したという可能性も否めない。


 これでもまだ狩人──例えあり得なくとも喰魔の脅威から人々を守るのが喰魔狩人の役割。失意の底にあったとしても、その想いだけは変わらない。


 急いで自室に戻り、仕舞っていた対喰魔銃を持って迎撃へと向かう。

 友人たちを傷つけさせやしない──この一瞬だけは今一度狩人としての体裁を取り戻す。


 弾倉を確認、安全装置を解除。一通りの動作をチェックし終え、いざ出撃……となるはずが。



「あ……、剣崎君……!?」

「ち、千癒さん……あ」



 そこにいたのは喰魔ではなく黒い外套を纏った男。見覚えがあるなんてものではない。この数日間、会おうとしてもろくに相手にしてくれなかった男、狩り名ハンターネームサムライローブ。その名を剣崎太士。


 今、最も会いたくもあり、同時に会いたくもなかった人物がそこにいた。











 約一日ぶりとなる顔合わせ。先日の件から意識して避けてきたのが災いしてか、太士は思考が一瞬止まってしまうもすぐに敷地内にいることを思い出して焦り始める。



「す、すみません。勝手に入ったのにはその……理由があって……」

「……喰魔が出てきた訳じゃないんだ。なら良かった」



 柄にもなくおどおどとした様子で弁解の言葉を訴えようとする太士だったが、対して千癒は不法侵入を糾弾するでもなく喰魔の出現が誤報だったことに安心していた。


 意外──とは思わない。そもそも喰魔の騒ぎは太士が女子高生グループを追っ払うためにでっち上げたこと。意外と聡明な千癒ならば状況を見れば一目で分かるはず。


 その証拠に当人は冷静だ。もっとも落ち着いているのは狩人としての経験だけではなさそうではあるが。



「どうして、ここに?」

「ち、千癒さんに用事があって来ました。その……先日から取っていた態度とか、昨日に至ってはあんまり良いとは言えない言葉を言ってしまったので、それのは、反省をしに……」



 目的を問われ、多少どもりながらも正直に答えた。

 これには千癒も大きく目を見開きながら、静かにではあるものの驚きの表情を浮かべている。


 このような顔をされて当然である。何せあの剣崎太士が自分から謝りに来るなど本来ならば到底考えられない行為。

 例えそれが誰かに言われたことであっても同じ。これまでの付き合いで分からないはずはない。



「……えと、取りあえず中、入る?」

「えっ……マジか」



 そして案の定家内へと通されることになり、一瞬嫌な顔を浮かべながらも太士は覚悟を決めてそれに応じる。

 十七年の人生で片手で数えるほどしか経験のない、他人の家に入るという行為。



 入室直後、鼻孔をくすぐるのは芳香剤の香りだ。煙草などの匂いもなく、清潔なイメージを感じさせる。

 内心のドキドキを必死に堪えながら居間へと通され、千癒は飲み物を出すと言って居間を離れる。


 その間、意識してしまうのを抑えるべく深呼吸して落ち着こうとしようにも、結局呼吸で匂いを通してしまうため、余計に意識してしまう。

 ここが千癒の家。自分の家や施設とは違い、どうにも慣れないのは匂いだけが原因ではないのは分かっていた。



「おまたせ。剣崎君ってアレルギーとかってあるっけ?」

「いえ、そういうのは無いです。ありがとうございます」



 両手にオレンジジュースを注いだグラスを持って千癒は戻ってくる。

 ご丁寧にもアレルギーの心配をしてくれるものの、その心配は太士にはない。一言謝りながらグラスを受け取った。


 そこからしばらくの間何も言わず、ただジュースで口を湿らせるだけの時間が続く。

 この部屋を支配しいているのは匂いだけでなく、二人の間に流れる気まずさであった。



「……剣崎君、緊張しすぎじゃない?」

「そ、そそそんなことはありません。ただだの武者震いです」

「その言い訳は苦しくないかな……?」



 この沈黙を最初に破ったのは千癒。ガタガタと小刻みに震えている太士とグラスを見て、その様子を心配する。


 不慣れなことをしているストレスもそうだが、何よりここは家の中。他人の家はすぐに逃げることの出来ない不安な空間にいることが、太士の緊張をより強力なものにしている。


 町一番の狩人とて正体は学生──こうなることは致し方がないことだ。



「さっき、謝りに来たって言ったよね。それってどういうことなの?」

「……そのままの意味です。俺は今日まであなたに冷たく接しすぎていました。博士にも怒られたくらいです。今日学校を休んだのもあの事が理由ですよね」



 そしてようやく話は本題に移る。

 突然の訪問理由とその訳。あの色仕掛けの件から始まったこれまでの行動について、全てを話す



「あの日から俺が千癒さんと距離を取っていた理由は二つです。一つは一人で狩りが出来るかを調べるためでした」

「一人で……って、それちょっと早くない……?」



 理由の一つを話すと、千癒はそれが自分のことだと分かっていながらも唖然とした表情を浮かべていた。

 それもそのはず、何せ狩人になってからわずか二週間ほどしか経過していない。独立への道が開かれるにはあまりにも早すぎる。



「先日、千癒さんは海炎さん同伴で中級を倒しました。結果は残念でしたが、人の手を借りずに倒したのならば狩人としては最低限の力を持っていることになります」

「確かに海炎さんもそう言ってたけど、それでも流石に早計じゃない?」

「はい。なのでずっと見ていました。あの日から昨日まで、あなたの狩りを遠くから。自分の力量に見合う相手を選んで戦い、倒せない相手には潔く身を引く……その判断が出来るかの確認を」



 語られた真実は千癒が思っていたものとは程遠い、しっかりと自分のことを見ていたという事実であった。


 思えば当時、噛月との話をしていた際に明後日の方向を見て何かを理解したかのような行動を取っていたことも思い出す。あれは隠れていた太士を見つけ、その真意を悟ったが故の行動だった訳だ。


 そういうことだったのかと思いつつ、千癒は次に気になったことを訊ねる。



「じゃあ、何で舛留さんに手伝わないよう言ってたの?」

「あれはそのままの意味です。俺の代理として狩りの同行を頼まれたら断るようにと言っていました。おかげで昨日までの数日間分の計測は出来てますので」

「嫌がらせとかじゃなかったんだ……」



 舛留の件もこういうことらしい。あくまで一人での狩りをさせるようにと言っていたようだ。邪魔をするためでは無かったらしい。

 千癒は昨日の深読みし過ぎた自分のことを思い出し、少しだけ恥ずかしくなってしまう。


 太士は自分のことを見限ったわけではない──その真意を知ることができ、今日まで落ち込んでいたことが全部馬鹿馬鹿しいと思い始めていた。



「この数日で討伐した喰魔は下級二十二体に小型中級ニ体。そして中型中級三体と遭遇、戦闘は無し。デビューからわずか二週間かつ能力無しでこの成長速度は驚異的です」

「そ、そうかな……?」

「俺でさえ能力で初めて中級を倒すまでに一週間は費やしました。扱う武器は違えど目を見張るものがあります。千癒さん、あなたには間違いなく狩りの才能があります」



 そこからここ数日間分に渡るリザルトの報告。それらは確かに千癒が単独で行動していた際に遭遇、討伐した数と一致する。

 本当にどこかでこれまでの戦いを見ていたのだ。この様子ではおそらく自分自身の収益よりも優先していたと思われる。



「狩りの、才能……!」

「はい。実を言うと初めて一緒に行動した日からそうだと思っていました。これは素直に誇って良いと思います」



 面と向かっての賞賛。太士にとっては教育担当として初めて褒めるを言葉にすることが出来た。

 千癒にとっては町一番の喰魔狩人の弟子としてようやく褒められ、そして認められた。


 お互いに得て然るべき経験を積み、初めて本当の成長をすることが出来たこの一件。もう二人の間に出来ていたわだかまりは存在しない。



「うん、私、やっぱりもう一度狩人をやる。一回諦めそうになってたけど、今度は絶対に能力を見つけて一人前になるの!」

「ふっ、でも調子には乗りすぎないでくださいね。そこはあなたの短所ですから」

「うっ、厳しい……」



 千癒も狩人引退の考えを改め、自身の内に潜む狩人の才覚をもう一度信じることに決めた。

 今度は諦めず異能力を発現させる。これまで以上の意気込みで次なる目標に取り組むことを誓う。


 この様子を見て小さく笑みを浮かべる太士。手はすでに緊張の震えは止まっており、初めてグラスを口元に近付けさせた。






「ところでもう一つの理由って何?」

「ぶっ……!?」



 が、このタイミングでもう一つの理由を追求され、飲んでいたオレンジジュースを吹き出しかけてしまう。


 勿論太士自身それを忘れていたわけではない。だが和解が出来た段階でとっくに忘れられていたと思いこんでいたため、改めて訊ねられたことに驚かずにはいられなかった。



「…………やっぱり知らなくてもいいです」

「ええっ、何で!? いやいや教えてよ!」

「いやです……」

「勿体ぶるの止めなって! ほら、怒らないからさ」



 ようやくいつもの調子に戻った千癒。だが、それはそれでまた面倒なくらいにポジティブな人物となってしまったわけだ。

 鬱陶しいまである寛容さは、むしろありがた迷惑の領域。おまけにここは千癒の家の中なのでそう簡単には逃げられない。


 あまりにもしつこさに観念した太士、渋々話してしまう。



「その……恥ずかしかったんですよ。下ネタが嫌いなの多分博士から聞いたでしょう。俺、そういう話を聞くと変に意識してしまって……。だからあの……む、胸とか当てられた時、頭の中真っ白になって混乱してつい逃げ出してしまったんです」



 顔を真っ赤にしながら千癒からの視線を浴びないよう腕全体を使って表情を隠す太士。これがもう一つの理由しんじつという訳だ。

 対して千癒。きょとんとした様子で執拗に顔を隠す様を見る。



「つまり私をめちゃくちゃ避けてたのは私のことを意識しまくってまともに顔を会わせるのが無理だったと」

「正確には自分を落ち着かせるために距離を取っていたついでに一人行動を観察してた、というのが正しいかと」

「……ぷっ、何それ! 剣崎君あんまり純粋過ぎじゃない!? もー、超笑うんですけどぉー!」

「くっ、好きなだけ笑ってください……。もう過ぎたことなので」



 そのあまりにも純粋極まりない真実を伝えられ、千癒はどうにも堪えきれず大笑いをしてしまう。

 依然として顔を隠しながら甘んじて笑われることを受け入れる太士。理由や経緯はどうあれ全て事実。言い訳など見苦しいことはしない。


 一通り笑われ、太士の羞恥心がそれなりに治まった頃。ふと時計に目を向けると時間はもうすぐ17時を指そうとしていた。



「……では千癒さん。今日の狩りはどうしますか?」

「勿論行くよ。それほら、昨日の喰石をいつまでも取っておくわけにもいかないしね。それじゃ、すぐに着替えて来る!」

「きっ、着替ぇ……!? お、俺は外で待ってますから」



 またも一瞬意識しかけてしまうのを堪え、太士は千癒の準備を待つ。

 この町一番の凸凹喰魔喰コンビの復活。それは千癒にとってはとても喜ばしいことでもあり──そして太士にとってもそう悪い物ではないと再認識する一幕であった。

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FATTY and SWORD ~デブの剣は化け物を喰らう~ 角鹿冬斗 @tunoka-huyuto

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